第43話 チャレンジメニュー入りましたあああああああああっっ!!!


「「……リヨちゃん?」」


 俺とクロネの声が重なった。どうやらこのニワトリの名前らしい。


 名前を呼ばれたリヨちゃんは、俺たちを見ながら空いてるテーブル席をテシテシと叩いた。ここに座れと言ってるようだ。


「もうっ、どこ行ってたのリヨちゃん!え?お客さん?どこにもいないけど……よく見てみろって?」


 リヨちゃんに近付き、話しかける店員さん。


((……なんで会話が成り立ってるの))


 一言も喋ってないのによくわかるなと、そう思わずにはいられなかった。


「ん、んんん〜?」


 言われた通り(?)キョロキョロと俺たちを探し始める店員さん。


「どこにもいないよ?――あいてっ!?ちょっと叩かないでリヨちゃん!ふえぇぇん」


 リヨちゃんは結構スパルタらしい。俺たちを見つけられない店員さんに、愛のムチを打ち込んでいた。


 さて、これ以上透明化してても仕方ない(というか既に客の何人かには破られている)ので、魔法を解除する。


「あっ!見えた、見えたよリヨちゃん!私もついに幻惑耐性を――痛いっ!ちょっと待ってリヨちゃん、めっちゃ本気じゃん!?ちょま、やめっ、やめてえええええ!!」


 うん、店員さん……強く生きてくれ。


「……子供?」

「めっちゃかわいい!」

「え、てかあそこ伝説のVIP席じゃ……」

「なっ、貴族ですら座らせてもらえないと噂のあのVIP席か!?」


 透明化を解いた瞬間、周りの客たちがざわつき始めた。どうやら、リヨちゃんが指定したテーブルは特別な席らしい。


「す、すいませんお客さん、お待たせしました。こちらに座ってください」


 リヨちゃんによるお仕置きタイムが終わったのか、店員さんが涙目になりながら椅子を引いてくれた。


 俺たちは少し戸惑いつつも、指定された席に座ることにした。


「メニューです」


 高級感のある冊子を手渡され、俺はその表紙を見た瞬間、驚愕した。


(たっか!?)


 メニューのトップに載っている本日のおすすめが、なんと5万。ページをパラパラと捲ってみるが、最低でも3万からだ。


 物価の高いモンステラだが、その中でもこの店は上位に位置するだろう。店内の雰囲気からも察せるが、明らかに高級店だ。


(手持ちの魔物、換金しとけばよかったな……)


 完全に予算オーバーである。


 メニューをパタンと閉じ、店員さんにその旨を伝えようと顔を上げ……


「…………あ」


 ――途中で止まる。


 俺は、壁の”あるもの”に、目を奪われていた。


「……ヴェール?」

「クロネは好きなの頼め」

「……え、でも」

「いいから」

「…………じゃあ、これ」

「あいよ」


 少し悩んで選んだのは、3万台前半と比較的リーズナズル(?)な料理だった。


「お決まりですか?」


 料理が決まったところで、店員さんが注文を取りに来た。


「はい、これ一つと――」


 メニューを指差しながら注文する。


「回鍋肉定食が一つですね」

「――あと、あれお願いします」

「「……え」」


 もう一つ、俺が指し示したのは、壁に貼られた一枚のポスターだった。


 そこには、コミカルに描かれたリヨちゃんと共にこう書かれている。


『完食者未だ0人!挑戦者求ム!チャレンジメニュー・超激辛麻婆豆腐☆冒険者スペシャル☆(イフリート級)……完食成功で賞金30万プレゼント!※失敗した場合、挑戦料金8万を頂戴致します』


 要するに、この賞金で飲食代チャラにしようという魂胆である。最悪失敗しても、手持ちの魔物を渡せば許してもらえると思う。


「……ヴェール、本気?」

「もちろん」


 ヴェールちゃん辛いの得意みたいだし、いける気がするんだよなぁ。なんとなくだけど。


 それに、以前サリーさん家で食べたあの麻婆豆腐の味が忘れられなくて……じゅるり。


「ご……ご注文は以上、ですか?」


 おっと、よだれが。


「はい」

「……すうぅぅぅ――」


 店員さんは大きく息を吸い込み……




「――チャレンジメニュー入りましたあああああああああっっ!!!!!」




 とんでもない声量で叫び上げた。耳を塞ぐのが遅れていたら、きっと鼓膜が破けていたことだろう。


「「「まじでっっ!?!?!?」」」


 聞いていた客たちも、店員さんに負けず劣らずの大声で驚愕する。


「――っ!?!?」


 そして厨房の入口から、同じく驚いた表情のリヨちゃんが覗き込んできた。


 ――だが幻影である。


 見破ったことで、俺の視界から半身のニワトリが砕け散った。


(ノリいいなあいつ)


 俺の中で、リヨちゃんに対する好感度が上がった。


「そ、それって、辛すぎて二口以上食べれた奴が誰もいないっていう……」

「ああ……通称”一滴千殺”!」

「オイオイオイ」

「死ぬわあの子」

「お、おい誰か止めてこいよ!?」


 大騒ぎである。店全体がまるでお祭りのように盛り上がっていた。


 ていうか一滴千殺て……毒じゃないんだから。


「……ねぇヴェール、本当に大丈夫?」

「お、おう、まかせろっ」

「……ほんとに?」

「モチのロンだって!」


 客たちの騒ぎを見て、ちょっと不安になってきたのは黙っておこう。


「……まあ魔物を担保にすれば、換金の猶予くらい貰えるか」

「そうそう。だからわざわざ安いメニュー選ばなくてもよかったんだぞ?お前、変なところで遠慮するよな」

「……じゃあこれ頼んでよかったの?」


 クロネが冗談めいた口調で指さしたのは、フカヒレたっぷりスープだった。そのお値段なんと20万。


 俺は即座に、おでこをテーブルに擦りつけた。


「私めの懐を配慮していただき、誠にありがとうございますクロネ様」

「……よろしい」


 クロネは満足げに笑みを浮かべた。


(あれ、そういえば)


 この店のラインナップ、なんか既視感があるような……?


