第一章 旅立ち編
第2話 旅立ち
「お母さん、僕、学校を辞めて料理人になるために修行に出たいんだけど……」
村の食堂に着いた僕は、厨房で働いているお母さんを見つけ開口一番そうお願いしてみた。僕は昔から料理人に憧れていた。なぜなら、僕の夢はお母さんと一緒に食堂を経営することだったから。
家ではいつも自分で料理を作っているし、食堂でお母さんの手伝いをしたことだって何度もある。料理の腕前はそれなりにあると思っている。ただ、ステータスも低くいじめられっ子だった僕は思いきった行動を取ること何てできなかったのだ。
だが今は違う。この力と脳内賢者がいればあの伝説の料理人がいる街まで旅することだってできるはずだ。
【こんな時に言うのも何だけど、お前の母さん美人だな】
(……)
空気の読めない『思春期真っ只中賢者』の言葉は無視して、僕はお母さんの顔を見た。
「ラ、ライト? 突然こんなところまできて何を言ってるの?」
お母さんは、息子が職場に現れて突然学校を辞めたいなんて言ったもんだから、驚いたような困ったような顔を見せた。しかし、働くその手を止めることはない。女手一つで息子を育てるために、今の職を失うわけにはいかないから。
だが、お母さんにそう問い返された僕も、正直に答えるわけにはいかない。いきなり、『僕の中に転生に失敗した賢者がいて、その力を受け継ぎました』なんて言っても信じてもらえないだろうし、何となくこのことは秘密にしておいた方がいいような気がしたから。
とうことで、事前にレイと相談して決めた作り話を話すことにした。とは言っても半分は事実だけど。
「お母さん、僕、学校でいじめられているんだ。もう、あんな学校には通いたくない。だから、誰も知らないところに行って一からやり直したいんだ」
突然のいじめの告白に、手を止めて息子の顔を見るお母さん。僕の顔には都合よく鼻血を出した跡が残っており……
「ライト、その顔……」
お母さんはそれだけ言うと、黙ってしまった。息子がいじめられているとわかって、平常心でいられる親などいないのだろう。
(ちょっと選択肢を間違えたかも……)
今となっては、いじめられたことなんかどうでもよかったのに、最もらしい理由はこれだと思って言ってしまった。
「忙しい時にごめんなさい。先に家に戻ってるね」
とりあえず、言ってしまったことはどうしようもない。しかし、僕は気まずい雰囲気に耐えきれず、それだけを何とか絞り出して家に戻ったのだった。
▽▽▽
家に帰った僕は、いったん自分の能力についてレイと確認することにした。
まずはスキルについてだが、魔法系のスキルは全てSSクラスになっている。これはD、C、B、A、S、SSと六段階あるクラスの最高クラスだ。ただ、魔法の知識は引き継いだみたいだが、その威力や範囲についてはよくわからない。一度、確かめてみたいが……ちょっとおっかないな。
レイ曰く、SSクラスと言っても、使う人の魔法攻撃力によって威力も変わるし、自分ではそれほど強いとは思ったことはないらしい。精々、庭先に出る弱っちい魔物を倒せるくらいだそうだ。
(よし、魔法が使えるからといって自分の力を過信しないように気をつけよう)
続いてステータスの方だが、物理系は今まで通り最低の部類だから、Fランクの魔物の攻撃ですら致命傷になってしまう。旅をするにも慎重に行動しなくては。
できれば、魔法を使って遠くから安全に魔物を倒す方法で少しレベルを上げておいた方がいいかもしれない。僕が目指す街は、かなりの距離がある。例え馬車に乗れたとしても、魔物や盗賊に襲われる可能性は0じゃないし。
最後にこの"オリジナルギフト"ってのだけど、これについては見当もつかないからレイに聞いてみよう。
(レイ、このオリジナルギフトって何?)
【ああ、これか? これはアレだな。はずれギフトだな】
レイ曰く、古代人の中にはスキルとは別に、神から与えられた能力を持っている人達がいたらしい。このギフトはスキルよりも強力で、古代人達の中でもギフト持ちはかなり有利な立場にいたそうだ。もちろん、レイもそのギフト持ちのひとりだったのだが……
(これってはずれギフトなの?)
【そうだ。何せこのギフトの効果は『一度覚えたスキルは忘れない』だからな。スキルは厳しい修練の上身につけるものだし、だから忘れることなんてないから意味のない効果だろう】
(えっ? スキルって修練で身につけるものなの? ジョブチェンジで覚えるものじゃないの?)
(ん? どういうことだ? そもそもジョブチェンジとは何だ?)
