第45話 ホンマじゃないです


「近くにウチらのバイク置いてるんやけど、着くまでちょっと時間あるし、歩きながら軽く自己紹介しとこか」


 ギルドを出てしばらくしたところで、先頭を歩いていた姉がこちらに振り向き、そう提案してきた。


「ウチはロゼ・ウォーカー、んでこっちは双子の妹、ミシャや」

「ミシャ・ウォーカー、18歳です。よろしゅうね」


  18なのか。二人とも身長は低く、150くらいに見えるので意外だった。


 ――しかし、ウォーカー?


(はて、どこかで聞いたことあるような)


 俺が記憶を辿ろうと、考え込んでいると……


「……ミシャ?」


 何やらクロネの方も、妹の名前に引っかかりを覚えたようだ。


「ほ、ほらっ!次あんたらの番やで!」


 二人して考え込んでいると、双子の姉――ロゼが慌てたように急かしてきた。


(お姉ちゃん……やっぱりちゃんと説明した方が――)

(――黙っとき言うとるやろ、大丈夫や!)


 また小声で何かやり取りをしていたが、今度は聞き取れなかった。


「あ、あんたらのこと早く知りたいな~……チラチラ」


 まるで知られたくない隠し事でもあるかのように、ロゼはやけに話しかけてきた。そんな姉の様子に、ミシャは軽く溜め息をついていた。


 まあこれ以上考えても仕方ない。さっさと自己紹介を済ませてしまおう。


「すいません、ちょっと考え事してました。私はヴェール・オルトです。よろしくお願いします」


 年齢は不明です、とは言えないので黙っておく。


「ヴェールちゃん、かわええ名前やねぇ。よろしゅうな!」

「よろしゅう〜」


 次はクロネの番だぞと顔を向けると、彼女は何故かニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「……なんだよ」

