第42話 なんだこのニワトリ……
「なあ、元気出せって」
「……はぁ」
生気を失ったように、トボトボと歩くクロネの背中に声をかける。彼女は、どこか暗い影を顔に落としている。
エスタフとリデルが去った後、何が起こったかというと――俺たちの獲物が一匹だけになっていたのだ。
先に逃げていた雑魚どもはもちろん、縄張り争いに勝てないと判断した魔物たちもさっさと逃げ去り、姿を消していた。
残ったのは三匹。しかしその三匹も、俺たちが気づいた頃にはすでに戦いが終わり、一匹の勝者が二匹の屍の上で勝利の雄叫びを上げていた。
それを見たクロネは、ワナワナと怒りに震え、無慈悲にその勝者を撃ち抜いた。俺の出番などなかったわけだ。
(俺、結局今日何もしてないぞ……)
そんな愚痴を心の奥底にしまい込む。
「……あいつら、絶対に許さない」
「お、落ち着けって!あれ売ったらしばらく滞在出来るし、また明日頑張れば」
「――明日?何言ってるのヴェール」
クロネは俯いていた頭をグリンと90度曲げて、鬼の形相でこちらを覗いた。そしてとんでもない握力で、俺の顔を鷲掴みにしてきた。
「え?お、おい待てアイアンギャアアアあああ痛い痛い痛い!!!」
「……明日?本当に何言ってるの?明日はお勉強だよ」
はい?勉強?
「……この森のことちゃんと知ってたら、あんな分かり易い魔女の罠に掛かるわけない。ここに来る前何してたの?」
その言葉に、俺はピタリと抵抗をやめる。
「…………」
「……何か言い訳でもしたら?」
「い、いやぁ、そのぉ……俺も最初は調べるつもりだったんだよ」
「ふーん……で?」
「えっと……その〜…………痛い痛い痛い痛い!!!」
言い淀んでいると、クロネの右手に力が入ってきた。
「言う!言うからぁ!」
「はよ」
俺は正直に白状した。
「ヨウチューブでナユタちゃんの動画漁ってましたあああああ!!!」
「へー……弱体化してるクセに慢心し過ぎじゃない?賢者様(笑)」
「許しぎゃあああ!すいませんでしたあああ!!!」
「……明日、勉強するよね?」
「します!やりますっ!」
「マックスちゃんのコスプレしながら勉強するよね?」
「します!しますから離してえええええ!!!」
そこまで言ってようやく離してくれた。
(いってえぇ……力上がり過ぎだろこいつ)
魔女を倒したことで相当レベルが上がったらしい。もしかしたら俺より強くなってるかもしれない。
「……さて、憂さ晴らしも済んだし帰ろう」
「て、てめぇこのやろ――」
「――は?なに?」
「…………何でもないです」
明日まではクロネの言いなりになるしかなさそうだ。
☆★☆★☆
透明化しつつ転移し、街に帰ってきた。日はもう沈んでおり、街灯が通りを明るく照らしていた。
「もうすっかり夜だなぁ。そういえば換金はどうする?」
「……明日の昼でいいんじゃない?朝と夜は混んでるし。それよりチェックインしにいこう」
「ちぇっく、なに?」
「……はいはい、お宿行こうねおじいちゃん」
「おじいちゃん言うな」
そうツッコミを入れつつ、先を歩くクロネについて行く。
しばらく歩いていると、ふと気になる場所を見つけた。
「ん、何だあれ?」
今歩いている大通りから横に外れ、路地へと繋がる入口。その空間がほんの僅かに揺らいでいた。
「……どうかした?」
「ほらあそこ、なんか変じゃないか?」
「……私には何も見えないけど」
「あれぇ?」
「……ヴェール、もしかして老眼なんじゃ」
「だからおじいちゃんじゃない」
しつこいなこいつ……。
しかし、見れば見るほど気になってくる。
「なあ、ちょっと寄り道してってもいいか?」
「……別にいいけど」
許可も得たことなので、早速近付いて見た。すると、クロネも違和感を覚えたようだ。
「……んー、確かに変?」
「だろ?」
決して老眼などではないのだ。そう主張するようにあまり無い胸を張ってドヤッていると、クロネは気に食わなかったのか、無視してズカズカと先に進んでいった。
「あ、おい!」
路地へと入るクロネに続くと、クロネは急に立ち止まって振り向いた。
「……あ」
「ん、どうし――ああ、幻惑魔法」
路地の入口を通り抜けたことで、そこを覆っていた幻惑魔法を破った。前を歩いていたクロネもそれに気付いたらしい。
(通過するまで破れなかったな……)
いつもだったら見つけた時点で破れるものだが……これを仕掛けた人物は相当な手練れらしい。
だが解せないのは、これほどの技量を持ちながら効果が弱かったことだ。この空間にかけられたものは、せいぜい認識阻害程度だろう。
「わざとそうしてるのか……?」
「……どうかした?」
「いや、こっちの話だ。それより進んでみよう」
ひとまず考え事は後にして、路地の奥へと歩みを進めた。
しかし、その先にあったのは行き止まりの壁だった。
「……何もない」
「そうだな」
「…………え、何してるの?」
