第3話 お嬢様を救え

 僕は生まれ育ったホロの村を出て、歩いて五日ほどかかる隣町へのビスターナへと向かった。道中は、街道から少し離れた森の中を歩く。森の中に生えている薬草を採りながら街へと向かうためだ。


 レイは錬金術のスキルも持っていて、聞くところによると家に薬草関係の本がたくさんあり、色々調べたり実験している内に覚えたそうだ。そのおかげで僕も材料さえあれば、エリクサーですら作れるようになっているらしい。


 もっとも、僕は錬金術の知識なんて持っていなかったから、そのエリクサーとやらがどれほどの価値があるのかなんてわからないけどね。


 最初は慣れなかったレイとの奇妙な関係も、何日間か一緒にいると段々と慣れてきた。むしろ、専属の家庭教師がついたようで、一人で旅するよりより楽しい旅になったのではないかと思うくらいだ。


 この賢者は人と関わったことがないせいか、空気を読めず常識外れなところがあるけど、それが面白い。そして、賢者であるにも関わらず、偉そうに講釈をたれないところも好感が持てる。


 それから、転生前に読みあさった魔法やスキル、薬草や薬品に関する知識は膨大で、現に今もスキルの説明がてら、薬草の種類を教えてくれている。おかげで、その辺に生えている草から錬金術の素材となる薬草を効率よく集めることができている。ありがたや、ありがたや。




 ▽▽▽




 そんな感じで、薬草を採りつつビスターナを目指していた三日目、森の奥から女の人の叫び声とそれに続く男性の悪態を吐く声が聞こえてきた。




「くそ! 何でこんな街道近くにこんなに強い魔物がいるんだよ!」


「ええい、今は泣き言を言っても仕方がない! お嬢様だけでも何とか馬車までお連れするのじゃ!」


「ご、ごめんなさい。私のせいでこんな……」


「いや、お嬢様を責めてるわけじゃあ……ってハワードさんよ、まずいぜ。追いつかれる!」


「クロム! わしがここを食い止める! お前はお嬢様を連れて馬車まで急げ、わしに構わず逃げるのじゃ!」


「よしわかった!……って言いたいところだが、そいつは無理ってもんだ」


「何おぅ、恰好つけおって! わしのことを見捨てられないと申すのか!」


「いや、単に回り込まれて逃げ道がなくなったからって意味で……」


「……わしのことを思ってじゃないのかい。勘違いが恥ずかしいわい」


 どうやら、魔物に襲われている人達がいるみたいだ。会話の中身からは、余裕があるのかないのかよくわからないが、困っている人がいるなら助けてあげないと。そう思った僕は、村で買った黒いローブを着て、急いで声のする方へと向かった。


 僕がその場に着いた時に、一体の大型の魔物と対峙する男女三人組が視界に入った。正確には、魔物と向かい合っているのは男性二人で、その男性達に守られるように、一人の女性が心配そうにその様子を見守っている。


(レイ、あの魔物は何かわかる?)


【いや、見たことないな。俺の家の周りにはいなかったタイプだな】


 レイの家がどこにあって、周りにどんな魔物がいたのかはよくわからないが、彼が知らないとなるとかなり強い魔物なのかもしれない。


 魔物と対峙している男性のうち一人は年配で、灰色の髪に灰色の口ひげを生やしており、少々年季の入ったダークグレイの鎧を身につけている。右手には剣を、左手には盾を持っているところを見ると、剣士か盾士といったところだろうか。


 もう一人は若い男で、茶色で短く刈り上げた髪に鋭い目つき、どちらかと言えばイケメンの部類に入るであろう顔の作り。こちらは銀色に輝く鎧を身につけいるが、その鎧には無数の傷跡があり、それなりの修羅場をくぐってきているように感じた。


 この若い男の手に赤い柄に銀色の刃がついた槍が収まっているところを見ると、この男が槍術士であることは間違いないだろう。


 そして最後の一人は、美しい金色の髪が腰まで届いていて、白いドレスが場違いではあるがよく似合っている。若い女性でお嬢様と呼ばれていたところからも、かなり身分が高いことが予想される。

