第二章 結界師編

第6話 初パーティー

 受付の美人なお姉さんからギルドカードを受け取った僕は、早速、PTに参加するべくクエストボードの右下にメンバーカードを貼ってみた。


 ――――――――――――――――――――

 名前:ライト 


 ジョブ:結界師


 レベル:5


 クラス:D


 ランク:F


 結界師に成り立てで、まだお役に立てないかもしれませんが、それでもよろしければお願いします

 ――――――――――――――――――――


 メンバーカードを貼る時は、結構緊張して手が震えてしまった。


「よし、次は道中で拾ってきた薬草を納品してみよう!」


 メンバーカードを貼った後は、お誘いが来るまで待たなければならないので、その間に僕は買い取りカウンターに行って、ビスターナに来る途中に拾った薬草を買い取ってもらうことにした。

 お母さんから十数枚の金貨をもらっていたけど、ジョブチェンジで少し減ってしまった。これからの宿代とかを考えると、早いとこお金を稼ぐ目処をつけないと無一文になってしまうからね。


「いらっしゃいませ。買い取りですか? それとも納品ですか?」


 買い取りカウンターのお姉さんは、これまた綺麗な人だった。『ギルドの受付は見た目の審査でもあるのかな?』と思うくらいに。


【よし、ライト、わかってるな? ここで薬草を手渡しながら愛の告白をするんだ!】


 全くブレない脳内発情期賢者の言葉を無視して、僕は鞄から薬草を採りだした。


「えっと、納品でお願いします」


 クエストを受けていない場合は、単純に素材を買い取ってくれるだけだけど、クエストの依頼にある素材なら、買い取りと同時にランクを上げるためのポイントもつけてくれる。それが、納品だ。

 僕は何もクエストは受けていなかったが、回復薬ポーションの原料となる薬草は常時クエストといって、わざわざクエストを受けなくても納品させてくれるらしいのだ。


「えーと、これは回復薬ポーションの原材料となるキュア草ですね。それにこっちは、魔力回復薬マナポーションの原材料のマナキュア草ですね」


 僕が集めていた薬草は、回復薬ポーション魔力回復薬マナポーションの原材料となる素材だ。レイのおかげで薬草の採り方も完璧だ。女の子に見境がないところさえ除けば優秀なんだよね、この賢者さんは。

 薬草を受け取ったお姉さんに状態がよいと褒められ、思わずこちらも笑顔になる。それほど高価ではないが、そこそこの量があったのでそれぞれ銀貨1枚と銀貨2枚になった。


 僕が薬草を納品していると、冒険者カードが淡く光っているのが見えた。これはギルドからの呼び出しの合図だ。どうやら、僕のメンバーカードを誰かが受付に持って行ってくれたらしい。


 初めてのパーティー参加に、胸をドキドキさせながら受付へと向かう。するとそこには、先ほど掲示板の前で大騒ぎしていた若い男が立っていた。


(嫌な予感がする……)


「あ、ライト君。この方がライト君のカードをお持ちになったのですが……」


 受付のお姉さんがそう言いながら、申し訳なさそうな顔で僕を見つめている。その顔を見るに、どうやらこの男は僕の予想通りの人種のようだ。受付のお姉さんとしても、冒険者に登録したばかりの僕が、こいつのパーティーに誘われたことを申し訳なく思っているのだろう。

 しかし、メンバーカードを貼ったのは僕で、この男が規定違反しているわけでもないから、対応せざるを得ないのだ。


「おいおい、こいつが結界師か? 確かに誰でもいいとは思ったけど、こいつは……」


 自分で選んでおいて、いきなり失礼な態度を取る若い男。若いと言っても、もちろん僕より年上だろうけど。


「シリルさん、その言い方は失礼かと思われます」


「ああ? 受付の分際でこの俺に指図するのか? よく見てみろよ、こいつを! どこの田舎で買ったかもわからない安物のローブを装備してるんだぞ! おまけに結界師必須の杖すら持ってねぇだろう! 愚痴のひとつだって言いたくなるぜ!」


 受付の綺麗なお姉さんが、その言葉を聞いてフォローしてくれるが、シリルと呼ばれた男は全く意に介した様子もなく、その横柄な態度を崩すことはなかった。そして僕はこの男の言葉で初めて気がついた。


(結界師って杖が必須だったのか!? 知ってたレイ?)


【俺が知ってるわけないだろう! それにしてもこいつ随分失礼なヤツだな。魔法の一発でもかましてやったらいいんじゃないか?】


(こんなところで魔法を使えるわけないだろう!)


