第12話 vs ワイバーン

 フォレストウルフを倒した銀の雫シルバードロップのメンバーはさらにその後、フォレストウルフを6体、フォレストベアーとフォレストボアを1体ずつ倒した。


 残念なことに、銀の雫シルバードロップのみなさんは一度の攻撃も受けることなく全て倒してしまっているため、僕は今のところ戦闘には全く貢献していない。


 それでもレベルがひとつ上がったのは、採掘師のユニークスキル"経験値共有"のおかげだろう。何だか、このパーティーに寄生しているようで申し訳ない気持ちだ。


 まあ、僕にとっては残念だけど、わざと攻撃を受けてくれとも言えないし、『結界師なんて出番がない方が上手くいってるってことか』なんて悟りを開いてしまったり……


 ヒューゴさん達もみんな、レベルが1つずつ上がり順調なレベル上げを楽しんでいるようだった。


【なあ、一回くらい噛まれても平気だろ? 何ならアレだ。わざと転んで怪我してもいいぞ?】


 僕の脳内賢者は、未だにエイミーさんから優しく治癒魔法をかけてもらう作戦を遂行中らしい。無視し続ける僕にお構いなしでしゃべり続けている。よくもまあそこまで情熱的になれるものだ。


 そして今は、キースさん発見したFランクのゴブリンの群れをみんがが退治している。ゴブリンの討伐はFランクの常設クエストなので、僕だけのためにその討伐部位を集めてくれているのだ。


『やっぱり優しくていい人達だなー』なんて考えている時だった。異変は起こったのは。


【おい、ライト気づいてるか?】


 腐っても賢者。いち早く異変を察知している。


(うん、わかっている。僕の探知に強い魔物の反応があった)


 鑑定や探知は使用すると魔力を消費するんだけど、『戦闘中は常に探知を使っておいた方がいい』というレイのアドバイスのおかげで、いち早く魔物の存在に気づくことができた。


(こういうところは優秀なのに……)


【ん? 何か言ったか?】


 さらに僕とレイが、こちらに猛スピードで向かってくる魔物について議論を交わしていると、ゴブリンを退治していた銀の雫シルバードロップの方でも異変に気がついた人がいた。


「ヒューゴ、何かがおかしくありませんか?」


 白魔道士のエイミーさんだ。おそらく、後方支援のため全体を見渡していたから気がつけたのだろう。


「ん? どうしたエイミー? 何かおかしなことでもあったかい?」


 ゴブリンと戦闘中のヒューゴさんは、格下を相手にしているので会話する余裕はあるが、その異変には気がついていないようだった。


「森が……静かすぎる?」


 キースさんは、エイミーさんの一言で気がついたみたいだ。


 そして、ヒューゴさん達と戦っているゴブリン達の方が、異変を敏感に感じ取っているようで、何かに怯えたように辺りをキョロキョロと見回している。


 その様子を見たヒューゴさんも、ようやくゴブリン達が自分達に怯えているのではないことに気がついたようだ。


 そして何かのプレッシャーに耐えきれなくなったのか、奇声を発しながら逃げ出すゴブリン。


 その時、辺りが突然暗くなり、上空から大きなものが羽ばたく音が聞こえてきた。


 バキバキ!


 みんなが頭上を見上げると、体長五メートルはあろうかという巨大なワイバーンが、木の枝をへし折りながらこちらへ向かって来るところだった。そして、地響きとともに、その巨体がヒューゴさんの前に降り立った。


[ワイバーン:Lv40:体力604:魔力182:攻撃力―:防御力―:魔法攻撃力―:魔法防御力―:敏捷―:スキル―]


 ワイバーンは翼の生えた巨大なトカゲのような姿をしており、鋭い爪に強靭な顎、口からは火球を吐き出すなどその戦闘力は侮れないが、知能は低く魔法も使えない。

 何ランクの魔物かはわからないが、今の僕の結界術の練習相手には丁度よさそうだ。


「ヒューゴさん! フォレストウルフよりは強そうな魔物が出てきました。やっと僕の結界の出番ですね!」


 ワイバーンを見て固まっていたみんなが、我に返ったように叫んだ。


「「「いや、そこは違うだろ!」」」


 なぜか一斉に否定されてしまった。おかしいな。弱い魔物だと攻撃が当たらなくて出番がなかったから、今度こそ僕が活躍できると思ったのに。


「そんなこと言ってる場合じゃない! 俺が殿しんがりを務める。逃げるぞ!」


 せっかく僕の出番だと思ったのに、なぜか逃げると言い出したヒューゴさん。ちょっと腑に落ちないけど、リーダーの指示には従わないとね。しかし、みんなが踵を返そうとしたその時、ワイバーンが大きな咆哮を上げた。


「っつ!?」


 その咆哮を聞いた途端、なぜか身体を硬直させて地面に倒れる銀の雫シルバードロップのみなさん。こんな状況で、そんなに固まってたら普通に攻撃されちゃうと思うんだけど、何してるんだろう?


