第10話 閑話 シリルのその後①

~side シリル~


「クソ! 何だって俺達が逃げなくちゃなんねぇんだよ!」


 俺の名はシリル・ニューマンとある街の男爵家の次男坊だ。


「ほんと、全部あいつのせいだよ! あのライトとかいうガキのせい!」


 俺の愚痴に反応したのは、同じ冒険者パーティーを組んでいる弓術士のリビーだ。


「それにしても、この街のギルドの連中は程度が低い。FランクとEランク、どちらが大切なのかわかっていない」


 今の発言は、同じくパーティーを組んでいる白魔道士のグレースのものだ。


 俺達三人は、ギルドで見つけた冒険者成り立てのガキを囮に、まんまと高級アイテムをゲットしてご機嫌だったのだが、そんな俺達にあのギルドの受付ごときがケチをつけやがった。

 もちろん、そのまま正直に囮にしたなんて言ってねぇのにだ。自分から囮になるって説明したのに、それでも俺らに見捨てないで守りやがれ何て言いやがって、全くグレースの言う通り人間の価値がわからなくて困るぜ。


「それで、これからどうすんだい?」


 リビーが走りながら聞いてくる。そう、俺達は今、暗闇の中を疾走中なのだ。なぜかって? それはあの受付の言葉に踊らされて、周りにいた何人かの冒険者が俺達を捕まえようと追いかけてきたからだ。俺の実力からしたら、倒してやってもよかったんだが、ちょいとばかし人数が多かったし、衛兵なんかに来られても面倒だから不本意ながら逃げているってわけだ。


「この街はもうお終いだな。別の場所に行ってまた稼ごうぜ!」


 このビスターナの街はそこそこ大きな街ではあるが、この状況を隠して冒険者を続けられるほどではない。すぐに噂が広まって、下手したら捕まって牢屋行きになっちまうかもしれない。俺の返事に二人とも頷いているし、それが一番いい選択だろう。


 次男とはいえ、俺も一応男爵家の人間だ。家族に迷惑をかけるわけにはいかない。そう考えれば、こんな街はとっととおさらばして、新しい街でまた美味い汁を吸わせてもらえばいい。ここから一番近い街と言えばランドベリーだな。馬車で三日ほど。歩いても五日もあればつく距離だ。


 俺達は夜の闇に紛れ門を強行突破し、ランドンベリーへと向かったのだった。




▽▽▽




「あぁん!? 何だって? もう一度言ってみやがれ!!」


「ですから、ビスターナのギルドより通告が来ております。あなたは新人冒険者を騙し、魔物の囮にしましたね。さらにその新人冒険者を見殺しにし、レインボーキャンディーを手に入れたのだとか。よって、そのレインボーキャンディーは当ギルドでは買い取りできません。というか、今、衛兵を呼びましたので大人しくそこで待っていてください」


 ランドベリーに到着した俺達は、早速、冒険者ギルドでレインボーキャンディーを売っぱらって金を手に入れようとしたんだが、こいつら買い取るどころか俺達を捕まえようとしてやがる。どうやら、ビスターナのヤツらが俺を犯罪者扱いして、余所のギルドに通告しているらしい。


「どけ! ぶっ殺すぞ!!」


 俺はそれを聞いた瞬間、迷わず出入り口へとダッシュし冒険者ギルドを飛び出した。


「どうしたシリル? そんなに慌てて?」


 ギルドの外で待っていたリビーとグレースが慌てて俺を追いかけてくる。


「この街もダメだ! ビスターナのヤツら、俺達を犯罪者扱いして余所のギルドに通告しやがった!」


 俺に追いついたリビーとグレースに走りながらギルドでの出来事を伝えた。


「それで、どうするつもりだ?」


 グレースの言葉に俺は頭をフル回転させて考える。


(このまま街にとどまるのは危険だな。ほとぼりが冷めるまで、街から離れるとするか。確かこの近くには野盗がでるんだったな。いっそのことそいつらと……)


「よし、俺についてこい。この街を出るぞ」


 俺の返答に眉をひそめた二人だったが、それ以上は何も言わず黙って俺について来た。




▽▽▽




「この辺りだと思うんだが……」


 俺達はランドベリーから逃げ出した後、いったん来た道を戻って、途中から道をはずれ森の中へと入っていった。そこから、二日ほど森の中を探し歩き、ようやくお目当ての場所を発見した。


「おっ、あったぞ! あそこだ!」


 俺が指差す先には岩肌にぽっかり開いている穴があった。


「シ、シリル!? あれって、もしかして、街で噂になっていた野盗の住処では?」


 リビーが目を丸くしながら驚いている。何を今更驚いているんだか。俺達はすでに犯罪者扱いだ。ならば、同じ犯罪者同士が集まって、協力した方が生き残る確率も高まるってもんだろ。


