第10話 検索結果

 インターネットカフェでは、個室を借りずにオープンシートを利用した。結局三時間ほどしか眠ることができなかった。それも、微睡んでは目を覚ますを繰り返す、ひどく質の悪い眠りだった。無理な体勢で眠りに就いたせいだと自分に言い聞かせようとしたが無理だった。歪んだ興奮が、睡魔の奥底までの侵入を許さなかったのだ。死刑を宣告されて熟睡できる者などいはしない。

 まだ朝ともいえない時刻ではあるが、座り続けて腰も尻も痛い。客は少ないので長居しても居心地は悪くならないが、沖田は店舗を出て町に繰り出すことにした。出る前には食べ放題のサービスでしっかりと腹ごしらえするのを忘れなかった。

 さ迷い歩いて、解決の糸口を得ようなどと都合の良いことは考えていない。十年の歳月を経た我が町が、どのような変化を遂げたのか知りたいという、純粋な好奇心だ。とにかく、行動を起こすまではなにかに目を逸らせていたかった。

 まず目についたのが、タクシーだった。なにか変な感じだと眺めていたら、運転手がいないのに驚いた。未来では自動運転が現実のものになっているのだ。日中はひたすらに自宅を目指していたから気づかなかった。改めて見渡すと、見慣れない店舗が散見される。

 漠然と見るのと観察するとでは、これほどまでに得られる情報に差があるのか。

 新鮮な驚きに普通ならモチベーションを得るのだろうが、今の状況では不安が沈殿して濁るばかりだ。本当に自分の時代に戻れるのかと、漠とした怖れと戦慄に視界の焦点が合わなくなる。沖田昌宏というアイデンティティーが曖昧模糊としたものとなり、霞のように消えてしまいそうだ。

 沖田の頭の中では、すでに次の行動は決まっていた。しかし、図書館に行くには夜明けを待たなくてはならない。十年も先取りしているのに、数時間を待たなくてはならないなんて、とんだ皮肉だ。

 時間とはいったいなんなのだ?

 答えがみつからない難問に体を重たくしながら、沖田はひたすら時が流れ去るのを待った。

 空に明るみが増すのに比例して、人の往来も増えていった。町の目覚めをリアルタイムで体感しても、感動はなにもない。眠そうな表情を晒して歩く人々を眺めていると、不条理な怒りだけが湧き上がってくる。なんで俺だけこんな目に……。

 平和すぎる光景は、今の沖田には毒にしかならなかった。朝の駅に人が集まるのは当然だ。ここじゃなく、まだ人が疎らな場所に移った方が良い。沖田は腰を上げて、人々の流れとは反対方向に歩き始めた。



 外からも見える壁掛け時計の針が午前九時を指した。やっと沖田が待ちわびた時刻になった。玄関前には、すでに何人かの人が並ぶでもなく開くのを待っていた。沖田と同じ年頃もいれば、隠居生活を送っていそうな老人もいた。全員が一様にスマートフォンを弄っている。あれを借りることができればと、もどかしい思いでじっと待つ。

 出入り口が開放されたと同時に、みんな静かに建物の中に入っていった。沖田が赴いたのは自宅だった家からそう遠くない図書館だった。ここならば無料でパソコンが使えるし、過去の出来事を調べるにはうってつけだ。人はいるのに静謐としていて、館内は独特な落ち着きがあった。

 すぐにカウンターで申し込んだ。ここもセルフで機器を操作しなくてはならなかったが、説明文とイラストがモニターの横に添付されていたので簡単だった。

 さっそくパソコンを一台占領した。インターネットに繋がれることに安心するのは、便利すぎる世の中にどっぷり浸かっている証拠だ。使用できる時間は一時間しかない。手早く情報を集めなくてはならない。なにもせずに時間が過ぎるのを待ったり、行動を急かされたりと、時の流れに翻弄されている。

 小泉は事故で死んだと言っていた。メディアの記録に残っている可能性は十分ある。

 沖田は少し迷ってから『沖田昌宏 二〇二四年 事故』と入力して検索した。


「あ……」


 結果はあっさりと出た。記事の中に沖田昌宏のフルネームが見つかった。沖田本人に関する記事に違いなかった。

 見出しを読んで、衝撃を受けた。殺害という単語が記されていたからだ。


「なんだって?」


 思わず声が出てしまい、隣に座っている者から尖った視線を浴びた。口を押さえ、会釈だけして詫びを入れる。

 読み進めていくうちに、衝撃がどんどん体内の奥底まで打ち付けられ、ついには心臓にまで達した。鼓動が大きく速くなり、呼吸が苦しくなる。

 記事によると、沖田は何者かに絞め殺されたとある。犯人は逃走し、まだ発見に至っていない。犯人が何者なのか、警察は手掛かりすら掴めていない状態だという。


「殺されたって……」


 頭が痺れて、うまく思考がまとまらない。小泉は事故と言っていたが、そうではない。事件、しかも殺人事件じゃないか。俺は何者かに殺されて死ぬのか? 


「そんな馬鹿な……」


 殺されるほどの恨みなんか、誰からも持たれる覚えはない。手掛かりすら掴めていないということは、通り魔的な犯行なのだろうか。それにしては、縊り殺すとは、かなり激しい感情の煮沸がなければ実行しないように思える。


「日付け……。事件はいつ起きてる?」


 さっきから独り言が多くなっている。敢えて声を出し耳の穴に流し込むことで、第三者の立ち位置を確保しようと足掻いている。隣の者がチラチラと抗議的な視線を投げてくるが、もう意に介している余裕などなかった。

 事件の発生は十一月七日とある。つまり、夏休みが終わってから、たった二ヶ月あまりで殺されるのか。

 夏期休暇に入ってからは、クラスメイトとは数回しか会っていない。プールや花火大会に誘われたがつきあって一緒に行ったという程度で、その最中にケンカやトラブルに発展したことなどなかった。沖田は必要以上の馴れ合いを遠ざけるタイプだ。

 では、一学期はどうだったか。やはり持ち越した問題などなかった。さらに遡って、これまでの生活を回想してみても、殺意を抱かれるほどの怨嗟には思い至らなかった。そもそも、それほど深い関わりを持った者など皆無だ。そういう風に生きてきた。そして、これからも目立たないように穏やかに生きていくつもりだ。

 いったい、どうなっているのだ? 

 その後、事件に関わる記事を読み進めたが、ショックが大きすぎて内容が上滑りしていく。空調から流れ出る風が、急に冷えたように感じた。室内の静寂が針のようにうなじを刺激する。ここではすでに十年前の事件なのに、館内にいる全員が恐ろしい犯人像にリンクし、一刻も早くこの場を去らなければとの焦燥に駆られた。

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