第29話 ビスターナを救え

 ~side クロム~


「クソ! 何でこんなことになってるんだ!?」


 ビスターナの冒険者である俺は、目の前のフォレストウルフを斬り捨てながら悪態をついた。


 ことが起こったのは一時間ほど前。突然魔物の群れが出没し、ビスターナの街めがけて侵攻を開始したのだ。その数、少なく見積もっても三百体。ほとんどがFランクからDランクの魔物ばかりだが、中にはCランクのゴブリンキングやワイバーンなんかも混じっていた。


 すぐに領主の元に報告が入り、お抱えの兵士達が対処に向かったのだが、とてもじゃないが防ぎきるのは難しそうだ。

 ギルドにも協力要請を出しているのだが、如何せん魔物の数が多すぎる。第一波は何とか食い止めたが、五十名ほどいた味方の兵士達も冒険者仲間も傷つき、死者こそまだ出ていないものの戦える数はその半分ほどになっていた。


「クロォム! これはまずいぞ! どうするのじゃ!」


 少し離れたところで、フォレストベアーと戦っているハワードさんの声が聞こえてきた。


「今、ランドベリーの冒険者ギルドに応援を要請している! ハワードさんよ! 何とか持ちこたえてくれ!」


 先ほど要請したばかりで、すぐに応援が来るわけもない。自分でも無茶なお願いをしているのはわかるが、こうするより他にない。

 俺達が逃げ出してしまったら、魔物は街になだれ込み、住民達を皆殺しにするだろう。大恩があるローレン家が治める街を、見捨てるわけにはいかないのだ。そう、メアリーお嬢さんのためにも……


「無茶言いおって! いや、しかし、それしかあるまい! このハワード・ダグラス、命に代えてもここは通さんぞ! ウォォォォー!」


 ローレン家の執事兼護衛隊長のハワードのじいさんが吠える。その声に、周りの兵士達も応え戦意を奮い立たせていた。


 しかし、もう目の前まで迫っている第二波は先ほどの倍ほどの数。これを持ちこたえるのは厳しいだろう。その間に、せめて領主様達だけでも逃げる時間が稼げればいいのだが。


「さあ、来い!」


 俺は愛用の槍を構え、目の前のゴブリンキングめがけて走り出した。




 ギィィィン!


 ゴブリンキングの大剣と俺の槍が交差する。


 以前、お嬢様を危険に晒してしまったとき、自分の力のなさを恨んだ。あの時は、突如現れたとんでもない威力の魔法に助けられ事なきを得たが、あれ以来鍛錬を欠かしたことはない。

 レベル上げにも精を出し、Cクラスの魔物なら単独で倒せるほどにまで成長した。現に、ゴブリンキング相手に互角以上に渡り合えていたわけだが……


「うっ!?」


 二体目のゴブリンキングの登場に形勢が逆転してしまった。さすがに、Cクラスの魔物二体を同時に相手にするのは厳しい。防戦一方に追い詰められ、徐々に身体の傷が増えていく。


「ぐわぁ!」


 叫び声にチラッと隣を見てみると、ハワードさんの盾がワイバーンの鉤爪に弾かれ飛んで行くところだった。バランスを崩したハワードさんに、横から現れたゴブリンナイトの剣が迫る。


「ハワードさん!」


 絶体絶命のピンチだが、俺も助けにいく余裕はない。それどころか、この状況では俺が倒されるのも時間の問題だ。ハワードさんと俺、死ぬタイミングが少しずれるだけなのかもしれない。


「ここまでか……」


 俺が死を覚悟したその時……


 突然、目の前にひとりの水色のローブを来た人物が現れた。本当に、何もないところから突然現れたのだ。


絶対防御アブソリュートディフェンス!」


 その水色ローブの人物が声を上げると、ハワードさんの身体が淡く光り……


 ギィン!


