第41話 いえ、本当に料理人です
(まずは、一番大変そうな状況のところからだね)
僕は集落にあったボロボロの建物の陰に隠れ、こっそりと魔法を唱える。
「
土魔法Aクラスの魔法
「こ、これは!?」
オークキングに今まさに殺されそうになっていた、自警団のひとりが驚きと共に安堵に胸をなで下ろす。そして、自分を助けてくれたであろう黒魔道士を探してキョロキョロ辺りを見回していた。
自警団長のミックさんも一瞬何が起こったのかわからなかったのか、土の槍に貫かれたオークキングを呆然と見つめていた。
自警団最高レベルの自分でさえ押され気味だった相手が、魔法の一撃で倒されてしまったのが信じられなかったのだろう。
だが、そこはさすがは団長だ。誰に言うでもなく感謝の言葉を口にすると、すぐに気持ちを切り替え、仲間のフォローに向かった。
さらに僕は追加の
「こ、こんなことが、あ、有り得ない!?」
魔族のミッシェルは先ほどまでの余裕はどこへやら、握りしめた拳をワナワナと震わせている。
しかし、驚いているのは味方も同じ。自分を倒さんと血走った目で武器を震っていた目の前の敵が、いきなり地面から現れた槍に串刺しにされたのだ。
とりあえずこれが魔法の仕業だと言うことは理解できたのだろう。オーク達と戦っていた自警団の全員が、振り返って味方の黒魔道士を見た。それを見て、一斉に首を振る数名の黒魔道士達。
そして、お互いに顔を見合わせた後、また串刺しになったオークの方に向き直り、ごくりと唾を飲み込むのだった。
【さすがにちょっとやり過ぎたんじゃね?】
(あれ? これって、やっぱりやり過ぎた!? でもでも、隠れているから大丈夫だよね?)
僕の言い訳に、呆れたようにため息をつくレイ。それを聞いてちょっと不安になったけど……大丈夫だよね?
「では、これは一体誰が……」
誰もが言葉を失っている中、一番初めに声を出したのはミックさんだった。
その声を聞き、さらに身体を縮め、気配を消して隠れる僕。
とその時、怒りに満ちた叫び声が聞こえてきた。
「おのれ! オークどもを倒したからといっていい気になるなよ!! オークどもは単なる余興。私がいれば事足りるのだ! 暗黒の霧よ、意識を奪え
真っ先に我に返ったミッシェルが吠え、闇魔法を唱える。その途端、ミッシェルを中心に漆黒の闇が広がった。僕としては、五十のオークよりこの魔族一体の方が脅威だと思っていたのだが、唱えられた魔法を見て正直ついてると思った。なぜなら、ミッシェルが放った
「
ミッシェルの魔法に対抗するために、僕は自分にだけ防御魔法を唱える。当然、自警団の人達は全員魔法の影響で、その場で眠りについてしまった。
それを確認した僕は姿を現す。
「ふわっははははは! たわいもない! 私の魔法で全員すっかりおねんねですねぇ! さーて、何人かは生け捕りにして、後は殺すと……」
そう言いながら、満足そうに辺りを見回すミッシェルと目が合ってしまった。
「…………」
「…………」
「おいお前……なぜ魔法が効いていない?」
「昨日よく眠れたから?」
「いや、魔法だからそういうことは関係なくて……!? その光り、お前結界を張ってるよね?」
「ああ、そっちですか。うーん、えーと、料理のおかげ?」
「そんな訳あるかぁぁぁ!?」
怒られた。何でこんな魔族に怒られなければならないのだ!
【ククク、漫才みていだなぁ】
レイにはバカにされるし……
「しかも貴様、なぜ先に魔法を唱えた私より早く結界を張れるのだ!? 詠唱はどうした! 詠唱は!」
クッ!? 痛いところを突いてくるなこの魔族。
「りょ、料理のおかげで……」
「…………」
痛い。ジト目が痛い……
「それよりも、なぜ魔族がこんなところに? もしや、ビスターナの時のようにあの方からの命令とでも言うのですか?」
このままでは料理人と認めてもらえないと思った僕は、話題を変えるべく、今一番しなければならない質問をぶつけてみた。
「何だか釈然としませんが、いいでしょう。その通り、私がここに来たのはあの方の命令です。ですが、それを知ったところであなた達には意味のないこと。なぜならあなた達ではここで死ぬのですから!」
自分から聞いといて何ですが、魔族ってなんでこんなにペラペラしゃべってくれるのだろうか。何かおかしなことでも起こって、余裕を失っているのだろうか。
「あのお方とは誰ですか?」
混乱ついでに聞いてみたが――
「あのお方とは、我々下っ端では……ハッ!? 私は今何を言おうと!? さては精神操作の類いか!?」
「いえ、違います……」
さすがに全ては教えてくれなかったが、チラッと口を滑らしたときに『下っ端』と聞こえた。自分を下っ端ということはやはり上位魔族が絡んでいるようだ。
【なあ、こいつバカなんじゃね? 魔族ってみんなこうなのか?】
(さあ、僕が会ったのはまだ2人目だし。下っ端だから頭が悪いのかな?)