 メニューを捲りながらそんなことを考えていると、店員さんが料理を運んできた。


「お待たせしました、こちら回鍋肉定食と」

「……おぉ~」


 クロネの前に料理が配膳される。


(うわぁ、めっちゃうまそう)


 味はまだ分からないけど、見た目で絶対うまいやつだと分かる。


「そしてこちらが――」

「……うげっ」


 クロネは俺の前に配膳された料理を見て、顔が引きつっていた。


「チャレンジメニュー・超激辛麻婆豆腐☆冒険者スペシャル☆(イフリート級)、です!!!」

「「「うわぁ……」」」


 豆腐とひき肉が真っ赤に染まった油にコーティングされており、グツグツと音を立てながら、まるで生き物であるかのように蠢いていた。


「あれが噂の……」

「……ああ、一滴千殺だ」

「やべぇ俺、見てるだけで唾が辛い」

「それなっ!」


 散々な言われようだった。


「一応制限時間は2時間です。それではごゆっくり」


 店員さんは伝票を置いて立ち去った。


「よし、じゃあ食べるか」

「……う、うん」


 レンゲで一口分すくい上げ、フゥと息を吹きかける。


(うまそう……ん?)


 口へ運ぼうと手を動かしたとき、クロネが料理に手を付けず、こちらを見てじっとしていることに気付いた。


「食べないのか?」

「……いやだって気になるし」

「ふぅん、そんなもんか?――うぇっ!?」


 何気なしに店内を見渡してみると、客たち全員がクロネのように手を止めてこちらを観察していた。めちゃくちゃ注目されている。


 俺は見なかったことにし、ゆっくりと手元に視線を戻した。


 さて気を取り直して……いただきます。


「はむっ――――っっっっ!?!?!?」

「「「行ったーーーーー!?」」」


――ドンッ


 俺は拳を握りしめ、思わずテーブルに打ち付けた。


「ヴェ、ヴェール大丈夫?牛乳頼む?」


 クロネが何か話しているが、今はそれどころではなかった。


(なん、だこれ……やばいっ)


 これはやばい。認めたくない。認めたくはないが……認めざるを得ない。




(――サリーさんのよりうめぇ)




 何故だろう、自分のことではないがサリーさんが負けるというのがとても悔しい。


 こんなぼったくり店、大したことないと勝手に思っていた。だが、目の前にある料理が俺をわからせてくる。


 暴力的な辛さのあとからくるのは、暴力的な旨味。左フックからのボディブローをくらったかのような感覚だった。


(リヨちゃん、お前はすごいニワトリだったんだな……)


 今度来たらチャンピオンベルトを贈呈しよう。


 俺は心の中でリヨちゃんに謝罪しながら、再びレンゲを口に運んだ。


「……え」

「「「二口目行ったーーー!?」」」


 ざわつく客たち。だがその声は、料理を堪能している俺には届いていなかった。


(うみゃぁい……)

「……美味しそうに食べるね」

「実際うまいからな。ていうかお前も早く食べろよ、冷めるぞ」


 ようやく俺から視線を外したクロネは、自分が頼んだ料理を口にした。


「……はむ――んまっ!」


 クロネは幸せそうに頬張っていた。あっちの料理もうまそうだ。じゅる……


「ハッ!?クロネ、一口ずつ交換――」

「――誰がいるか」

「ガーン!?」

「……ていうか、チャレンジメニューなんだから一人で食べないと意味ない」


 ……。


「……いやそんな、盲点だった!みたいな顔されても」


 次来たときはクロネの食べている料理を注文しよう。そうしよう。






 ☆★☆★☆






「「ごちそうさまでした」」

「「「まじでっっ!?!?!?」」」


 伝説が誕生した瞬間だった。店内は先程まで以上に、とんでもない大騒ぎになっている。

  

「――っ!?!?」


 リヨちゃんも二度目の顔出しである。


 だが幻影――


(じゃない!?)


 今度は本物だった。本当に驚いているようだ。


 そして慌てて近寄ってくるや否や、俺の右手を掴み天高く掲げ……


――カンカンカンカンカン!


 いつの間にか側にいた店員さんが、勝利のゴングを叩き鳴らした。チャンピオンベルトを貰うのは俺の方だったらしい。


「「「うおおおおおおっっっ!!!」」」


 そしてこの大歓声である。


 俺はパシャパシャと焚かれるカメラのフラッシュから目をそらし、考えに浸る。


(うまい料理食って完食しただけなのに……)


 俺の中ではそういう感想である。完食者0人だったらしいから、実際凄いことなんだろうけど。正直、この温度差にはついていけなかった。


 なんとなく気恥ずかしい気分になったので、俺たちはレジで差額の賞金を受け取り、そそくさと店を後にした。


 その後店内ではチャレンジメニューの注文が殺到し、数々の屍が生み出されていたのだが……それはまた別のお話。

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悪魔皇帝は玉座に座らない @hamdango

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