第46話 ワールーン王国

「うぉぉい! いつの間に持ってきたんじゃい!?」


 店に戻って来た師匠は、真っ先に庭に置いてあるブルードラゴンを見て叫び声を上げた。


「わかりません! 神様が僕の頑張りを見て、送り届けてくれたのでは?」


「それはないと信じたいわい」


【お前、最近言い訳が雑になってきてないか?】


 うっ!? 不覚にもレイの鋭い突っ込みに言葉を失ってしまう。


「それよりも師匠、これを見てください!」


 師匠の疑いもレイの突っ込みもまとめて誤魔化すために、僕は、店の冷蔵庫からブルードラゴンの卵を差し出した。


「おぉ、見つけておったのか!?」


「はい、僕はこれで新しいスイーツを作ろうと思います!」


「よし、じゃあわしはこのブルードラゴンのヒレ肉を使い最高の肉料理を作ってやるわい!」


 新しい料理の話で何とか話を逸らすことができた。レイの指摘は甘んじて受けようと思う。僕もちょっとそう思っているところだったから。




 それから僕達は寝る間も惜しんで料理を作った。幸いなことに、ブルードラゴンの素材はどれも大きく量が豊富だったため、何回か試行錯誤する余裕があった。


 ブルードラゴンの卵を、エレガントカウという魔物からとれるミルクと、植物を煮詰めてできた甘い液体を炎魔法と風魔法で乾燥させ結晶となった白い粉と混ぜ合わせ、弱火で固まるまで熱しカップに入れて冷やす。

 見た目はぷるぷる、口当たりはしっとりとなった青白い塊に、これまたエレガントカウのミルクと白くて甘い粉を混ぜて作ったクリームをのせて完成。

 こうして出来上がったスイーツに、僕は『ブループリン』という名前をつけた。


 そう言えば、僕の幼なじみに甘いものが大好きな女の子がいたな。何も言わずに出てきちゃったけど、元気にしてるかな?


【なにぃぃぃ!? お前に幼なじみの女の子の知り合いがいるだと!? なぜもっと早く言わないんだ! 幼なじみの女の子と言えば……カップル率100%のテンプレじゃないか!】


(テンプレとは何だ? その知識は一体どこから?)


 料理を作っているときは静かだったくせに、ちょっと幼なじみのことを思い出したら急に興奮しだした『幼なじみ大好き賢者』は無視して、僕は出来上がったブループリンを味見する。

 僕が満足したのはもちろん、五感を共有しているレイも幼なじみの話をいったん忘れてしまうくらい、素晴らしい出来映えだった。


 一方師匠は、ブルードラゴンのヒレ肉を、何種類かの果物から取った秘伝のタレに漬け込み、一度、雷魔法で中まで一瞬熱を通してから、超強火魔法で外側だけをカリッと焼き上げた、『ブルードラゴンのキングオブステーキ』を作り上げた。もちろん、魔法の部分は僕がお手伝いしたんだけどね。