壁をペタペタと触る俺に問いかけるクロネ。その突飛な行動に若干引いているようだ。
「んー……間違い探し?」
「……はい?」
「だって隠し通路の先に何もないとかありえないだろ?何かあるって絶対!」
「いやいや、そんなゲームみたいな――」
「――あった」
「あったの!?」
幻惑を破り見つけたのは、ドアノブ付きの木製の扉だった。
「ほらここだ」
「……他の壁と変わらないと思うんだけど」
「そこだけ質感違うだろ?」
「……いやわかんない」
クロネは秒でギブした。
「いやいや、よく見てみろって。見た目と手触りで、若干粗さの違う所があるから」
「えぇ……あ、あった」
「だろ?」
クロネは扉を見つめて呆けており、本日2度目のドヤが見つかることはなかった。
「……よくわかるねこんなの。ほぼ変わらないじゃん」
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ?(キリッ)」
「……うざ」
「うざい言うな」
ようやく来た活躍の場に、俺凄いんだぜアピールが酷いものになっていた。クロネの反応も当然である。
「しかし……すごいな」
「……何が?」
「この幻惑魔法だよ」
視覚だけじゃない。触覚も……いや、五感全てを惑わす力があるのだろう。それもこの精度だ、手練れどころではない。神と昔の俺を除けば、間違いなく世界一の幻惑魔法使いだ。
「……ふぅん」
クロネは、俺とは対照的に興味なさそうだった。
「……ねぇヴェール」
「ん?」
「なんかいい匂いしない?」
言われてみれば確かに。
ご飯時を知らせる合図が、俺とクロネのお腹から鳴る。そしてほんの少しだけ、恥ずかしさで顔が火照った。
(もういい時間だしな……あれ?そういえばこの匂いどこかで――)
――ガラガラ!
そんなことを考えていると、唐突に目の前の扉が横にスライドした。
「「……え」」
ドアノブ付いてる癖に何故そうなるんだとツッコミを入れたかったが、残念ながらそれ以上にツッコまなければいけない存在が目の前にあった。
「「……ニワトリ?」」
開いた扉の先にいたのは、アホっぽくデフォルメされ、ふてぶてしくて非常にムカつく顔をしたニワトリの着ぐるみだった。
俺たちがニワトリに視線を奪われ、呆然と立ち尽くしていると――
「「へ!?」」
突然、何者かから背中を押されて驚きの声を上げる。
慌てて振り返ると、いつの間にか、目の前にいた奴と同じ姿の――二匹目のニワトリがいた。
「えっ!はぁっ!?」
全く気配を感じなかった。
また、俺たちの背中に触れた瞬間、使っていた透明化の幻惑魔法が破られたようだ。その事実に驚く暇もなく、俺たちはグイグイと建物内に押し込まれる。
そして入口に立っていた一匹目のニワトリにぶつかった。
「へぶっ!?」
やたらと繊細でふわふわとした着ぐるみに正面衝突して跳ね返され……違和感に気付いた。
(……え、当たった位置がおかしい)
衝突した位置と視覚情報に、ほんの僅かなズレがあった。
(ま、まさか――)
――パリン!
そして気付いた次の瞬間には、目の前にいたはずのニワトリ一号が音を立てて砕け散っていた。幻像だ。
いつの間にか回り込まれてた?いや、もしかしたら最初から……。
(こ、こいつ、やばっ――!!)
振り返り、本物のニワトリを見ると、変えられるはずのない表情がニタァと、不気味に歪んだ気がした。
「ね、ねぇヴェール、何が起こってるの!?」
クロネは高度過ぎるニワトリの魔法についてこれていないようだ。
しかし無理もない。現に最高の幻惑耐性を持つこの俺が翻弄されまくっているのだから。
ニワトリはクロネの混乱した様子を一瞥し、まるで勝ち誇ったようにさらに顔を歪め、愉悦に満ちた表情を見せていた。
(いやいや、着ぐるみなのに何でそんな表情豊かなんだよっ!?)
俺のツッコミはもっともだった。
――パリン!
表情を変えていたのは、幻惑魔法によるものだったから。
「ブフゥッ!!!」
あまりにも露骨な違いに、つい吹き出してしまった。無表情になったニワトリの顔と、さっきの得意げな表情とのギャップが酷すぎる。
すると、顔を真っ赤にしたニワトリが俺たちの背中から両手を離し、その手で顔を覆ってモジモジし始めた。
(なんだこのニワトリ……芸が細かい)
ちなみに顔を赤らめていたのも魔法で、すぐに見破ってまた吹き出した。
流石に怒ったのか、はたまた照れ隠しか、先程までよりも強引に俺たちの背中を押してきた。
「うぉっ、ちょ!?」
グイグイ押され、20m近い廊下を歩かされた先にあったのは……
「お、戻ってきたぞ!」
「「「うおおおお!!!」」」
「あっ、リヨちゃん早く厨房戻ってきて!オーダーいっぱい入ってるよおおお!」
やたらと繁盛している飲食店だった。
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