第20話 みんなで夕食会

 地下迷宮ダンジョンの十階層から転移してきた僕は、ランドベリーのギルドに戻る途中で、ブライアンさんからメンバーの命を救ってもらったお礼に、夕食をご馳走させて欲しいとお願いされた。


 夕食は一人で取るつもりだったけど、レイがしつこくこの話を受けろとうるさいので、ご一緒させてもらうことにした。

 まあ、レイの言うことを聞いたというより、たまには他の人と話しながら食事をするのももいいかと思ったんだよね。あっ! 決して、メグさんが美人だったからではないよ。




▽▽▽



 

 宿に帰ってきた僕は、一度宿に戻りローブと覆面を脱いで身軽になってギルドへと向かう。あの場では咄嗟に顔を隠したけど、上手くごまかせた今なら素顔で行っても大丈夫だろう。どのみち、ご飯食べるときは顔を隠せないし。



 カラン、コロン


 ギルドのドアが乾いた音を響かせる。


 一斉に僕を見つめる冒険者達の目。夕飯時、クエストから帰ってきた冒険者達で混雑する時間なので、当然その視線は多くなる。さらに、この時間に冒険者登録する人などいないので、十三歳の僕の姿に冒険者達が騒然となった。


「おい、誰だこんなところに子どもを呼んだヤツは?」


「坊や、ここはこんな時間に子どもがひとりで来るところじゃないぞ!」


 そんなヤジを一身に受けながら、小さくなってブライアンさん達を探す。


 するとすぐに、酒場の片隅のテーブルに着いているブライアンさんのパーティーを見つけた。


 混み合っている人達の隙間を縫って、お目当てのテーブルへとたどり着く。ただ、自分からいきなり席に着くのは失礼に当たるかと思い、とりあえずテーブルの横に立って様子を見ていたのだが……


「坊主、俺たちに何か用か?」


……あれ!? 気づかれていない!?


「あの、ここで夕食をご一緒させていただく……」


「夕食を一緒にだと? 他にも空いてる席はあるだろうが。それとも何だ、俺達に飯をおごれってことか?」


 まずい、最近忘れかけていたけど、かつていじめられていた記憶が蘇る。わざとではないとわかっているが、威圧的な言葉に無意識のうちに身体が固まってしまった。


「ちょっと待って。その声はライト?」


 ゴブリンキングを瞬殺する力のある僕の絶体絶命のピンチに、救いの手を差し伸べてくれたのはメグさんだった。


「は、はい! ライトです。結界師のライトです!」


 声だけで気づいてもらえたことが嬉しくて、思わず声が大きくなる。


【よし、俺が思ったとおり! 声だけでわかるなんて、メグは俺達に気があるぞ!】


(いや、それはないし、俺達って……レイは見えてないだろう……)


「「「えっ!?」」」


 テーブルについていた三人が、驚きの声を上げて一斉に立ち上がった。


「まさか、声からして若いとは思っていたけど、あの地下迷宮ダンジョンの十層をソロでクリアしたのが、こんな子どもだったなんて……」


 ジェフリーさんはガタッと音を立てて席を立ったかと思うと、そのまま呆然とした表情で立ち尽くしていた。他の2人も似たような反応だ。唯一、メグさんだけは慌てることなく、席についたまま僕の方をジッと見つめている。


【そんなに見つめるなよ、メグ】


 なぜか恋人気分の思春期賢者は放っておこう。


「とりあえず座る。話はそれから」


 メグさんの一言で、みんな我に返ったように席に座る。それから、改めて自己紹介をして、僕へのお礼兼、十層突破記念の夕食会が始まった。


【はい! ここで来ました古代恋愛術その2!】


 僕が久しぶりに一人じゃないディナーを楽しもうとしたタイミングで、割って入ってくる空気の読めない賢者。僕はあまりの大声に手が止まってしまった。


【女の子は意外と食べ方を気にする子が多い。ワイルドな食べ方が好きというマニアック女子もいないわけでもないが、その子達だって綺麗な食べ方が嫌いなわけではない。逆に綺麗な食べ方に好感を持つ女子は、ワイルドな食べ方には嫌悪感を示すぞ。さあライト。お前はどっちかな?】


