第19話 方程式

 沖田の迷いを羽衣石が払った。ハンジローを二つ所有していた事実に、ウタちゃん候補から外しても良いと判断した。ここで沖田の迷いを引き継いでしまったら解決が遠退くと、なかば強引に自分を説得しての判断だった。


「見なさい」


 羽衣石がスマートフォンを操作して関口に突き付けた。数日前に発売されたばかりの機種で、テレビを点ければ必ずコマーシャルを見るくらいに宣伝している。使い込まれている感じがしたのを不思議に感じたが、それ以上に釘付けになったのはスクリーンの方だった。なんとハンジローが映し出されている。


「それ……」


 関口が衝撃で固まったが、沖田も驚いた。現場で拾ったハンジローは、自分の部屋に置いてある。いつの間に撮られた? いや、拾ってから部屋から持ち出していないから、撮影できるはずがない。部屋に忍び込まない限りは。


「昌宏は事件の時に現場にいたの。そして、これを拾った」


 沖田の戸惑いをよそに、羽衣石は説明を続けた。関口は大きく見開いた目を、さらに大きく開いた。そして、沖田を刺すように凝視する。


「勘違いしないで。昌宏が気づいた時には、もう手遅れだった。彼を責めるのは筋違いよ」


 羽衣石は沖田を庇った。嘘はないが我が身の可愛さに逃げ出してしまったのは、おそらく分かっているのだろう。己の臆病さに恥辱に塗れるが、それだって生きているからこそ悶えられる感情だった。


「柳井さんは、犯人をウタちゃんと呼んでいた。そして、現場に落ちていたこれを拾ったの」


 無言で羽衣石の話を聞いていた関口は、すぐに一つの結論に達したようだ。言葉一つ一つに質量があるような、慎重な口振りで呟いた。


「……じゃあ、うちらの中に……ダンス部に犯人がいるっての?」


 関口の動きがゆっくりと停止する。受け入れがたい内容に直面して、思考が滞っているのだ。

 望むと望むまいと、動いてしまう時がある。

 沖田の脳裏には、最近染み込ませた事象が渦巻いた。掛けるべき言葉を模索しているのに、なかなか形作ってくれない。

 沖田とは対照的に、羽衣石は容赦なかった。


「状況がそれを語っている。あなたの話では、ウタちゃんと呼ばれている子はいないそうだけど、この人形をなくしているのが一人いるはず」

「あり得ない……。あり得ないよっ」


 コーナーを陣取って良かった。関口の声がでかくなり、沖田は焦って彼女を嗜めた。


「関口さんっていったわね。こちらが知っていることはすべて話したよ。あなたはどうしたい?」


 羽衣石は間髪を容れずに、関口の立場を固めようと続けた。


「どうしたいって……」

「柳井さんを惨たらしく殺した犯人を捕まえたいんでしょ?」

「そりゃそうだよ。そんな決定的な証拠品を拾ったのなら、さっさと警察に渡して……」

「それはできない」


 関口が言い終わらないうちに、羽衣石が続きを遮った。


「なんでっ?」

「警察は犯人を捕まえることができないから」

「はあ?」

「警察に任せたら、犯人は逃げおおせることになる」

「なんでそんなこと、あんたに分かるのさ?」

「とある筋からの情報でね。私には分かるの。私たちがやるしかない」


 羽衣石は犯人は捕まらないと断言したが、それは間違っていない。沖田が未来で読んだ資料でも、犯人は未だ不明で逮捕に至っていないと記されていた。だからこそ、自分も警察に協力していないのだ。不可解なのは、なぜそれを羽衣石が知っているのかだ。疑問に疑問が重なって、解析不可能な複雑な方程式が構築されていくようだ。


「あんた、もしかして警察にコネでもあんの?」

「……そんなところ」

「やるしかないって……。見つけろっての? うちら仲間なんだよ?」

「友達を殺した者が仲間だっての?」


 羽衣石は、ハンジローが映し出されているスマートフォンを関口にずいと突き付けた。


「昌宏に協力して。彼も犯人を見つけなければならない理由がある」

「沖田……。沖田は明日菜とどういう関係だったの?」


 関口の問いは答えづらかった。柳井から沖田の話など出たこともあるまい。当然だ。二人の間に接点などなかったのだから。柳井と関わったのは彼女が死んだ後だ。


「……俺の未来を左右する関係、かな?」


 沖田の不明瞭な答えに、関口はまばたきを繰り返した。

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