第38話 真性のアホだ!
「出掛けるぞクロネ、準備しろ」
「……はい?」
例の如く俺の部屋でゲームにいそしんでいたクロネは、急に何を言っているんだこいつは?と言いたげに首を傾げた。
「……出掛けるって、どこに?」
「どこって、魔物を狩りに行くんだよ」
「うへぇ……」
そんな露骨に嫌そうな顔するなよ。まあ、そんな顔をしていられるのも今のうちだがな!
ここで俺は衝撃の事実をクロネに告げた。
「――お前、今月の小遣いまだ5万6000だぞ」
「なんっ……!?」
内訳は月々の小遣い5万と、この前稼いだ2万3900のうち半分がクロネの分で、そのまた半分は貯金に回すので、残った約6000が小遣いに追加される分となる。
「――よしアカシアに行こうヴェール!今こそ、ゲームで鍛えた腕前を披露するとき!」
クロネはゲーミングチェアから立ち上がってガッツポーズを掲げた。
やる気が出たようで何よりだ。だが今回行くのは
「あ、行き先は”モンステラ”な。一週間泊り込みで行くから準備よろしく」
「…………は???」
クロネは先走って部屋から出ようとしていたが、俺の言葉を聞いた瞬間ピシリと固まり、ロボットのようなぎこちない動作で、ギギギとこちらに振り返った。
「……今、なんて言った?」
「え?一週間泊り込みで――」
「違うその前っ!」
「ええ?行き先はモンステラだって……」
「っ…………〜〜〜!」
クロネはまたしても固まり、しばらく無言になった。そして……
「――アホおおおおおぉぉぉ!!!」
大爆発した。
「な、なんだよ急に……」
「アホ!ヴェールのアホ!アホだアホだと思ってたけど、真性のアホだ!」
「――んなっ!?」
そこまで言う!?
「いい、ヴェール!?モンステラってのは、タイムステラ辺境伯とかいう脳筋野郎が”帝国の
「お、おう……」
クロネの圧倒的高速詠唱に、さすがの俺もたじろいでしまう。
モンステラに行くのが相当嫌らしい。だが今回は俺にも引けない理由がある。
「――頼むクロネ!力がいるんだ!」
「……力?」
「正体バレそうだから、レーネルから逃げ切れるだけの力がいるんだ……」
俺は正直にぶっちゃけた。
「……何でまだ隠しきれてるのか不思議で仕方ない」
「どういう意味じゃコラ」
全然不思議じゃないだろ。
「……とにかく、頼まれても行かないから。ていうかランク的に無理でしょ?」
まあ確かに、クロネの言う事も一理ある。
モンステラには、そもそもAランク以上の冒険者しか入ることが出来ない。Aランクの俺は大丈夫だが、クロネはBランクなので入ることが出来ない……本来であれば。
「これを見たまえ」
「……?――っ!?!?」
差し出したのは一枚のカード。金色に輝くそれには、クロネの顔写真と、でかでかとAの文字が書かれていた。そう、冒険証である。
「ちょ、ヴェール……偽造は犯罪――」
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ?」
「……うわぁ」
こいつやりやがった、という風に半目でこちらを見るクロネ。
(フハハ、何とでも言うがいい!)
使える
ちなみに俺もAランクからSランクにしてもらった。キルフ様様である。
「というわけで、ランクの心配はしなくていいぞ」
「…………」
今度は、いらんことしやがって、という風な顔をしていた。
「……残りのSランク二人はどうするの?」
「ん?」
残り?何の話だ?
「……登録するとき注意されたでしょ。Aランク10人未満またはSランク3人未満でMWIGの外に出ないように、って。モンステラも例外じゃない」
え?