僕とレイが魔族について意見を交換していると、ミッシェルがまた襲いかかって来た。
「ええい、魔法が聞かなくても私にはこの槍がある! くらえ!」
ミッシェルはザムスと同じように、いつの間にか真っ黒な槍を手にしている。おそらく、ユニークスキル闇属性の効果だろう。そのスピードはオークキングと比べものにならないくらい速い。レベル75の槍術クラスAは伊達ではない。
だけど、敏捷が1300を超えているうえに、思考加速を持つ僕にはスローモーションに見える。
「なぜだ!? なぜ当たらない!?」
ミッシェルの攻撃をのんびり躱しながら倒した後の言い訳を考えていると、攻撃が当たらないことが信じられないのか、ミッシェルの苛立ちがどんどん増しているようだった。
「それは料理の……」
僕の三度目となる料理人アピールを遮り、ミッシェルが吠える。
「それはもういい! それより、これは躱せまい槍術・伸!」
ミッシェルが放った必殺技、槍術・伸。槍術クラスAの必殺技だ。高速の突きから繰り出される衝撃波が、直線上の物全てを貫く。はずだが――
「
僕が張った結界が、その衝撃波を弾き返した。
「だから、なぜだぁぁぁ!! なぜクラスAの必殺技が弾かれるのだぁぁぁ!?」
「さっき攻撃を弾く料理を……」
「それはもういぃぃぃ!!」
【なんか面倒くさいヤツだな】
話を聞かないミッシェルにレイも少々呆れ顔だ。あ、いや、レイの顔は見えないけど。
とりあえず剣で斬ろうかとも思ったけど、料理人として刃物で戦うのはマナー違反だと感じたので、サクッと魔法で退治することにした。
「まあ、そんなマナーはないのかもしれないけど……
僕が差し出した左手から放たれた、高速の槍の何倍も速い神速の雷撃が、ミッシェルの頭を額から後頭部へと貫いた。
「う、うーん、ここはどこだ……ハッ!? 魔族は一体!?」
全ての敵を倒した後、一緒に寝たふりをしてから数十分後、最初に目を覚ましたのはミックさんだった。
すぐさまミックさんは近くにいる団員達を起こしにかかる。そして、近くにいた僕もすぐに起こしてくれた。うん、本当は起きてたけど。
「ライト君も無事でしたか。しかし、我々を眠らせて魔族は一体どこに行ったのだろう?」
「えーと、寝ている間に急用を思い出したとか?」
【数十分もかけて思いついた言い訳がそれか……ぷぷぷ、センスないな!】
(早く女の子に会いたいしか言わないエロ賢者に言われたくないよ!)
僕が寝たふりをしながら必死に言い訳を考えているときに、女の子のことばかり考えていたレイが僕のことをバカにしてきたから思わず突っ込んじゃったけど、無視すればよかった。
「そうか……しかし、魔族が寝ている我々を一人も殺すことなく立ち去るなど、ありえることなのか?」
「それは、あれですよ。それほど急用だったんですよ!」
僕も嘘がバレない様にするために必死だ。
「実際、誰も死なずに生き残ってるのだから、運良くそういうことが起こったのだろうか……ところでライト君。我々が眠らされた時に、君はそこにいただろうか?」
ドッキーーーン!? 見てた? そんなとこ見てたの?
「そ、それは、その……そうそう、僕ってすごい寝相が悪いんですよ! あっちの方で眠らされたはずなのにおかしいなー」
「寝相……ねぇ? ライト君は神様を呼べるみたいだから、てっきり君が神様を呼んで追い払ってくれたのかと思ってたんだよ」
「えーと、神様を呼べるわけでは……」
そう言えば、ミックさんのお嫁さんを助けたときに、神様が来てくれたことにしたんだっけ……
「まあ、君がそう言うならそういうことなんだろう」
何だか意味ありげな笑顔を見せながら、それでも言葉上は納得してくれたみたいだから、これ以上余計なことは言わないでおこう。
それから、ミックさんは次々と起きてきた自警団の人達と無事を確認し終わった後、帰り支度を始めた。
「それじゃあ、今日は助かったよ! 僕達はこれからギルドに報告に行ってくる。今度、ライト君の料理食べに行かせてもらいに行くよ!」
「はい、毎度あり!」
僕らの会話を聞いた自警団の人達も、『俺達も帰ったら早速予約を入れるよ!』なんて言ってくれている。
まあ、色々あったけどお客さんを新規開拓できたよかった……のかな?
【嫁さんも連れてきてくれよ!】
ミックさんの後ろ姿を見ていた僕の脳内に響き渡る不謹慎なセリフ。
人妻もいけるとは、この不謹慎賢者め……
この後、ミックさん達の報告でギルドが大騒ぎになったようだ。ビスターナだけならまだしも、ここトルーフェンにまで魔族が現れたとなると、間違いでも偶然でもないということは誰にでも理解できたらしい。
魔族が何らかの理由で、人間達の街を襲う計画を立てている。この情報はすぐに他の都市に伝えられ、国レベルで対策が取られることになったそうだ。ただ、ミックさん達自警団50名が魔法とはいえ一瞬で眠らされた話を聞いて、ギルドマスターですら顔を青くしていたという話だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます