第43話 調理師の実力

 カラン!


 師匠と僕はワールーン王国の大臣が店を訪れた次の日、早速冒険者ギルドを訪れブルードラゴン狩りの依頼をだしたのだが……。


「なぜじゃ!? なぜこんなに冒険者がいて、わしらの依頼を引き受けるパーティーがいなんだわい!?」


 そう、朝一番に出した依頼だが、お昼過ぎになっても一向に引き受けてくれるパーティーが現れないのだ。


「ブルードラゴンはAランクの魔物ですからね。最低でもAランクパーティーじゃないと厳しいですよ。そして、Aランク以上のパーティーはそれほど多くないのです」


 大声で怒鳴っている声を聞いたのか、師匠が出した依頼を受け付けてくれた、受付嬢が応えてくれた。


「くぉぉぉぉ、時間がないというのにだわい!」


 Aランクと言えば、以前地下迷宮ダンジョンで倒したアダマンゴーレムがAランクだったような。


(レイはどう思う?)


【ん? この受付嬢のことか? ありかなしで言ったら……ありだな!】


(そんなことは聞いてないよ……。ブルードラゴンが強いのかどうかってことだよ)


【さあな? オレの家の近くにはブルードラゴンなんていなかったからな。オレの家の近くにいたドラゴンって言えば、せいぜい古代竜エンシェントドラゴンってのくらいだからな。まあ、あいつはオレの魔法一発でくたばっちまうくらい弱かったけど、そいつよりは強いのかね? ブルーだし】


 ふむ。『ブルーだし』の部分はよくわからなかったけど、やっぱりドラゴンというくらいだから、同じAランクのアダマンゴーレムより強いんだろうな。あんまり余計なことは言わない方がよさそうだ。


 この後もしばらく、師匠のイライラは収まらなかったけど、夕方前にようやく依頼を引き受けてくれそうなパーティーが現れた。


「アルバーニーさん! Aランクのパーティーが来ましたよ! 今入って来た5人組は、Aランクパーティーの流星シューティングスターです! 先頭にいるのがリーダーのシリウス・ジュピターさんです!」


 受付のお姉さんが、若干興奮気味に教えてくれる。


 剣士に槍術士に弓術士、それから黒魔道士に白魔道士か。全員がLv63~65のAランク冒険者だ。


【おい! あの白魔道士のお姉さん、顔は普通だがスタイルはなかなかだぞ!】


 顔が普通というのも失礼だが、何よりゆったりとした白いローブを羽織っているのになぜにスタイルがいいとわかったのだ?


【むむむ、金髪の槍使いも髪が短いから遠目だと男に見えるが、近くで見てみると中々美形だぞ? これはこれでありかもしれないな!】


 僕がレイに色々とつっこみそうになるのを何とか我慢している間に、師匠は彼らがギルドボードを見るのを待ちきれなかったようで、リーダーの元にすっ飛んで行って交渉を始めた。


 どうやら、向こうも師匠のことは知っていたようで、依頼を達成したら依頼料とは別に、無料で店の料理を提供することで話がついたようだ。


 もっとも、彼らも単独パーティーでのブルードラゴン討伐は初めてらしく、準備が必要なため出発は明日の朝となった。


 結婚の儀までは残り十三日。明日出発するとして、ブルードラゴンの生息地とされるブロードピーク山脈までは馬車で片道三日間かかる。さらにブルードラゴンを見つけ討伐するのに、最低でも五日間と言われている。帰って来てから料理を作る時間は二日間しかない。かなり厳しい日程だ。


 それでも間に合う可能性は残されているのだから、チャレンジあるのみ! おそらく師匠も同じ気持ちなのだろう。もうすでに、頭の中で料理を作り始めているようだった。


【最低11日間は一緒に寝泊まりするな。うひひ、上手くいけばローブを脱いだ姿を拝めるぞ!】


 僕はいろんな意味で頭を痛めるのだった。




 ▽▽▽




「おはようございます、アルバーニーさん……って、まさかとは思いますが、一緒に来るつもりですか!?」


 そう言えば、僕は師匠が一緒について行くもんだと思っていたけど、チーム流星シューティングスターにとってはそうではなかったようだ。リーダーのシリウスさんが、明らかに想定外状況といった感じでそれ以上の言葉を失っている。


