第40話 フラグっぽくてすごく不安


「うっ……まだ首に違和感が……」

「わ、悪かったって」


 回復魔法でちゃんと治したはずなんだけどな……


「……まあいいけど。それより、ちゃんと警戒してて」

「おう」


 さっきは油断してしまった。もう二度とあんなミスは犯さない、そう決意を込めてサーチ魔法を使った。


「うん、辺りに魔物はいないな」


 ひとまず、先程のような不意打ちに合うことはなさそうで安心である。


「……そう。ところで提案なんだけど」

「ん、なんだ?」

「……一旦帰らない?」


 クロネは怖気付いたようだ。


「おいおい、まだ森に入ってすぐだぞ?」

「……あんな目にあったのに、よくそんなこと言えるね。どんなメンタルしてるの?」


 クロネは俺の発言にドン引きしながら続けた。


「……こいつ一体でも売れば150万。初日の戦果としては十分だと思うけど」


 ほう。やはり凶星の森の魔物なだけあって、結構高額で買い取ってもらえるようだ。


 だけど……


「――却下だ」


 俺の返事を聞いたクロネは、うんざりといった表情を返した。


「えぇ……なんで」

「なんでって、俺の目的は金じゃないからだよ」


 そう、俺は強くなりに来たんだ。一刻も早く経験値を稼ぎ、レーネルに対抗できる力を手に入れなけければならない。魔物一体倒して満足しているようでは、強くなるなど夢のまた夢である。


「ほら行くぞ。もう油断しないから大丈夫だ」

「……フラグっぽくてすごく不安」


 なんでやねん。






 ☆★☆★☆






「全然いねぇ……」


 半日ほど森を歩き回ったが、魔物のまの字すら見当たらなかった。


「……ここら辺は狩り尽くされてるんじゃない?」

「えっ、ここ入口から20kmはあるぞ?」

「……高位冒険者の活動範囲舐めない方がいい」


 まじかよ。


「はぁ、仕方ない。今日は引き上げてまた明日に――」


 そこまで口にしたところで気付いた。


「あ、引っ掛かった」


 探査魔法が一つのシルエットを捉えた。


「え?」

「行くぞクロネ!」

「ちょっ!?ま、まって!」


 クロネは先走る俺の背中を、慌てて追いかけた。

 

「あいつだな」


 視界に映るのは、ふわふわと浮かぶピンク色のタマゴだった。


 どんな魔物かは知らないが、こちらに気付いていないなら好都合である。


「げっ、あれは――ヴェール!?」


 俺はタマゴに向かって一直線に駆け出した。


「ヴェール待って!ダメ――」


 後ろでクロネが何やら叫んでいるが、聞き取れなかったため、無視した。


 先手必勝!!


 ヴァルド=ヘクシルの代わりに用意した、そこそこいい剣(亜空間倉庫を漁ってたら見つけた)を握り締め……


「――シッ!」


 一閃。


(やったか!?)


 確かな手応えを感じ、振り返ると


――ヒュウウウウウゥゥゥ……


「は?」


 タマゴはまるでジェット風船のように、ピンク色の煙をまき散らしながら遥か彼方へ吹き飛んでいった。


 き、貴重な素材お金がっ!?


 俺が空を眺めながらそんな風に絶望していると


「――ヴェールっ!!!」

「ひょわっ!?」


 クロネがいきなり肩をガッと掴んできた。よく見ると、クロネの顔は病的なまでに真っ青になっていた。


「早く街に転移して!!!」

「え、なんで――」

「いいから早くっっっ!!!」


 半日前、俺が魔物に食われかけた時と同じくらい……いや、それ以上に鬼気迫る勢いでそう怒鳴った。


 何やら相当焦っているみたいなので、理由を聞くのは諦め、転移魔法を発動する。しかし……


「……あれ?」


 発動しない……阻害されてる?


 何度試みても結果は変わらなかった。ていうかそもそも波動が出ない。


 そんな俺の様子を見ていたクロネは、顔色がさらに悪化し、ガタガタと震え始めた。


「あ、ああぁ……!」

「なあクロネ、これってどういう――」


 ことなんだ?そう聞こうとしたところでふと気付く。地面が微かに揺れていることに。そして、その揺れが徐々に大きくなっていることに。


――ドドドドド!


 嫌な予感がして振り返ると、信じられない光景が目に映り込んだ。


「んなっ、なんじゃこりゃあああ!?!?」


 叫びたくもなる。おびただしい程の魔物の大群が、土埃をまき上げながらこちらに向かって来ていたのだから。見えるだけでも100体は確実だ。


「まずいまずいまずいまずい!」


 魔物達が近付くほど、地響きが大きくなるほどに、俺の心は焦りを感じていった。

 

(頼む、発動してくれ!)


