第37話 結婚の儀とドラゴンのパリパリ焼き

 アルバーニーさんの元で修行を始めてから一ヶ月、すでに店のメニューは一通り作れるようになっていた。

 ついでにレイに言われて始めたのだが、料理を作っていないときは鑑定や探知を使いまくりLv30にした。さらに強化魔法といったスキルにも手を出している。それほど時間があるわけではないので、ゆっくりとしたペースではあるが、着実に習熟度は上がっている。


 そして、ようやくお客さんに料理を提供できるようになってきたある日、アルバーニーさんから教会に料理を持って行くように指示があった。


 何でも、この街でアルバーニーさんと同じくらい有名な料理人の一人娘が結婚することになって、そのお祝いの料理をアルバーニーさんが提供することになっているのだそうだ。


【おお、結婚式を見れるとは! 今後の参考のためにぜひ見ておきたいな!】


 僕の脳内にいる限り、自身が結婚できる可能性なんてないのに、どれだけポジティブシンキングなのだこの浮かれ賢者は。


「ふふふ、このドラゴンのパリパリ焼きを食べたときのヤツの顔がみたいくらいだわい!」


 このドラゴンのパリパリ焼きとは、弟子入りした日に作った、中はジューシー外はパリパリのドラゴンの肉料理だ。一ヶ月かけて味を調整し、いよいよ看板メニューのひとつとして売り出すことになっている。そのお披露目の場として今回の結婚の儀が選ばれたというわけだ。


「師匠、僕がその顔をしっかりと見てきます!」


「よし、頼んだわい!」


 自信作のお披露目に、お互いにニヤッと笑い合って僕はドラゴンのパリパリ焼きを持って教会へと向かった。




~side ???~


「それでは、これよりミック・ヘーゼルダインとパトリス・スウィニーの結婚の儀を始める」


 その頃、トリューフェン教会では二人の若い男女の結婚の儀が執り行われていた。ミックはトリューフェンの自警団団長トバイアス・ヘーゼルダインの息子で、パトリスはこの街の有名スイーツ店店長のルーシャン・スウィニーの娘だ。


 このトバイアスとルーシャンは、トリューフェン評議会メンバーので、実質この街のトップに名を連ねる人物である。ちなみに評議会のメンバーは十人いて、アルバーニーもそのメンバーの一人だ。この十人が国王に成り代わり、この街を治めているというシステムになっている。


 結婚の儀が始まり、お互いの愛を誓い合い、神の祝福を頂いた後、いよいよパーティーが始まるというときにその事件は起こった。


「きゃー!!」


 まず異変が起こったのは、教会の入り口だった。女性の悲鳴が聞こえ、続けて金属がぶつかり合う音が鳴り響く。


「ウォォォ、どきやがれ!!」


 怒声とともに現れたのは、片手剣に黒い鎧、完全武装の男だった。およそ結婚の儀に相応しくないその出で立ちの男は、血走った目で辺りを見回しミックを見つけると激しい怒りと共にこう叫んだ。


「見つけたぞミーーック! 貴様のせいで俺は牢屋行きが決定だ! 俺の出世を邪魔するヤツは、誰であろうと許さん! 死ねぇぇぇぇ!!」


 そう叫ぶと、一目散にミックの元に駆け寄り、持っていた片手剣で斬りつけた。


 武器となるものを持ち込んではいけないという結婚の儀という場があだとなり、自警団のメンバーが多数いながらも、この剣士を止めることをできるものが誰もいない。

 そして、この襲いかかってきた黒鎧の男もそれなりの腕前だったらしく、ミックもその剣を躱すので精一杯だ。


 だがこの剣士も中々ミックを仕留めることができず、騒ぎを聞きつけた警備の兵達が集まってくる状況に、さらに興奮したのかとんでもないことをしでかした。


「貴様を殺してやりたかったが、どうやら時間切れのようだ! 俺はこのまま捕まってしまうだろう! だが、貴様は殺せなくとも、貴様の大切な物は奪ってやる! オラァァァァ!!」


