第21話 罠
登校して席に着くと、関口が不機嫌さを隠そうともせず近づいてきた。状況証拠ばかりでダンス部に犯人がいると断じたのだ。胸中穏やかではないのは明白だった。
「……おはよう」
「昼休みに確認するから、沖田も付き合って」
「え?」
「ウタちゃんとやらを炙り出すのよ」
協力してくれるのだと、一瞬遅れて理解した。昨日ははっきりと約束してくれなかったが、ウタちゃんの正体を掴むために行動を共にしようというのだ。目的は違えど、校内では孤立無援の沖田にとっては頼もしい味方だ。
申し出はありがたかったが、関口の提案を素直に受け入れられない不安が過った。ウタちゃんの方も、沖田を目撃している可能性があるのだ。自分を殺す相手の前にのこのこと身を晒すわけにはいかない。ネギを背負った鴨どころではない。調味料まで用意して鍋に飛び込むようなものだ。
「直に問い質すのはまずい。まずはハンジローを無くしていないか確認しよう」
「なにをまどろっこしい……」
「相手は人殺しだぞ。せ……千昌さんにも危険が及ぶ」
「……校内では滅多なことはできないでしょ」
言いながらも、関口の気炎は勢いを潜めた。
「千昌さんが上手いこと確認してくれ。俺は近くで様子を窺う」
「なにそれ? うち一人でやれっての?」
「俺は、もしかしたらウタちゃんに見られたかもしれないんだ。むこうも俺を探している可能性がある」
「………………」
「同じダンス部なら、やりようがあるだろ?」
我ながら無責任な言い分だと思うが、ウタちゃんと対峙するわけにはいかないのは事実である。昨日は羽衣石の言い方を諫めたのに、関口の無念を最大限に利用しようと画策している自分がいる。
「考えとく。とにかく昼休みよ」
「ああ。頼むよ……」
吐いた台詞に、不甲斐なさが染みる。それでも、折れるわけにはいかない。死を宣告されて気丈に振る舞える人間がこの世に何人いるんだと、無理矢理に自分を納得させた。
関口は緊張していた。柳井の敵をみつけるためとはいえ、仲間を騙そうとしているのだ。
そもそも、ダンス部にウタちゃんがいる前提が受け入れ難いのだが、羽衣石という女が見せた画像は、間違いなくハンジローだった。
あんな証拠があるのなら、警察に通報すべきだと思うのだが、警察は犯人にたどり着けないと断言していた。何から何までわけの分からない女だ。沖田とはどういう関係なのだろうか。
思考を転がしているうちに、杉本と宇田川が揃って現れた。授業中に、渡り廊下で集合するようにコミュニケーションアプリで呼び掛けておいたのだ。
このアーチ型の屋根がある渡り廊下は、普段は生徒たちの休憩場所として使われているのだが、放課後にはダンス部の練習場所となる。鏡を並べて簡易的なダンススタジオにするのだ。校舎のほぼ中央に位置しているため、休憩時間には屯している者や行き来している生徒が多い。沖田もどこかの物陰でこちらの様子を伺っているはずだ。
「よっす」
「どしたの? 昼休みなんかに呼び出して」
「ああ、実はさ……」
関口は声が上擦らないよう、自然体を意識した。二人の態度に変わったところなどなく、やはり羽衣石の主張が荒唐無稽に思えてくる。
「明日菜のご両親から貰ってきたんだけど、画像に残しておきたくてさ」
言いながら、関口はハンジローを取り出した。自分の分と二つ並べる。
「せっかくだから、あんたらにも参加してほしくて……」
沖田に頼まれてから、考えに考えて絞り出したトラップだ。ハンジローを持っているか確認するのが目的だが、それを悟られないためにも変化球を用いる必要があった。
関口の持ち掛けに、二人は沈んだ。仲間を失った悲しさを再認識させられた重さに、なんとか抗っている様子がありありと浮かんでいる。その仕草に演技臭さは見て取れない。
「千昌、明日菜とは一番仲良かったもんね……」
「マジで犯人、許せねーよ。明日菜がなにしたっていうんだよ」
杉本が、スマートフォンに付けているハンジローを外した。
「いいよ。撮ろうよ。明日菜を偲んでさ。プリントして寄せ書きすれば、手向けになるんじゃない?」
「私も賛成。明日菜がダンス部の一員だったって忘れないためにも」
宇田川もハンジローを取り出した。四つのハンジローが並べられる。
目の前の光景に、関口は戸惑った。羽衣石の話では、犯人はハンジローを落としたから、今は持っていないはずだ。それなのに、杉本も宇田川も、あっさり自分のハンジローを差し出した。素振りにも不自然なところはない。犯人がウタちゃんと呼ばれていたことから、この二人に的を絞ったのだが、ハズレと受け止めるしかない。他にウタちゃんなんて呼ばれている可能性がある者など、ダンス部にいただろうか。
「どうせなら、
杉本が、ごく自然な言い方で提案した。真希というのは二年生で、関口たち三年が引退した後にキャプテンになる予定の後輩だ。本来なら三年生は新学期が始まってから間もなく引退するはずだったが、事件のせいで部活動そのものが停止しており、正式な引き継ぎはまだされていなかった。
「七つ揃えた方が、明日菜も喜ぶよ。きっと」
杉本のアイディアは、渡りに舟だった。こうなったら、全員を調べた方が良い。この機会を逃したら、調べるのに苦労するのは明らかだった。これは独断だが、敵討ちをしなければならないという義務感が関口の背中を押した。
「そうだね。それが良いよ。なんで最初からそうしなかったんだろう」
焦りが態度に出ないように、関口は必死に演技した。人を騙す慣れない行為に、精神が消耗し始めている。
かくして、思いがけずにダンス部の臨時召集となった。
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