 そんな願いも虚しく、いつもなら波動が出てくる右手はうんともすんともいわなかった。


「――ハッ!」


 何とか転移魔法を発動させようと悪戦苦闘していると、虚ろな目をしていたクロネの意識が復活した。


「ヴェール、身体強化ならいける!!!」

「――っ!!」


 クロネの言葉を一切疑うことなく、身体強化魔法を使い、クロネを横抱きにして走り出した。


「お、お姫様!?!?」

「じっとしてろよ……!」


 木々の間を縫うように疾駆する。その速さは、数日前の俺からしたら考えられない程である。しかし……


「……チッ!」


 チラリと後ろに首を振ると、差が開くどころかむしろ縮んできているように見えて、軽く舌打ちが出る。


(だけど、少しは時間が稼げた)


 あいつらに追いつかれるまでのこの時間に、対抗手段を考えなければならない。


 なので、色々知ってそうなクロネに質問を投げかける。


「なあクロネ、この妨害なんとかならないのか!?」

「あ~……先頭走ってる次元跳躍の魔女クロノウィッチの腕輪を壊せば解けるけど」

「けど?」

「……接近戦はまず無理。あいつは1分に1秒、世界の時間を止められるから」

「はぁっ!?」


 何そのチート能力。


「近付いた瞬間に時を止められて、胴体真っ二つにされる」

「どうやったら倒せるんだよ……」

「……さあ?」


 さあ、て。


「……あ」

「――っ!何か思いついたか!?」

「うん、クジラに倒してもらおう」

「クジラ?」

「出せるんでしょ、調停者様?」

「あ、ああ、”権能”のことか。すまん、あいつらは呼べない」

「……なんで」

「召喚するには空の波動がいるんだ。今の俺には、呼べない」

「……」


 正直に伝えると、クロネは現実逃避するかのように天を仰いだ。しばらくして……


「……うん。一応試してみるか」


 そうポツリと呟いた。


「試すって……何を?」

「……こいつ」


 クロネは抱きかかえているスナイパーライフルをぽんぽんと叩いた。


「え、効くのか?」

「……多分無理」


 ですよね。


「破魔も増幅回路も打ち消されるだろうけど、素の威力であいつの魔力装甲傷付けられたらワンチャンあるかな、って」


 俺はチラリと後ろを確認する。


 先程よりも魔物達との距離は縮まっている。あのスピードで1秒間、時を止められるなら、タイムリミットは約1分後といったところだろう。


 もう悩んでいる暇はない。他に策が思いつかない以上、クロネの方法に賭けるべきだ。


「その体勢で撃つのか?」

「……流石にこのままのお姫様抱っこ状態じゃ撃てない。だから、こうする」


 そう言ってクロネは、俺の首に足をかけた。


「――えっ、ちょ!?」

「……あんまり動かないで。もう少し前かがみに……そう。ちゃんと足持ってて」


 進行方向反対側を向いて、俺の首裏に跨り、魔女に向けて銃を構えた。


「く、クロネ、この体勢結構きつい!」

「……なるべく揺らさないで。真っすぐ走るときは撃つから報告して。もちろん最速維持で」

「む、無茶言うなっ!!!」


 俺の抗議は無視され、あれこれ無茶な注文をしてきた。


 だがやるしかない。俺の命をクロネに預ける以外、道はないのだから。


 俺は体内の魔力操作に集中し、ひたすら走り続けることだけを考える。そしてクロネにゴーサインを出す。


「真っすぐ!」













――ズガンッ!


 ヴェールの合図に反応し、私はすかさずトリガーを引いた。


「うわっ!?」


 発砲の反動がヴェールにまで伝わり、彼女の体は一瞬バランスを崩しかける。だが、なんとか持ち堪えたようだ。転けた瞬間あの世行き決定なので、頑張って欲しいものだ。


「どうだ、いけそうか!?」

「……いや、時止めで躱された」

「――っ!?」


 先頭にいた魔女は、いつの間にか別の魔物――スケルトンレックスの後ろに移動していた。盾代わりだろうか……それにしてはスカスカでお粗末だが。相当この銃を警戒してくれているようだ。


 躱されること自体は想定内。むしろ、1分稼げたと考えるべきだろう。


 だから努めて冷静に次弾を装填し、流れるようにコッキングを行う。動作に無駄はなく、まるで機械のように体を操作する。スコープを覗き、ヴェールの次の合図を待つ。


「真っす――」


――ズガンッ!


 合図を聞き終える前に発砲する。


 放たれた弾丸は、盾にしていた魔物の隙間を通り、魔女に牙を剥いた。


「――☆&@%#!!!!!」


 声ならざる悲鳴を上げる魔女。その反応を見て私は確信する――


「――うん、思ったより効いてる」

「ほんとかっ!?」

「……魔力装甲にヒビが入った。小さいけど」


 勝ち目ゼロから少しだけ、ほんの僅かだが希望の光が見えた。


(……同じ場所に何十発か当てたら壊せるかも)


 次弾を装填しながら相手を分析し、頭の中で戦術を組み立てる。そしてそのイメージ通りに、即座に動いた。


「真っす――」


――ズガンッ!


「真――」


――ズガンッ!


「――」


――ズガンッ!


 機械的に、しかし正確に撃ち続ける。すべて狙い通りだ。冷静さと集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。


――ズガンッ!