僕もほとんど学校に通っていなかったからうろ覚えだけど、確かジョブというのは神官にお金を払えば変更してもらえるはずだ。ジョブを変更してもらえばそのジョブ固有のユニークスキルを取得でき、経験を積んでいけばジョブ専用のラーニングスキルを覚えていく。
ただし、覚えることができるスキルはそのジョブ専用のものだけで他のジョブのスキルを覚えることはない。そしてジョブを変えてしまえば、それまで覚えていたスキルは使えなくなってしまうのだ。
そんな説明をレイにしたのだが、それを聞いたレイは黙りこくってしまった。僕はその間に魔法の使い方や効果を確かめていたのだが、しばらくしてレイは驚くべきことを口にした。
【なあ、今はジョブチェンジするだけでそのジョブ固有のユニークスキルを覚えられるって言ったよな?】
(うん、言ったよ。ついでに言うと、クラスDのラーニングスキルも使えるようになるね)
【ってことはだな。お前はジョブチェンジを繰り返す度に、ユニークスキルを獲得できるのかもしれないな】
(えっ!? いや、それは無理だよ! だって、ユニークスキルはジョブを変えたら使えなくなっちゃう……あっ!?)
【お前も気がついたか? そのオリジナルギフト"スキルメモリー"は一度覚えたスキルを忘れないんだよ。おそらくそれは、ジョブチェンジしてもだな。俺の時代でははずれギフトだと思ったが、この時代ではそうではないようだな】
何てことだ。レイの言う通りなら、様々なジョブのユニークスキルが労せず手に入るってことじゃないか!? これは大変なことになってきた。
(確か、隣町に神殿があったはず。そこで料理人のジョブを得る前に試してみよう)
僕はその可能性に胸が躍る思いだったが、仕事を早めに切り上げてきたのか、お母さんが帰ってきたので慌てて深呼吸をしてから暗い顔を作って出迎えた。
「ライト、さっきの話だけど……」
お母さんは、僕の突然の告白にどうすればよいのか悩んでいるようだった。それでも僕の目を見ながら、一言ずつゆっくりと話し始めた。
「ごめんね、ライト。あなたが学校でいじめられていたことに気づいてあげられなくて。だから、学校は……嫌なら辞めても構わないわ。でもね、修行の旅に出るというのには、お母さんは反対だな。あなたはまだ十三歳だし、その、決して強くは……ないから。旅には危険がつきものだし、あなたに何かあったらお母さんはもう……」
そこまで言うと、お母さんは目を押さえて泣き出してしまった。もちろん、その気持ちはわからなくはないのだが……
「大丈夫だよ、お母さん。僕だって自分の力はわきまえているから。危ないところには近づかないし、できるだけ安全にゆっくりと旅をするつもりだから」
自分の力がどんなものかはわからないが、レイもいることだし、ジョブチェンジさえできれば、少なくともその辺の低レベルな魔物に後れを取ることはないだろう。そう考えた僕は、まっすぐお母さんの目を見つめてはっきりと宣言した。
そんな僕の姿を見て、深い息をひとつ吐いたお母さんは台所へと向かい、そこから小さな革の袋をひとつ持って出てきた。
「まさか、こんなに早くこの日が来るとは思ってもいなかったわ」
そう言ってお母さんは、その革の袋を僕に差し出す。小さい割りにズシリと重いその袋の中に、金色に輝く貨幣が見えた。
「お、お母さん、これは!?」
袋に入っている十数枚の金色に輝く貨幣に僕の声がうわずる。それもそのはず、はっきり言ってうちは貧乏だから。お父さんがいた頃はまだそれなりに収入があったが、お父さんが死んでからは、お母さんが食堂で稼いでくるわずかばかりの収入しかなかった。早くお金を稼いで、お母さんに楽をさせてあげたい。それもまた、僕が今すぐ旅に出る理由だったくらいに。
「ライトのお父さんが、『いつか、ライトがこれを必要とする時が来る』って言って、こつこつ貯めていたお金なの」
「お父さんが僕に?」
あの強くて優しかったお父さんの顔が目に浮かんだ。そして僕は、こんなにも両親に愛されていたということを改めて実感した。
【こんな時に言うのも何だが、お前の記憶の中の父親はイケメンだな】
(…………)
もうこいつには何も言うまい。
「そのお金があれば、しばらくは生活に困らないでしょ。もし、そのお金がなくなって生活に困ったら、またここに戻ってくるのよ」
大人ひとりの一ヶ月の食費がだいたい金貨一枚くらい。その金貨が十数枚入っていた。どんなに苦しくても、この金貨には手をつけなかったのだろう。小さな革の袋を受け取った僕の手は、実物以上の重さを感じていた。
「こんなにたくさんのお金をありがとう。早く一人前の料理人になって、お母さんを楽させてあげるからね!」
僕の口から出た言葉にお母さんは、『やっぱり、そういう理由だったのね』と呟きながら、また涙を流すのであった。
そして次の日、僕は貰ったお金で食料と安物の装備、野宿するための道具を買って、神殿がある隣町ビスターナへと旅立つのだった。
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