第21話 十一層の先に

「おはようございます」


 翌朝、龍の爪ドラゴンクロウのみなさんと、待ち合わせ場所である未完成の迷宮ラビリンスの入り口で挨拶を交わす。


 それから僕達は、十層の転移石に魔力を登録しているので、通常の入り口からではなく、入り口の横にある小部屋へと入っていった。僕にとっては周りの冒険者達の羨望の眼差しが痛いのだが、龍の爪ドラゴンクロウのみなさんは、逆に胸を張って小部屋へと入って行く。


(よーく考えたら、この人達十層のフロアマスターを倒してないんだよね。それなのにこんなに堂々と入っていけるとは……きっと心が強いんだね!)


【いや、何も考えてないだけだろう】


 なぜか今日は辛辣な賢者の言葉が痛い。


 入り口の魔方陣から、昨日見たばかりの十層の小部屋へと転移する五人組。


「さて、ここからは未知の領域だから気を引き締めていこう」


 当然、いつまでも浮かれていられないのは承知なのだろう、リーダーのブライアンさんの一言でみんなの表情が冒険者のそれに変わった。


(とりあえず、余計な噂が立たないようにレベル相応の結界師の役割に徹しよう)


【まあ、そうだな。だが、優先してメグに結界を張るのを忘れるなよ】


 ちゃんと全員平等に扱おうと心の中で決めてから、僕はみんなの後ろについて歩き始めた。




▽▽▽




「こ、これは一体!?」


 十一層に一歩足を踏み入れたブライアンさんが、目の前の光景を見て驚きの声を上げた。


「まさかこれほどとは……」


 次に入ったティーダさんも似たような反応をする。


 メグさんとジェフリーさんも声には出さなかったが、眉間にしわを寄せこの階層の攻略の難しさを感じているようだ。


 そして最後尾から、驚いている四人の隙間を縫って僕が見た光景は、通路の壁が見えなくなるほど、蔦や草木が生い茂っている光景だった。いや、そもそも壁が存在しているのかも怪しい。そこはまるで、ジャングルに迷いんだかのようだった。


【ほー、これはすごいな。建物の中にジャングルとは。どうなってるんだ地下迷宮ダンジョンとは】


 この光景には、物知り賢者も驚いている。


「噂には聞いていたが、これほどとは思わなかった」


 ブライアンさんのささやきが聞こえてきたが、それでもいつまでもここに立ち止まっているわけにはいかない。不意打ちに注意するように指示を出して、リーダー自ら先頭に立って片手剣で草木を払いながら進み始めた。


 実は事前に、『この未完成の迷宮ラビリンスは、十一層から十九層までは森のようだ』という噂は聞いていた。しかし、十層までの無機質な迷路そのものの感じから、せいぜい壁や天井に蔦が絡まっている程度を予想しかしていなかった。


 たが実際は、生い茂る植物で壁どころか床や天井まで見えない。二十層を突破したパーティーが極端に少ないのは、フロアマスターが強すぎるのだろうと勝手に予想していたのだが、どうやらこの道中にも原因がありそうだ。


 普通のパーティーでは、下へ降りる階段を探すのがとんでもなく難しいのではないだろうか。普通のパーティーには……


 だけど僕は気付いちゃったんだ。このフロアは隙間なく植物が覆っているから、探知である程度構造がわかっちゃうことに。探知万歳。


 どうやらこの階層は、十層までより通路が広く天井も高い。さらに、大きな部屋が短い通路でいくつも繋がっている構造をしているので、まず先へ進むための通路を探すのが困難になっているようだ。


 その上、木や草の陰からの不意打ちや、木の上からの攻撃、地面も土が積み重なっているので、地中からの攻撃にも気をつけなければならない。


 だけどそんな不意打ちも、探知を持ってる僕には関係ない。下にいようが、上にいようが、木々に隠れていようが丸見えだ。


 そして、草木が多いせいか探知にかかる魔物は動物系が多いみたいだ。


(一番近くにいるのは……デュエルウルフという魔物二体か)


 僕は探知と鑑定を併用して、近くの魔物を調べてみた。


[デュエルウルフ:Lv30:体力286:魔力155:攻撃力322:防御力296:魔法攻撃力―:魔法防御力―:敏捷―:スキル―]


 いきなりゴブリンキングと同レベルの魔物だ。普通に、十層のフロアマスターを倒したパーティーでも、苦戦するのではないかと思われる。ましてや、十層を実力で突破していない彼らなら尚更に。


