第47話 ブルードラゴンのキングオブステーキ
「それでは、結婚の儀はこれにて終いとなる。これからみなには昼食を振る舞うとしよう。今日のために、あの食文化の街トルーフェンからアルバーニー氏とライト氏をお招きしている。みな、存分に楽しんでいってくれたまえ!」
僕達が大広間で料理を並べていると、結婚の儀が行われていたであろう玉座の間から、ホルスさんの声が聞こえてきた。そのすぐ後に、結婚の儀に招かれていたお偉い人達がぞろぞろと大広間に入ってくる。
「おお、これはすごい! アルバーニー氏と言えば、あの食文化の街で3本の指に入る料理にじゃぞ! 彼の肉料理はそれはもう絶品で、うむむ、思い出しただけでよだれが止まらん!」
「それよりライト氏と言えば、若干13歳ながらアルバーニー氏に弟子入りし、アルバーニー氏の全てを受け継いだどころか、あのスイーツ王ルーシャン氏の一番弟子と言われているのでしょう? その彼が今日のデザートを担当するって! もうわたくし朝から楽しみで仕方ありませんの!」
大広間に入ってくるなり、きらびやかな服に身を包んだ年配のご夫婦が、そんな会話をしているのが聞こえてきた。どうやら師匠だけではなく、僕の名前までこのワールーンに知れ渡っているようだ。嬉しいような、恥ずかしいような。
【うーん、しかし年寄りばっかりだな。目の保養にならん】
脳内賢者が相変わらずブレないスタンスでしゃべっているが、確かにレイの言う通りこの場には年配の人が多い。
実際、この大広間に入っているのは選ばれた二百名ほどで、他に王城の庭で五百名が昼食を楽しむそうだ。つまりここにいるのは王国内外の権力者ばかりで、自ずと平均年齢も上がるというわけだ。
もちろん、城下街でも至る所でお祝いのためのパーティーが開かれているので、むしろ若者達はそちらの方が多いのだろう。
「師匠、そろそろ師匠のメインディシュを出す時間ですが、僕にいい考えがあります」
「なぬ? いい考えじゃと?」
「はい、先程大広間をセッティングした時に確認したのですが、王様と王女様の席の前にかなり広いスペースが空いておりました」
「ふむ。確かにそれはわしも見たわい」
「あの広さなら、ブルードラゴンを解体できるかと……」
「なるほど!? ブルードラゴンの解体ショーというわけじゃな!」
「幸い、ブルードラゴンは凍りついておりますので、解体した後、必要な部位だけ解凍して焼き上げれば、見た目もにおいも気にならないはずです」
「よく言った、我が弟子よ! 早速、ホルス殿に確認を……」
と、そこまで師匠と打ち合わせた時に、ホルスさんが丁度僕らを呼びに来た。
「アルバーニー様、ライト様、国王陛下がお呼びでございます。メインディシュを前にお二人を、皆にご紹介したいとおっしゃっております」
「わかったわい! それなら直接国王様に聞いてみるわい!」
僕ら二人はホルスさんの後に続いて大広間に入場し、国王陛下の前で静かに片膝をついて頭を下げた。
「顔を上げてくれ、アルバーニー殿、ライト殿。確かにわしは国王だが、そなたらは中立都市トリューフェンの民じゃ。必要以上に頭を下げる必要はないぞ」
「そ、そ、そ、それでは、お、お、お言葉にあ、甘えて、失礼するわいじゃなくて、しますわい……」
ガチガチに緊張している師匠に倣って、僕も顔を上げる。
ワールーン王国第二十五代国王、マクシミリアン・ハーキュリー・ワールーン。初老に差し掛かかろうかという年齢ながら、身体つきは逞しく鋭い眼光は衰えを感じさせない。
今はきらびやかに装飾された衣服を身に纏っているが、
マクシミリアン国王はAクラスの剣士でもあり、若い頃は愛用の鎧から、『黄金の騎士』と呼ばれていたと師匠が教えてくれた。
(なるほど、優しそうに見えてその動きは一部の隙もないわけだ)
その国王の右隣にはお妃様が、左隣には純白のドレスに身につけた、第三王女ローレッタ様が、さらにその隣にはローレッタ様の結婚相手のセイドリック様が座っている。
【おお! さすがはお姫様、お美しい! おいライト! お前の料理の腕前でお姫様を虜にするんだ!】
(レイ……僕らが何のために呼ばれたのか知ってるかい? そこにいるお姫様の結婚の儀のお祝いだよ? たった今結婚したお嫁さんを虜にしてどうするんだよ!)
