第39話 縛りプレイちゃうわ


「おおお!ここがモンステラかぁ」


 駅構内から出た後、街の入口で冒険証を見せると、問題なく入ることが出来た。


「……あんまりキョロキョロしないで。周りから変な目で見られる」

「ご、ごめん」


 クロネから注意を受けて謝りつつも、ついつい色んなところに目線が吸い寄せられてしまう。旅人の性というか何というか……新しい街に来るとウキウキしてしまうのだ。


 そんなことをしていたからか、俺たちのことを変な目(?)で見ていた大柄の男性が声を掛けてきた。


「おう、嬢ちゃんたち。新入りか?協会ならあそこに見えるでっけぇビルだぜ」


 違った。ただの親切な人だ。


「ありがとうございます!」


 お礼だけ言って、その男とは別れた。


 その後何事もなく、冒険者協会ビルまで目指していた。……だが


「ねぇねぇ君たち、どこから来たの〜?朝はもう食べた?いいところ知ってるから紹介してあげるよ!」

「えっ、え?」


 急に話しかけてきて、グイグイ来る赤鎧姿の女性。そして……


「――君たち、騙されてるよ!」


 そこに待ったをかける細身の優男……と、そのパーティーメンバーであろう5人の男女。


「チッ……またお前らか、何回邪魔すれば気が済むんだ?」

「お前らが悪質で詐欺みたいな勧誘をやめるまでだ」

「風評被害だ。そっちこそ、悪質なデマを吹聴するのはやめてもらおうか。営業妨害で訴えるぞ?」

「全て事実だ、嘘の一欠片もない」

「――き、貴様らぁっ!!」


 そして喧嘩し始めた。


(なにこれ???)


 双方共言い合いに夢中で、こちらは置いてけぼり状態だった。


(……今のうちに行くよ)


 すると、クロネが小声でそう声を掛けてきた。


(え?でも……)

(いいから!)


 俺が戸惑っていると、割と強引めに腕を引かれた。


(い、いいのかな……?)


 そう思いながらも体はクロネに引っ張られ、その場に留まることは出来なかった。なので、心の中であの人たちに謝っておく。


(よくわからんかったな……)


 俺は先程の出来事を、そういう風に適当に捉えていた。だがそれが間違いだとすぐに気付いた。


〜〜〜


「やあ、お嬢さんたち、今いいかな?」

「……よくない」

「えっ、ちょっと!?」


〜〜〜


「そこのお前たち、喜べ!今ならこの俺――Sランク冒険者、ローダン様の配下に加えてやるぞ!」

「……間に合ってる」

「なっ!?待て貴様らーーー!」


〜〜〜


――ジャキジャキジャキン!


