第41話 誰だお前


 誰だお前。


 やたらと好戦的になったクロネに対する感想だった。


 アメジストを思わせる瞳を妖しく、爛々と光らせ、こちらの返事を待っていた。つい先程まで帰りたいなんて呟いていたとは思えない程の豹変っぷりである。


「……殺らないの?」

「いや……やるけど」


 眼の前にある美味しい経験値共を頂かないなんて選択肢はない。


「……だよね、そうこなくっちゃ」


 誰だお前、まじで。


 いやノリ気になってくれるのは、こちらとしても嬉しいんだけどさ。


「……弾頂戴。あと2発しかないから」

「お、おう」


 そんなに減ってたのか、危なかった。クロネがいなかったら、今日だけで2回死んでた。本当に感謝しかないな。


「……あれ?」

「……ん、どうしたのヴェール?」


 混合破魔弾を取り出そうと亜空間倉庫に片手を突っ込んでいたとき、ふと衝撃の事実に気が付いた。


(俺、今日何もしてなくね……!?)


 強いて言えば、クロネの馬になったくらいだ。これに関しては、俺がタマゴのことを何も知らずに攻撃したことが原因なので、むしろマイナス要素である。


 戦慄し、固まっている俺を見て、首を傾げるクロネ。


「……早くしないと逃げられるよ?」

「あ、ああすまん」


 催促されたので、取り出した弾を渡す。


「……じゃあ私が逃げてるやつ撃つから、ヴェールは争ってるやつらをよろしく」

「……おう」


 クロネの提案に従い、目の前で縄張り争いを繰り広げている魔物達を見据える。魔女による支配から解かれ、混乱しているようだ。これなら殲滅は容易いだろう。


(おっと危ない)


 油断はしないって決めたばかりなのに、楽観的に考え過ぎた。


 戦闘の基本を忠実に。まずはサーチ魔法で不意打ち対策だ。


 周囲を探ると――


「――っ!?誰だっ!」


 魔法を発動した瞬間、右側50m後方に二人組のシルエットを捉えた。いつの間にか接近されていたようだ。


(……いや、俺達が街に近付き過ぎたのか)


 魔女から逃げる方向はたまたまだったが、どうやら街に向かって走っていたらしい。


「……すみませんお嬢様、見つかってしまったようです」


 二人組のいる方向をじっと見つめていると、観念したのか姿を表した。


 出てきたのは執事姿の老人と、赤髪の少女。


「――っ!?」


 二人のうちの一人――執事の男に見覚えがあった。


 また少女の方も、執事の男がお嬢様と呼んだことから、どんな人物なのか想像するのは簡単だった。


「……へぇ。タイムステラのご令嬢とEXランク冒険者様が私達に何の用?」


 クロネは、俺の想像通りの答えを口にした。……何故か「私の唾つけた獲物に何の用?」という副音声が聞こえてきたが、気のせいだろう。


 それはさておき、俺が知っている彼らの情報を話しておこう。


 まずは執事の男――エスタフ・オースティン。この男を知っていたのは、以前見た冒険者wikiに書いてあったからだ。


 タイムステラ辺境伯家に仕える執事にして、EXランク冒険者。齢70と高齢だが、まだまだ現役であると書かれていた。最初は疑っていたが、目の前にいる実物の佇まいを見て、書いてあった内容が誇張のないものだったとわかる。背筋をピンと伸ばし、眼光は鋭く、自然体に見えて一切の隙が無い。間違いなく強者の一角に座す者である。


 ちなみに余談だが、EXランク冒険者には序列が存在し、現在エスタフ・オースティンは5位である。しかし、彼の全盛期の序列は最高でも2位だったらしく、老いに抗うことは難しいようだ。


 そんな彼が主とするのは、隣にいる少女――リデル・L・タイムステラである。背は160cm程、燃えるような赤髪をツーサイドアップで束ねている。


 彼女はタイムステラ家の末娘で、現当主の子供は他に3人の兄しかおらず、めちゃくちゃ溺愛されてるとかなんとか。(なぜかwikiに書いてた)