「…………マジ?」
「マジ」
……うそぉん。
「……じゃ、この話は無かったことに――」
「いや待て待て!お金いるだろ!?」
「……どう考えても金より命でしょ」
「いいから行くぞ!!!」
俺は強硬手段に出た。
「――ちょっ!?引っ張るな!絶対行かないから!!!」
「俺がいれば転移魔法ですぐ逃げられるから!」
「いーやーだー!」
「ぐぬぬぬ!」
「ふぬぬぬぬぅ!」
クロネの腕を引く俺と、それに抵抗するクロネの力は拮抗していた。
(し、仕方ない……この手だけは正直使いたくなかったが)
「クロネ頼む!来てくれたら――」
俺は、用意していた最終手段を使用した。
「――”マックスちゃんのコスプレ”見せてあげるから!」
「行く」
効果は絶大、即答だった。
「……言質取ったから」
そう言って、スマホから俺の声を録音した音声が聞こえてきた。
(準備良すぎるだろこいつ……いつから仕込んでたんだ?)
「別に取り消したりしないって……」
「……ならいい。さあ行こう今すぐ行こう!」
「お、おい引っ張るな!?」
今度はクロネが俺の腕を引っ張る番となった。さっきまでの抵抗が嘘のようである。
(まあ、前向きになってくれたなら良しとしよう)
代わりに色々失うことになりそうだが……そこはもう割り切るしかないだろう。
「……そういえば泊まりって言ってたけど、どこなの?」
「ん?どこって、まだ決まってないぞ。適当に探すつもりだけど……」
「……え?」
クロネの頭の上には、疑問符が沢山浮かんでいた。
「なんだよ……?」
「……適当に探すって、どういう意味?」
「……現地で適当に歩き回って宿屋決めるって意味だけど」
「Oh……」
クロネは額に手を当て、天を仰いだ。
「……いい?ヴェールおじいちゃん」
誰がおじいちゃんじゃコラ。
「今時、宿屋のこと"宿屋"って呼ぶ人なんかいないよ……」
「――なんっ……だと……!?」
え?マジで言ってる?
「……それに、この時期はどこも埋まってると思う。予約しないと泊まれない」
「…………マジ?」
「マジ」
……うそぉん。
「……予約は私がやっとくから」
「面目ないです……」
おじいちゃんですいません、ホント。
「……予算は?」
「え?……1000くらい?」
「……ネカフェでももうちょいするわ」
ねか……何?
「……あの街で泊まるなら、最低2万からだよ」
「ふぁ!?」
たっっっか!?
「……高所得者しか入れない街の物価が、普通なわけない」
「…………マジ?」
「マジ」
「…………」
噓だと、言ってくれ……。
衝撃の事実の連発に、俺は膝から崩れ落ちた。
「……ツインで20万の所なら空いてる」
「にじゅっ――!?はぁ!?」
交通費と宿泊代で持ち金が消し飛ぶわ!
「……どうする?」
「却下だ却下!」
「……じゃあやめとく?ここしか空いてないけど」
「うぐっ、……の、野宿とか?」
「……女子二人で?バカなの?」
「ですよね……」
(ど、どうしよう……!?)
行くのは絶対だ。今悩んでいるこの瞬間にも、俺の正体について勘付くやつが現れるかもしれない。もしそうなってレーネルに捕まれば、二度目の人生即終了である。その時になったら逃げ切れるように、ヴェールちゃん強化計画は急務である。
(でもなぁ、20万はヤバいって……)
貯金額は現在35万なので、一泊二日以内に何の成果も得られなかったら即帰宅である。凶星の森の魔物との遭遇率がどの程度のものかは分からないが、運が悪ければ二日間で一切会えないなんてことも全然あり得るだろう。
(ば、博打すぎる……!)
俺が頭を抱えて考え込んでいる一方、クロネはというと……
(……え?普通に転移魔法で帰ればよくない?)
ヴェールの悩み事に対する完璧な解答に辿り着いていた。なんなら中間択として、近くの街の安いホテルに泊まるという方法もある。
だがそれを口にすることはなかった。ワンチャンキャンセルしてくれないかなという淡い期待と、20万するホテルにちょっと興味があったからである。
(……他人の金で泊まるスイートルーム……良き)
本当は5万くらいの値段で泊まれるホテルも見つけていたが、それを言うメリットなど、クロネには存在しなかった。
(……さあヴェール、どうする?)
