第16話 閑話 シリルのその後②

~side シリル~


「おい、野郎ども明日の獲物はランドベリーのとこのダリルだ。気合い入れて行けよ!」


 俺が野盗の集団『血塗られた盾』に入ってから一週間ほどが経ったある日の夜、頭のゴランが仲間を集め次の仕事の話をした。この一週間でわかったことだが、『血塗られた盾』は斧戦士のゴランを中心に、剣士や盗賊など二十名ほどの構成員がいる。主な獲物は街道を通る商人の隊列だ。


 頻繁に商人達を襲えば、街の衛兵や冒険者達が討伐に乗り出す危険があるため、定期的に拠点を変えながら月に二~三回のペースで強奪を繰り返している。明日はランドベリーでも有数な商人の一行を襲うようだ。


「ダリルと言えば、チーム荒波レイジングウェーブと懇意にしている商人だな。あそこは斧戦士ばかりだからな、俺達の出番ってわけだ」


 ゴランの右腕、盗賊のクルガの独り言が聞こえる。確かに斧戦士のパワーは驚異だが、それも当たらなければ意味がない。盗賊のように敏捷が高いジョブなら、戦いやすい相手と言えるだろう。


「油断するな。今回は他のパーティーも雇ってるみてぇだから挟み撃ちにするぞ。俺様が十人で正面から行くから、クルガ、五人ほど連れて背後に回れ。残りのヤツらはこの洞窟で待機だ。女どもを逃がすなよ」


 ゴランの指示に、野盗どもがそれぞれ下品な返事を返す。


 一応、野盗とはいえそれなりに作戦を立てていくようだ。相手の情報もきちんと集めている。こう言っちゃ何だが、きちんとした野盗の集団のようだ。


「おい、新入り。お前は俺と一緒に来い」


 俺はクルガに言われ、背後からの奇襲部隊に入ることになった。ちなみに、リビーとグレースはゴランの左右に抱かれている。リビーは俺を睨みつけているが、グレースは無表情のまま何もない空間を見つめていた。どうやら何かが壊れてしまったようだ。


 


▽▽▽




 翌日、野盗に似つかわしくなく早起きした俺達は、朝一番で商隊を襲う準備を始めた。何でも、夜は決められた場所でいくつかの商隊が集まって野営をすることが多く、必然的に護衛の人数も多くなるため、朝や昼に襲うことが多いそうだ。今回はビスターナからランドベリーに戻る商隊がダリルのところだけだから、朝狙うことに決めたようだ。


 森の中を音を立てないように進む野盗達。街道近くに来たところで、ゴラン率いる主戦力グループとクルガ率いる背後奇襲グループに分かれる。


 しばらくすると、三台の馬車が並んで走ってくるのが見えた。おそらくアレが今回の獲物だろう。先頭の馬車の周りには三人の斧戦士と一人の魔術師が辺りを警戒しながら、馬で併走している。そして、最後尾の馬車は男二人、女二人のパーティーが同じように護衛していた。


『血塗られた盾』の一員になってから一週間、俺はこっそり魔物を倒しながらレベル上げをしていた。冒険者ランクはもう上がらないが、剣技スキルはすでにCクラスに到達している。その辺の冒険者には負けないはずだ。

 だが、最後尾を護衛している冒険者達に見覚えがあった。確かヤツらは竜の息吹ドラゴンブレスと言って若いながらも四人全員Dランクの優秀なパーティーだ。ジョブも"剣士"、"盾士"、"黒魔道士"、"白魔道士"とバランスがいい。人数は六人とこちらの方が多いが、まともにやればEクラスも混ざっているこちらの負けだろう。


 俺が戦力を分析している間に、前方の方で戦闘が始まったようだ。チーム荒波レイジングウェーブは四人。対する血塗られた盾はゴランも含めて九人。人数の不利をなくすために、すぐに竜の息吹ドラゴンブレスのヤツらが呼ばれるだろう。そうすれば、がら空きになった最後尾を俺達が狙うって寸法だ。


 ところが、戦闘が始まってしばらくするのに、一向に竜の息吹ドラゴンブレスが動く気配がない。しかもまだ前方からは戦っている気配はある。考えたくはないが、ゴランを含めた十人がたった四人に……いや、戦いが始まる前に真ん中の馬車から子どもが一人飛び出していったから、たった五人に苦戦しているということなのか。


 奇襲組を率いるクルガに焦りの表情が浮かぶ。大抵こういう時は冷静な判断を下せないってのが相場だが、この凡人であろうクルガも例に漏れず冷静さを欠いた選択をしてしまった。すなわち、護衛がまだ残っているのにもかかわらずの突撃だ。


 確かに人数はこちらの方が多いが、こっちには魔法使いがいない。一対一サシでの戦いならいざ知らず、集団戦では魔法使いの有無は戦況を大きく左右する。それすらわかってない段階でこちらの負けは確定だ。


 俺は一番後方から突撃する振りをして、直ぐに踵を返すと一本の大木の陰に身を隠した。そこから様子を窺っていると、案の定クルガ達はあっさりと斬り捨てられ、その直後に荒波レイジングウェーブの連中が最後尾を確認しに来やがった。


 ヤツらは全員の無事を確認した後、すぐにその場を後にしたから、俺は倒されたヤツらの元に駆け寄り自分の剣に血をつけてから、残った仲間が待つ洞窟へと戻るのだった。




▽▽▽




「ぜ、全滅だと!?」


 俺は洞窟へと戻った後、洞窟の入り口で待っていた五人にことの顛末を説明した。ただし、多少の脚色を加えてだが。


「ああ、俺は何人か斬り捨てることができたんだが、如何せん他の仲間が全滅してしまっては多勢に無勢だった。あいつらを撒きながら戻ってくるので精一杯だったよ」


 残っていた連中が、俺の右手にある血で濡れた剣をチラッと見る。


「そ、それで俺達はどうすればいいんだ?」


 俺の偽装が功を奏し、元々Eクラスしか残っていなかった残留組は新参者の俺に意見を求めてきた。


(よしよし、後一押しだな)


「こうなちまったら俺達で『血塗られた盾』を引き継ぐしかないな」


「あ、ああ。だが下っ端六人しか残ってないけど、大丈夫なのか?」


 せっかくの俺の提案に気弱な発言をする連中の背中を、俺はそっと後押しする。


「まあ、俺に任せてくれれば何とかなるだろう。それよりもお前達、もう『血塗られた盾』は俺達しか残っていない。あの二人はお前達が好きにしていいぞ」


 俺の言葉にキョトンとする五人。しかし、その意味を理解した途端に全員が好色の笑みを浮かべた。


「まじか!? いつもゴランさんと一緒にいたから諦めてたけど、あのかわいい女達を一度でいいから抱いてみたいと思ってたんだ! グヒヒ、シリルさんよ! 俺はあんたについて行くぜ!」


 下品な笑いを浮かべながら、俺について来ると言った五人が洞窟の中へと入っていった。


 俺はすぐ後に洞窟内に響き渡ったリビーの叫び声を聞きながら、この『血塗られた盾』をどう利用していくのかを考えるのだった。

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