 そう言って、剣士は持っていた片手剣を心配そうに見守っていた花嫁のパトリスめがけて投げつけた。


 まさかの出来事に周りの人間達も一瞬行動が遅れる。


 ズゥン


 剣士が投げつけた片手剣が、パトリスの胸に突き刺さった。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 慌てて新婦に駆け寄るミック。しかし、抱き上げたパトリスの胸からは大量の血が流れ出ている。


「誰か!? 治癒魔法を!!」


 動揺しているミックに代わり、かろうじて理性を保っていた父親のトバイアスが、教会に常駐しているであろう聖魔法の使い手を大声で呼ぶ。


 その声を聞きつけて、白いローブを身に纏った初老の男性が教会の奥から現れた。しかし、パトリスの姿を見て眉間にしわを寄せて苦しそうな表情を見せる。


「おい! どうした!? まさか治せないとは言わせないぞ!」


 トバイアスが初老の男性の胸ぐらを掴み、人目もはばからず大声で叫んだ。


「落ち着いてくだされ。今、治癒魔法をかけます故。しかし、この剣は心の臓を貫いておる。治せなくてもわしを責めんでくれ」


 その言葉にトバイアスは掴んでいた手を力なく放す。


「聖なる光りよ、傷を癒やせ上級回復ハイリカバリー


 初老の男性が唱えたのは、聖魔法Aクラス上級回復ハイリカバリー。大きなケガも瞬時に治すことができる、現在の人類が使える最高峰の治癒魔法だが……


 確かに傷は小さくなっているが、剣が突き刺さったときに止まってしまった心臓が動き出すことはなかった。


「力不足で申し訳ない……」


 初老の男性がそう呟いた後に響き渡るのは、パトリスを抱きしめるミックの嗚咽の声と、兵士に押さえつけられた黒鎧の男の笑い声のみ。


 誰もが黙って下を向いたまま動こうとしない。そんなタイミングでやって来たのが……


「こんにちはー! ホワイトエプロン特製のドラゴンのパリパリ焼きお持ちしましたー!!」


~〜~


 僕が教会に着いたとき、何だか様子がおかしかった。結婚の儀という割には入り口に誰もいないし、お祝いのパーティー中のはずなのに中から聞こえてくるのは、男の人の泣き声と明らかに気味の悪い笑い声だけだし。

 まあ、どんな結婚の儀をやろうともその人達の勝手だから、僕がどうこう言うつもりはないんだけど。


 それでも僕は師匠と約束したことがある。師匠の友達であるトバイアスさんが、このドラゴンのパリパリ焼きを食べてどんな顔をするのか、見届けなければならないのだ!


【新婦さん! 新婦さん!】


 妙に興奮しているレイは心配だが、とりあえず中に入ってみることにしよう。


 誰もいない入り口から教会の中に入り、怪しい者じゃないアピールも兼ねて店の名前を叫んでみた。


「こんにちはー! ホワイトエプロン特製のドラゴンのパリパリ焼きお持ちしましたー!!」


「あ、ちょっ、ちょっと君。今はそれどころじゃ……」


 四角いミスリルでできた箱に入ったドラゴンのパリパリ焼きを持って、みんなが集まっているところまで行こうとしたら、すぐ横にいた男性に止められてしまった。


 どうやらそれどころじゃない何かが起こっているようだが、師匠との約束はそんなことで破るわけにはいかない。そう思って、辺りを見回してみると白いドレスを真っ赤に染めた若い女性と、その女性を抱えて泣きじゃくっている男性。そして、それを見守っているたくさんの人々。さらには兵士達に押さえつけられながら高笑いしている黒い鎧を着た男がいた。


【おいおい、肝心の新婦さんが血まみれじゃねぇか】


 レイの言葉を聞くまでもなく、なんとなーく状況が掴めてきたが、こんなことで諦める僕ではない。僕を制止する男性を振り切って、倒れている女性の元へと向かう。


「おい、君は誰だ。今がどういう状況かわかっているのかね」


 泣きじゃくる男性と血まみれの女性に近づいた僕に、ビシッと決めた黒のロングタイプの貴族服に身を包んだ男性が静かに、しかし怒りに満ちた声をかけてきた。


「すいません。状況は何となく理解したのですが、僕にはこのドラゴンのパリパリ焼きをお届けしなければならない理由がありますので……」


「ぎゃはっはっはっは! この状況でドラゴンのパリパリ焼きだと! おもしれぇ! とんだ空気の読めないガキが来たもんだ! いいぞお前! その調子で、もっともっとそいつらの傷をえぐってくれ!!」