「もちろんじゃわい! わしはここ一番の料理を作るときは、狩りまで一緒に行くと決めておるのじゃわい!」


【そのポリシーはどうでもいいが、スタイル抜群のお姉さんと旅をするのは歓迎だ!】


 レイの独り言はいつもの通り無視するとして、ミックさんの結婚式はここ一番じゃなかったんだという疑問は残るが、シリウスさんが驚いたように、師匠と僕は完全冒険仕様で身支度を整え、街の出口で流星シューティングスターのみなさんを待ち構えていたのだ。


 師匠がついていくのに、弟子の僕が待っているわけにはいかない。ただ、今回はAランクのパーティーが一緒だから、戦闘には参加せず僕はみんなの食事当番に専念するつもりだ。


「いや、でも、危ないですよ? ブルードラゴンといえばAランクの魔物ですから。僕らだって必ず倒せるというわけではないですし、最悪全滅することだってあるんですよ?」


 シリウスさんがそう言うのは当然だ。わざわざ足手まといを連れて行くなんて、そんな必要は全くないからね。


 だがうちの師匠は言い出したら聞かないし、断られてもついて行くだろう。今までもそうしてきたみたいだし。

 まあ、勝手について行って死んじゃったとしても、シリウスさん達は依頼主がいなくなったということで、戻って来ればいいだけなんだけど。さすがにそれは寝覚めが悪いと思ったのか、他のメンバーとどうするか相談し始めた。


「わかりました。それでは、道中は我々から離れないようにしてください。ただし、戦闘が始まったらすぐに安全な場所に隠れてくださいね」


「任せておけ! 戦いを陰から見守るのは得意じゃわい!」


 全く自慢にもならないことを、堂々と言ってのけるとは……さすが師匠だ。流星シューティングスターのみなさんが苦笑いしているが、意に介している様子もない。


 とりあえず、ブロードピーク山脈の麓までは馬に乗って行く予定なので、僕も師匠も一頭ずつ馬を用意している。流星シューティングスターのみなさんもそれぞれ騎乗して、僕達二人を取り囲むような陣形で進むことになった。




 ▽▽▽




「さて、ここからは歩いて行くことになるぞ」


 僕達はトルーフェンから馬で三日かけて、ブロードピーク山脈の麓までたどり着いた。道中何度か魔物に襲われたが、強くてもCランク程度の魔物だったので、Aランクパーティーの流星シューティングスターにとっては準備運動くらいの労力で倒してしまっていたのではないだろうか。


「いやー、毎日うまい飯食わしてもらったから、なんか力がみなぎってるよ!」


 何度目かの魔物を倒したとき、流星シューティングスターの一人、愛用の弓の調整をしているバイロンさんからお褒めの言葉をいただいた。


 そう、何を隠そうこの三日間の食事は全て僕が作っている。師匠は何のスイッチが入ったのか知らないが、完全に冒険者モードなので、全く手伝ってくれないから。


 道中は特に危険がなかったので、ステータスアップの効果はつけていなかったが、ここからはどんな魔物が出るのかわからないので、先程食べた朝食に五割のステータスアップをつけたのだ。まだ誰も自分のステータスを見ていないから、気がついていないみたいだけどね。


 馬は麓の小屋に預けて、ブロードピーク山脈を登るそんな、僕達の前に、早速魔物が現れたようだ。


【 フレイムワイバーン:Lv43:体力621:魔力361:攻撃力645:防御力585:魔法攻撃力279:魔法防御力247:敏捷346:炎魔法B:炎耐性:風耐性】


 さすが、ドラゴンの巣窟と言われている山脈だけはある。ドラゴンの下位種とはいえ、Bランクのフレイムワイバーンが麓付近をウロウロしてるとは。それも二体も。


「Bランクのフレイムワイバーンだ。勝てない相手ではないが、油断するなよ」


 相手がBランクとはいえ、魔物は総じて人間よりもステータスが高い傾向にある。決して、油断できる相手ではないのだ。


「よし、いくぞ」


 魔物からは死角になる場所に陣取り、弓術士のバイロンさんが先制の矢を放つ。二体いるから速やかに一体を退治したいところだが。


 ブシュ!


