第38話 お礼の形

「おう、ライト! ドラゴンのパリパリ焼きを食ったトバイアスの顔はどうだった?」


僕が教会から帰って来ると、待ちきれないとばかりに師匠が聞いてきた。


「はい! トバイアス氏は泣きながらパリパリ焼きを一口食べると、目をつぶりながらゆっくりとその感触、味わいを楽しんでいました。その後はしばらく黙ったまま立ち尽くし、再び目を開けたかと思うとものすごい勢いでパリパリ焼きを口の中に放り込んでいました」


「なぬ! それほどまでか! 食べる前に泣いていたのはなぜか気になるところだが、あえてそこは聞かないでおくわい。それで、ヤツは満足していたのだな?」


「ええ、それはもう。隣の男性がパリパリ焼きを食べようとしたところ、その箸を叩き落としていましたから」


「ふふふ、ヤツが驚いている顔が目に浮かぶわい!」


僕の報告に、師匠は満足そうに頷いた。


「ただ、その後は教会の大司祭様に追いかけ回されたので、慌てて帰って来ました。そのせいで、代金をもらいそびれてしまいまして……すいません」


【あのごまかし方じゃしかたないな……『ほら、アレは神様じゃないですか?』なんてな!】


(直接、魔法を使うところを見られるよりいいじゃないか! 全く、すぐバカにしてくるんだから……)


 確かに自分でもくさい芝居だと思ったけど、あの時はアレしか思いつかなかったんだ。 


「なあに、知った仲だからな。代金なんぞ後で請求しておくわい!」


もともと、そのつもりだったのかもしれない。代金については、師匠はさして気にする様子もないようだ。


「それよりライト。帰って来たばかりで悪いんじゃが、市場に行って野菜と果物を買ってきてくれんか? 店で出すドリンクの材料が切れそうなんだわい」


「わかりました。すぐに行ってきます!」


僕は師匠の言いつけを果たすべく、エイダさんから金貨を受け取りすぐに市場へと走った。



~side アルバーニー~


「さーて、ぼちぼち開店の準備をするか……ん? 誰か来やがったわい」


ライトが出て行ってすぐに、玄関の方が騒がしくなり、誰かが来たのがわかった。


「ったく、これから開店だってのに、何でこんな時間に……」


わしが玄関に向かいドアを開けるより早く、木製のドアが大きな音を立てて勢いよく開いた。


「アァァルバァァァニィィィ! お前んところの弟子は、いったい何者だぁぁぁ!!」


物凄い勢いで入ってきたのは、先程噂をしていたトバイアスだった。


「落ち着けトバイアス! 何があったか知らんが、冷静沈着が売りなお前はどこへいっちゃったんだわい!」


自警団の団長であり、評議会の一員であるトバイアスは、常に冷静沈着で団員達に指示を出す姿から、ついたあだ名が司令官。


そんな彼が目を血走らせ、唾を飛ばしながらまくし立てる姿は、付き合いの長いわしでも見たことがなかった。


さらに彼の後ろには、同じく評議会の一員でこの街のNo. 1スイーツ店"ワンダースイーツ"の店長、ルーシャン・スウィニーもついてきている。彼もトバイアスと同様に興奮しているようで、喋りこそしないがハァハァと息が荒く、目は血走っている。


「これが落ち着いてられるかぁぁぁ! 貴様の弟子がぁぁぁ、私の息子の結婚の儀で何をしたか知ってるのかぁぁぁ!!」


「知ってるのかぁぁぁ!」


トバイアスの怒鳴り声につられて、ルーシャンまでも叫び声をあげてきた。『彼の性格はスイーツのように甘くて優しい』と言われていたルーシャンは、いったいどこへいってしまったのだ!?


それに、この二人がこれほどまでに我を失うということは、我が弟子はいったい何をしでかしたのだろうか?


「落ち着けふたりとも。何があったのかは知らんが、ライトには結婚祝いに作った新作を持たせただけだわい。その新作が口に合わなかったのか?」


ライトから聞いた話だと何も問題なさそだったが、考えられるとしたらそれくらいしなかったのだ。


「新作とはドラゴンのパリパリ焼きのことかぁぁぁ! あれは美味かったぁぁぁ! できれば週に3回は食いたいくらいだぁぁぁ!!」


「私は週4だぁぁぁ!」


ふむ。興奮は収まっていないが、新作料理は好評だったようだ。ルーシャンの口にも合ったようだし。だとすればいったい何が問題だったのだ?


「ふむ。ライトが何か失礼なことでもしたのか?」


あまり考えられないが、ライトが彼らの琴線に触れるようなことでもしたのだろうか?


