第44話 ……うん(チョロい)
小鳥が囀り、カーテンの隙間から覗く朝日が、俺の瞼越しに目覚めを促してくる。
「んん、すぅ……」
だが、ベッドの魔力がそれを許さない。一泊20万するスイートルームのお高級なおベッド様が、俺の目覚めを妨げる。
(はぁ~……ふかふかさいこ〜)
このままずっと眠っていたい。そんな誘惑に抗えないほどの心地よさに包まれ、俺は再び夢の世界へと引きずり込まれそうになる。その眠気に、少し身じろぎすることでなんとか対抗する。
そんな風に夢と現実の狭間で気持ちよく微睡んでいると、ふと朝日に陰りを感じた。雲でも通りかかったのかと思ったが、なんとなく違うような気がする。
無視してもよかったのだが、嫌な予感がしたのでゆっくりと目を開く。寝起きの霞む視界で見えたのは――
「……まっくすちゃぁん」
――ドアップのクロネの顔だった。
目を閉じ、口を少しすぼめてゆっくりと迫ってきていた。完全にキス顔である。
クロネの整った目鼻立ちに見惚れる暇もなく、驚きで声を上げる。
「うぉわっ!?!?」
脳が瞬時に覚醒する。強敵だったはずのベッドの魔力も一気に吹き飛んだ。
俺は反射で仰け反り、クロネとの距離を稼ぎつつ、顔を掴んで押し返した。
「んべっ!?」
「寝ぼけてんじゃねえええぇ!!」
あぶねぇ……ヴェールちゃんになんてことしやがるんだこいつは。まったく、油断も隙もない。
「おいクロネ、なんでこっちのベッドにいるんだ!」
「んぅ……んぇっ、ヴェール!?なんで私のベッドに!?」
「こっちは俺のベッドだ!」
「……ほんとだ」
クロネは驚愕の表情を浮かべた。
「やっぱり寝ぼけてやがったな……どんな寝相してんだ」
「ご、ごめん」
「次から気を付けろよ」
「……うん(チョロい)」
「ん、なんか言ったか?」
「……何も」
何か呟いていた気がしたが気のせいだったようだ。
「……ところでヴェール」
「なんだよ」
「……その姿のときは”クロネっち”って呼んでもらわないと」
「――ふんっ!!!」
俺はやたら露出の多い衣装を脱ぎ、床に叩きつけた。
「……大胆だね」
「ヴェールちゃんをいやらしい目で見るんじゃない」
「脱ぎだしたのヴェールなのにっ!?」
理不尽だと抗議するクロネをよそに、問答無用で闇属性魔法を使い、彼女の視界を奪った。
「ちょ、前見えない!?」
その間に、亜空間倉庫から普段着(サリーさんセレクション)を取り出す。
着替え終わり、魔法を解除してやると、クロネは不貞腐れた様子で頬を膨らました。
「……もうちょっと着ててくれてもいいのに」
「二度と着ねえわ!!」
「ガーン!?」
昨日は散々だった。
最初はよかった。約束だったマックスちゃんのコスプレをさせられつつも、ちゃんと凶星の森について勉強していた。
だが途中から話の流れがおかしくなり、マックスちゃんが登場するアプリをプレイさせられることになった。そして最後の方はマックスちゃんのセリフを音読するとかいう地獄のような羞恥プレイまでついてくる始末。何その罰ゲーム。黒歴史確定である。
「……まあ一生分の写真と動画撮ったからヨシ!」
削除してくんねぇかな、まじで。
「……で、今日はどうするの?」
「はぁ……まあ、魔物を換金しに行くのは確定だな。宿代がない」
二泊目の代金はチャレンジメニューの賞金で賄えたが、三泊目を過ごすには手持ちが足りなかった。
「あと、ギルドでパーティメンバーでも探そうと思ってる」
「……へぇ」
「今の俺の幻惑魔法だと、この街の人に通用しないって分かったからな」
そう、一昨日の晩にリヨちゃんの店でほとんどの客に見破られた。
もちろん俺たちが透明化していたことで、リヨちゃんが“何もない空間を押す“という意味不明な絵面が強烈な違和感を産んだのは事実だ。それでも破られないと思っていたのだが、流石にそううまくは行かないようだ。
狩りに行く途中で見破られて、二人組であるとバレれば言い訳なんてできないし、間違いなく不審に思われる。それなら初めから3人以上で行動しておいたほうがいい。虚無属性以外の魔法が使えなくなるというデメリットはあるが、疑念を持たれるよりは遥かにマシだ。
