第42話 国王からの依頼

「ワイバーンのステーキをくれ! 確か攻撃力が上がるんだったよな?」

「俺はイチゴのミルクシェークをもらおうかな。この後、クエストに行くから魔力を上げておかないと!」

「私はバナナパフェ! この後なーんにもないけどおいしいから!」


 肉料理専門店改め、肉&スイーツ店『ホワイトエプロン』はもともとのおいしさと、ステータスが上がるという付加価値によって連日満員御礼の大賑わいをみせていた。

 もちろん売り上げも右肩上がりで、師匠も随分とご機嫌だ。僕は『ワンダースイーツ』での修行を終え、最近はホワイトエプロンで料理を作ることが多い。

 もっとも、マスターからの要請があれば、ワンダースイーツにも助っ人で入ることもあるのだが。余談だが、魔族を倒したことが多少なりとも影響しているのか、思ったよりも早く調理師のクラスがSクラスに上がっていた。




 そしてある日の閉店間際、店の前に一台の高級馬車が止まり、中から『The 執事』といった感じの身なりのいい老紳士が現れ店の中へと入ってきた。


「お忙しいところをすまない。店長のアルバーニー氏はいるだろうか?」


「はい、少々お待ちください」


 老紳士の問いかけに、最近雇ったバイトの女の子が丁寧に受け答えをする。


【おいライト! いつになったらあのバイトの子と仲良くなるんだ?】


(いやいや、仲良くなるなんて約束はしてないだろう? 大体、彼女を雇ってまだ2日目だよ? そう簡単に仲良くなんてなれないよ)


【何を言ってるんだ我が弟子よ。よし! 久々にとっておきを教えてやろう! 『古代恋愛術』その4!】


(うお! 久しぶりに来てしまった『古代恋愛術』。今回はどんな内容なんだ!?)


【好きな女の子には優しくするのだ! よく、好きな女の子に意地悪する男がいるが、あれで上手くいくのは英雄譚の中だけだ。現実でやれば、ただの意地悪な男して認識されるぞ。そしてよく考えろ。優しい男と意地悪な男。どっちが好かれると思う?】


(クッ!? 今回もまた聞き入ってしまった……どうでもいい話のはずなのに、なぜか気になってしまう)


「誰じゃ。わしに用があるというやつは?」


 僕らがくだらない話をしていると、今日の売り上げを数えていた師匠がバイトの女の子に呼ばれ、閉店間際になってようやくお客が少なくなってきたフロアに姿を現した。


「お初にお目にかかります。私はマクシミリアン・ハーキュリー・ワールーン様にお仕えする大臣のひとりでホルスと申します。本日はアルバーニー様にお願いがあって参りました」


「ほー、随分たいそうな名前のお方にお仕えしてるのですな。それでそのマクシミリアン氏がわしに何の……ワールーン? ワールーンじゃと?……ワールーン王国の国王様かぁぁぁ!?」


「いかにも。わたくしは第25代ワールーン国王、マクシミリアン様にお仕えしております」


「こ、こ、国王様のお大臣様が、わ、わ、わしなんかに何のご用で!?」


 ワールーン王国といえば、トルーフェンの西に位置する王国でビスターナやランドベリーの街などを統治下に置いている、この世界でもトップ3に入る大きさの国だ。

 いくらトルーフェンが中立都市とはいえ、隣国の国王の使者が来るなど滅多にないことなのだ。それにしても"お大臣様"って、師匠緊張しすぎでしょ!


「少々プライベートな話になりますので、どこか場所を変えてお話しさせていただきたいのですが」


「は、はいぃぃ! 奥の応接間にどうぞ!?」


「ありがとうございます。そちらのライト様にもぜひご一緒していただきたいのですが」


突然大臣が僕の方に振り向き、お誘いの言葉をかけてきた。


「ええ、もう料理は全て作り終えているので構いませんよ」


【おいおい、それよりそろそろ店が閉まる時間だ。バイトの子を誘ってエール酒でも飲みに行こうぜ!】


(国王様からの話を断って、バイトの子とお酒を飲みに行くわけないだろう……ついでに僕は未成年だし】


【っち、つれねぇなぁ】


 レイのくだらない提案を断って、僕は最後の客の応対をエイダさんにお任せして、二人に続いて応接間へと入っていった。




「そ、それで、国王様がわしにど、どのようなご用件で?」


 相変わらず緊張しっぱなしの師匠は、ところどころ噛んでいる。いつも偉そうな師匠が、ちょっと可愛く見えたのは内緒だ。


「実はまだ内密の話なのですが、国王陛下のご息女であります第3王女のローレッタ様がこの度、婚姻されることになりました。つきましては、食文化の街トルーフェンでも高名なアルバーニー様とライト様に結婚の儀の料理をお任せしたいと、ローレッタ様たっての願いを叶えるために参りました」


「お、お、王女様の、け、け、結婚の儀!?」


 これはまたとんでもない話が来たもんだ。王国ならば城に宮廷料理人がいるだろうに。それを差し置いて、一介の店主が料理を任されるなど、前代未聞の出来事ではないのだろうか?