「どうしたんですか、みなさん? なんで固まってるんですか?」


「ワイバーンの咆哮にやられた! ってか何でお前は動けているんだ!?」


 どうやらワイバーンの咆哮には、威圧と同じ効果があるようだ。


 威圧とは、攻撃力や魔法攻撃力が高い者が使えるスキルのようなもので、受ける側の攻撃力と魔法攻撃力、もしくは防御力と魔法防御力の合計が相手の攻撃力と魔法攻撃力の合計の半分を超えていない場合、身体が硬直し身動きが取れなくなってしまうのだ。


 その持続時間は、ステータスの差が大きいほど長い。もっとも、連続して使えばその効果は激減してしまうのだが。


 今の僕じゃわからないけど、全員が固まってしまったところを見ると、ワイバーンの攻撃力が相当高いということなのだろう。


 ちなみに威圧については、後でレイに教えてもらって知った。


 そして、無防備になったヒューゴさんにワイバーンの鋭い爪が振るわれる。その時そんなことを知らなかった僕は、『ヒューゴさんは逃げるって言ったけど、僕のために敢えて結界を張るチャンスを与えてくれたんだ』と思い、感謝の気持ちを持ちながら声高々にこう叫んだ。


物理防御フィジカルディフェンス!」


 僕が銀の雫シルバードロップ全員に張った結界は、その後のワイバーンの攻撃を一切受け付けなかったのだ。




 ~side ヒューゴ~


 僕の名前はヒューゴ。レベル23になりたての剣士で、一応、銀の雫シルバードロップという固定パーティーのリーダをやらせてもらっている。


 銀の雫シルバードロップは、僕がレベルが近い冒険者を勧誘して作ったパーティーだ。結成してから一年ほど経ち、全員がもうすぐDランクにあがりそうな、将来が有望視されているパーティーのひとつだ。


 そんな僕らが、一人の結界師とパーティーを組んだ時の話だ。


 その日は、前の日から決めていたように、剣士の僕、斧戦士のヒューゴ、弓術士のキース、白魔道士のエイミーの四人で、レベル上げをするためにミストの森に行こうとしていた。


 ただ、いつもの習慣でいいクエストがないか掲示板をチェックしていたところ、右下のパーティー参加希望スペースに、レベル20の結界師のメンバーカードが貼られているのが目に入った。


 レベルも近いし、結界師なんて珍しいから誘ってみることにしたんだ。


 そこで僕らの前に現れた彼は、ライトと名乗る少年だった。あまりに若く見えたので、実際に年齢を聞いてみると、十三歳ということで本当に若かった。正直、自分が十三歳の頃はまだ学校の中等部に通っていたので、その年でレベル20に達してるなんて『天才か?』と思った記憶がある。


 だけど結界師というジョブ柄、格下相手のフォレストウルフやゴブリン達と戦っている間は、その出番は全くなかった。なぜなら、僕らが攻撃を受ける機会が一度もなかったからだ。


 その後、フォレストベアーやフォレストボアを倒したところで、僕は小さな違和感を感じた。全く戦闘に参加してしていなかったライト君が、レベルが上がったとお礼を言ってきたのだ。他のメンバーは、その異常さに気がついていないようだったから、僕も敢えて触れないようにしていたのだが。


 決定的におかしかったのは、Cランクの魔物、ワイバーンが突然現れた時だった。


 まずワイバーンの威嚇に、我々、銀の雫シルバードロップのメンバーは全く動けなくなってしまった。油断していたわけではないが、ワイバーンが威嚇を使えると思っていなかった僕のミスだ。

 地面に倒れ伏した僕は、周りの状況もわからず、唯一動かせるのか口だけ。どうやら、他のメンバーも僕と同じ状況のようだった。


 たったひとつのミスで、命を失う羽目になる。わかっているつもりだったが、結局は『つもり』なだけだったのだ。自分のミスで、仲間の命が失われてしまう。


 最初にして、最大のミスを犯してしまった僕は、みんなに心の底から申し訳ないと謝罪した。


 ところが、そのワイバーンの威嚇の前に、全く硬直することなく場違いな発言をした者がいた。そう、十三歳の結界師のライト君だ。


 彼はレベル21の結界師のはずなのに、ワイバーンが現れた時も、『僕の結界の出番ですね!』なんて言っていたし、動けなくなった僕らに『何で固まってるんですか?』と、おかしな発言をしていた。というか、彼は何で動けてるんだ?


 とは言え、ライト君はレベルこそ21になったが冒険者登録したばかりのFランク。いくら動けているとはいえ、そんな彼の結界がCランクのワイバーンの攻撃を防げるわけがない。


 そう思っていたからこそ、僕はワイバーンの攻撃に死を覚悟したのだが……


「な、なんでだ!?」


 冒険者になりたてで、Fランクであるはずのライト君の結界が、Cランクのワイバーンの攻撃を完全に防いでいる。ありえない現実に頭が混乱しているのだが、実際、僕はワイバーンの攻撃を受けているのにまだ生きていた。


 そして、威嚇の効果が切れて硬直が解ける。


「さあ、ヒューゴさん! 防御は任せてワイバーンを倒しちゃってください!」


 混乱から立ち直っていない僕に、さらにわけのわからない指示が飛ぶ。


 だが身体は正直なもので、ここでやらなければ死ぬだけだと悟っているかのように、自然にワイバーンに攻撃を繰り出していた。


 しかしだ。いくらチャンスだといっても、ワイバーンの硬い鱗に僕の剣で傷をつけれるわけがない。案の定、硬い鱗に阻まれてワイバーンをただ怒らせてしまうだけだった。

 それは、他のメンバーも同じで、ジャスパーの斧でさえ、ワイバーンに傷一つつけることは叶わなかった。


「硬すぎる……」


 ジャスパーが放った一言が、僕らの運命を決定づけたと思った。何故かはわからないが、ライト君の結界がワイバーンの攻撃を防いでくれた。


 だが、僕らではワイバーンに傷一つつけることができない。つまり、ワイバーンを倒すことができない僕らは、いつかライト君の結界が切れ、殺されてしまうことが確定してしまったのだ。


 一瞬、『生き残れるのでは!?』と期待が持てた分、その期待が消えた後の絶望感は、僕らの心を折るのに十分だった。


 だが、僕らは偶然生き残ることができた。


 いや、それは本当に偶然だったのか?

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