 以上が俺の知っているすべてである。閑話休題。


「用、という程のことではありませんよ。ただ困っているご様子でしたので、いつでも助太刀に入れるよう待機おりましたが……要らぬ心配でしたな」


 なんだただのいい人か。それに対しクロネは


「……まあ、困ってる演技してただけだからね」


 などと適当なことを言った。演技じゃねぇよ。


「な、なんですって!?騙されたわ!」

「ほっほっほ、素晴らしい演技力。本業は大女優ですかな?」


 クロネの迷発言をすっかり信じ込んでいるリデルと、恐らく分かってて話に乗ってくれているエスタフ。流石ベテラン執事、出来る男のようだ。


「さて、お邪魔のようですし、我々はこれで失礼致します」

「えっ、ちょっとエスタフ!?」

「行きましょうお嬢様」


 エスタフは割りと強引めにリデルの背中を押し、立ち去っていった。


「……さて、邪魔者もいなくなったし」

「邪魔って……お前なぁ」


 あんなにいい人オーラ出てたのに。


「――あああああっ!!!」

「うぉっ!?急にどうした!?」


 唐突なクロネの叫びにより、俺の心臓が飛び跳ねる。


「……クジラの話、聞かれたかも」


 あ。


 サァッと顔から血の気が引いていく。


「……ごめん」

「い、いやいやいや!仕方ないって、あの人達がいるって知らなかったんだし!」


 こればっかりはクロネのせいではない。生き残るための行為だったし、そもそも責めたところで状況は変わらない。


「……しかも、よりによってタイムステラ家に」


 何やら不穏なセリフが聞こえてきた。


「え、何、どゆこと」

「えっ、あー……」

「おい!何がよりにもよってなんだ!教えろ!」


 俺はクロネの両肩を掴み、揺さぶった。


「そ、そのぉ……タイムステラ家っていったら――」


 クロネは俺の顔から目をそらしながらボソッと呟いた。


「――皇帝が復活したら、”絶対専属騎士になって一生お仕えする”って公言してる所なんだよね」


 俺の顔は青を通り越して緑に染まった。






 ☆★☆★☆






「ちょっとエスタフ!もう自分で歩けるから!」

「――ハッ!?……失礼致しましたお嬢様」


 私はお嬢様の抗議によって我に返り、押していた背中から手を離した。


「もう、急にどうしたのよ!折角あの子達を家に招待しようと思ってたのに」

「いけませぬお嬢様!あの方々をお呼び立てするなど――」

「なによ、いつものことじゃない。エスタフ、さっきから変よ?」


 変になっているのは分かっている。というより、変にならない方がおかしい。




(何なんですかっ、あのエルフの娘は!)




 思い起こすのは、先程会った二人組の少女達。その片方、白い髪の少女……


 ――ではなく、桃髪の少女だった。


 彼女らを見つけたのは偶然だった。たまたまお嬢様が次元跳躍の魔女クロノウィッチの罠が起動した痕跡を見つけ、近くにいた魔物の大群を追いかけたその先にいたのだ。


 最初にひと目見た時、怪しいという感想を抱いた。まず、凶星の森というMWIG外の場所で二人組だということ。


 私のようなEXランクであれば、一人行動も許可されている。ただ、EXランクの顔は全員覚えているが、彼女たちには見覚えがない。唯一可能性があるのは、顔の割れていない3位のノール・グリーズだが、体格が違いすぎる。考慮しなくていいだろう。


 次に怪しい点は服装だ。どう見ても普段着だった。


 良素材のオーダーメイドなら分かるが、そんな風には見えない。白髪の少女に至ってはミニスカートである。魔法使いのようにローブを羽織っているわけでもない。間違いなく狩りに着てくる装備ではなかった。


 そして極めつけは罠の起動である。この国の民であれば、魔女の恐ろしさを知らぬ者などいない。魔法は封じられ、近付けば即お陀仏。私のようなEXランク冒険者でも躊躇する魔物である。


 だが、突付かねば避けられる戦いだ。幸いにも魔女を呼ぶ罠は分かり易い。意図して攻撃しない限り、魔女と鉢合わせることはない。


 追い掛けられていた彼女達は、間違いなく必死の表情だった。つまり、知らずに攻撃してしまったのだろう。そのことから導き出される彼女たちの正体は……


(不法入国者、ですかな?)


 私の中でそう結論付けた。


 不可能ではない。今まで凶星の森を通って入国しようとする愚か者がいなかっただけだ。


 しかし、それが間違いであるとすぐに分かった。


――ズガンッ!