しかし、実際に大臣が来たということは、それらも含めて承知済みだということなのだろう。料理人にとって、これほど名誉なことはないとも言える。


「まずは、お引き受けいただけるかどうかお伺いしたいのですが」


大臣のその言葉に師匠はしばし考えた後、意を決したように承諾の旨を伝えた。


「料理人ってのは、どこの誰が相手であろうと、食べたいといってくれる相手に料理を提供するのが仕事なんだわい。喜んで引き受けさせてもらうわい!」


さすがは師匠。


「ありがとうございます。ここに来た甲斐がありました。料理の中身についてはお任せしたいのですが、国王陛下とローレッタ王女からそれぞれ伝言がひとつずつあります」


「ほほう、料理の中身について伝言ですかわい。内容によっては、お断りするかもしれないですぞ」


 さすが師匠。料理の話になった途端、先ほどまでのおどおどした態度は一変し、一流料理人が醸し出す雰囲気で大臣を圧倒し始めた。


「そ、それはまず伝言の中身を聞いてから判断してもらってもよろしいですかな?」


「聞きますわい」


「はい。まずは国王様からの伝言です。『そなたの作ったドラゴンのパリパリ焼きの噂を聞いた。早く食べてみたいものよのう。じゃが、今回は余の自慢の娘の結婚の儀じゃ。今あるそれよりも、さらに旨いものを出してもらえないじゃろうか。できれば、今までに食べたことのないものを』でございます」


 その言葉を聞いた師匠は、怒り出すどころかハッとした表情を見せた。


「わしは……わしは何を満足していたんだわい。新作が好評で、儲けが倍増して、浮かれておったわい。わしは何のために料理を作っているんだ。わしはわしにしか作れない料理で、みんなを満足させるためだったわい!」


 さすが師匠! いつもお金を数えていたから、ちょっと心配していました。


「そうすれば売り上げは倍増どころか、3倍増!」


【おい、お前の料理の師匠はこんなにもお金に卑しかったのか……】


(言わないでくれ……僕も今同じことを思っていたんだ……)


「それから、王女様からの伝言です。こちらはライト様へでございます」


 おっと!? 油断していた。王女様の伝言は僕向けだったとは!? 慌てて姿勢を正して、大臣の方へ向き直る。


「それでは……『私は大のスイーツ好きでございます。あなたが作られたスイーツをいくつか取り寄せて食べさせていただきました。

 あまりのおいしさにすぐにその味の虜になってしまいました。もし私のわがままをきいていただけるのでしたら、私にも、今まで食べたことがないようなスイーツを作っていただけないでしょうか?』でございます」


 なるほどなるほど。さすが王女様。思考回路は王様と一緒だというわけだ。これは師匠が受けたからには、僕が断るということはありえない。

 っていうか、王女様は僕のスイーツを食べてくれていたんだ。ちょっと嬉しくなった。大臣が王女様の言葉をそっくり真似したのは気持ち悪かったけど……


【おい、これはいろんな意味でお姫様とお近づきになるチャンスなんじゃねぇか?】


(僕の顔を覚えてもらうという意味のお近づき以外に、どんなお近づきを想像しているのかはあえて聞かないけど、レイが思っているようなことは起こらないから……)


「僕も喜んで引き受けさせていただきます」


「おお、引き受けてくださいますか! これで私の肩の荷が降りるというものです!」


 師匠と僕が引き受けると言って、ちょっと心配そうだった大臣がホッと胸をなで下ろしていた。


「それで、その結婚の儀はいつなんじゃわい?」


 その師匠の問いかけに、大臣の答えは……


「2週間後です!」


「「もっと早く言ってくれ!!」」


 僕と師匠の怒声が重なった。





「師匠、どうしますか?」


 大臣が出ていった後、僕は師匠とすぐに作戦会議を開いた。なぜなら、期限がメッチャ迫っていたからだ。


「わしの方は、料理についてはちょっと考えがあるんだわい。だが、問題は素材集めの方じゃ。

 わしが作りたい料理は、ドラゴンの上位種、ブルードラゴンの肉が必要なんじゃわい。人生で一度だけ食べたことがあるあの最高級の肉。アレがあれば、わしの料理レシピに最高の一品が加えられるんじゃわい!」


 むむむ、師匠はブルードラゴンのお肉を所望ですか……まてよ。確か、何かの料理本で見たような……そうだ! ブルードラゴンの卵は物凄く甘くて、スイーツにピッタリだって! 


「師匠! 僕はブルードラゴンの卵で新しいスイーツを作ってみたいです!!」


「おお! よく言った我が弟子よ! ならば明日、早速冒険者を雇ってブルードラゴン狩りじゃわい!!」


 こうして僕と師匠は、ノリと勢いでブルードラゴン狩りを決意したのだった。

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