第35話 弟子入り試験
次の日の朝早く、僕はアルバーニーさんのお店の前に立っていた。営業時間はお昼からなので、今のうちに弟子入りのお願いをするためだ。
【お前の夢を邪魔するつもりはないが、こんなに朝早くに来なきゃ行けないもんなのかね?】
(料理人の朝は早いからね。仕込みの邪魔をしないようにするためには、この時間しかないんだよ)
魔法についてはとんでもない知識量を誇る脳内賢者さんも、さすがに料理人の世界については疎いようだ。それもそのはず、この賢者は生まれてから死ぬまで両親にしか会ったことがないのだから。
アルバーニーさんのお店は、肉料理をメインとしながら野菜料理も提供しているそうだ。そのお店はそれほど大きくはないが、丸太を組み上げて作ったのであろう、木のぬくもりが感じられる建物となっている。
食材も自然の物にこだわっていて、材料を取りにアルバーニーさん自ら現地に行くこともしばしばあると聞いた。
コンコン
『ホワイトエプロン』という店の名前と、エプロン姿のコロンとした女の人が彫られているドアをノックする。
(この絵の人物、どこかで見たような?)
【この看板じゃ、かわいい店員は期待できないな……】
朝早くだというのに、ブレない賢者だこと。
「誰だ、こんなに朝早く! うちの店は昼からの営業だぞ!」
中から不機嫌そうな大声が聞こえたかと思うと、ドシドシと歩く音が聞こえドアが勢いよく開いた。中から出てきたのは、背は十三歳の僕より少し大きいくらいだが、横幅は三倍はありそうなずんぐりした体型の男性だった。
白いコックコートの左胸には、『アルバーニー』と刺繍しているところから、この人があのアルバーニーさんに間違いないだろう。
「誰だ、貴様は?」
丸い顔に不釣り合いな鋭い眼光を光らせて、足のつま先から頭のてっぺんまで僕を見つめた後、不機嫌そうにそう言い放った。
「僕の名前はライトと申します。料理人を目指し、田舎から出てきました。かの有名な、アルバーニーさんの元で修行をつけてもらいたくてここまで来ました。ぜひ、弟子にしてください!」
「却下」
僕が頼み終えるか終えないかのタイミングで断られてしまった……しかし、こんなところで引き下がるわけにはいかない!
「そこを何とかお願いします! 雑用でも何でもしますから!」
「そんなもの間に合ってるわい。毎日毎日、お前みたいに弟子入りを希望する者が来て迷惑しているくらいだわい!」
いくら頼んでも頑として首を縦にふってくれないアルバーニーさん。さすがの僕も無理なのかと諦めかけたその時……
「あんた、こんなに朝早くからなに大きな声をだしてるんだわさ?」
店の奥から、白いエプロンを着けたコロンとした体型の中年の女性が現れた。
(この人、店のドアに彫ってあった絵の人にそっくりだ。この人をモデルにあの絵を彫ったのか……あれ? この人は……)
「あー、また弟子にしてくれって来てるんだわい。こんなに朝早くに来たヤツは初めてだがな。まあ、追い返すから気にしなくていいわい」
「ふうん。そうなのかい。でもどこかで聞いたことのあるような声だね。どれどれ」
そう言ってアルバーニーさんの横に立った人物は、まさしく昨日チンピラから助けたエイダさんだった。
「あら!? ライト君じゃないの! よくうちの店を見つけられたわさ! そうかいそうかい、うちの旦那に弟子入りしに来たのかい! あんた、この子の弟子入り試験をやっておやり!」
「えっ? なに? どうなってんだわい? 今、偉そうに断ってたわしの立場はどうなるんだわい?」
「ごちゃごちゃ言ってないで早く準備しなさい! それとも何か文句でもあるのわさ?」
「いえ、文句ないです。やります。やらせていただきますわい」
なんと言うことでしょう、怒濤の展開で弟子入り試験を受けることができそうです。これも、日頃の行いのおかげでしょうか。今更ながらに、衛兵さんが言っていた『運も必要だぜ』の意味がわかりました。
【ほれみろ、俺があの時助けに行けって言ったおかげだろう!】
(いや、たぶん違うと思うけど……)
なぜ今の会話の流れでレイがそういう結論に達したのか謎だけど、お手柄ほしい賢者の言うことは話半分に聞いておこう。
「あの、それで……」