……まあ、既にこの街の最高権力者であるタイムステラ家の人間に見られていて、手遅れ感はあるが、ここでは考えないようにしておこう。あの場でお咎めとかなかったし、多分大丈夫だ。
人数的に、あと一人は最低限ほしいところ……出来れば法令遵守できるSランク2人が理想である。
「……勧誘凄そう」
「Sランクとしか組まないって言えばだいぶ減るんじゃないか?」
クロネは少し悩むふりをして、フッと笑った。
「……まっ、雑魚に興味はないしね」
「急に強キャラぶるじゃんどうした」
クロネは一昨日の戦いで自信をつけたのか、人生?余裕です。みたいな雰囲気を醸し出していた。
まあ、自分で稼げるようになったから金の問題もなくなり、凶星の森最強格の魔物を討伐出来る力を身に着けたとなれば、自信がつかないほうが無理な話か。
「……じゃあ、善は急げだよマックスちゃん」
「次言ったらお前のスマホ水没させておくからな」
「……ふふ、バックアップは完璧だから」
「ク○がよおおおおおっ!」
俺の黒歴史は永久に消滅しないことが確定した。
☆★☆★☆
冒険者協会・モンステラ支店はかつてないほどの喧騒に包まれていた。
「是非我がクランに!」
「いいやこっちのクランに!」
「ふざけんな俺らのとこに決まってんだろ!」
――俺たちのせいで。
(……まあこうなるよね)
(………………おう)
協会に着いた俺たちの周りには、早速囲いが形成された。俺は予定通り、クランに所属するつもりはなくパーティーメンバーを探しに来たこと、Sランクとしか組まないことを伝えた。
が、無視された。なんなら俺がSランクだと知ったことで勧誘が激化し、静観を決めていた周りの冒険者も寄ってきて、囲いが肥大化した。
完全にナメていた。そもそもここの住民がフリーの冒険者に熱烈な勧誘を行うことは身を持って知っていたはずなのに、なぜ俺は学習しないのだろうかと、虚ろな目で天を仰いだ。
(……どうする?)
(はは、無理矢理離脱するしかないかもなこれ)
(……うん)
もはや止まることはないと悟った俺たちは、この状況を打開するため、仕方なく転移魔法を準備することにした。バレるかもしれないが、もうどうしようもない。
しかし、転移魔法を発動しようとしたその瞬間――
「――ウチらが組んだろか?」
騒がしいギルド内でもハッキリと聞こえた、凛と透き通るような声。その声を境に、先程までの喧騒が嘘のように静まり返る。
そして俺たちを囲っていた人たちは、飛び退くように壁際ギリギリまで後ずさった。
(……え、なにこれ)
突然の出来事に唖然としていると、声の主らしき人物がこちらへ近づいてきた。
「パーティーメンバー探してはるんやろ?ウチらが組んだるで?」
俺たちの前に立ったのは狐族の二人組。双子だろうか、明るく赤みがかった金色の髪と可愛らしい顔がよく似ていた。
(ちょ、ちょっとお姉ちゃん!組んでくださいお願いしますやろ!)
(し~!ええからあんたは黙っとき!ウチがなんとかしたる!)
なにやら小声でコソコソ話しているが、周りが静か過ぎて丸聞こえである。
「で、どないや?ウチら二人共Sランクやし、問題ないやろ?」
「お、おぉ……!」
Sランク二人、間違いなく俺たちが探し求めていた人材だ。
「……ヴェール、なんかヤバそうだし止めておいた方が――」
「――是非組みましょう!」
(勧誘合戦止めてくれた上にパーティー組んでくれるとかめっちゃ良い人たちじゃん!)
俺はクロネの不安とは裏腹に、そんなことを考えていた。
「え゛っっっ、ちょ!?」
「しゃっ、決まりやな。よろしゅう」
「こちらこそよろしくお願いします」
差し出された手を握り、握手を交わした。
「……………………よろしく」
クロネは抵抗を諦めた。
「ほな早速行こか」
そう言って、さっさと先頭を進んでいく姉。
「う、ウチの姉がホンマすんません……」
その様子を後ろから見ていた常識人そうな妹は、終始謝り倒していた。
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