第37話 ヴェールはアホ


「ノール、さん?」


 なんで今ノールさんの名前が出るんだ?


「……二人とも、ちょっと」


 考え込んでいると、クロネがミランとサリーに声をかけた。


「ん、どうしたんだクロネ?」

「……ヴェール、ちょっと向こう行ってて。三人で話するから」

「んんん???」


 え、俺だけ仲間外れ?いや別にいいんだけど……てかクロネ、さっき"友人の友人はただの他人"だとかなんとか言ってなかったか?三人なら大丈夫ってこと?


 そんなことを考えながら、俺は中に入る3人を眺めていた。


――ガチャリ


 そしてしっかり鍵も閉められた。


「あれ、なんだろう……凄くモヤモヤする」


 この気持ちは何だ?最近どこかで知った気がする……


 考えること5分。


「――ッハ!?」


 そうかっ!思い出したぞ!


「これが“えぬてぃーあーる“ってやつか!」


 スマホに出てくる広告で見た!これが本物か……罪深いな。(※違います)






 ☆★☆★☆






「「「……」」」


 玄関に入った三人の空気は重かった。


 顔を青褪めさせて震えている者、コミュ障を発動させて固まっている者、取り合えずヴェールとミランを引き離したはいいけど何を話そうか一切決めていない者。三人とも別々の理由で口を閉ざしていた。


 沈黙期間約一分。最初の一声は、話す内容がまとまったクロネから発せられた。


「……”ヴェールはアホ”、はい復唱」


 考えた末に出た言葉はこれだった。


「えっ、ヴェールは――って、いきなり何言い出すのクロネちゃん!?不敬だよ!?」


 クロネのとんでも発言により、サリーは復活した。


「……外見てみるといい」

「外?」


 クロネはドアスコープを指差し、そう言った。これで覗けという意味だろう。


 指示通り覗いてみると、サリーの右目に映ったのは、腕を組んで何やら考え込んでいる様子の陛下だった。


「……見えた?」

「う、うん」

「……ヴェール、気付いてないでしょ?ミラン様が答え言ったのに」

「……」


 サリーは絶句した。そんなことがあるのかと。


 しかし、視界に映る陛下の姿を見れば見るほど、クロネの言ってることが本当であると思えてくる。今陛下は、先程ミラン様が発言した言葉の意味を考えているのだと。(※NTRのことです)


「――あっ!?」


 ここでようやく、固く閉じていたミランの口が開いた。


「ももももしかして私、やっちゃいましたか!?」


 気付いたようだ。


「ご、こめんなさいノールさん!マクスさんがノールさんに正体を明かしたと言っていたので、てっきりお互いに知っているものだと……」

「いえいえいえいえいえ!?ミラン様が謝る必要はありません!!!」


 サリーは顔のパーツが見えなくなるくらい高速で首を横に振り、とんでもありませんと伝えた。


「……うん。実際ダメージゼロ」

「――っ!――っ!」


 今度は縦に振った。


「言わせてしまってる感がすごいのですが……その、私の立場とか、気にしなくていいんですよ?」

「……じゃあ気にしない」


 クロネは一瞬で適応した。


「……敬語って疲れるんだよね。ミランはずっと敬語で疲れないの?」


(早速呼び捨て!?!?!?)


 サリーはクロネの無敵さに驚愕が止まらなかった。


「わ、私は調停者になる前からこうなので……えへへ」


(……嬉しそうだ)


 ミランはクロネの言動に、嫌がったり咎めたりするどころか、ニヤニヤと破顔させて喜んでいた。


「――あ、あの!」


 私もミラン様と仲良くなりたい。だから思い切って呼び捨てで声を掛けようとした。だが……


「?」


(――む、無理っ!!!)