 これは危険だと思ったので、不意打ち対策のために、あらかじめ全員に物理防御フィジカルディフェンスをかけておいた。目の前のジャングルを警戒するあまり、誰も気がついてくれなかったけど……


(先に進むためには倒さなきゃならないだろうから、やっぱり教えた方がいいよね)


【そりゃそうだろう。あえてメグを危険に晒すことはない】


 レイは同意してくれたけど、それはあくまでメグさんを中心に考えているからのようだ。


「ブライアンさん、正面で何かが動いた音がしました!」


 動機はどうあれ、レイも同意してくれたのであくまで五感で感じた雰囲気を出して報告してみた。


「本当か? 俺は何も聞こえなかったが…!? いた! あれは……デュ、デュエルウルフ!?」


 どうやら、相手よりも先に気がつくことができたようだが、デュエルウルフ相手にブライアンさんはちょっと腰が引けている。


「どうする? ブライアン」


 ティーダさんの問いかけにブライアンさんは……


「そうだな、多少回り道しても気づかれてしまう可能性が高い。どうせ戦うなら、不意打ちで少しでもダメージを与えておきたいな」


「なら、私が魔法を撃つ」


 ブライアンさんの考えを受け、メグさんが先制攻撃を買って出た。おそらく格上のデュエルウルフには、物理攻撃よりも魔法の方が、ダメージを与えられると考えたのだろう。


 しかし、そうなると真っ先に狙われるのは、メグさんになってしまう。もちろん、ブライアンさん達もそれはわかっているようで――


「メグのことは、俺が守るから安心してくれ」


 そう言って、メグさんの前に立ちはだかるブライアンさん。


「邪魔。まだ魔法を撃ってない」


 あっさり撃沈してしまった。


【あはは、どんまい! ブライアン!】


 辛辣賢者の高笑いが頭の中で響き渡っている。


「ふっ、それでは俺はその木の陰に隠れて、向かってきたところで、すれ違い様に首を狙うとしよう」


 ティーダさんは苦笑いしながら、目の前の大きな木の陰に身体を隠す。みんな正攻法では厳しいということがわかっているみたいで、奇襲で少しでもダメージを与えておこうと考えているようだ。


(それにしても、僕は何をすれば? 特に指示はなかったけど、何のために誘われたんだろうか?)


 実は、この時のブライアンさん達は僕の存在をすっかり忘れていたそうだ。長い間の習慣で、すっかり自分達の動きだけ確認して終わっていたというわけだ。


「いくわ。雷よ、鞭となりて絡みつけ雷の鞭サンダーウィップ!」


 そして、僕への指示がないままメグさんが唱えたのは、Cクラスの雷魔法だ。一筋の稲妻が鞭のようにしなり、手前にいたデュエルウルフの首に絡みつく。メグさんの魔法は確実にダメージを与えたが、一撃で倒しきるほどの威力はなかったようだ。


「グガッ!」


 突然の痛みに、叫び声を上げるデュエルウルフ。そして、二体一斉にメグさんを睨みつける。


 メグさんは、二体のデュエルウルフの殺気をまともに受け、声にこそ出さなかったが震えながら後ろへと下がった。


「よくやった、メグ! 後は俺に任せろ!」


 すかさずブライアンさんが、デュエルウルフ前に躍り出る。


 しかし、その時メグさんはジェフリーさんに肩を抱かれ、優しい言葉をかけられていた。


【ジェフリィィィィ!! その汚い手を放せぇぇぇぇ!!】


 怒れる賢者が雄叫びを上げる。どうでもいいけど、いちいち僕の脳内で叫ぶのは止めてほしい……


 そして、二体のデュエルウルフが一斉にブライアンさん目掛けて襲いかかるが――


 ザシュ!


 ティーダさんが後ろのデュエルウルフに狙いを定め、すれ違い様に短剣で首筋を切りつける。ティーダさんの攻撃力ではダメージを与えられるか微妙だったが、不意打ちの上、メグさんの魔法で弱っていた個体だったため、さらにダメージを追加することに成功した。


「よし、メグ! 雷の壁サンダーウォールを頼む!」


 その言葉を予想していたのだろう、メグさんはすでに詠唱を終え間髪入れずに、触れれば麻痺する雷の壁を作り出す。突如目の前に現れた雷の壁に、しかしデュエルウルフは素早い反応で跳び上がり、雷の壁どころかブライアンさんをも跳び越してしまった。


「キャァァァ!」


 メグさんの目の前に着地したデュエルウルフは、そのままメグさんに向かって大きな口を広げながら襲いかかった。

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