 ハワードじいさんの頭が、ゴブリンナイトの剣を弾き返した。もう大分薄毛なのに。


「うぉぉい!?」


 当のハワードさんも、何が起こっているのか理解が追いついていないようだった。




 ~side ライト~


 僕がビスターナの街に転移すると、今まさにゴブリンナイトに殺されそうになっている男性がいた。

 よく見るとかなり年配の男性だったので、慌てて張った結界が間に合ってほっとする。というか、どこかで見たことある男性だ。


【助けるなとは言わないが……じいさんか……】


 ちらっと後ろを見ると、ゴブリンキング二体に苦戦している赤い柄の槍を持った若い男性がいる。


「それなら! これでどうだ!!」


 僕はその場で気合いを入れ直し、数百体はいるであろう魔物達に"威圧"を放った。


 途端に、その場にいた全ての魔物達の動きが止まった。もちろん今回は指向性を持たせたので、人間達には影響がない。


 動きが止まった魔物達に、ここがチャンスとばかりに攻め込む兵士達。槍を持った男性もこの隙に、ゴブリンキング二体を無事に倒しきったようだ。


【助けるなとは言わないが……イケメンか……】


 人助けをしているというのに、いちいち横やりを入れてくる腐れ賢者の言葉は無視無視。


「ちょっと数を減らそうか」


 あまりに数が多いので、まだ街の外にいる多数の魔物を殲滅するために、まだ知識だけで使ったことがない大規模範囲魔法を放つことにした。


「右手に超新星爆発スーパーノヴァ、左手に隕石衝突メテオストライク、複合魔法灼熱流星群バーニング・メテオ・ストリーム!」


【ちょ!? おま!? それをここで使うのか!?】


 僕が選択したのは、炎魔法と土魔法の最上級複合魔法。なぜか一番記憶に残っていた魔法なので、これを選択してみたのだが……


「こ、これは失敗したかも……」


 レイがなぜ止めようとしたのかを空を見て理解した。見上げた空一面に、一つ一つが小さな村くらいありそうな炎の隕石が数にして三十個ほど見て取れる。僕は慌てて全魔力を振り絞り、街全体を覆う絶対防御アブソリュートディフェンスを展開した。


 物凄い轟音と振動、熱風が辺り一面に吹き荒れる。ビスターナの街こそ結界で守られているから無事だが、その周囲は一瞬で灼熱地獄と化していた。


 あまりの威力に、魔法を放った僕が呆然とその様子を眺めている。


【あー、やっちまったな……】


 レイの呆れた声が脳内に響き渡る。


 当然、周りの兵士達はもちろん魔物達ですら戦うのをやめて、立ち尽くしている。中には腰が抜けたのか、その場にへたり込んで神に祈りを捧げているものまでいた。


(これって、弁償すれとか言われないよね……?)


 しかし、この魔法で街の外にいた魔物は全滅。街の中に入り込んでいた魔物も、我に帰った兵士や冒険者のみなさんが退治してくれた。


【さて、残りはあいつだけだな】


 全ても魔物を殲滅し終えたかに思えたが、レイが言うように、少し離れたところに強い力を持つ魔物が潜んでいるのを、僕の探知が捉えていた。


 空間を転移し、その魔物の目の前に立ちはだかる。黒いタキシードに身を包んだ、少し神経質そうな青年が怒りの形相で僕を睨みつけていた。しかし、この青年が見た目通りの年齢でないことは明白だ。なぜなら、怒りに満ちた目は赤く、頭には二本の短い角が生えているからだ。


【おいおい、こいつは魔族なのか? 俺も本でしか読んだことはないが、赤い瞳と頭の角、間違いないだろう】


 魔族。人間よりも強靱な肉体。人間よりも遙かに高い魔力。自分達の種族しか認めず、魔族による世界征服を目論む種族。

 その排他的な性質より他の種族との交戦が絶えず、特に反逆戦争以降弱体化された他の種族に積極的戦争を仕掛け、逆に団結した人間達に滅ぼされる寸前まで追い詰められたのだ。


 ここ百年くらいは、その存在が確認されておらず、僕も本でしか見たことがなかったが、レイも同じ結論に達している。目の前にいるのは、紛れもなく魔族なのだ。


「グヌヌ! あと少しで任務を達成できたものを!! 貴様が現れた途端に結界が張られ、見たこともない攻撃魔法が放たれ、挙げ句の果てに空間を渡って私の目の前に!

 現代人は、複数のジョブのスキルを使うことはできないはずだ! 貴様はジョブ重複ダブルいや、ジョブ三重複トリプルとでもいうのか!?」


「ジョブ重複ダブル? ジョブ三重複トリプル? よくわかりませんが、それよりあなたは魔族ですね? なぜ魔族がこんなところに? それに任務とはどういうことですか?」


 ここ百年間姿を現すことがなかったから、絶滅したのではないかと思われていた魔族。しかし、実際生き残った魔族が現れ、それどころか任務とか口を滑らせている始末。明らかに他にも魔族がいて、何かを企んでいるのに違いない。


「黙れ! 貴様は危険だ! ここで殺す!」


 どこからともなく取り出した黒い槍を構え、怒りに満ちた目で僕を睨みつける魔族。



 名前 :ザムス・F・デラクール

 性別 :男  

 種族 :魔族

 レベル:75

 クラス:A 


 体力 :1055

 魔力 :1108

 攻撃力:708

 防御力:706

 魔法攻撃力:1091

 魔法防御力:1072

 敏捷 :711

 運 :214


 ユニークスキル

 闇属性


 ラーニングスキル

 ―


 鑑定の結果でも間違いなく"魔族"と出ている。


【おい、ライト。名前の真ん中にFってあるだろう。魔族は確かSが最高位で、次のAから下がっていく毎に位も下がっていくはずだ。Hが最低ランクだから、この魔族は中位の下ってところだな。これでも魔族の中では下っ端なんだが……問題はなぜこいつがこんなところにいるのかってことだな……】


(このステータスで下っ端だなんて……)


 正直、さっきの数百体の魔物より、この魔族一人の方がよっぽど危険だと思った。何やら不穏なことも口走っているみたいだし、嫌な予感がしつつも僕は向かってくる魔族を迎え撃つことに決めた。

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