 バイロンさんが放った矢が、フレイムワイバーンの頭部をいとも容易く貫いた。


「「「え?」」」


 流星シューティングスターのみなさんが、何が起こったかわからないといった感じで顔を見合わせている。


 はて? 何か不思議なことでも起こったのだろうか? 僕が出した料理でステータスが五割増しになっているのだ。Bランクのフレイムワイバーンのステータスなら、一撃で倒せても何もおかしくないのに。


「次、来ますよ?」


 二体目のフレイムワイバーンが、怒り狂ってこちらに向かって来てるというのに、みんないきなり自分のステータスを確認しだしたものだから、一応警告してみた。


「氷の針よ、敵の動きを止めよ、氷の針アイスニードル!」


 流星シューティングスターの黒魔道士メナードさんが慌てて魔法を唱える。氷魔法Dクラス、氷の針アイスニードルだ。黒いローブの袖から突き出た、あまり大きくない手のひらの前に現れた氷の針が、フレイムワイバーンに襲いかかる。フレイムワーバーンの弱点属性とはいえ、所詮はDクラスの魔法。本人は、牽制のために放ったようだが……


「ギョェェェェ」


 全長五十センチメートルほどの氷の針、いや針と言うよりは最早槍のような氷の塊がフレイムワイバーンの心臓を貫き、胴体を凍らせてしまった。


「「「むぉ!?」」」


 またもや動きが止まって、お互いを見つめ合う流星シューティングスターのみなさん。もしかして僕が調理師だということを知らないのだろうか? Dクラスの魔法だって、高い魔法攻撃力があれば威力だって上がるのは当然だろうに。


 改めて自分達のステータスを確認する流星シューティングスターのみなさん。その結果……


「うぉ! ステータスがヤバいことになってる!? 何で5割増しに!?」


 シリウスさんが驚きの声を上げた。そうか、やっぱりこの人達はあくまで僕らを料理人だと思っていたのか。確かに師匠は料理人だけど、僕は料理人兼調理師なのだよ。


「あれ? 言ってませんでしたっけ? 僕は調理師なので、今朝の料理にステータスアップの効果を付与させておきました。前衛のみなさんには攻撃力アップを黒魔道士のメナードさんには魔法攻撃力アップを、白魔道士のリリアンさんには魔法防御力アップを付与させていただいております」


「えぇぇぇ!? 調理師って初めて見た! しかもこんなにステータスが上がるなんて信じられないな!?」


 リーダーのシリウスさんが自分の手を握ったり開いたりしながら、感嘆の声を漏らしている。


「そんなことなら私も試したかったなぁ。2人とも1発で倒しちゃうんだから、私の出番がなかったじゃない! あーあ、次、戦うときは効果が切れてるだろうし……もう一回食べるって言っても、もうお腹いっぱいだし……」


 金髪を男性のように短く刈り上げている流星シューティングスターの槍術士ダフニーさんが、自分の槍を見つめながらがっかりしている。どうやら二人の活躍を見て、自分もステータスアップの効果を確かめてみたくなったようだ。


【君の槍も中々の物だが、ライトの槍も……】


(レイ! その先は言わせないよ!)


 レイの声は僕にしか聞こえてないが、言ってる内容が内容だけに心臓に悪い時がある……


「あのー、たぶん大丈夫だと思いますよ。なぜか僕のステータスアップの効果は1日くらいはもつみたいなので」


 僕は動揺をなるべく顔に出さないように、ミックさん達の時にわかったことを、ダフニーさんに教えてあげた。


「えっ!? マジで? ラッキー! みんな次の魔物は私が倒すからね! 手を出しちゃダメだよ!」


 嬉しそうに顔をほころばせているダフニーさん。どうやらこの人は戦うのが好きみたいだ。 


【ふふふ、魔物には手を出さないが、君とリリーには暴れん坊のライト君が……】


(はい、ストップ! それまで!)


 本当にこのエロ賢者は黙っていてほしい……


「そんなことってあるのか?」


 ダフニーさんは僕の言うことをすぐに信じたみたいだけど、バイロンさんはそんなに長く持つとは思っていないようだった。まあ、それはすぐにわかることだからと、とりあえず先に進むことになった。


 そして、次々現れるBランク、Cランクの魔物達をほぼ一撃で倒していく内に、ダフニーさんをはじめ流星シューティングスターのみなさんは、ステータスアップの虜になってしまったようでした。

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