【そんなこはわかっている。だがお姫様は美人だ。なぜお姫様を虜にしたいかって? それはそこにお姫様がいるからだ!】
よくわからない理屈を並べているが、要は無視してくれってことだと理解させてもらった。
そして国王達の後ろには、
「この度は、我が娘のために素晴らしい料理を提供してくれてありがたく思う。さらにこの後、余のわがままを聞き、全く新しい料理を出してくれるとか」
マクシミリアン国王の低く、しかしよく通る声が大広間に響き渡る。
「こここ、こちらこそ、こここ、このような機会を与えてくださり、こここ、光栄ですわいわい」
それに比べて師匠ときたら……ニワトリか!?
「して、その新しい料理とは?」
「新しい料理とは、ずばり『ブルードラゴンのキングオブステーキ』じゃわい! ブルードラゴンのヒレ肉の中でも最高の部分のみを使い、わしオリジナルの秘伝のタレに漬け込んだ極上の逸品だわい!」
急に流暢に喋り出した師匠を見て、後ろの騎士団長っぽい人が、殺気を放ち一歩前に出かけたが、国王がそれを手で制した。
(師匠は料理のことになると、普段の言葉遣いに戻っちゃうからな。でも、国王様が必要以上に畏るなって言ったんだから、師匠は間違っていないよね。あの騎士団長は融通がきかないのかな)
「ほう、それは楽しみだ」
何事もなかったように、国王が笑顔を見せる。
「そこで国王陛下にお願いじゃわい。ここのスペースを利用して、ブルードラゴンを解体するところから始めたいんじゃが、どうじゃろうか?」
調子に乗った師匠が、先程二人で考えた案を提案した。
「ほほう!? ブルードラゴンをここで? それは余も見てみたいのう。よし許可しよう!」
それを聞いた僕は、師匠に促され一度大広間から出る。そして、空間を転移して店の庭に戻り、ブルードラゴンを担いですぐに戻ってきた。
それを見ていた警備の兵にしてみれば、突然僕の後ろにブルードラゴンが現れたように見えたのだろう。慌てて槍を構えてブルードラゴンを取り囲んだ。
その警備兵のみなさんに事情をお話し、大広間のドアを開けてもらう。
「おおお!? まさかブルードラゴンまるまる一体とは!?」
「これがブルードラゴン!? 初めて見たわ! きれい!」
「いやいや、何であんな子どもがひとりでブルードラゴンを担いでいるのがスルーされているんだ?」
僕がブルードラゴンを運んできたのを見て、周りの人たちが騒ぎ出した。大抵の人はブルードラゴンに目を奪われ、他のことは気になっていないんだけど、ひとり冷静に僕のことを見ている人がいた。
まあ、国王も王女様も声にこそ出さないが、期待に満ちた目でブルードラゴンを見つめているからそこは気にしないでおこう。
「それでは早速始めるぞ。ライト!」
「はい!」
師匠の合図とともに、僕達はブルードラゴンの解体を始める。死んでいるとはいえ、ブルードラゴンの鱗は相当な硬さがあるため、基本的に解体するのは僕の役目だ。
「なんだと!?」
僕が解体を始めるとすぐに、騎士団長が大声を上げて叫んだ。
「どうしたサイラス?」
「あ、いえ、なんでもありませぬ」
国王の問いに歯切れ悪く答えた騎士団長。ちょっと気になったけど、今はそれどころじゃないので料理に集中しよう。
ブルードラゴンは凍っているので血は出ないし、内臓系はすぐに
肉は部位ごとにまとめて師匠に渡していく。師匠はそれを宮廷料理人に、焼き方の指示を出しながら渡していく。そしてヒレ肉を手にした時、師匠の目つきが変わった。
まずはヒレ肉の中から、最高の部分のみを的確に切り出す。素早く解凍したそれを特製ダレの中に浸し、軽く揉みほぐす。
「ライト、下焼きじゃわい!」
ヒレ肉を取り出した師匠の指示に従って、ヒレ肉に一瞬電撃を通した。
僕が魔法を使った瞬間、宮廷魔術師のおじいさんがピクッと反応したけど、そちらも無視して料理を続ける。
「ライト、本焼きじゃ!」
「はい、師匠」
下焼きの後、すぐに師匠から本焼きの指示が出る。
ボォォォ!!
