第24話 vs ゴールドリオン

 僕らは、二十層のフロアマスターがいる手前の小部屋で一晩明かした。昨晩は、対ゴールドリオンの作戦を話し合っていたが、結局これといった案が出なかったため、朝起きてから再度作戦を考えることにしたのだ。


「さて、誰かいい作戦を思いついた人はいないかい?」


 ブライアンさんがそう切り出して、昨夜に引き続き作戦会議がスタートした。


「昨日も話に出ていたが、相手が雷属性ということは、相性のいいメグの炎魔法が切り札になると思う。そのために、他のメンバーがどう動けばいいのかを話し合ってはどうだろうか?」


 ジェフリーさんの提案にみんなが頷く。


「さすがに今回の相手は、ライトの結界に頼るのは危険だと思うから、メグを守るためのフォーメーションを考えないとな」


 ティーダさんが『メグを守る』というところを強調しながら、ジェフリーさんに続いて発言する。


【お前の結界も随分と甘く見られてるな。ライトの魔法防御力の前では、ゴールドリオンの攻撃力なんて屁みたいなもんだけどな】


 何だかんだいいつつも、僕が悪く言われたときは一応慰めてくれるんだよね、この賢者さんは。


(ありがとう。でも、万が一があるかもしれないから、やっぱり油断はできないよ)


 僕なんてまだまだ冒険者に成り立てだから、油断なんてもっての外だ。


【いや、油断でどうこうなるステータス差じゃあない気がするんだが……】


「もちろん俺が先頭に立ってメグを守ろう」


 ティーダさんの発言にブライアンさんも、負けじとメグさんを守るアピールをする。その両者の目から火花が散っているように見える。


「私はライトに守ってもらうから大丈夫。それより、敵の動きを止める方法を考えて」


 メグさんにバッサリ切られ、哀れな表情を浮かべる二人。


【おい、今告白したら付き合えるんじゃねぇのか?】


(せっかくお礼を言ったところだったのに、台無しじゃないかこの色ぼけ賢者は……。そしてメグさん、さりげなく僕を巻き込まないでほしい……)


 二人の恨みがましい視線を浴びながら、作戦会議は進んでいく。


「しかし、万が一ゴールドリオンがLv45だったら、動きを止めるのは難しいのでは?」


 唯一、被害を免れているジェフリーさんの意見は、微妙に的外れだ。実際問題、奥の部屋に控えているゴールドリオンのレベルは45だし、攻撃力と魔法攻撃力の合計が991だから、威圧されたら僕以外の全員が身動き取れなくなってしまう。

 とは言え、ぶっちゃけみんなのステータスを考えたら、40だろうが45だろうが大して変わらない。


【ライトが先に威圧しちゃえばいいんじゃね?】


(えっ!? 何言ってるの? 僕が威圧? だって僕の攻撃力と魔法攻撃力の合計は……3680だ。ゴールドリオンの動き止められるのかな? よし、相手が威圧を使ってきたらバレないようにこっちも使ってやれ!)


「そうだな、事前にレベルやステータスがわかるといいんだけど……まあ、こればっかりはやるしかないか」


 鑑定の結果については伝えてないから、結局はブライアンさんが出した『やってみるしかない』という結論に落ち着いたようだ。


 みんなが頷いているところを見ると、どうやら十層の時のように、撤退も視野に入れているらしく、まずはチャレンジしてみることになりそうだ。


(このパーティーは、ちょっと危機感が足りないような……威圧されたら、逃げることもできずに皆殺しにされちゃうと思うけど……何だか前に入っていたパーティーを思い出してしまう)


【うむ。その通りだが、お前がいれば何とかなるだろう。どうせ、この階までの付き合いだ。最後にいい思いをさせてやれ。そして、絶対メグたんには傷ひとつ負わせるなよ】


 レイの言い分ももっともだけど、『メグたん』はさすがに……


「ライト、物理防御フィジカルディフェンスを頼む」


 レイのこんな場面でもブレない姿勢に呆れていた僕は、慌てて全員に物理防御フィジカルディフェンスをかける。


(雷魔法があるから、魔法防御マナディフェンスも必要そうだけど……重ねがけはできないしなぁ)


 実は結界術のクラスがAになってるから、物理も魔法も防げる絶対防御アブソリュートディフェンスが使えるんだけど……さすがにそれをやったらメグさんに突っ込まれちゃうから使えない。


(相手の攻撃に合わせて、物理防御フィジカルディフェンス魔法防御マナディフェンスを切り替えていくしかないか)


【四人分それをやるとなるときつそうだな】


 レイの言う通り、相当きつい戦いになりそうだ。自分の力を誤魔化すのも楽じゃないよね。


 自分の役割を理解したところで、みんなも準備ができたらしく、あとはリーダーの号令を待つのみとなった。


「行くぞ!」


 ブライアンさんはそれだけ言うと、目の前の大きな扉を力強く開け放し、中へと踊り込んで行った。




 ▽▽▽




 大広間の中は、前の階の様に木々で覆われた部屋になっていた。その真ん中には、ぽっかりと開けた空間がある。さらにその中心にそいつはいた。


 金色に輝く毛並み。デュエルウルフより一回り大きな体。時折、体の表面をほとばしっているいかづち。土の上に寝そべっている姿でさえ王者の貫禄がある。


「本当にいやがったか! ゴールドリオンめ! 相手にとって不足なし!」


 ティーダさんが、メグさんに聞こえるように格好いいことを言ってるんだけど、不足なしどころかお釣りがくるくらい相手の方が強いよ。ほぼ全てのステータスが、倍以上あるから……