「だからどうした? 俺達だってもう立派な犯罪者だろう? 三人じゃいずれ捕まっちまう。ここはより大きな組織に入って、安全を確保しつつ金を稼げればいいんだよ」


 リビーとグレースはお互いに顔を合わせて何か言いたそうにしていたが、最終的には俺の判断に従うことにしたようだ。


 まずは俺一人で洞窟へと向かう。警戒しながら歩いていると、中から短剣を持った男と片手剣を持った男が出てきた。


「そこで止まれ。お前はここへ何しに来た? 身なりから衛兵の類いではないようだが……冒険者が俺達を捕まえに来たか?」


 俺を見つけた短剣の男が、腰に差してあった短剣を抜く。片手剣の男も遅れて剣を抜き、正面に構えた。


「いやあ、俺達は冒険者だ。訳あって街にいられなくなった身だ。よかったらお前さん達のリーダーに会わせてもらえないか?」


 俺は敵意がないことを示すために剣は抜かず、両手を前で振りながらそう答える。


「俺達だと? まだ仲間がいるのか?」


 短剣を構えた男の鋭い声が届く。


「よく気がついたな。そう、俺は一人じゃない。ここで俺を殺したら仲間が街に戻って衛兵を呼んでくるぞ?」


「ふっ、少しは頭が回るようだな。……いいだろう、お頭に会わせてやる。仲間も一緒にな」


 俺の脅しに男達はニヤッとした笑みを浮かべ、武器をしまう。どうやら、俺はこいつらのお眼鏡にかなったようだ。


「リビー、グレース、もう大丈夫だ。出てこい」


 俺が大声で呼ぶと、木の陰に隠れていた二人が恐る恐るといった感じで姿を現した。


「ヒュー! 仲間って女二人かよ! しかも、そこそこべっぴんじゃねえか! こりゃ楽しみだな!」


 リビーとグレースを見るなり、片手剣の男が口笛を吹いて喜んでいる。その声が聞こえたのか、リビーとグレースの歩みが止まった。


「おい、そいつらは俺の女だ。手を出されたら困るな」


 その言葉に片手剣の男がニヤッと気味の悪い笑顔を浮かべる。


「へへ、勝手にか。お前さん、俺が言うのも何だが中々の悪だな」


 今度は女2人に聞こえないように、小声で片手剣の男が俺の耳元で呟いた。俺は肯定も否定もせずに、短剣の男の方へ向き直る。


「それじゃあ、案内を頼む」


 踵を返して、洞窟の中へと戻って行く男二人を追うように、俺は少し怯えた表情を見せるリビーとグレースを強引に連れて、洞窟の中へと入っていった。




▽▽▽




「お前か、この俺様率いる『血塗られた盾』の仲間になりてえってヤツは!」


 洞窟の奥で俺達を待ち受けていたのは、上半身裸の巨躯の男だった。一段高いところに設けられたイスにふんぞり返って、俺達を見下ろしている。ヤツから感じるプレッシャーは他のヤツらとは格が違う。おそらくでは勝てないだろう。


「ああ、その通りだ。こう見えても俺はEランクの冒険者だった。もっと言えば、Dランク昇格寸前といったところか。剣の腕には自信がある。俺を仲間に入れろ。損はさせねえぞ!」


 しかし、野盗相手に下手に出るのは俺のプライドが許さない。あくまでも対等な態度でヤツに言葉を返した。要は俺が有能だということを見せればいいのだから。


「ほほう。冒険者ランクEだかDだから知らないが、この斧戦士クラスCのゴラン様に命令とは死にたいらしいな」


 ゴランと名乗った男の殺気が膨れ上がる。さすがはCクラス。この俺ですら少々気圧されてしまった。だが、いつかこいつを蹴落として俺がここのトップに立つ。それまで殺されるわけにはいかない。


「まあ、待ってくれ。俺はこれからもっと強くなる。そうすれば、お前の片腕くらいにはすぐになれるだろう。言葉遣いが悪いというなら、あんたに土産を持ってきたからそれで許してくれ」


「何? 土産だと?」


 俺が後ろを振り返る。それに釣られてゴランも顔を上げると、視界に二人の女を捉えたのかその凶悪な顔がぐにゃりと歪んだ。


「シ、シリル、う…そだよね?」


 俺の意図を察したのか、リビーのか細い声が震えているようだ。いや、震えているのはリビー自身か。グレースもいつものクールな表情はどこへやら、すがるような目でこちらを見ている。


「グヘヘ、なるほど。クルガの言う通り頭はそれなりに切れるようだな。やってることはゲスだが。って、俺達が言える立場にはねぇがな! おい、その女二人を俺様の部屋に連れて行け!」


 ゴランの命令で四人の男が、逃げだそうとしたリビーとグレースを押さえつけて横穴へと連れて行った。あいつら二人には悪いことをしたが、散々美味い汁を吸わせてやったんだ。許してくれるだろう。


 ゴランは俺をあっさり仲間にすると宣言した後、もう待ちきれないといった様子で立ち上がり、二人が連れて行かれた横穴へと入っていった。


(まずはそれなりの立場で仲間に入ることができたようだな。後はここで力をつけて、いずれあのゴランを蹴落としてやる!)


 俺は嫌なにおいのする洞窟の中で、次なる目標を決めて動き出すのだった。

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