第27話 炯眼

 写真はデジタルカメラに収めた画像データをプリンター出力したものだが、調べるのになんの問題もなかった。笑顔が弾ける女生徒たちが、紙面から飛び出しそうなほどの躍動感で彩られている。

 大抵は何人かが集まって撮影されているが、中には一人だけ写されたものも入っていた。写真の下にキャプションが記されているのは僥倖だ。

 目当ての写真は意外とあっさり見つかった。鵜高のステップと記された写真には、汗だくで髪を振り乱しながら踊っているワンシーンを捉えていた。他の写真と違って表情は真剣そのものだ。鋭い眼光の先にはなにが映されているのか。

 ついにウタちゃんの片足を掴んだ。それなのに、心に来る衝動は少なかった。理由は明白だ。沖田はあの時、ウタちゃんの顔までは目撃できなかった。鵜高仁美がウタちゃんだと言われれば、そうかもしれないと思える程度で絶対的な確信が持てない。


「全身が写っている写真はないのか?」


 沖田は、自分でも気づかず要求を発した。もう少しで掴めるだけに、諦めかけていた欲が浮上した。


「以前、動画サイトに映像をアップしたって聞いたことがある。削除してなければまだ見られるはずだよ」

「映像?」

「発足間もない弱小クラブだからさ、宣伝して存在をアピールしようって躍起になってた先輩がいたんだって」


 願ってもない話だった。掴んでいた細い糸が頑丈な鎖になったくらいのありがたさだ。映像なら声も収録されているかもしれないし、振る舞いや仕草から醸し出される雰囲気も掴める可能性がある。画像と映像では内包されている情報量に圧倒的な差がある。

 沖田はスマートフォンを操作して動画サイトを開いた。検索バーに『西原高校 ダンス部』と入力すると、すぐに目当ての動画が引っ掛かった。何本もアップされており、数ある中からタイトルが『西原高校ダンス部練習風景 体育祭にむけて』という一本を選んだ。アップされたのは四年前だ。文字を流し読みして軽く驚いた。三十万回も視聴されており、二万件以上ものコメントが寄せられていたからだ。

 さっそく再生させると、軽快なBGMを乗せて一人の女子生徒が挨拶をしてから練習メニューの説明を始めた。拙い喋り方で軽く緊張しているのが伝わるが、それが却って好感度アップを誘っている。導入部は短く、すぐにタイトル通りの練習風景が流れ始めた。

 立ち上げたばかりだけあって部員は五名しかいないようだが、激しい動きはディスプレイ越からでも空気の熱さを伝えてくる。重力を無視するかのようなしなやかなステップは見ているだけで気持ちが高まり、無意識に体が動いてしまいそうだ。

 部員の向こう側には壁沿いに立って練習を見ている桜庭の姿も認められる。いつもの温和さは鳴りを潜めて、鋭い目つきで一人一人の動きをチェックしている。

 鵜高はグループのほぼ中央で踊っていた。空中を歩いているようなジャンプに、関節にバネが仕込んであるのではないかと思わせるキレのある動作で、他の部員を圧倒していた。


「すごい……」


 沖田の中で補正が掛かっているせいか、他の部員より一際目を惹かれる華やかさがあった。振り乱される髪と真剣な眼差し、日常生活の動作とは縁のない不思議な振り付けは、観る者を引き寄せて心を鷲掴みにする。

 結局、一曲が終わるまで鑑賞してしまった。


「どう? この人がウタちゃん?」

「………………」

「沖田?」


 声を聞くことはできなかったが、全身は確認できた。体つきや身長はウタちゃんと類似しているように思える。それよりも、沖田の警報を鳴らしたのは、鵜高の目だった。刃物さながらの鋭い目は、あの時に感じた恐怖を呼び起こす危うさを感じさせた。


「この目……」


 動画の半ばまで戻し、鵜高がアップされているシーンでポーズを掛ける。

 たしかに鳥肌が立つ。悪寒が甦る。それなのに、確信に至らない。いつも使っている自転車なのに、サドルの高さが違うような微妙な違和感がある。


「この人が……ウタちゃんだと、思う」


 完全ではないものの、疑わしさはもっとも濃厚だ。今感じている違和感は、必死に目指してきたゴールを目の前にした途端に尻込みする心境に違いない。

 関口が沖田の肩に手を乗せた。掌から伝わる熱から、彼女も興奮しているのが分かる。


「あとは、どうやってこの女に接触するかね」


 そう。助かるためには彼女と対峙しなくてはならない。彼女が柳井明日菜を殺めた犯人だと証明して、警察に引き渡さなければならない。

 やるしかない。助かるためだ。未来を生きるためにやるしかない。

 沖田は停止させた鵜高の顔を睨んで、彼女の懐に潜り込む手段を巡らせた。

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