第17話 接触
学校には二時限遅れて登校した。非常にデリケートな状況になっているため、連絡がなかったことを担任から咎められた。急な腹痛に襲われ、ずっと駅のトイレに籠っていたと嘘を吐いた。学校はマスコミ対応でピリピリしている。教員は遅刻した生徒などに構っている暇はないほど慌ただしく動き回っており、沖田は放り出されるように教室に収まった。
羽衣石愛莉という、突如現れた奇妙な女に指示されたことを思い返した。とにかく、ダンス部に所属している者に接触して、マスコット人形の詳細を確かめること。そして、可能であれば協力者にすること。
「……………………」
犯人に迫るに当たって、いくつかアドバンテージがある。まず、性別が女であると分かっていることだ。単純だがこれは相当大きい。女生徒に的を絞れるだけでも、調査対象がほぼ半分になる。
それから、ウタちゃんという愛称。おそらく、渡辺をナベちゃんとか、山岸をヤマちゃんと呼ぶのと同じノリだ。名前に「ウタ」が付く人物を探せば良い。
加えて、例のマスコット人形だ。これも犯人を特定する大きな手掛かりになる。羽衣石の言葉を信じれば、人形はダンス部員しか持っていない。ダンス部員でウタちゃんと呼ばれ、尚且つマスコット人形を紛失した人物。こちらが動いていることを悟られずに、ウタちゃんの正体を掴まなくてはならない。
自分を取り巻く状況が変われば視点も変わってくる。今まで気にも留めなかったものが視野に飛び込んでくる。たしか、ダンス部は少人数で全員が女子だったはずだ。六年ほど前に設立されたばかりの新規クラブで、このクラスにもダンス部に所属している生徒がいる。
名前は
質問をぶつけたが最後、後戻りはできない。彼女に狙われ殺される想像をすると足が竦む。それでも、動かないことには前に進めない。それに、名前から考えてウタちゃんと呼ばれている可能性は低い。
大丈夫。大丈夫なはずだ……。
同じクラブの柳井が亡くなったせいだろう。このところ、沈んでいる時間が多いので話し掛けるのに躊躇したが、命が懸かっているのだと己を叱咤して近づいた。
「関口さん」
いきなり声を掛けられ、関口は戸惑った様子を見せた。同じクラスであるものの、これまで一度も会話らしい会話をしたことのない相手から、しかも男子から話し掛けられたのだ。彼女の反応はもっともだと思った。
「なに? 沖田から話し掛けるなんて珍しいじゃん」
どうやら、会話もできないほど落ち込んではいないようだ。関口は砕けた性格のようで軽く返してきた。ただし、声の調子には沖田の魂胆を探る色が混ざっている。
「関口さんはダンス部だろ?」
「そうだけど、それがどうかした?」
「……ダンス部員に、ウタちゃんって子いないかな」
「ウタちゃん?」
気のせいか、関口の目が険しくなったように見えた。犯人を特定したいあまり、質問が性急すぎたか。後悔と開き直りが同時に押し寄せてくる。どだい、人づき合いが下手な自分に搦め手なんて使えるわけがないのだ。
「……いないと思うよ。うちら、部っていっても同好会に近いノリだから、七人しかいないし」
いない? 関口の返事は予想外だった。
「関口さん……」
「千晶でいいよ。名字で呼ばれると、なんかチョーシ狂う」
「じゃあ、千晶さん、も入れて七人?」
「そう。あ、違う。もう六人だ……」
関口の顔が暗く歪んだ。柳井明日菜を思っているのだ。それにしても六人か。関口を除外しても五人。たった五人なのに、彼女は知らないという。ウタちゃんがダンス部員という前提が間違っているのか。それとも、聞き間違いだったのか。出鼻を挫かれて沖田は焦った。
「あ、でも……」
「?」
「
「っ!? 二人も?」
「いや、うちらはそう呼んでないけど、名前が
「杉本藍歌。宇田川莉緒……」
たしかに候補としては挙げられる。しかし、ダンス部員はウタちゃんとは呼んでいない……。すると、ウタちゃんはダンス部員ではないのか? いや、それはおかしい。マスコット人形を拾ったからこそ、危険を顧みず関口に接触したのだ。ダンス部員でなければ辻褄が合わない。
「なに? なんかキョドってない?」
困惑が素直に出てしまった。関口が警戒し始めた。当然の反応といえた。今までほとんど接触がなかったクラスメイトに話し掛けられ、ダンス部員のことを詮索されているのだ。
「なんか回りくどいけど、ひょっとして明日菜のことと関係あんの?」
関口はいきなり核心を突いてきた。いや、乗るべくして乗った流れだ。今の状況で、ダンス部以外の者があれこれ訊いてくれば、柳井明日菜と結びつけるのは突飛でもなんでもない。
「いや、いいんだ。大変な時に悪かったね」
直感が潮時だと告げた。これ以上踏み込んだら、毒蛇が潜んでいる藪に手を突っ込むようなものだ。いや、もう手首くらいは入れてしまっている。
タイミング良く数学教師の田淵が入ってきたので、強引に会話を打ち切った。
「あ、ちょっと」
関口の視線を背中に感じながら、沖田はそそくさと自分の席に戻った。
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