 賢者だったくせに何て短気なんだ。賢者って賢い者って意味じゃなかったのか?


 周りで見ているベテランっぽい冒険者達は、『またあいつか』というセリフが浮かんでくるぐらい、わかりやすい表情でシリルを一瞥いちべつし、すぐに興味をなくしたように去って行く。


 ああ、この人はベテランの冒険者から注意されても、人の意見なんて聞く耳を持たなかったんだろうな。時々いるんだよね、こういう人。嫌な人に捕まっちゃったな……

 っていうかこの男、ホロの村で僕の顔面をいきなり殴った、男爵家の三男坊にそっくりなんだけど……まさかね?


「あの、僕の名前はライトです。PTにお誘いいただきありがとうございます。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」


 この手の人種には、とにかく下手に出るに限る。怒らせても、何一ついいことがないのは、今までの経験から痛いほどわかっているのだ。


【おいおいライト。お前、こんなヤツのパーティーに入るつもりなのか?】


 僕がパーティーに入る意思を示したことに驚いて、レイが忠告してくる。


(僕だって積極的に入りたいとは思わないけど……断ると受付のお姉さんに被害が行く気がして……)


【よく言ったライト! お前も女心がわかってきたじゃないか!】


 両親としか会話のしたことがない世間知らずが、女心をわかっているとは思えないけど、僕の意図を理解してくれたみたいだからあえて突っ込みは入れない。


「おう、下っ端なりに、いい心がけじゃないか! Eランクの俺様が、冒険者になりたてのお前を誘ってやってるんだから、感謝するんだな! まあ、このクエストじゃなければ、お前なんて誘わなかったけどな!」


 そのクエストの中身がわからないから何とも言えないし、『そんなに嫌なら僕を誘わなければ良かったのに』というセリフが喉まで出かかったけど、ぐっとこらえた。登録したてでもいいから、結界師が必要なクエストなのだろうと理解する。


「それで、僕は何をすればいいのでしょう?」


 あくまでも機嫌を損ねないように、下手に出ておく。その態度を見て、またレイがぶつくさ文句を言っているが、ここは僕に任せてもらおう。


 シリル曰く、このクエストの目的は、すぐ近くにある森の奥にしか生えない希少な薬草を採りにいくことだそうだ。その森自体は、Eランクのシリルが挑戦するぐらいだから、それほどの難易度ではなさそうだが、そこに出る"ある魔物"が問題なのだ。


 その魔物は、ポイズンビーと呼ばれている昆虫系の魔物だ。この魔物強さは大したことがなく、Fランクに該当するらしいのだが、その名の通り毒針による攻撃を持っており、この毒針が厄介なのだそうだ。


 この毒針は攻撃力は低いが、毒が特殊なので習熟度が低い毒回復キュアポイズンや低ランクの解毒ポーションでは回復できないらしい。しかし、攻撃力が低いので結界師のラーニングスキルDクラスの物理防御フィジカルディフェンスで、簡単に弾き返すことができる。つまり、結界師さえいれば毒の心配をしなくて済むと言うわけだ。


 ちなみに結界師は覚えるスキルによって防げるものが変わるのだが、スキルの違いはあくまでも防げる攻撃の種類が変わるだけで、結界の強さ自体は魔法防御力に依存するそうだ。

 つまり、僕はまだ物理防御フィジカルディフェンスしか使えないが、賢者のステータスを受け継いでいるのだから、ポイズンビーの針どころかもっと上位の魔物の攻撃も防げるはずだ。たぶんだけど。


「お前はただ結界を張ってりゃいいんだよ! ただし、途中で魔力が尽きて結界が消えちまったら、命の保証はできねえがな! クックック」


 どこまでも横柄態度のシリル。僕の初パーティーがこれとは……つくづく運がない。しかし、対応してくれた受付のお姉さんのことを考えると、断るわけにもいかない。僕はこのクエストを受ける覚悟を決めた。


「わかりました。それではいつ出発になりますか?」


「んなもん、すぐ出発に決まってんだろ!」


 それだけ言い放つと、シリルは僕にギルドの入り口で待つように命令し、自分のPTメンバーを呼びに行った。リーダーの彼がこれほど性格が悪いなら、きっとPTメンバーも似たような感じなんだろうな。


【おい、ライト。何か嫌な予感がするから、念のため転生魔法を使っておけ】


(えっ!? 転生魔法!? それってレイが死ぬ間際に使ったってやつ?)