僕はすぐに小さく、しかし高温に調整された
「むお!? なんじゃと!」
今度は、それを見た宮廷魔術師のおじいさんが大声を上げる。
「イライジャよ。お主までどうしたというのじゃ?」
「国王陛下。終わった後で構わん。ちょっと時間を作ってくだされ。もちろん、あの2人も一緒にじゃ」
「ふむ。突然何を言い出すかと思えば……しかし、他ならぬお主の頼みじゃ。何か意味があるのだろう? ならば、あの者達に褒美をとらす場に同席せい」
「承知しましたのじゃ」
料理の最中にそんな不穏な会話が耳に入ってくる。
【ライト君、またやらかしてしまったんじゃないかな? ぷぷぷ!】
そんなつもりはなかったが、先ほどの会話が聞こえてしまった僕は、レイが言うことに反論できなかった。
そうこうするうちに師匠の料理が完成する。
「さあ、国王陛下。できましたわい!」
差し出された皿を、給仕の一人が国王の元まで運んで行こうとしたのだが、あまりにおいしそうなにおいのため、目はうつろに、鼻はひくひくと動き、口からはよだれを垂らし、今にも食べてしまいそうな様子だ。
「こ、こら! それは余のステーキであるぞ!」
国王が慌てて一喝すると、給仕はハッとなって我を取り戻したようで、恥ずかそうに顔を赤らめながら王の元へとステーキを運んだ。
「ごくり」
そのステーキを前に、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「うお!? な、中は柔らかい! ナイフが何の抵抗もなく通り抜ける!」
ヒレ肉に、ナイフを入れた国王の一言目がそれだ。そして、一口大に切り分けた肉をフォークで刺し、口元に運ぶ。
「…………」
みんなが固唾を飲んで見守る中、静かに肉を噛み続ける国王。一口目の肉を飲み込んだ国王の目からこぼれ落ちる一筋の輝き。
「うまい……」
それだけ口にすると、後は無言で食べ続ける国王陛下。
(泣くほどうまいのかい!?)
どうやらブルードラゴンのステーキは、国王陛下の胃袋をがっちり掴んでしまったようだ。
「国王陛下が泣くほどとは!? 何とかして私も食べてみたい!」
「あなた! これが終わったらすぐに、トリューフェンに行く準備をするざます!」
国王に続きお妃様が、さらには王女様もその旦那様もあまりにおいしそうに食べるもんだから、周りの人達が騒ぎ出して大変でした。
それでも、他の人達にもブルードラゴンの料理して出したから、そちらである程度満足してくれたみたいだった。だけど、あの様子を見たら、絶対店までやって来る気がする。
そして、みんながブルードラゴンの肉をほぼ食べ尽くしたところで、いよいよ僕が創り出した『ブループリン』を出す時が来た。
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