「……いやぁ、”新しい名前”を言わなくていいのかなって――あいたっ!?」


 余計なことは言わんでよろしい、そう念を込めてチョップしておいた。馬鹿正直にヴァイオレットなんて言ったら大騒ぎになるわ。


「ほら、お前もさっさと挨拶しろ」

「……クロネ・ベクトリール、よろしく」

「よろしゅう〜」

「よろしゅうな。よし、これでお互いの名前はバッチリやな!」


 その後、少し雑談してる間に目的の場所に到着した。


「うし、駐輪場に着いたで。こいつがウチの愛馬や!」


 ロゼは、でで~ん!とセルフで効果音を鳴らしながら、自慢げに紹介した。


 メタリックでスタイリッシュなボディはシンプルでとてもクールかもしれない。


 ……知らんけど。


 いやだってバイクの良し悪しなんて全然分からないし。


「あ、こっちがウチのです」


 ミシャのバイクはロゼの色違いだった。


「「お~」」


 とりあえず適当に拍手しておいた。クロネも俺と似たような感想らしい。


「あれ、もしかしてバイクあんまり好きやないん?珍しいな」

「えっ、いやぁ……よくわからないだけです。一回しか乗ったことないので」

「……同じく」


 一回というのは、アカシア養殖場でノールさんに乗せてもらったときである。


「え゛っ、あんたら普段どーやって移動してるん?」

「………………徒歩ですね」


 転移魔法です。


「ホンマに言うとるん!?」


 ホンマじゃないです。ごめんなさい。


「冒険者なら一台は持っといた方がええで!そこそこスピード出せるし、頑丈やし、密林でもなければ大抵の道は通れるし、緊急時に跳び乗るのも簡単――」

「――お姉ちゃん」

「ん、なんや?」

「クロネさんはエルフやからともかく、ヴェールちゃんは免許取れへんやろ、年齢的に」

「あ」


 ……なるほど。ロゼのプレゼンを聞いて、ちょっといいかもなんて思ったが、どうやら法律的にアウトらしい。


 まあ、コネ使えば行けそうな気もする……やらないけど。


「すまんすまん、Sランクやから大丈夫って勝手に思い込んでたわ!」

「うんうん。ヴェールちゃん12とか13くらい?その歳でホンマにスゴイわ」

「あ、あはは……どうも」


 年齢の話題は望ましくないので、適当に返事をしてお茶を濁した。


「ウチらがそんくらいのとき何してたんやっけ?」

「……上級生の不良に喧嘩売りにいってたやろ」

「ぶわははははは!せやせや、なっつぅ!あいつらイキリ散らかしてたくせにくっそ弱かったよなぁ!今頃何してんやろ――」

「――お姉ちゃん、その話はどーでもええやろ。はよ行こうや」

「おっと、せやったな」


 ありがたいことに、ミシャの一声によって雑談は早々に切り上げられた。二人は各々のバイクに跨り、こちらに声をかけた。


「好きな方乗りや。ちゃんと安全運転で行くから心配せんでええで!」






 ☆★☆★☆






「ほい、とーちゃくや」


 バイクに乗せてもらい走ること20分。辺りの景色は、高くそびえるビル群から鬱蒼と茂る木々へと変貌していた。


 全員が地に足をつけると、ロゼとミシャはバイクを虚空へと放り込んだ。


「それ、アイテムボックスですか?」

「せやで。見るん初めてか?」

「はい」

「まあこの魔導具アホみたいに高いしなぁ。でも、買っといた方がええで。ウチらは最初500万の安もんつこうてたけど、わりとすぐ元取れるくらいには稼ぎ膨れ上がったしな」

「おぉ」


 ミシャも隣でしみじみと頷いていた。


「ちなみに今持ってるコレは2億や」

「――にっ!?」


 たっっっか!?


「ふふん、凄いやろ?なんたってあの”ノール・グリーズ”製やからな!」


 何か聞いたことある名前が出てきた。


 EXランクの彼女が作ったものであれば納得の値段だ。しかし、多芸だなあの人。


「手に入れるんホンマ苦労したんやでぇ。気まぐれでしか作ってくれんらしいから全然出回らんし、あったとしてもオークションで何百人もの相手に競り勝たなあかんからなぁ」

「よく手に入りましたね……」

「たまたまなんやけど、先週のオークションで17個も出品されててな。最後の最後でなんとか買えたんや。いやぁ、運良かったわぁ」


 ロゼは思い出を語りながら、大切そうに、手に持つ魔導具に頰を擦りつけた。


「こいつ手に入れてから毎日が楽しゅうて楽しゅうて……まだいっぱいになったことないから、いつかこいつを満腹にさせてやるのが夢なんや」

「な、なるほど」


 Sランク二人で使っていてまだまだ余裕があるってことは、相当容量デカいんだろうなぁ……まあ、ノールさんの強さを考えれば当然か。


 そんな感じでロゼの話を聞き、相槌を打っていると……


「――あ」


 突然、ミシャが声を上げる。見ると、天に向かってピンと伸びた狐耳をピクピクと動かし、森の奥深くを見つめていた。


「皆さん、お客さんが来たみたいやで。そろそろ準備しときましょか」


 それを聞いたロゼも、確かめるように耳をピクピクと動かした。


 なんだろう。本来緊張感を持つべき場面であるはずなのに、非常に可愛らしいというか、和む絵面である。


「……おお、ホンマや。相変わらず気付くん早いな、ミシャ」

「お姉ちゃんが鈍すぎるだけやろ」

「ははは、否定できんな!」

「いやウチとしては否定してほしいんやけど……」


 そんなミシャのボヤキは無視され、ロゼは俺とクロネに声をかける。


「なあヴェールちゃん、クロネはん。提案があるんやけど……」

「なんですか?」

「初めてのパーティーやし、討伐金は”最後にトドメ刺した人”の総取り、ってのはどうや?」


 ……ふむ。


「最初はお互いのパワーバランスとか分からんし、配分決める時よー揉めるんよ。このルールなら全力出し合えるから、ある程度納得できることも多いんや」

「なるほど」


 うーん、俺としては最低限の滞在費が貰えたらそれでいいんだけど……。


「……いいよ。私は賛成」


 クロネがなんか乗り気だ。


 まあお金は大事だし、問題はないか。


「分かりました。私もそれで構いません」

「よっしゃ、決まりやな!」

「はぁ〜……」


 ガッツポーズで喜びを表しているロゼとは対象的に、ミシャはこのやり取りに思うところがあるのか、頭を抱えて溜め息をついていた。


「ほら、もう近いで。構えや!」

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