第39話 修行の成果

お昼から開けたお店は、冷やしたジュースが好評だったのか、いつもよりお客の入りがよかった。

 夜はいつも通りの混み具合だったが、新作で出したドラゴンのパリパリ焼きが、かなりよい値段がしたにも関わらず、あっという間に売り切れてしまったのが驚きだ。どこにでもお金持ちはいるもんだね。


ドラゴンの肉はとても美味しくて有名だが、いかんせんその強さからあまり市場に出回らないのだ。それだけ高価な肉が、飛ぶように売れた。それだけ、この料理が美味しかったということか。


「しまったな。まさかこれほど売れるとは、思ってもいなかったわい。また、ドラゴンの肉を調達せにゃあかんわい! それにしても……」


しまったと言いながらも、師匠のその顔は嬉しそうだ。やはり、たくさんの人達に美味しいと言ってもらえるのは、料理人冥利につきるのだろう。


「うひひ、普段の2倍の儲けだわい!」


違いました。前言撤回です。お金のことしか考えてきませんでした。


「ライト、明日はルーシャンのところだわさ。あっちは朝からの営業だから、今日は準備をしてもう寝るんだわさ」


奥からエイダさんが、優しい声をかけてくれた。お言葉に甘えて、今日は先にあがらせてもらうことにしよう。ちなみに、弟子入りが許可されてからは、師匠の家に部屋を借りて住まわせてもらっている。


給料は少し少なめかもしれないが、宿代も食事代も払わなくていいと言ってくれたので、かなり助かっている。まあ、十三歳の子どもが、冒険者が多く泊まる宿に一人で泊まるのを心配してくれたのかもしれないけど。


僕はとりあえず、自分の身の回りの生活用品と使い慣れた調理器具を魔法の袋マジックバッグに入れて、明日の準備をしてからベッドに潜り込んだ。


【うひひ、明日はじっくりお客さんで目の保養をさせてもらうとしよう!】


 レイの気持ち悪い独り言を子守歌代わりに、僕は眠りにつくのだった。




▽▽▽




「おはようございます、ルーシャンさん。今日からよろしくお願いします」


「やあ! ライト君。待っていたよ! 朝早くからすまないねぇ! それと作業に入る前に、会ってもらいたい人物がいる」


ルーシャンさんの言葉が終わると同時に、二人の人物が店の奥から出てきた。僕も見覚えのあるその二人は、昨日結婚式を挙げていたミックさんとパトリスさんだ。


【おお、あの時のきれいなお嫁さんじゃないか!】


 もうひとりいる新郎の方には目もくれないあたりが、レイらしいと言えばレイらしいのだけど……


「ライト君と言ったかい? 昨日は本当にありがとう! ろくにお礼も言えないまま帰らせてしまって申し訳ない。改めてお礼を言わせてくれ!」


「私からも言わせてください。あの後ミックから話聞いて、背筋が凍る思いをしました。人生最高の日が人生最悪の日になるところだったのです。それを救ってくれたのがあなたなのですよね? 本当にありがとうございました!」


大の大人達に立て続けにお礼を言われて、何だかちょっと気恥ずかしい。人に感謝されることなんてめったにないから……そういえば少し前にあったような? メグさん達元気かな?


【うむ、俺もめぐたんに会いたくなってきた】


……何はともあれ、偉い人にお礼を言われるのは恥ずかしいから、さっさと話題を変えようか。


「無事に結婚の儀を終えられて何よりです。これ以上褒められると身体が痒くなってしまいますので、スイーツの話をしましょう」


「アルバーニーの言った通り、謙虚な子どもなんだな。見返りのひとつくらい要求してもいいものを」


ルーシャンさんが半ば書かれた顔でそう呟いた。


「ルーシャンさんにスイーツ作りを教えていただけるのが、何よりの報酬ですよ!」


僕がそう答えると、ルーシャンさんは照れたような笑顔を見せた。


「そう言ってもらえるのは嬉しいです。ですが、今日から私のことは"マスター"と呼んでもらいましょう!」


なるほど、アルバーニーさんが『師匠』だからルーシャンさんは『マスター』なのか。これだと区別がついて呼びやすいね。


「それではマスター、早速やることを教えてください!」


僕がすぐにマスターと呼ぶと、ルーシャンさんの笑顔がニヤケ顔へと変化した。


【そんなに嬉しいなら弟子を取ればよかっただろ!】


 奇しくもレイと同じ突っ込みが頭をよぎったが、レイが脳内で突っ込んでくれたおかげで口に出さずに済んだ。


「よし、まずはこのケースに入っているゼリーを冷やしてくれ!」


ゼリーとは初めて見るが、スライムのようにブヨブヨした塊の中に果物をすり潰したものが入っているようだ。入っている果物の種類によって色も違い、見た目でも楽しませてくれる。