「――#&!%#@%&#!」


 魔女の魔力装甲に入ったヒビは、銃声が響くたびに、じわじわと広がっていく。そしてもう一発。


――ズガンッ!


 もう、体が揺れ、軸がブレようと関係ない。どんな状態からでも絶対に当てられるという謎の自信が、脳内に充満していく。


 合図を待つことなく、発砲を繰り返す。


――ズガンッ!


 次。


――ズガンッ!


 次。


――ズガンッ!


 次…………




 引き金を引く動作が、もはや反射のように繰り返される。何発撃ったか、もう覚えていない。だが手持ちの残弾数から逆算すれば、40発近く撃ったのだろう。


 まあつまり、残弾数が分かる程度には少なくなっているという訳だ。こうなると分かっていれば、50発と言わずにもう少し貰っておけばよかったと後悔する。


 だが、一瞬頭をよぎったその後悔も、すぐに霧散する。


(……装甲砕くのにあと5発、腕輪に1発、トドメに1発)


 あいつを倒すのに7発。もう一回時止めで避けられることを考慮しても2、3発余裕がある。そう楽観的に考えた。


 根拠などない、直感である。自分でも頭おかしいんじゃないかと思う。だが、その直感が正しいのだと、あいつの魔力装甲に入ったヒビが全体に広がって行くところを見て確信していく。


 そしてその瞬間が訪れる。


 直感を信じてから、ちょうど5発目を撃ち込んだ時、魔女の魔力装甲は甲高い音を立てて粉々に砕け散った。


「――!%&@!?!?」


 すかさず、魔力阻害の根源たる腕輪に銃口を向ける。そして引き金を引こうとした、その瞬間――


「……あ゛?」


 自分でもびっくりするくらい低い声が漏れる。


 魔女が、突然踵を返して逃げ出したのだ。


 罠に掛かった獲物を執拗に追いかけるんじゃなかったのかお前は。何故そんなヤツが顔を恐怖に染め、あまつさえ逃げようとしているのか。


「……フンッ、逃がす訳ないじゃん」


 ――期待外れだ。


 普段の私とは違う、まるで別人のような感情が、体中で渦巻いた。


「……ヴェール止まって」 

「――クロネ!?」


 私がヴェールから離れて近くの木に飛び移ると、後ろの状況を一切把握出来ていないヴェールは驚きの声を上げる。


「え……あ、逃げてる」


 だが振り返り、追いかけて来ていたはずの魔物たちが遠ざかっていることが分かり、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 そんなヴェールを流し目に、スコープ越しに魔女を捉える。


「……それで隠れてるつもり?」


 逃げ惑う魔女は、周りの魔物達を集結させ、巨大な肉壁を作っていた。だが私からすれば、おざなりと言わざるを得ない。


――ズガンッ!


 まずは一発。放たれた弾丸が、肉壁の僅かな隙間を潜り抜け、魔女を襲う。


 だが、当たるかと思われた弾丸は空を穿った。魔女の時止めである。


 もちろん想定内だ。だからこそ、外れたことなど気にも留めずに次を準備していた。


「く、クロネ?」


 ヴェールは、魔女の背中に追い撃ちをかける私を見て困惑していた。


 何故そんなことをするのかと言いたげな顔だ。


 その問に対する答えは一つ――




「――あいつは、ワレを怒らせた」




――ズガンッ!


 放たれた弾丸は、今度こそ完璧に射線を防ぐ肉壁の右に逸れて、近くにいる別の魔物に向かい……


――キィィン


 魔力装甲に阻まれ、跳ね返る跳弾する。進行方向を変えた先は、魔女の右手首少し上の空間――茨の腕輪に付いた真紅の宝石だった。


「――@%&#%@##!?!?!?」


 穿たれた宝石は砕け散り、腕に巻き付いていた茨は炎で焼かれるように灰になる。


 そして、ここら一帯を支配していた重苦しい空気が霧散した。私を縛る枷は、もう無い。


 心の拠り所――最後の砦を失った魔女は慌てふためき、恐慌状態に陥る。


 その様子を視界に捉えながら、残り少なくなった弾を装填する。そしてスッとその場で立ち上がり……


「……ばいばい、クソ雑魚」


 片手で銃を持ち、スコープすら覗かず――ぶっ放す。


――ズガンッ!


 銃口が跳ね上がり、雑に撃たれたかのように見えた弾の軌道は、むしろ正確で、直線上にしっかり魔女を捉えていた。


 そして魔女の手前にいた魔物の魔力装甲に接触した瞬間、破魔によって装甲が打ち消され、まるで空間を噛みちぎるかのように、増幅された風の魔力が炸裂する。


 もちろん、これに耐えられる魔物などいない。盾となった魔物はその一切が消滅し、後ろに隠れていた魔女も、体の半分以上がこの世から消え去った。


「うわぁ……」


 その惨状を見たヴェールの口は、若干引きつっていた。そんな彼女に声をかける。


「……じゃあヴェール」

「え?」

「……あいつらもろっか」


 私が残された魔物達を見てそう提案すると、ヴェールは引きつっていた口をさらに引きつらせた。

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