「グフフ、できたわい。これぞわしの至高の一品。さらに明日の結婚の儀では、ヒレ肉の中心部にあるキングオブヒレ肉でこのステーキを作ってやるわい!」


「フフフ、師匠。僕もできてしまいました。究極の一品が。名付けて『ブループリン』です! これを食べたお姫様はほっぺたが落っこちる思いをすることでしょう!」


 一日半寝ていない僕らは、深夜にも関わらず異常なテンションでお互いの料理を褒め合い、そのまま厨房で倒れるように寝てしまった。




 ▽▽▽




 次の日の朝、僕らは当たり前だけど厨房で目を覚ました。


「ああ、厨房で寝ちゃってたのか……。そうだ、今日は結婚の儀だったな。師匠、師匠、起きて下さい師匠!」


 とりあえず、すぐ横でいびきをかいて寝ている師匠を起こす。


「う、うぅぅ、なんじゃ、ライトか? はて、なぜわしは厨房で……そうじゃったわい! 今日は結婚の儀当日じゃったわい。グフフ、わしの新作のお披露目じゃわい!!」


 師匠は飛び起きて準備を始めたのだが……


「ところで師匠、ワールーン王国とはここからどのくらいの距離なのでしょうか? もちろん今からでも十分間に合う距離なのですよね?」


 僕はその国については詳しくないけど、師匠は当然詳しいと思って聞いたのだが……


「…………しまったぁぁぁぁ!? ワールーンまでの移動時間を考えていなかったわいぃぃぃ!?」


「…………」


「…………」


【…………】


 しばらく見つめ合う、師匠と僕と脳内賢者。


「ラ、ライトくーん。何とかならんじゃろか?」


 今までに聞いたこともないような、師匠のものすごーい猫なで声に鳥肌が立ってしまった。


「一応、お伺いしますがワールーン王国とはここからどのくらい離れているのでしょうか?」


「ワールーン王国の首都ワールーンまでは、ここから西に馬車で4日ほどの距離じゃ……」


「確か、結婚の儀はお昼からでしたよね? 今から行けば……師匠、ちょっと行ってきます。師匠は必要なものを馬車に積んで待っていてください」


 僕はすぐに店を飛び出し、周りに人がいないのを確認してから文字通り飛び立った。空に向かって。


「なんとかなるのかー!?」


 玄関から出てきた師匠の叫び声を背に、僕は時速三百キロメートルでワールーン王国を目指した。




 ▽▽▽




 魔力を身体に纏い、重力魔法と風魔法を駆使して、矢のように空を飛ぶこと約二時間、僕は無事ワールーン王国の上空にたどり着いた。


「よし、ワールーン王国の位置は確認した。後は転移する場所を……うん、あそこの大きな木の陰がよさそうだな」


【段々お前も自重しなくなってきたな……】


 レイの呆れたような声を聞きながら、僕は転移する場所を確認し、そっと空間転移でホワイトエプロンへと戻るのだった。




 ▽▽▽




「師匠、ただいま戻りました」


「おお、ライトか!? どうだ? 何とかなりそうか?」


「はい、準備ができ次第出発しましょう」


「よし、どういう原理かは聞かんわい。この切羽詰まった状況じゃ、何とかしてくれーい!」 


 もう考えることを諦めた師匠は、全てを僕に任せてくれるようだ。そして僕は一応言い訳を考えながら、馬車に乗り込んだ師匠を馬車ごとワールーン近くの大木の陰へと転移させるのだった。





 ▽▽▽




 ワールーン王国。アルキメディア大陸の最西端に位置する王国。反逆戦争の直後に誕生した、この世界で最も古い歴史を持つ王国。ビスターナやランドベリーといった街を抱え、この世界でも三本の指に入る巨大国家である。

 この巨大国家の頂点である王家を守る王宮騎士団ロイヤルナイトは有名で、膨大な数の希望者から厳選された選ばれた者しか入ることができず、その戦力は大陸一とも言われている。


 もっとも、アルキメディア大陸の東にある聖王国家テレスシアの聖騎士団ホーリーナイトと、ワールーンとテレスシアに挟まれている多民族国家ロンディウムの傭兵団マーセナリーソルジャーも、同じくらいの戦力を有しているという話もあるが。


 実際のところ、直接対決したことがないので真実はわからないが、そんな状況が訪れるくらいならわからなくていいと思う。


「よし、そこで止まれ。ここはワールーン王国の首都ワールーン。お前達はここへ何しに来た?」


 ワールーンの街はぐるっと石の防御壁に囲まれており、正面には大きな門がひとつ取り付けられている。そこでは、街に入る者達の検査が行われていて、心なしかその衛兵達はピリピリしているようだった。おそらく結婚の儀と無関係ではないはずだ。


 師匠はというと、ここまで一瞬で転移してきたから何か言われるんじゃないかと思ったけど、とりあえず今はそれどころではないからか、口をグッとへの字に結んで聞きたいことを抑えてくれているようだった。


「僕達はランドベリーから来た料理人です。ローレッタ様の結婚の儀の料理を作りに参りました。入り口でこれを渡すように言われています」


 僕は、大臣のホルスさんから受け取っていた通行証を手渡した。


「こ、これは!? 失礼いたしました! どうぞお通り下さい!」


 さすがは国王直々のお誘いだけあって、通行証を目にした衛兵は僕達が見えなくなるまで敬礼をしていた。さらに、城から案内の人が来ていて、僕らの馬車を先導してくれる。


「さすが国王陛下直々のお誘いだわい。衛兵達がこれでもかってくらい最高の敬礼していたわい!」


 さっきまでだんまりを決め込んでいた師匠も、このVIP待遇にだんだん上機嫌になっていく。


「師匠、お城に着いたら早速料理開始ですか? メイン料理はもちろんですが、他の料理も一通り作るのですよね?」


「うむ、その通りじゃわい。お主にもしっかり働いてもらうぞ!」


 そんな会話をしながら馬車に揺られること数十分、僕らはようやく城へと到着した。




「さすがに王都だけあって、広いですね師匠」


「お、おおう、そ、そうじゃな。し、城も、で、でかいわい」


 師匠、城を見てメッチャ緊張している。そう言えば、大臣が来た時も最初はこんな感じだったかな。


 普通なら簡単には入れない王城も、先導付きだったのですんなり入れてもらえた。それからお城の客室に案内され、待ち受けていたホルス大臣に挨拶をして、厨房へと案内してもらった。


「さすが王城。厨房も大きいですね!」


「ふん。確かに大きさはそれなりじゃが、設備はわしの店の方が上じゃわい!」


 確かにトルーフェンは、食文化の街だけあって設備も最先端をいっている。大きさでは敵わないが、設備を考えると師匠の言う通りうちも負けてはいないはず。


「それじゃあ、早速作り始めるわい! ライト! まずはメイン以外の料理を作っちまうぞだわい!」


「はい、師匠!」


 厨房を前にいつもの感じに戻った師匠と僕は、宮廷料理人の手を借りながら、結婚の儀のための料理をどんどん作っていくのだった。

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