第8話 受付嬢ケイト

 ポイズンビーとポイズンクイーンビーを倒した僕は、シリル達の後を追うように街に帰ってきたのだが、街に入る前にふと思った。


(このまま普通に帰ったら、面倒くさいことにならないだろか?)


 おそらくシリルはギルドに戻ったら、僕はポイズンビーの群れに襲われて死んだと報告するだろう。ポイズンクイーンビーが現れたことで、Fランクの駆け出し冒険者が一人で生き残る可能性など皆無のはずだから。


 そこに僕が姿を現したらどうなる?


1.シリルの嘘がバレる。

       ↓

2.シリルが逆ギレして襲いかかってくる。

       ↓

3.無事乗りきったとしても、今度はポイズンクイーンビーをどうやって倒したのか聞かれる。


 うん、面倒くさい。


 僕は目立ちたいわけではない。ただ、憧れだった料理人になりたいだけなのだ。


(そう考えるとこのステータスも目立ってしまうかも。鑑定対策にはあのユニークスキルが必要だな……)


【あのユニークスキルか。確かにアレを持っておいてそんはないな】


 レイも僕の考えを察したようだ。以前、学校の図書室でジョブやスキルについて調べたときに見つけたユニークスキル隠蔽。"盗賊"のユニークスキルで、名前や種族、ステータスまでも偽装できる。ただし、盗賊はレベル20にならないとジョブチェンジできない上級ジョブだ。


 たぶんシリルは僕が死んだとギルドに報告するだろう。そして、クエストを受けるときのあの感じだと、ギルドが素直にはいそうですかって言うわけがない。必ず、状況を確認し僕を見捨てたことを責められるはずだ。そうなったら、彼らはもうこの街にはいられなくなるだろう。


(よし、十日間くらい森に籠もってレベル上げをしよう! この結界があれば、ある程度物理攻撃を防げることもわかったし、ほとぼりが冷めるまで森の中にいようと思うんだけど、どう思う、レイ?)


【まあ、いいんじゃねぇか? 俺としては十日間も目の保養ができないのは残念だが、お前が強くなるためなら我慢するよ】


 僕が確認したいことと若干違った視点での賛成だったが、反対されていないのでよしとしよう。そう決断した僕は、森へと踵を返すのだった。




~side 受付嬢ケイト~


「シリルさん、今なんて仰いました?」


 私の名前はケイト。ここビスターナの冒険者ギルドで受付をしている。この街は善良な領主さんのおかげで、活気のある街になっていると思う。他の街に行ったことがないから、私の勝手な想像だけど。


 私が冒険者ギルドの受付になってから五年ほど経っている。その中にはいい思い出もあれば、悪い思い出もある。良くも悪くも冒険者とは命がけの仕事で、だからこそ全てのことに真剣で一生懸命で見ていて気持ちがいい。


 難しいクエストを成功させたときの彼らの笑顔、大けがをして運ばれてきた冒険者を助けるために力を尽くす他の冒険者達。そんな彼らを見ていると、力のない私でも冒険者の仲間になっているような気分になるから不思議だ。


 でも、いい思い出ばかりじゃない。クエストに失敗して落ち込むパーティー。喧嘩をして、パーティーを抜ける冒険者もいる。

 その中でも特に見ていてつらいのが、仲間を失った冒険者達だ。そして今日、今までの五年間の中でも、最悪に気分が悪くなる報告を受けてしまった。


「だから、今言っただろう。一緒にクエストを受けた小僧が、ポイズンクイーンビーにやられて死んじまったんだよ!」


 このとんでもないことを、さも他人事のように報告している男はEランク冒険者のシリル。昼前に、ポイズンビーの討伐クエストを受けて出て行った四人パーティーのリーダーだ。

 その中には私が対応した、今日冒険者登録をしたばかりの結界師の男の子がいたはずだ。綺麗な顔をしていて、その声や背格好からまだ十五歳にも満たない子どもだと私は判断していた。


「あなたが受けたクエストはポイズンビーの討伐ですよね? なぜそこにポイズンクイーンビーが出てくるのか教えて頂けますか!!」


 私のあまりの剣幕に、周りの冒険者達が集まってくる。でも、丁度いい。今から確認する内容をベテランの冒険者達にも聞いてもらおう。


「んなもん、ポイズンビー狩ってりゃその親玉だって出てくるに決まってんだろう……」


 私の剣幕に押されてか、それとも自分の言い訳に無理があるのを知ってなのか声が小さくなるバカリーダー。


「出てきません! ポイズンクイーンビーは自分の巣を攻撃されない限り、姿を現さないのは冒険者なら誰でも知っていることです! だからポイズンビーのみの討伐はFランククエストに設定されているのです!」


 私の大きな声である程度話の内容を理解したのだろう、周りの冒険者達もうんうん頷いて同調してくれている。


「たまたまだよ。たまただよな? うちのリビーが放った矢が逸れて、偶然そこにあったポイズンクイーンビーの巣に当たっちまったんだよ。なあ、リビー?」


 そのシリルの言葉に、相づちをうつように頷く腐れ弓術士の女。この女も、あの子を置いてきたことに何の罪悪感も感じていない様子が見て取れる。


「あなたは、自分が射った先に何があるかも確認しないダメ弓術士と言うことですか。全く信用できない話ですが、仮にそうだとしてなぜポイズンクイーンビーが出てきたのに、Fランク冒険者を置いて逃げ帰ってきたのですか!!」