「ふっ……見たか、我が奥義。お前たちも習得したくばここに来い」

「……興味ない」


――ビリビリ


「あああ!我渾身の手描きチラシがーーー!」

「はーい警察でーす。街中で武器を振り回すのはやめましょうねー」

「げっ!?」

「また君か……話は署で聞くから」

「や、やめろ!離せーーー!」


~~~


 …………。


「ナニコレ?」


 やたらと声をかけられて、目的地までの距離が全く縮まらない。


 最初は丁寧に対応していたのだが、途中からうんざりしてきて、全部クロネに任せてバッサバッサと斬り捨ててもらった。


「……クラン勧誘だよ」

「クラン?」


 何それ。


「……まあ、大人数のパーティーみたいなもの。ここで冒険者やるなら、Aランク10人かSランク3人集めないといけないから。固定のメンバーで狩りに行けるように、普段から仲間を集めてる……その集団がクラン」

「なるほど。……でも、こんだけ勧誘に必死ってことは、どこも切羽詰まってるってことか?」

「……んや、そこまでではない。弱小クランでも、お互いにメンバー派遣し合ってたりするから。さっきのやつらが必死に勧誘してきたのは、私たちが"無所属"だからっていうのと、ヴェールが"若い"から」

「若い???」


 無所属は何となく分かる。街を歩いているときに気付いたが、周りの人はみんな、何かしらのシンボルを身に着けていた。バッチだったり服の刺繡だったりで様々だが……恐らく所属クランを表すものだろう。


 俺たちはそれらしきものをつけてないから、無所属だと判断されているんだと思う。


「……そりゃその年齢でこの街に入れるやつなんて、なかなかいないでしょ」

「ああ!」


 そういうことか!


「……Aランクになるのだって、普通は何年もかかる。だから若いうちからこの街にいるってことは、将来有望ってこと。それが無所属でいるなんてラッキー!って感じじゃない?」

「なるほどな」


 だから大人の人ばっかりなのか。周りを見渡してみても、10代と思わしき人物は一人もいなかった。


「なあクロネ」

「……ん?」

「もしかして、このまま協会行ったら、ヤバい?」

「……まあ、ヤバいだろうね」

「そっかぁ……」


 なら仕方ないか。


「よし、クロネ。協会に行くのはナシだ」

「……え、協力者はどうするの?」

「はぁ、バカだなぁクロネは……そんなことも分からないのか?」

「む」


 ヴェールだけには言われたくない、と言われた気がしたがスルーした。


「いいかクロネ?……”バレなきゃ犯罪じゃないんだよ”」

「――おい最高権力者」


 最高権力者?何のことかさっぱりだな、HAHAHA!


「というわけだから、俺たちだけで狩りするぞ。ていうか他人がいると虚無属性以外の魔法使えない」

「……いい加減その縛りプレイやめたら?」

「縛りプレイちゃうわ」


 バレるから仕方なくだよ馬鹿野郎。


「ほら行くぞ」

「……ふぁい」


 俺たちは物陰に隠れて手をつなぎ、幻惑魔法を使用して透明化した。


 その後少しして、後ろの方から驚く声が上がってきた。振り返ると、全身を真っ黒なローブで覆った3人組がいた。


 どうやら尾行されていたようだ。


「――な、消えたっ!?」

「慌てるな、まずはサーチだ……おい」

「――っ!了解!」


 3人のうちの1人が魔法を発動させようと右手を前に出し、空間を緑色に染めて揺らした。


(風属性波動だな……なら)


 風属性の探索(サーチ)魔法は、周囲の風を支配して相手を見つける魔法だ。原理としては、支配した風の中に人が入ると、その人物の魔力支配領域により、その場所の支配だけが不自然にジャミングされる。逆に言えば、ジャミングされた部分に人がいると分かるわけだ。


 そんな探索魔法だが、別に万能というわけではない。特に、個人の判別が難しいという点はかなりのデメリットだ。シルエットで大まかな体型は分かるが、特定はほぼ不可能である。


 そしてもう一つ、広範囲をカバーしようとすると、発動まで時間がかかるというもの。まあこれに関しては、他の魔法でも基本的には同じだが……。


「……人影、ありません」

「なるほど、幻惑魔法ではないな。となると、身体強化系で逃げたか、転移魔法のどちらかか?」

「いずれにせよ、欲しい人材ですね」

「ああ、手分けして探すぞ」

「「了解!」」


 尾行者の3人が散り散りにその場を去った。


 そして俺たちはというと……


「――ヒィ!?死ぬ死ぬ死ぬううううう!!!」

「うるさいぞクロネ。2回目なんだから慣れろ」

「無茶言うなあああ!!!」


 絶賛空中散歩中だった。


(まあ、発動する前に範囲外に行けばいいよね)


 というわけで、空中連続転移走法で、さっさと街出ちゃおう作戦を決行しているわけだ。 


「ぎゃあああぁっ!?!?」


 若干1名死にかけているが、些細な問題である。






 ☆★☆★☆






「ゼェ……死ぬ、ホントに……ハッ、死ぬっ……」

「おいクロネ、もう森の中なんだから、気を張らないとホントに死ぬぞ」

「……誰の、せいっ!」


 クロネは息を切らしながら憤っていた。ごめんて。


「ほら、銃と弾。落とすなよ」

「ちょ……待って、休ま……せて」

「はぁ、仕方ないな……ほら」


 俺はクロネの肩に手を置いて、魔法を発動させた。


「……え?ああ、回復魔法」

「これで動けるだろ?」

「……うん、ありが――ヴェールっ!!!」


 クロネは急に目を見開き、声を荒げた。


「え?」


 その視線の先は、俺ではなく……


(――後ろ!?)


 勢いよく振り向くと目の前には、ズラッと並んだ歪な形をした牙と、そこから滴る粘質の唾液が、大きく開けられた口内から覗き込んでいた。