「……なっ」


 その銃声には聞き覚えがあった。間違いない。エルフの娘が発砲した銃は、軍用銃プルトーンだ。


 あれは普通の軍用銃とは訳が違う。威力が高すぎて大変危険なため、貸出記録などは徹底管理されている。何故持っているのかはさておき、ただの不法入国者に盗める代物ではない。


 そんな思考に耽っていると、エルフの娘が次弾を放つ。そして驚きの光景を目にする。


 一発目の着弾点と同じ場所に、寸分違わず命中したのだ。


「えっ、すご」


 並走するお嬢様が感嘆の声を漏らす。だが、驚くにはまだ早かった。


(……はぁ?)


 エルフの娘は一発、また一発と同じ場所に当て続けた。体が上下左右に揺さぶられ、軸がブレようと関係なく、遮蔽代わりに魔物を前に走らせていても魔女に当て続けた。その程度で狙いを違うはずがないという自信が、彼女の体中から溢れ出ていた。


 そしてそれを証明するかのように、次弾を撃つまでの間隔が徐々に縮まっていく。


(いやいや、いやいやいや!)


 最終的には、ほぼ1秒毎に発砲していた。最早狙いを定めているのかすら怪しい。


(ありえないでしょうっ!?人間業じゃない!)


 いくら卓越した技術を持とうとも、こんな悪状況で同じ場所にポンポン当てれるものではない。


 人の身で出来ることなのか?そんな疑問が頭を巡ると同時に、自分の中である可能性が浮上してきた。


(まさか)


 ありえない話ではない。だがそれは、天文学的な確率の低さを考慮しない場合の話。


 つまり、ありえないと言い切ってしまう方が早かった。


(……いや、流石にそれはないでしょう)


 だが、そんな思考を嘲笑うかのように、目の前の光景が現実を突きつけてくる。


 何十発と撃ち込んだ末に魔力装甲を破壊した後、それは起こった。


「……あ゛?」

「「――っ!?」」


 凍てつく空気。彼女の凄まじい怒気が周囲を支配する。


 そして、まるで猫の夜目のように輝かせ、逃げ惑う魔女を睨みつける紫紺の瞳に目を釘付けにされる。


「……逃がす訳ないじゃん」


 射線を木の上に変え、3発連続で発砲した。


 1発目は外れる。時止めによる回避だ。だが彼女は慌てていない。ちゃんと前回の使用から1分数えていたようだ。


 そして問題の2発目と3発目。


(あ……)


 放たれた弾丸の軌道を見て確信に至る。


(間違いない、この娘は――)


 まるでおとぎ話のような光景がその答えを裏付けしてくれる。


「……ばいばい、クソ雑魚」




(――天賦スキル持ちだ)




 そんな撃ち方で当たるわけないでしょう、大声でそう突っ込んでやりたい気分だった。 






 ☆★☆★☆






「――フ、エスタフ!!」

「――ハッ!失礼致しましたお嬢様」

「大丈夫なの?」

「ええ、少し先程のことを思い出しておりました」

「凄かったものね!それなら仕方ないわ」

「お許し頂き感謝――ではなくてですねお嬢様!あの方々をお呼びするのはおやめください!」

「だからなんでよ!」

「それは……」


 正直に言うべきだろうか。


 白髪の少女に見つかり、近寄ってから気付いたが、エルフの娘が持っていたあの銃。あれはプルトーンMk3――7丁しか現存しない超凶悪火力のスナイパーライフルだ。


 そして問題なのが、これを彼女に渡した人物である。銃の側面に小さく紋章がついていた。元老院第三席――キルフ・バルサン様を表すものだ。


 この紋章の意味するところは、この娘は第三席様のお気に入りだから妙な真似をしたら分かっているな?ということである。


 お嬢様は決して変なことをしようとしている訳ではない。恐らく第三席様にご報告しても許されると思う。


 だが万が一、第三席様の逆鱗に触れてしまえばとんでもない事態だ。危険は冒さず、お互い干渉しないのが賢明だろう。


 お嬢様は紋章に気付いていない様子。話せばむしろ興味を引いてしまうだろう……


(よし、黙って説得しましょう)


「リデルお嬢様、少々込み入った事情がございまして……理由をお話することは出来ないのです。ですがお嬢様、ここは私めの顔を立てて頂きたく」

「ええぇ……」

「お願い致します、お嬢様」


 お嬢様は不服そうに逡巡したあと、私が一歩も引かない様子を見て折れてくれた。


「…………はぁ、わかったわよ」


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