普段は地下から引いてきた冷たい水を、ケースの中に循環させ冷やしているそうだが、せいぜいぬるくならない程度しか効果がないらしい。マスターの考えだと、もっと冷やすことができれば、さらに美味しくなるはずとのことだ。


僕は無詠唱で氷魔法を放ち、魔力を調整して凍らないように気をつけながら冷やしていった。


「そろそろ、いい具合に冷えたかな?」


冷やし始めてから数分後、マスターに言われ魔法を止める。そして、マスターがケースの中からゼリーを取り出しひと口食べると……


「むは! これは美味しい! やはり私の考えた通りだった! 」


マスターが絶賛するゼリーを僕も食べさせてもらったが、正直、身体に電流が走ったと思われるくらいの衝撃を受けた。


(お、美味しすぎる! 果物の甘酸っぱさと、ゼリーのつるんとした食感がこんなにも合うだなんて!)


 うちは貧乏だったせいか、甘いものなど今の今まで食べたことがなかった。


【おいライト! 今ほどお前と五感を共有していてよかったと思ったことはないぞ! あっ、いや、違った。一番はメアリーたんに手を握ってもらったときだったな】


 レイも随分とお喜びのようだ。


しかし、僕はすっかりこのスイーツの虜になってしまったようだ。


それから僕はしばらくスイーツを冷やすという仕事のかたわら、そのスイーツの作り方を学んでいった。もちろん、師匠の方での仕事もこなしながらだったが、断然スイーツ作りの修行の方に力が入っていたと思う。師匠がちょっぴり寂しそうな顔をしていたから、間違いないだろう。





そんな修行に明け暮れた日々を、三ヶ月ほど続けた頃には、どちらの店のメニューも完璧に作れるようになっていた。そうすると、だんだんと僕が作った料理がお店のテーブルに並ぶようになり、それとともに僕の名前も売れ始めていった。


さらに、ここに来てからトータル四ヶ月の修行のお陰で、ジョブクラスはAクラスまで上がっており、僕の料理を食べると力が湧いたり、魔力が上がると評判になっていた。

 そこで、ここ一ヶ月くらい、レイと一緒に調理師のユニークスキル"ステータス効果アップ"の効果について検証してきた。基本的にどのステータスを上げるかは、料理を作る際に決めることができるが、素材によって相性があり、例えば肉料理なら攻撃力が野菜料理なら敏捷が、スイーツなら魔力関係が上がり易くなることがわかった。


 そんな噂を聞きつけたのか、自警団のミックさんから大規模な魔物討伐の際の食事を作ってほしいと頼まれた。


 ミックさん達自警団は、北の森に急に現れたオーク達の集落を殲滅しに行くのだという。オーク達は薬草を採集しに森に入った者や木を伐採しに入った者を襲い、すでにけが人も出ているとのことだ。自警団としてもこれ以上被害が出る前に何とかしたいのだろうが、オークは平均でもLv20、オークジェネラルがいればそのレベルは少なくても30以上になる。


 一方、自警団のメンバーはLv15~Lv30。相手の数にもよるが、決して余裕のある戦いではないのだそうだ。そこで、気休めでも力が湧くという噂の料理を食べて少しでも戦闘を有利にしたいというのが本音なのだろう。


(いや、気休めじゃなくて本気でステータスが上がるんだけどな。しかも、Aクラスだから相性のいい料理なら四割以上上がる。しかも、食べた全員が。これは料理を食べた人数が増えれば増えるほど影響力が大きくなって、戦況をひっくり返すほどの効果になるんだよね。

 なぜ調理師が最上位ジョブに位置しているのかが、ようやくわかった気がする。これが戦争なんかで使われたとしたら……。効果時間が短いのが欠点らしいけど、まあ、今回は魔物相手だからいいのかな?)


 とりあえず、僕の調理師のクラスがAだとバレるとこれまた面倒くさいことに巻き込まれそうだから、一緒について行ってオークを鑑定してから上げ幅を調整させてもらおう。


 こうして僕は、ミックさんの依頼を受けて討伐隊の胃袋番を務めることにした。

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