第7話 裏切り
「さあ、着いたぞ!」
シリルが指差した先に、鬱蒼と木が生い茂る森があった。昼時の明るい時間帯にも関わらず中は薄暗く、生暖かい風が流れている。
森に入る直前に、シリルがリビーとグレースに何か耳打ちしたみたいだけど、余計なことを聞いて怒られたくないので、それには気がついていない振りをして後についていった。
このパーティの陣形では、弓術士のリビーが先頭を歩くようだ。弓術士だけど斥候も兼ねているのだろう。そのリビーの後ろに僕が続く。ポイズンビーが出たときにすぐ対処できるようにだ。僕の後ろにグレース、最後尾をシリルが守っている。
もっとも、シリルが守っているのは自分のPTメンバーだけで、僕に対しては逃げないように見張っている様にしか見えないが……
「出たよ! ポイズンビー一匹!」
リビーの声が鋭く飛ぶ。彼女が見据える先に、体長三十センチメートルほどの蜂型の魔物が浮かんでいた。
「小僧、さっさと結界をよこしやがれ!」
シリルがリビーを庇うように前に出て、怒鳴り声で僕にそう命令した。しかし、僕は森に入った時から全員に
「あのう、もうかかっていますが……」
あくまでも丁寧に説明してみたのだが……
「ああん!? 本当かよ? こんな薄っぺらい光が結界だと? おい、信じらんねぇからてめえの身体で試してみやがれ!」
何か八つ当たりされた。挙げ句の果てに、結界師なのに先陣を切るように言われてしまった。それに、リビーという女性も『それがいいわ!』何て笑いながら同調しているし……腹が立つのを通り越して呆れてきたぞ。大丈夫なのだろうか、このパーティー?
【おいライト。ここなら魔法をぶっ放しても……】
(頼む。それは言わないでくれ……)
僕は脳内でレイをなだめつつ、先頭に立ってポイズンビーへと近づいていった。シリルの言うことが正しければ、このポイズンビーの毒針は結界が弾いてくれるはずだが……よし、せっかくだから、覚え立ての鑑定でも使って確かめてみよう。
[ポイズンビー:Lv3:体力45:魔力5:攻撃力―:防御力―:魔法攻撃力―:魔法防御力―:敏捷―:スキル―]
なるほど、こんな感じでわかるのか。まだ習熟度が低いせいか、わからないところも多いけど、体力と魔力を見ればそれほど強くはなさそうだ……これがFランクの魔物か。
ついでにシリル達も鑑定してみよう。黙って見るのは失礼かと思ったけど、こんな扱いされるくらいだから、かまわないだろう。
名前 :シリル・ニューマン
性別 :男
種族 :人族
レベル:10
ジョブ:剣士
クラス:E
職業 :冒険者
体力 :56
魔力 :9
攻撃力:―
防御力:―
魔法攻撃力:―
魔法防御力:―
敏捷 :―
運 :―
ユニークスキル
攻撃力上昇(小)
防御力上昇(小)
ラーニングスキル
―
「ブッ!?」
まずい! 思わず吹き出しちゃった。でも、何だこの数字は!? レベルも低いし、体力と魔力もポイズンビーよりほんの少し上なだけだぞ。このステータスであんなに威張れるとは……天才か?
ついでにリビーやグレースも鑑定してみたけど、似たり寄ったりの数字だった。リビーは弓術士なので、体力は低いが、敏捷はシリルよりも高いのだろう。グレースは白魔道士だけあって魔力が高い。後は、補正がかかっている魔法防御力なんかも高そうだ。
「あいつ、なんで顔が引きつってんだ?」
「さあ、ポイズンビーにビビってんじゃないか?」
シリルとリビーがそんな僕を見て、見当違いの陰口を叩いている。
【お前、あんなヤツらに舐められていたのか……】
(まあまあ、逆に彼らと戦っても勝てそうだとわかってよかったじゃないか)
だからといって、いきなり彼らに喧嘩を売ること何てしないけどね。
僕が三人を鑑定していると、ポイズンビーがこちらに気がついたようで、ブンブンと羽音をさせながら近づいてきた。
シュ!
早速、ポイズンビーがそのお尻からポイズンニードルを撃ち出してくる。長さ二十センチメートルほどの銀色の針で、若干の追尾性能があるそうだ。
カーン!
敏捷が80を超えているからか、僕にとってはあまりに遅い攻撃に見えたんだけど、結界で防げるかどうかを確かめるためにあえて毒の針を受けてみた。
結果は見ての通り、結界には傷ひとつついていない。予想通りでよかった。それにしても、この攻撃力なら結界すら必要ないのかもしれない?