「失礼だと? 逆だこらぁぁぁぁ! 彼に助けられたんだこらぁぁぁぁ!」


「そうだ、助けられたんだおらぁぁぁぁぁ!」


「何だい、随分と騒がしいねぇ。誰が叫び声をあげてるんだわさ」


ここで騒ぎを聞きつけたエイダが登場すると……


「あ、すいません。エイダさん、トバイアスです。お邪魔してます」


「ルーシャンです。同じくお邪魔してます。ちなみに私は騒いでません」


落ち着いたわい。一気に目が覚めたように、二人とも大人しくなりやがったわい。さすが我が嫁と言っておこう。ルーシャンに至っては、トバイアスを売って自分だけ助かろうとしてるわい。


「ふたり揃ってどうしたっていうんだわさ? 今日は、ふたりとも子ども達の結婚の儀じゃあなかったのかい?」


エイダの問いかけに、ようやく二人から何があったのかを聞くことができた。ただ、その内容があまりに突拍子もなかったので、この二人の話じゃなければ到底信じられなかったわい。


「それで、パトリスの命を救ったライトに、改めてお礼を言いに来たというわけかい?」


エイダの問いに深く頷く二人。しかし、ライトが呼んだ神様が蘇生魔法とは。それで大司祭様に追いかけ回されたという話に繋がるのか。さっきはスルーしてしまったが、とんでもないのことをしでかしてくれたわい。っていうか、そんなことできるなら、料理人になる必要なくない? 教会に勤めればトップにまで上り詰めれるわい。


トバイアスからようやく詳細を聞き、ついでにドラゴンのパリパリ焼きの代金を受け取ったところで、ライトが買い出しから帰って来た。




~side ライト~


「ただいま戻りました!」


僕が買い出しから戻ると、部屋にはアルバーニーさんとエイダさんの他に、二人のお客さんが来ていた。あれは確か結婚の儀にいた、トバイアスさんとルーシャンさんだ。


【おいおい、こんなところまで何しに来たんだ? まさか、もう一人娘がいてライトに嫁がせたいとかか?】


(そんなこと絶対にあるわけないよ……)


「おお、ライト。戻って来たばかりで悪いが、トバイアスとルーシャンがお礼を言いに来ているわい。ちょっと聞いてやってくれ」


正直、師匠との約束を守るために成り行き上助けただけなので、改めてお礼なんていらないのだけど、師匠の言うことは絶対だから聞いておこう。


「あの時は、師匠の新作を食べていただくために必死でしたので、変なことを言ってすいませんでした。あと、あの女性を蘇生させたのは神様ですので、神様にお礼を言った方がよろしいかと」


「それはもう済んでますよ。それにしても、あなたがあの場にいなければ、私達の娘は命を落としていたのです。配達ついでだろうが何だろうが、我々は貴方に感謝してもしきれないほどの恩を受けたのですよ。改めてお礼を言わせていただきたい」


この街でも相当の権力者であろうトバイアスさんに頭を下げられた。しかも、師匠の前でなんて耐えきれないから早々に話題を変えよう。


「それより師匠。いいアイディアを思いついたので、聞いてもらえませんか?」


市場からの帰りに思いついたことがあるので、早速師匠に相談してみることにした。


「このタイミングでその話題を持ってくるところに何だか恐怖を感じるが、新しいアイディアなら聞かないわけにはいくまい。それで、どんなアイディアなんだわい?」


「実は僕、火魔法だけではなく、氷魔法も少々嗜んでおりて、果物で作ったジュースを冷やして出してみてはどうかなと思った次第です」


そう、ここのお店のジュースは美味しいんだけど、いつも常温で出しているから、冷やしたらもっと美味しいんじゃないかと思ったのだ。


「火魔法だけでなく氷魔法もか……その能力がありながらお前がなぜ料理人を目指しているのかわからなくなってきたんじゃが、アイディアは面白い。実際に飲んでみて、いけそうなら、早速、今日のメニューに付け加えておくわい!」


師匠からゴーサインが出たので、すぐに準備に取り掛かろうと思ったのだが……


「ちょーっと待ったぁぁぁ! 氷魔法でジュースを冷やすだと!? 何という発想! ライト君、君へのお礼がまだだったな。よし、決めた! 君には、私が長年培ってきたスイーツ作りのノウハウを伝授しよう! まだ、誰にも教えたことがない技術だ。これ以上のお礼はないだろう!! そのついでに、私が愛するスイーツ達をキンキンに冷やしてもらえないだろうか?」


今までほとんどしゃべっていなかったルーシャンさんが、突然、大声でまくし立て始めた。言っていることを簡単にまとめると、事実上僕を弟子にしたいという提案に聞こえる。まあ、どっちかというとスイーツを冷やして提供したいというのが、本音のような気がするが……


しかし、僕はすでにアルバーニーさんの弟子だから、よその弟子になることはできない。そう思って断ろうとしたのだが……


「あら、いい考えだわさ。ライト、あんたルーシャンのところでスイーツのイロハを叩き込んでもらっておいで。たった1ヶ月でうちのメニューのほとんどを作れるようになったあんたなら、スイーツだっていけるだわさ。ルーシャンも、アルバーニーと同じくらい弟子を取らないことで有名なんだわさ。こんなチャンスは滅多にないから、無駄にするんじゃないわさ」


エイダさんの一声で決まってしまった。アルバーニーさんも何か言いたそうにしていたが、エイダさんにひと睨みされ口をつぐんでしまった。


何だか怒涛の勢いで色々なことが決まっていったが、結局、一週間の半分をルーシャンさんのお店で修行することになった。


そこでスイーツの腕を磨けば、アルバーニーさんの店でも還元できるというのがエイダさんの目的なんだろう。決して、自分が楽してスイーツを食べたいからではないはずだ。


それぞれの思惑が絡まりながら、とりあえず今日の開店準備を進める僕達だった。


【ルーシャンのところはスィーツショップか。客は若い女の子が多そうだな……】


 思春期賢者の一言はいつも通りスルーすることにした。

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