 こちらからは横顔しか見えないが、大きな瞳に長いまつげ、色白な肌にピンクの唇。僕が住んでいた田舎では、見たことがない人種のようだ。


【ライト、助けるんだ! 今すぐに助けるんだ!】


 僕の視界に美しい女性が入った途端、頭の中でレイの大声が聞こえた。前世で誰とも関わってこなかった反動だろうか、色々な人を見る度に興奮して話しかけてくる。それが、目の前にいるような綺麗な女の人だとなおさらなのだ。

 僕が引き継いだステータスや教えてくれる知識の量から、レイはかなり年上だと思っていたのだが、この賢者、本当に思春期真っ只中なのか!?


 気持ちを切り替えて今度は魔物に注目してみると、二人がにらみ合っているのは4足歩行の狼型の魔物で、体長は三メートルほどとかなり大型だ。もちろん、引きこもりで学校の授業を受けていない僕には名前すらわからないのだが。


 そして、お嬢様と僕が心配そうに見守る中、戦闘が始まった。まずはハワードと呼ばれた老剣士が、狼型の魔物に斬りかかる。魔物のスピードに後手に回るのを恐れて先制攻撃を仕掛けたようだが、その一撃はあっさりと躱される。逆に、鋭い爪や牙の攻撃を受けることになったが、盾やら鎧やらでかろうじて持ちこたえたようだ。


 一方、クロムと呼ばれた槍術士は、魔物が老剣士を攻撃する際の隙をつくように槍を繰り出している。スピードは互角に渡り合っているようだが、その攻撃はダークグリーンの毛皮に弾かれ、ほとんどダメージを与えていないように見えた。それどころか逆に反撃されて、鎧で覆われていない部分に傷を増やしているみたいだった。


 今は何とか持ちこたえているが、このままいけば三人が魔物に蹂躙される姿を見ることになるだろう。


(助けてあげたいんだけど、僕にも何か出来るかな?)


【やるしかないだろう! 獣系の魔物は炎に弱いのが常識だ。相手の強さがわからない以上、少し強めの魔法でいくべきだな。炎魔法Aクラス地獄の炎ヘルフレイムあたりをぶっ放してやれ! 使い方はわかるな?】


(使い方は……大丈夫! よし、ちょっと怖いけどやってみるね!)


 レイのステータスとスキルを受け継いだときに、魔法の使い方も身についたようだ。今まで、どんなに練習してもひとつとして魔法なんて使うことができなかったのが嘘のように、自然と使い方が理解できる。そして、覚悟を決めた僕は、老剣士が魔物に弾き飛ばされたタイミングで、魔法を放った。


地獄の炎ヘルフレイム!」


 炎魔法Aクラス、地獄の炎ヘルフレイム。魔物を囲むように地面から噴き出した何本もの炎が、まるで生き物のように狼型の魔物に襲いかかる。


『ジュッ』という音を立てて、一瞬で魔物が焼失した。文字通り、跡形もなく消えてしまったのだ。それどころか、炎の余波で地面の表面が焼きただれ、辺りの石はガラス状に溶けてしまっている。


「「「えっ?」」」


 それを見た四人の声がハモる。


(えぇぇぇぇ!? 何だこの魔法の威力は!? やばい! これはやばい!)


 気軽に放った魔法がとんでもない威力でした。これ、まだ上から三番目の魔法なんですけども!? 


【ふむ、どうやら思ったより相手が弱かったようだ。まあ、魔法の威力はまあまあだがな。だがライトよ、これで満足しちゃいけないぞ。お前はもっと強くなる可能性を秘めているんだからな!】


(そうか、初めて魔法を使ったから少々強すぎたんじゃないかと思ったけど、これでもまだまあまあだったのか。魔物が思ったよりも弱くて助かった。これからはレイの言う通り、強くなるために頑張らなくちゃ!)


 お互いに魔物の強さがわからない同士だったので、この勝利に油断せず強くなるために努力することを誓った僕は、森の一部を焼失させてしまった責任から逃れるために、急いでその場を後にしたのだった。

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