(や、ば――っ!!)


 喰われる!?と、咄嗟に結界魔法で防御しようとするが、発動が間に合わない。


(――あ、死んだわ、これ)


 一度死んだことがあるせいか、これが頑張れば死ななくて済むのか、それともどうしようもないのかが、何となく分かるようになっていた。そして残念ながら、これが後者であることも……


「――ヒッ!?」


 自身の死を悟って、自然と目を強く瞑り、悲鳴が漏れ出た。


 もう周りは何も見えない。あとは死を待つだけ……そう思っていた。


――ズガンッ!


 突然耳をつんざく破裂音。そしてしばらくして、ズズンと何かが倒れる音とともに、全身で風圧を感じた。


 その後は無音が続き、瞼に視界を遮られている俺には、周りで何が起きているのか分からなかった。痛みを感じることもなかったため、俺はまだ生きているのか、それとも痛みすら感じぬ間に死んだのか、それすらも不明である。


「――え?」


 ふと、クロネの困惑する声が聞こえてきた。


(てことは、クロネは生きてる?)


 いや、俺諸共喰われてあいつの腹の中という可能性も……


 だがその心配は杞憂に終わった。


「――っ!ヴェール!!!」

「え?」


 ダッシュで近付いてきたクロネに、ガシッと肩を掴まれる。ゆっくり目を開けると、優しい木漏れ日に照らされた、いつもと変わらないクロネの顔があった。


「あ、よかった……クロネ生きてる」

「――よかった、じゃない!弾入ってなかったら死んでたっっ!!!」

「ご、ごめん……」


 いつにない鬼気迫る勢いに、自然と謝罪が溢れた。


(……そうだな、クロネが助けてくれなかったら、間違いなく死んでた。ていうか、前回の反省が全く活かせてないな……)


 最初に使う魔法は時間加速魔法だと、あれほど反省したというのに。


 そう自分を戒めながら、ちらりと目の前で仰向けに倒れている魔物を見る。全長は10m近く、筋肉質な太い後ろ足に比べ、前足は細く短い。初めて見る魔物だ。


 そして何よりも特徴的なのが……”首から先が無くなっている”ことである。


「……ナニコレ」


 これクロネがやったの?威力高過ぎない?


「……いや、こっちが聞きたい。何この銃」

「え、銃?」


 クロネが指差したのは、キルフから借りたものである。まあ返却期限なしなので、実質貰ったようなものだが。


「あー、何だったかな……確かプ、プ……」

「……まさか”プルトーン”?」

「そうそれ!」

「……まじか」

「あ、でも”ぷるとーん・まーくすりー”って言ってたかも?」

「――ハイエンドモデルッ!?!?!?」


 クロネは仰け反るように驚愕した。


「……何?」

「……プルトーンっていうのは将官クラスが持つ対物対魔物軍用狙撃銃。Mk3はプルトーンシリーズの一番性能がいいやつ。多分、各軍の大将しか持てない」

「へぇ」

「へぇって……分かってる?これ、この世に10丁も存在しないんだよ?」

「へ、へぇ……」


 まじか。キルフ、エグいの渡してきたな……


「――っ!ま、まさか!?」

「ん?どうした?」


 クロネは突然、銃からマガジンを外し、中から弾を一発取り出した。


「……やっぱり」


 そして、呆れ混じりにそう呟いた。


「破魔弾がどうかしたのか?」

「……これ、破魔弾じゃなくて”混合破魔弾”」

「何それ」

「……通常の破魔弾の中に、増幅魔法回路――敵に着弾したら予め込められた魔力を爆発的に増幅して、一瞬だけ超強力な魔法が炸裂する回路が入ってる。撃つときに魔力が吸われた気がしたのは気のせいじゃなかった……」

「ふぅん」


 なるほど、それでこいつの頭が木っ端微塵に粉砕されているのか。


「……ちなみに一発50万」

「――ごっ!?」


 キルフさん?やり過ぎじゃない? 


(ま、まあおかげで助かったけど……)


 実際、「これでうちのアホリーダーをよろしく頼む」という意味が込められているのだが、2人にそれを知る手段はない。


「……これでAランクの魔物倒しても、ほとんどプラスにならないんじゃ?」

「弾代は実質タダなんだから気にすんなよ」

「……いいのかな?」

「大丈夫大丈夫、文句言ってきたら、お前が渡してきたんだろって言い返しとくから」

「……まあ、ヴェールがいいならいいか」


 そういうところはちゃんと遠慮するんだな。


「それより、そろそろ移動しよう。あんまり長居してると他の魔物が寄ってきそうだ」


 俺は魔物の死骸を亜空間倉庫に放り込みつつ、そう提案した。


「……いいけど、”それ”もなんとかした方がいいよ」

「へ?」


 スマホを取り出し、パシャリと写真を撮るクロネ。被写体は俺……正確には俺の下半身である。


「……ん?――ふぁっっ!?!?!?」


 知らぬ間にとんでもないことになっていたため、慌てて魔法でキレイにした。


「――お、おいクロネ!その写真消せっ!」

「……えー」

「いいから消せっっ!!!」

「……そんなに叫んだら、魔物が寄ってくる。ほら、消したよ」

「まったく」


 油断も隙もないなこいつ。


「……プッ」

「おい、笑うな」

「……いや、だって……ブフッ!」


 こ、こいつ……っ!?


「ププ……大空の賢者が……っ、魔物にビビって、お漏ら――ぐぇ!?」

「違うから!!!」


 俺じゃない!やったのヴェールちゃんだから!!!


「ぐ、ぐるじ……首、締ま……るぅ!?」

「俺じゃないからあああああ!!!」

「――……ぅ、ガクッ」


 クロネが気絶したことに気付いたのは、数分経って冷静になった後だった。

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