「あー、こっちにこい。うちのかみさんがああ言ってることだし、試験だけは受けさせてやるわい。だが、勘違いするなよ。この試験で駄目なら、諦めてさっさと帰るんだわい!」
「はい! ありがとうございます!」
僕はアルバーニーさんの後ろについて、キッチンへと移動する。
「よし、お前にはこのロックバードの卵を使って、卵焼きを作ってもらうわい。そこにある道具は使っていい。その卵焼きで、わしを満足させることができたら弟子として認めてやろう」
握りこぶし2個分はある大きな卵を差し出しながら、アルバーニーさんが試験の内容を教えてくれた。
(卵焼きか。確かお母さんが言ってたな。卵焼きは泡立たないように卵を混ぜて、一気に卵を入れないようにするんだったな。後は火加減だけど……)
そう、卵焼きは火加減が大事なのだ。だけど、このコンロで火加減を調整するのはとっても難しい。燃えている火の大きさを変えることができないから、フライパンと火の距離を変えながら火加減を調整しなければならない。弱すぎてもだめ、強すぎてもだめ、その微妙な位置を調整しながら作っていくのはかなり難易度が高いのだが……
「
魔法を使える僕にとって、火加減の調整はとっても簡単なのだ。魔力をコントロールすることで火の大きさどころか、温度や形まで自由自在だ。
「あっ! ずっこいわい!」
それを見たアルバーニーさんが文句を言っているようだけど、僕は何もズルはしてないはずだ。そして、絶妙な火加減でふわふわの卵焼きを作ることに成功した。
「できました! さあ、どうぞ!」
完成したのはひとつの焦げ目もなく、黄色に輝くふわっふわの卵焼きだった。
「うむむむむ! これはちょっと悔しいが見事な卵焼きだわい」
「ほんとだわさ! この卵焼きなら今すぐうちのメニューに入れてもいいくらいだわさ!」
僕が作った卵焼きに、アルバーニーさんもエイダさんも十分満足してくれたようだ。
「よし、男に二言はないわい! お前を今日からわしの弟子にする。だが、わしの指導は厳しいぞ。しっかりついてくるんだわい!」
「はい! ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」
こうして僕は、運良くアルバーニーさんの元で修行をさせてもらうことになった。
「……ところでさっきの火の魔法のことだが……もっと火力を上げたりすることもできるのか?」
弟子になったのも束の間、アルバーニーさんが子どものようなキラキラした目で、そんなことを聞いてくる。
「はい、できますね。それこそ、肉の塊が一瞬で消し炭になるくらいの火力まで出せます」
「ぬぉぉぉぉ!! それは本当か!? 実は、店にあるコンロでは火力が足りなくて、作るのを諦めていた料理がいくつかあるのだが、ちょっと協力してもらえんだろうか?」
なるほど。コンロの火力じゃ作れない料理もあるっていうことか。どんな料理なのか興味があるし、師匠の料理を手伝うのも弟子の仕事だよね!
「任せてください! というか、僕は弟子なのでどんどん命令してくれて結構ですよ!」
「よく言った! さすがわしが見込んだ男だわい!」
「見込んだのはあたしだわさ……あんたは追い返そうとしてただわさ」
「うっ、それはそうだが……」
何だかエイダさんの前では、アルバーニーさんの威厳も台無しだけど、新しい料理の手伝いなら僕も楽しめそうだ。
それから開店までの時間を利用して、下ごしらえをしつつ新作料理をいくつか試してみた。どれもアルバーニーさんの予想通り上手くいったんだけど、中でも高温で一気に焼いた、中はジューシーで外側はパリパリのドラゴンの肉は絶品だった。食通のエイダさんですら、あまりのおいしさに一瞬声を失ったくらいに。
こうして僕は、焼き係を担当しながら料理のイロハをアルバーニーさんに教えてもらう日々がしばらく続くのだった。
【小太りのおじさんとおばさんに囲まれて何が楽しいのやら……俺としては若くてピチピチのかわいい店員がいることを願うばかりだ……】
レイのため息をよそに、僕はアルバーニーさんとの料理談義に花を咲かすのだった。
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