第46話 触ってないですよ
ロゼの掛け声に反応して、各々が手に武器を持ち、臨戦態勢を取る。
俺は剣を、クロネは銃を、ロゼとミシャは――
「――――え?」
二人の手にある”紙切れ”を見て、思わず固まる。
強烈な既視感が、俺の体を硬直させた。
(なんだ、あれ。見たことある……絶対に見たことあるはずだ!)
あと少しで思い出せそうなのに、肝心な記憶が出てこない。この頭はそう都合良く出来ていないらしい。
そんな俺の内心をよそに、魔物は目視で捉えられる程にまで迫っていた。
そいつはドスンドスンと地面を揺らし、木々を蹴り倒しながら、列車ですら出せなさそうな速度で移動していた。
「――見えた、ギガンティックオーガや!やるでミシャ!」
「うん」
二人は迎撃態勢を取った。
(戦ってるところを見れば何か思い出せるかもしれない)
そう考え、今回は戦闘に参加せず、静観することに決めた。しかし――
――ズガンッ!
クロネの銃が火を吹いた。
もちろん、混合破魔弾に耐えられる魔物などいるはずもなく……
「あ」
「「――あああああっ!?」」
膨大な風の魔力により、脳天部が爆発四散した。
残された巨躯はバランスを崩し、元の勢いのまま地面をスライディング……最終的に俺たちの数メートル先ギリギリで停止した。
「「「……」」」
「……うし、これは私のだね」
俺とウォーカー姉妹が唖然とする中、クロネのマイペースな声が響いた。
ハッと正気に戻ったロゼがクロネに詰め寄る。
「し、正気かクロネはん!?あんな安モンに混合破魔弾なんて……3発も外したら大損やで!?それをこんな遠くから――」
「……外さないから問題ない」
あっけからんとそう言い放つ。
まあ今のところ百発百中らしいし、自信が湧いてくるのも無理はない。えふぴーえす?ゲームの効果すごいな。(違う)
「「んなアホな……」」
二人はその言葉を信じられなかった。流石にホラ吹いているだけだろう、そう考えていた。
――半日経った頃には、そんな考えも吹き飛んでいたが。
「あ、ありえん……どないなっとんのや。これでAランク……?」
「なんでそれ、当てれるん、ですか」
クロネは無双していた。本日出会った魔物計四体、その全てが彼女の手によって葬られていた。
このルールにおいて彼女は最強である。だって、一撃必殺超遠距離必中攻撃とか勝てるわけ無いじゃん?普通に考えて。
「……ふ、他愛無い」
「てい」
「――痛っ、何するのヴェール」
調子に乗っててムカついたのでチョップしておいた。
「満足したならそろそろ譲って差し上げなさい」
「……えー、向こうが決めたルールなのに」
「せ、せやで!今更やっぱやめたなんて言ったら、冒険者として終わりや!」
クロネの不満げな発言に、ロゼが賛同する。だが、彼女の表情は口元と一致してなかった。恐らく本心では今すぐにでもルールを撤廃したいのだろう。
しかし意外だったのは、ミシャもまた似たような表情をしていたことだ。彼女はロゼよりも真面目で控えめなタイプに見えたが、悔しいものは悔しいらしい。
「そう言うなら構いませんが……」
「うぐっ……おう!冒険者に二言はないで!」
ロゼが気遣い不要と念押ししてきたので、これ以上は失礼に当たると思い、俺も口を閉じることにした。
(お、お姉ちゃん……)
(今日はよー我慢できとるやん、珍しいな。そのかわり仏頂面になってもーてるけど)
(だ、だって……ヴェールちゃん、なんか”似とる”し、嫌われとうない)
(はぁ、なるほどな。どおりで口数少ないわけや……妹が変態でお姉ちゃん悲しいわ)
(――へへへ変態ちゃうわっ!)