クロネはヴェールが決断するのを静かに見守った。
☆★☆★☆
『まもなぁく、終ぅ点モンステぇラ前ぇ、モンステぇラ前ぇです。お出ぇ口は左側です。なぁお、モンステぇラへお越しのお客様は、入ぃ口で冒険証の提ぇ示が求められます。申ぉし訳ありませんが、Aぇぇランク未ぃ満の方は、入ぃることが出ぇ来ませんので、予めごぉ了承下さいませ。……まもなぁく、終ぅ点――』
「ん、んぅ……」
「……ふぁぁ、おはようヴェール」
ガタゴト揺れる列車の振動と、やたら癖のあるアナウンスにより目が覚める。
「おはよぉ……」
俺はふにゃふにゃな声で返事した。この体になってしばらく経って分かったが、ヴェールちゃんはどうやら朝が苦手らしい。
「……20万のスイートルーム、楽しみだね」
「っ!おい、旅行に来たんじゃないんだぞ!ちゃんと稼がないと、貯金がすっからかんの状態で帰宅することになるんだからな!」
俺は呑気なことを言っているクロネに喝を入れた。
……はい。お察しの通り、20万のとこ予約しました。そして時間を最大限有効活用するため、朝に来れるように寝台列車に乗ってやってきた訳だ。
「……分かってる分かってる」
そう適当に返事するクロネ。
ホントに分かってんのかこいつは。そんな意味を込めた目線をクロネに送ったが……
「……ほら、ムスッとしてないで顔洗って。降りる準備しないと」
「…………はぁ」
クロネの言う通りそろそろ降りる時間なので、残念ながら説教している時間はない。というわけなので、俺は黙って準備を始めた。
そして2分後に列車は停止した。
『ご乗ぉ車ありがとうござぁいました。モンステぇラ前ぇ、終ぅ点です』
「よし、早速狩りに行くぞ!」
顔を洗ってシャッキリしたおかげか、思ったより元気よく声が出た。
「……うん。じゃ、頑張って」
「オメェも頑張んだよおおおおお!」
ここまで来たんだから往生際の悪いことするんじゃねぇよ!
「……ヴェール、忘れたの?」
「何をだよ?」
「私――」
クロネはもったいぶるように溜めを作ってから……
「攻撃手段がない!」
セルフで「……ででーん」と効果音を付け、胸を張り、ドヤ顔をキメた。
(何だコイツ……)
まあ言ってる意味は分かるけどな?銃弾の中でAランク以上に唯一通用する破魔弾が無いから、”私何もできません、行っても邪魔になります。ドヤ!”と言いたいのだろう。
確かにクロネの言ってることは、筋は通ってるし正しい。だが今回の場合は前提条件が破綻している。
俺はあるものを亜空間倉庫から取り出し、ドサッと地面に置いた。
「……え?何これ?」
「破魔弾1000発」
「…………え?……は???」
クロネは目の前の光景が信じられず、何度も戸惑いの声を零していた。
それもそうだろう。一発10万する破魔弾が1000発、合計1億もの財産が目の前にあるのだ。
「――ま、まさかヴェール……これも?」
「そういうことだ」
やはり持つべきものは権力者とのコネ。コネは全てを解決する。フハハハ!
「……うぅ、バカな……私の”のんびりモンステラ観光作戦”が……」
それは作戦なのか?
「いい加減諦めろよ……それに、コスプレ見るんだろ?」
「――ハッ!?そうだった……。ヴェール、早く見せて」
「全部終わってからに決まってんだろ」
「……チッ」
うわぁ……舌打ちしたぞこいつ。
「ほら、いいから行くぞ」
「……ふぁい」
クロネは元気のない返事をして、前を歩く俺にトボトボとついてきた。
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