【そうだ。使い方はわかるな? あれは一度かけておけば、死ぬまで継続する魔法だからな。生きているうちにかけておいた方がいいだろう。まあ、転生するのが嫌なら無理にとは言わないが】


 僕は少し迷ったけど、レイのいう通りに魂の転生リンカーネーションを自分にかけておくことにした。転生するのは不安だけど、死ぬよりマシだと思えたから。


(あれ? これってかかってるのかな?)


 僕はレイから受け継いだ知識を元に転生魔法を使っただけど、魔力ばかり消費してかかっている気がしない。


【もっと対象を意識しな】


 転生魔法って勝手に自分にかかるものだと思ってましたが、きちんと対象を意識しないとダメなようでした。改めて自分にかけるように意識すると、一瞬自分が白い光にほんのりと包まれた。


(ふう、今度は上手くかかったみたいだね。魔力を半分くらい無駄にしちゃったけど)




 自分に転生魔法をかけ終えた数分後、僕の嫌な予感は見事に的中した。シリルが連れてきたメンバーは二人。


 一人はシリルよりも、一つか二つくらい若いであろう女で、いかにも小生意気そうな顔をしていた。防御力よりも素早さを重視したような黒い革の鎧を装備しており、背中に弓を担いでいるところを見るとジョブは弓術士のようだ。


 もう一人は、青い長い髪に白いローブを羽織った、明らかに白魔道士と言った出で立ちの綺麗な顔の女性だ。ただ、その目は氷のように冷たく、僕を見る目つきはまるで虫けらを見ているかのようだった。


「ねぇ、シリル。ホントにこいつで大丈夫なの?」


 明らかに不満そうな声を上げたのは、弓術士の女で、白魔道士の方は完全にこちらを無視している。


「まあ、そう言うなってリビー。とりあえず、目的地まで持ちさえすればいいからな。グレースも文句ないな?」


 そう言って、シリルはいやらしい笑みを浮かべた。それを見た、リビーと呼ばれた弓術士の女が『ああ、なるほど』と小さい声で呟き、シリルを見て笑っている。そんな彼女の姿が、僕の不安をますます増長させる。


 グレースと呼ばれた白魔道士は、ちらっとシリルを見ただけで、やはり無視を決め込んでいる。それほど僕のことが嫌いなのだろうか……。出会ったばかりの僕のどこがそんなに気にくわないのか、聞いてみたいけど、恐ろしくて絶対に聞けないな。


 どうやら今回のクエストは、この4人で挑戦することになるようだ。


【この2人、性格は悪いが顔はまあまあだな】


 緊張している僕とは裏腹に、レイはあくまでマイペースだった。おかげで少し緊張がほぐれたけどね。


 ちなみに人数が少ないように見えるが、四人とういパーティーは珍しくもない。なぜなら、パーティーを組める最大人数が六人で、魔物を倒したときにもらえる経験値は人数割りだからだ。


 この世界では、魔物を倒すとその魔物がそれまで蓄えた経験値を手に入れることができる。手に入る経験値の量は、戦闘への貢献度で変わるのだが、トドメを刺したメンバーがいるPTしかこの経験値を手に入れることができない。


 そしてこの経験値が一定量貯まると、そのエネルギーを利用してレベルアップが行われるというわけだ。


 経験値さえ考えなければ、何人で魔物を倒そうと関係ないのだが、ひとつのパーティーであれば人数が少ないほど、ひとり当たりのもらえる経験値が増える。そう言った理由から、できるだけ人数を絞って組むのが常識となっているようだ。


 そう考えるとこのシリルのPTは、剣士、弓術士、白魔道士が揃っており、バランスが良いと言わざるを得ない。性格は死ぬほど悪いけど。おそらく、この三人を基本に、受けるクエストによって必要なジョブを持っている冒険者をパーティーに加えるのだろう。今回は、ポイズンビーが相手なので、結界師の僕が選ばれたというわけか。


 そんなことを考えながら、前を歩く三人の後をついていく。どやうやら、目的の森までは徒歩で向かうようで、三人はクエストの報酬をどう使うのか、楽しそうに話し合っている。


 そういえば、報酬をどのように分けるのか決めていない気がする。チラチラ聞こえてくる会話からは、僕が報酬を受け取れる気がしないのだが……


 この時点で、引き返せば良かったのだが、気の弱い僕はただ三人についていくことしかできなかった。

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