【いや、お前の魔法防御力は1800超えてんだぞ? どれだけ心配性なんだよ……】
(そうは言っても、万が一と言うこともあるし……)
実際、シリル達のステータスを見て、僕の魔力関係の数値が異常なことがはっきりとわかってしまった。少なくても、並の冒険者が手に入れられるものではないことは理解できる。それでも、心配性の僕は不安が消えたわけではないのだが。
「おっと、どうやら本当に結界で防げるようだな! よし、そうとわかればライトだったな、お前が先頭を歩け。んでもって、デカい蜂の巣を見つけたら俺達に知らせるんだ。わかったな!」
ポイズンニードルを撃って無防備になったポイズンビーをリビーが弓で仕留めると、シリルがそんなことを言い出した。今のシリルの言い方だと、最初から僕を囮に使うつもりだったということか。
どこまで人を馬鹿にしてくるんだ、このシリルって男は。それに、このリビーもシリルが何か言うといつも機嫌をとるかのように、一緒になって笑ってくる。本当に腹が立つ。隣であくまで無言を貫くグレースが怖くて何も言えないけど。
【クソッ! ライトが前を歩いたら、あの女達の後ろ姿が見られないだろうが!】
道中、妙に静かだと思ったらそんなことに集中していたのか……このエロ賢者め!
その後もポイズンビーが出る度に、僕が囮になってリビーやシリルが倒すという展開が何度か続いた。どうやらシリルもリビーもFランク相手にはそれなりに戦えているようだ。
そして、森に入ってから小一時間が経った頃、僕は一本の大きな木の上に大きな蜂の巣があるのを発見した。
「シリルさん、お探しの蜂の巣というのはアレのことでしょうか?」
僕が指差した先にあるのは、直径五メートルほどの大きな蜂の巣だ。周りにはポイズンビーが十匹ほど飛び回っている。
【お前、あんなヤツに『さん』なんかつけるなよ!】
(いいからいいから。ここまできてわざわざ機嫌を損ねることないんだよ。もうすぐこのパーティーも解散になるだろうし)
大賢者様は僕の腰の低さにご立腹のようだ。
「おっ!? あれだあれだ! おい、ライト! お前はここに立ってろ。決して、動くんじゃねえぞ!」
なぜかシリルは僕を木の根元から十メートルほど離れたところに立たせ、自分達は反対側の茂みに身を隠す。何をするつもりか見ていると、リビーが弓術士のラーニングスキルD、"弓術・弐"を放った。二本同時に放たれた矢は、大きな蜂の巣の最上部に命中する。グラッと揺れた蜂の巣が支えを失って木から落ちてきた。そう、僕の目の前に。
蜂の巣が真っ二つに割れ、そこから十数匹のポイズンビーが飛び出し、元々周りにいた十匹ほどと合わせて一斉に僕に襲いかかってきた。さらにワンテンポ遅れて巣から出てきたのは、ポイズンビーより一回り大きい、赤い色をした個体だった。
[ポイズンクイーンビー:Lv11:体力101:魔力18:攻撃力―:防御力―:魔法攻撃力―:魔法防御力―:敏捷―:スキル―]
鑑定してみると、明らかにEランクのシリル達より強そうだ。
(だから隠れたのか。確かこのクエストはポイズンビーの討伐のみだったはず。だからFランククエストだったのに……最初からこれが狙いだったのか)
【おいおい、だから最初から俺が言ってた通りにしておけば……】
(いやいや、レイの言う通りにしてたら今頃牢屋の中ですから!)
おそらくシリルは、わざとレベルが低いクエストを受けてFランク冒険者をパーティーに入れ、その冒険者を囮にして高級な素材を手に入れる気なのだろう。まさかそこまで悪質なパーティーだったとは。
そうこうするうちに、巣を落とされた怒りでポイズンビーが僕に群がり、一生懸命結界に噛みついたり針で刺したりしてきた。その、蜂たちの隙間から見えたのは、蜂が僕に群がっている隙に割れた巣の中からキラキラ光る塊を取り出しているシリル達の姿だった。
「思ったより、簡単だったな。それじゃあ、リビー、グレース気づかれないように帰るぞ!」
蜂の羽音で物凄いうるさいはずなのに、その言葉だけはやけにはっきりと聞こえた。
【おい、このままあいつらを逃がす気か? ここでお灸を据えておかないと、あいつらまた同じことをするぞ】
僕の心を見透かしたように、レイが忠告してくる。
だが、僕には人間相手に魔法を放つ勇気も覚悟も出来ていなかった。頭では悪いヤツらだとはわかっていても、心ではそう簡単には割り切れない。
色々考えているうちに、シリル達の姿は見えなくなってしまった。その間にも、僕はポイズンビーにもみくちゃにされているわけで……
(とりあえずこの状況から脱却しなくては)
覚え立ての探知では半径百メートルほどしか把握できず、彼らが本当に遠くまで行ったのかわからない。そこで、さらにゆっくり千を数えてからポイズンビーの殲滅を開始した。
「
僕が使ったのは、雷魔法Aクラスの
そして僕が魔法を放った瞬間、あれほどいたポイズンビーは一瞬で跡形もなく消し炭になってしまった。ついでに、周りの木々も半径百メートルほどが炭化して、森の中にぽっかりと円形の広場が出来上がってしまった。
【ふむ。まあまあの威力だな。だが、これでは俺の家の周りにいた大して強くもない魔物にすら、碌なダメージを与えられないだろう。もっとレベルを上げていかなければならないな」
僕はやり過ぎだと思ったのだが、レイに言わせるとこれでもまだ威力が足りないらしい。自分の身の安全を守るためにも、早くレベルを上げたいものだ。
そして、僕らはシリル達に追いつかないようにゆっくりと街へと戻るのだった。
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