 何か、食べ方についてワイルドだとか綺麗にだとか言ってるけど、そもそも僕は料理で生計を立てていた母がいる。食べ方についてだって、しっかり教育されているに決まっているじゃないか。


【あまいなライト。お前の食べ方の知識はあくまでも人間族だけのものだ。エルフやドワーフ、獣人の文化も学ばなければ、真に食べ方をマスターしたとは言えないぞ!】


(いや、今ここには人間しかいないし……)


【…………】


 まあ、ノリはバカみたいだけど、話の中身的には聞くべきところもあった。特に他の種族のテーブルマナーなんて考えたこともなかったけど、今後のことを考えると覚えておいて損はないと思った。嫌われるより、好かれた方がいいのは間違いないしね。


 そんな会話をしていたら、みんなもう食べ始めていた。


 ちなみに、ここで初めて知ったのだが、この四人は固定パーティーを組んでいて、竜の爪ドラゴンクロウという、そこそこ名の知れたパーティーでした。


 テーブルにはホーンラビットやオークの肉、緑や赤、黄色など色とりどりの野菜が並び、さらにブライアンさん達四人は、エール酒を勢いよく煽っている。お祝いと称しているだけあって、並んでいるのはなかなか豪華な料理らしく、通りがかった冒険者達はみな何事かと竜の爪ドラゴンクロウのメンバーに声をかけていた。


 そんな冒険者達に、嬉しそうに十層の転移石が使えるようになったと自慢しているブライアンさん。


 なぜこんなに上機嫌なのか聞いてみると、どうやらここを拠点にしているパーティーでも、未完成の迷宮ラビリンスの十層を突破しているパーティーは半分にも満たないようで、この十層の転移石を使えるというのが、一種のステータスとなっているそうだ。


 さらにクエストの中には、未完成の迷宮ラビリンスの十層よりも下の階層に出る魔物を対象にしたものも少なくないようで、十層の転移石を使えるだけで、受けることができるクエストが大幅に増えるのだ。


 そしてこれが二十層の転移石となると、使える者は数えるほどしかいなく、さらなるステータスが約束されているとブライアンさんが熱い口調で教えてくれた。


「そこでだ。ライト君。折り入ってお願いしたいことがあるのだが」


 四杯目のジョッキを開けたあと、顔を真っ赤にしたブライアンさんが、改まった様子で僕の目を見つめてそんなことを言い出した。


「な、何でしょうか?」


 ブライアンさんの熱い視線に、少々気圧されながらも、一応話を聞く姿勢を見せる。


「君は、その若さで未完成の迷宮ラビリンスの十層を踏破してしまう程優秀な結界師のようだ。ただ、どうもそれ以上の何かがあるような気がする。正直、ものすごーく興味があるのだが、君はあまりそれを聞かれたくないように見える。そこで、我々は一切事情を詮索することはしない。その上で、未完成の迷宮ラビリンスの二十層突破を手伝ってもらえないだろうか?」


 そうきたか!? しかし、僕なんかがそんなに役に立つとは思えないけど。しかも、パーティーを組むと前回と同じようになってしまうかもしれない。せっかく来たばかりなのに、また移動する羽目になるのは嫌だなぁ。


 そんなことを考えながら、竜の爪ドラゴンクロウのみなさんの顔をみると……


(みんなめっちゃ期待してる……)


 みんなお酒が入っているせいか、顔を赤らめながら見つめてくる。あの冷静なメグさんですら、瞳を潤ませて期待に満ちた目で見つめてきた。


【これは断れないだろう!】


(こ、断れるわけがない……)


 受け取り方は違うだろうが、初めてエロ賢者と意見が合ってしまった。しかし、それだけメグさんの視線が熱かったのだ。


 かくして僕は、明日もまた竜の爪ドラゴンクロウのみなさんと地下迷宮ダンジョンに潜ることになってしまったのだった。

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