 誰が聞いても嘘だとわかる言い訳を、いけしゃあしゃと口に出すこの男を見ていると怒りが無尽蔵に湧いてくる。


「いや、それは、あれだよ。あのライトって冒険者が『僕が囮になるので逃げでください!』って言うもんだからよ。

 俺だって戦おうとは思ったけど、あそこで全滅するより誰かが生き残ってこの情報を伝える方がいいって思ったんだよ」


 バカか? こいつは本当にバカなのか?


「だとしたら残るのはリーダーのあなたでしょうが!! なぜ冒険者登録したばかりの駆け出しの子を置いて、あなた達が逃げてくるのですか!!」


 もう私の怒りは頂点に達し、顔は真っ赤、頭からは煙が出そうなくらい血が上っていた。


「使えないFランクより、Eランクの俺達が生き残った方がギルド的にも助かるだろう?」


 ダメだ。こいつと話してたら、頭の血管が切れそうだ。


「どのみち結果は変わらない。今は彼の冥福を祈りましょう」


「お前が言うなぁぁぁぁ!!」


 今までずっと黙っていた白魔道士の女が、さらっとそんなことを言いやがった! 何だこのパーティーは。何なんだぁぁぁ!?


「どうした? 何やらもめ事でもあったのか?」


 私の怒鳴り声を聞きつけたギルドマスターが、二階から降りてきた。


「ギルドマスター!? 聞いて下さい!」


 私がことの詳細をギルドマスターに報告したが、意外にもギルドマスターは怒っている様子もなく淡々と事実をシリル達のパーティーに確認していく。

 もちろん、私から見たら嘘の塊に見えるような報告にもギルドマスターは静かに頷くだけだ。


「さて、シリルとやら。今の報告に嘘偽りはないのだろうな?」


 ギルドマスターの最終確認とも取れるその言葉にシリルは……


「ありません」


 即答しやがった。絶対に嘘だろうごらぁぁぁぁ!


「それでは我がギルドとしては、これ以上お前達に言うことはない。後は、お前達の日頃の行いで皆が真偽を判断することだろう」


 あっ、ギルドマスターも信じているわけじゃなかったのね。だけど、証拠がないからこれ以上追求できないってことなのか。


 ギルドマスターの忠告にも耳を貸す様子がないシリルは、リビーと何やら小声で話をしている。


「それじゃあ、あれはここじゃ売れないね」

「ああ、どのみちこのギルドとはもうおさらばだな。見ろ、周りのヤツらの顔を。なぜか俺らは逆恨みされてるようだからな」

「別の街にいきましょ。次はもっと派手な街がいいわ!」


 くそ、聞こえてしまった。人ひとり見殺しにしたというのに、全く悪びれる様子もなく次の街に行く算段か。っていうか、アレって何だ? もしかしてシリルの懐で光っている塊か?


 私の刺すような視線に気がついたのか、懐の何かを隠してギルドを出て行くシリル達。その後ろ姿を睨みつけながら私は考えた。あの塊、どこかで見たことがあるような……


「あぁぁぁ!? それってポイズンクイーンビーの巣にある虹色飴レインボーキャンディーでしょ!!」


 私の声を聞いたシリル達は、『たまたま拾っただけだ』と言いながらダッシュでギルドを出て行った。


 何人かの冒険者が追いかけてくれたが、人混みに紛れた彼らの姿を見失ってしまったようだった。


 騒ぎの張本人達が逃げ出して、しばらくはざわざわしていたギルド内も次第に落ち着きを取り戻していった。

 それにつれて私の心も落ち着いていき……今度は何とも言えない悲しさが込み上げてくる。


「あの子、優しそうな目をしてたな……」


 先ほど、無残にも死亡報告を受けてしまった男の子ことを思い出していた。自分が説明した冒険者になるためのノウハウを、真剣に聴いてくれた少年の目を。


 ポイズンビーに囲まれて、どれほど恐ろしかっただろう。仲間に見捨てられて、どれほど絶望しただろう。その気持ちを思うと胸が痛んだ。先ほどまでの怒りがどんどんしぼんでいき、心には黒いモヤモヤが広がっていく。


「お前さんのせいじゃないだろう」


 そんな私を心配してか、ギルドマスターが声をかけてくれた。


「でも、彼をあのパーティーに紹介したのは私なので……」


「それでもさ。彼は断るともできたはずだ。それに冒険者になったからには、覚悟だってあったはずだ。例え駆け出してあってもな」


 ギルドマスターが言ってることはわかる。私のために気を遣ってくれていることも。ただ、頭ではわかっていても心はそうはいかない。


「しばらくは立ち直れそうにないや」


 私はギルドマスターに許可をもらって、しばらくお休みをもらうことにした。

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