また二人で内緒話を始めた。よくわからないが、魔物が狩れなくて怒っているというわけではなさそうだ。
しばらくして、会話が一段落したようで、二人はこちらに気づいた。
「あ……よ、ヨーシ!ウチらも負けてられへんナー!」
ミシャは絶妙に棒読み感のある声でそう意気込んだ。
「な!お姉ちゃん」
「……はいはい、せやな」
ロゼはミシャとは対象的に、呆れたような顔をしていた。
☆★☆★☆
あれから更に3時間程経過し、日が傾き始めていた。
「そろそろ帰らないと日が沈んじゃいそうですね」
そう言い振り返ると、生気の抜けた顔をしているウォーカー姉妹がいた。
「「…………」」
口から魂が抜け出し、こんにちはと挨拶している幻覚が見える。気のせいだろうけど。
さて、これを見てお気づきだろうが、あれからクロネは一切遠慮などしなかった。魔物・即・ズガンである。
これで計七体もの魔物が彼女の手中に収まった訳だが……その推定金額はなんと2000万弱。わずか一日にしてSランク冒険者の平均月収を稼いでしまっていた。
「……お金稼ぐのってこんなに簡単だったんだね。もっと早く知りたかった」
「誘ったときは、行くのめちゃくちゃ渋ってた癖に」
「……だって普通に怖かったし。あと――」
クロネは少しだけ言うか迷ってから、口を開いた。
「――
「え、来たことあったのか?」
「…………まあ」
「……そうか」
気になったが、かなり暗い表情をしていたので、それ以上の追求はしなかった。
「とりあえずあの二人を正気に戻しますか」
俺は二人に近づき、そっと肩を叩いた。しかし――
「「…………」」
無反応。
(仕方ない、あれをやるしかないな)
実はずっと気になってたんだよね。
「……ヴェール、悪い顔してる」
「気のせい気のせい」
クロネがなにか言ってるが、構わず行動に移した。
「――えいっ」
――モフッ
手を伸ばした先にあったものは、二人のフサフサ狐耳である。
「ぉぉ〜……」
その耳を触った瞬間、柔らかい毛並みが手に心地よく反発してくる。控えめに言って最高だ。
感触は想像以上で、何度も手を往復させたくなる衝動に駆られる。
――モフモフモフ
「ふふ、ふふふふ」
「……うわぁ」
俺は夢中で気づかなかったが、このときクロネはドン引きしていた。
「「――ハッ!?」」
俺が至福の時間を堪能していると、突然二人は我に返った。
「おっと」
やばい、少し触れるだけのつもりだったのに……このお耳様には魔性の力が宿っているに違いない。
「大丈夫ですか?」
「お、おう……へーきやけど……」
ロゼは頭に疑問符を浮かべ、戸惑いながらこちらを伺った。
「もしかして耳――」
「――触ってないですよ」
「え、でも――」
「――触ってません。風が当たっただけですよきっと」
「そ、そうなんか」
「そうなんです」
ロゼは疑心暗鬼になりながらも、一応は納得した。ゴリ押しである。
後ろからジト目を向けられている気がするが、振り向くのはやめておいた。
「ほら、起きたなら行きましょう。もうすぐしたら日が暮れちゃいますよ」
「うわ、もうこんな時間かいな」
「えっ、あれっ?ホンマや……」
二人は天を仰いで驚き、事の重大さに気がついた。日が沈んだあとの危険さは、冒険者なら身に染みてわかっていることだろう。
座り込んでいる二人に手を差し伸べて引っ張り上げる。
立ち上がった二人は溜め息をつき、力なくトボトボと前を歩き始めた。
「クロネさん、めっちゃすごかったね……」
「……おう、まさかウチらが一匹も倒されへんとは」
そんな会話が聞こえ、クロネが胸を張って天狗になっていたので、お腹を叩いて正しい姿勢に矯正しておいた。
……。
『…………』
……うーん、気まずい。
行きの和気あいあいとした雰囲気はどこへやら、どんよりとした空気に包まれていた。どうやら二人とも、思うように魔物を狩れなかったことが相当ショックだったらしい。
そんな状態が帰路についてから30分近く続いていたものだから、流石にクロネも罪悪感を感じ始めたのか、さっきからずっと目が泳いでいた。
あともう少し辛抱すれば森の入口に着いて、こんな空気とはおさらばできる……
――そんなときだった。
「ん、あれは」
木々の隙間からちらりと見えた”ピンク色の物体”。
「……ヴェール?――ああ」
クロネも気づいた。
そう、一昨日散々な目にあった例のアレである。
「……起動しちゃう?」
「しねぇよ」
「……冗談」
昨日コスプレしながら学んだのだ。アレが世間一般的に触れてはいけない存在であることを。流石に見える地雷に突っ込むほど、俺はバカではない。
「……一応二人に共有しといたら?」
「そうだな」
そこそこ遠くにあるので大丈夫だと思うが、間違って起動してしまえば大変なことだ。存在は伝えておいた方がいい。
それに、この重苦しい無言の空間を払拭できるいい話題提供になるだろう。
俺はウォーカー姉妹に近づき、二人の肩を叩いた。
「ロゼさん、ミシャさん」
「……ん、どないしたんや?」
覇気のない声で返事をするロゼ。振り返った二人は相変わらず浮かない表情だった。
俺はそんな暗雲を吹き飛ばすくらい、明るく元気な声で続けた。
「あっちに魔女の罠がある――」
――ヒュゴォッ!
「…………へ?」
あっちに魔女の罠があるので注意して下さい。
そう言うつもりだった。
しかし、最後まで言い切ることはできなかった。
――俺の頬のすぐ横を、物凄い勢いで”何か”が通り抜けていったから。
――ヒュウウウウウゥゥゥ……
背後から聞こえてくる、空気が抜けていくジェット風船のような音に、体中の血の気が引いていく。
そんな俺とは対象的な――頬を紅潮させ、口元を三日月のように歪めたミシャの姿が、目の前にあった。
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