 ゴールドリオンも扉が開いた段階で気がついていたようで、こちらを見ながらゆっくりと身体を起こす。


「まずは俺達が引きつける! メグは魔法の準備を!」


「わかった」


 ブライアンさんの言葉に、詠唱を始めたメグさんだったが……


「えっ?」


 その目の前には、ゴールドリオンの爪が迫っていた。


 バシィ!


 鋭い音とともに吹き飛ばされるメグさんは、数メートル先の木に激突する。


「「「メグゥゥ!」」」


 三人が一斉に叫び声をあげるが、誰一人ゴールドリオンの動きについていけていないようだ。


 幸い、事前にかけておいた物理防御フィジカルディフェンスのおかげで、メグさんは無事だったのだが、逆に自分の攻撃で傷一つついていないメグさんを脅威だと判断したのか、ゴールドリオンが唸り声をあげた。


魔法防御マナディフェンス!」


 その唸り声を詠唱だと判断し、僕はメグさんに魔法用の結界をかける。


 バシュ


 一瞬遅れてメグさんの結界にいかづちが迸った。


(危ない、危ない。もう少し遅かったら、メグさんが黒焦げだった)


 最早、前衛二人は足手まとい以外の何者でもない。


 渾身の雷魔法も防がれ、ますますメグさんを執拗に狙うゴールドリオン。その攻撃を見極め、結界を次々と張り替える僕。


(なんだこの罰ゲームは!?)


 一瞬の遅れも許されない結界の張り替えが、僕の精神を消耗させていく。


(つ、疲れるぞこれは!?)


 メグさんは必死に抵抗を試みるが、その素早い動きについていけるわけもなく、衝撃で魔法を唱えることもできず、ただサンドバッグ状態になっている。


 それをオロオロしながら見守る三人衆。


 と、その時、ゴールドリオンが大きく息を吸い込んだ。


精神防御マインドディフェンス!」


 威圧の予感を感じ、とっさに結界術Bクラスの精神防御マインドディフェンスをかけた。


「グゥオォォォ!」


 精神防御マインドディフェンスで威圧を防ぐことができるのかわからなかったけど、どうやら上手くいったようだ。状況は何も変わっていないけど。


 そこからは、物理、魔法、精神の3種類の結界を使い分け、メグさんをそして、無理やり戦闘参加して反撃を受けている前衛2人を守る。


 二人が参戦したことで、僕の負担が三倍に膨れ上がった。


(思考加速と並列思考のスキルは持っているけど、育ってないからこの状況はきつい!)


 レイのアドバイスもあり何とか持ちこたえているが、ゴールドリオンの一方的な攻撃に、段々と余裕がなくなっていく。


 ブライアンさんとティーダさんの攻撃はまるで当たっていないし、メグさんが隙を見て放つ魔法もダメージを与えるに至っていない。かといって、逃げ出す余裕もない。このままじゃ、いつか誰かが犠牲になってしまう。


 そして、僕の精神的疲労は限界を迎え……


「もう限界です!」


 味方に物理防御フィジカルディフェンスをかけた瞬間を狙って、僕は叫んでいた。


 途端に身体を硬直させ、動かなくなるゴールドリオンと龍の爪ドラゴンクロウのみなさん。どうやら僕の威圧が、上手いこと聞いてくれたようだ。


「む? 身体が!?」

「うぉぉぉ!? 動けない!」

「わ、私としたことが」

「これは……威圧?」


 やはり誰も威圧のことを予想していなかったようだ。というか、僕が精神防御マインドディフェンスで防いでいなかったら、最初の威圧で動けなくなってるところだったし。


(よし! 全員硬直したようだね)


「あー、ゴールドリオンが雷を吐こうとしています!」


 ゴールドリオンも硬直しているから、雷を吐くなんて全くの嘘なんだけどね。僕だとバレずに倒す準備をしてるわけさ。


 シュ……ドッゴォォォォン!


 僕が無詠唱で作り出した火の玉は、異常な温度と大きさを保ったまま、これまた異常なスピードでゴールドリオンに着弾し、その上半身を吹き飛ばしてしまった。


「あー、なぜか岩が落ちてきてゴールドリオンの頭に当たったー!! これは痛い! 雷を吐こうとしていたところで、口が塞がり頭が爆発してしまったー!」


 状況は全く違うが、僕が倒したとバレないようにさもそれっぽく実況してみました。


【どうでもいいけど、棒読みな上、現実味に欠ける言い訳だな……】


「「「…………」」」


 レイと同じことを考えているのだろうか、硬直して寝ているみなさんに無言で突っ込まれながらも、未完成の迷宮ラビリンス二十層を無事突破したのだった。

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