 兵士に押さえつけられていた男が嬉しそうに叫ぶ。すぐに兵士に殴られ大人しくなるが、その顔から狂った笑顔は消えない。


「金は後で払う。今は帰ってくれないか」


 鎧の男のセリフに目つきがさらに鋭くなったが、怒りを抑えるようにゆっくりと声を絞り出す貴族服の男性。


「いいえ、帰りません! 僕は、ドラゴンのパリパリ焼きをトバイアスさんに食べてもらうまで帰れないのです!」


「わしがそのトバイアスだぁ!! 貴様この状況を見てまだそんなことを抜かすのかぁ!! 息子の花嫁が殺されたのに、のんきに飯を食うヤツがどこにおるんじゃぁぁぁぁ!!」


 あ、キレた。めっちゃキレちゃった。キレて僕に掴みかかってきた。ドラゴンのパリパリ焼きを落としたら大変だから、とりあえず躱しておこう。


 レイに至っては急にだんまりし始めた。この脳内賢者は都合が悪くなると黙るクセがあるんだよね。


「ちょ、ちょっと待ってください! 落ち着いてください! 要はその花嫁さんが助かったら、ドラゴンのパリパリ焼きを食べていただけるのですよね?」


 僕はトバイアスさんの攻撃を躱し、慌ててそう確認してみた。


「た、助かるのか? お前はパトリスを助けることができるのか?」


 意外にも僕の提案に真っ先に反応したのは、花嫁を抱いて泣きじゃくっている男性だった。


「貴様ぁぁぁ!! パトリスを助けられるだとぉぉぉ!! 冗談も休み休み言えぇぇぇ! 今、治癒魔法をかけたのはこの教会の大司祭様だぁぁ! 世界でも5本の指に入る聖魔法の使い手だぞぉぉぉ! その方が治せないものを、料理の運び屋風情がどうやって治すんじゃぁぁぁ!!」


 おそらくパトリスと言われた女性を抱えているのが、師匠から聞いた花婿のミックさんなのだろう。この人なら話を聞いてくれそうだけど……トバイアスさんはダメだ。もう興奮してそれどころじゃない。これは、さっさと治して落ち着いてもらわないと。


「えーと、僕が助けるわけじゃないのですが、あなたの日頃の行いがよければきっと神様が助けてくださいますよ」


 そのセリフが終わると同時に、僕は大聖堂の天井付近に光魔法Dクラスの光源ライトの魔法を放った。


「ほら! あれは神様じゃないですか!?」


 その光り輝く光源を指差し僕が大きな声を出すと、みんな反射的にその光の方を見た。


(よし、今のうちに蘇生リザレクション!)


 僕が聖魔法SSクラスの蘇生リザレクションを無詠唱で唱えると、さっき作った光源よりも強い光が花嫁を包み込む。あまりの眩しさに、周りにいた人達が目を背けた。そして、光りが収まったときにみんなが目にしたのは……


「あ、あれ? 私、どうしたのかしら? あ!? 剣が、剣が飛んできて私の胸に!?」


 開くはずのない目が開き、しゃべるはずのない口が声を出し、動くはずのない身体を起こしたパトリスさんだった。


「パ、パ、パトリス!? パトリィィィス!!」


 生き返ったパトリスさんを必死に抱きしめるミックさん。何が起こったのか理解できず、ただ目をぱちくりさせているパトリスさん。あごが外れたのかと思うくらい、口をポカンと開けてその様子を眺めているトバイアスさんと周りの人達。

 パトリスさんが生き返ったのを見て、何かが切れてしまったたのか再び乾いた笑い声を上げている鎧の男性。


「さぁ、神様のおかげで助かりましたよ! これでドラゴンのパリパリ焼きを食べていただけますね?」


 僕が笑顔でそう告げると……


「そんな都合のいいタイミングがあるかぁぁぁぁ!! お主何者じゃぁぁぁ!!」


 この日一番の大声は、教会の大司祭様でした。

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