 出来なかった。


 陛下の場合は、悪魔になったことで昔の姿と違うから、まだ一人の女の子ヴェールちゃんとして接すれば、なんとかタメ口で話すことはできる……精神力をガリガリ削りながらだが。


 一方ミラン様の場合は、陛下のような緩衝材が存在しない。教科書にデカデカと載っている顔写真そのままだった。


 そんなミラン様にタメ口で話すなど、一般マグノリア帝国民の私には到底無理だった。


「い、いえ……そのぉ……陛下には謝りたいことがありまして……本当は正体を明かすつもりなんです」


 呼び捨ては諦めて、適当な別の話をした。


「謝りたいこと?」

「……ヴェールにアイアンクローキメたらしいよ」

「――ぐはぁっ!?」


 もう少しオブラートに包んで話そうと思っていたのに、クロネがド直球に話してしまった。


「んー、多分気にしてないと思いますよ?それくらい」

「で、でも……」

「――あ、だったら私が許しましょう!」

「……え?」

「ほら、一応私神官ですから。神に代わってあなたの罪を許しましょう」

「――っ!?」


 一応とは言うが、ミラン様は(現)聖ヴァルディニア教を取り纏めるトップである。つまり彼女が今、一番女神様に近い人物なのだ。


 そんなお方に私の懺悔を聞いて頂けるなんて……


「あっ、ありがとうございます!!!」

「気分は晴れましたか?」

「はいっ!」

「それはよかったです。では、マクスさんにはこのまま秘密にしておきましょう」

「――え?い、いいん、でしょうか……?」


 私だけ秘密にしてるのも申し訳ないような……


「大丈夫です!それに、自分から言うなんて勿体無いですよ!」

「……ん?」


 勿体無い?


「……うん、どうせなら盛大に驚かせてやろう。ヴェールなら絶対いい反応する」


 あれ?


「はい!きっと”ぎょえええええぇぇぇ!?!?!?”って言います!」

「……ああ、簡単に想像出来る。フフ」

「フフフ」

「「フフフフフ」」


 …………。


(クロネちゃん、ミラン様と仲良さそうで羨ましいな……)


 私は現実逃避した。






 ☆★☆★☆






「……ヴェール、おまたせ。入っていいよ」


 あ、やっと来た。


「ん、遅かったな。……何話してたんだよ?」


 聞いちゃ悪いかなとは思いつつ、ついつい口が動いてしまった。


(……ちょっと拗ねてる?)

(拗ねてますね)

(陛下、かわいい……)


 すると三人は、コソコソと話し始めた。


(こ、こいつら……一瞬で仲良くなってやがる!?!?!?)


 さっきまで俺がいないと会話すらままならなさそうだったのに……


(……あ、ほっぺ膨れてきた)

(怒ってますね)

(キュンです陛下あああ!)


 コソコソが加速した。何なんだ一体……?


「――にひひ、ゔぇ・え・るぅぅぅ!」

「うわぁ!?なになになになに!?!?!?」


 急に抱きついてきたクロネに、俺は戸惑いを隠せなかった。


「あ、じゃあ私も!」


 ミランも真似して抱きついてきた。


「えっ、えっ!?ミラン――様!?」


 あぶね、呼び捨てにしかけた。


「もうっ、”ミランお姉ちゃん”でしょ?」


 何言ってんだお前ホント黙れ。


「えっ、あ、じゃあ私も!」

「サリーさんまで――むぐぅ!?」


 く、苦しい。


「……ごめんねヴェール、一人は寂しかったよね」

「いっぱいお姉ちゃんに甘えていいんですよ〜」

「はいぃっ!?」


 俺が寂しい!?んなわけねぇだろっ!?


「すぅー……えへへ(陛下いい匂いするううう!)」

「ちょ、サリーさん!?くすぐったいですよ!?」

「うへ、うへへ……」


 む、夢中で聞こえてねぇ!?


「ず、ズルイです、私も!」

「……すうぅぅぅ」

「――んひぃっ!?」


 ミランとクロネまで参戦し始めた。


「〜〜〜!何なんですか一体!!!」


 結局三人が満足するまでそのままだった。






 ☆★☆★☆






「はぁ、酷い目に合った」

「ご、ごめんねヴェールちゃん。夢中になっちゃってたよ……」


 いつもより近い位置で、サリーさんは申し訳無さそうな顔をする。


 近い位置というのは、俺が踏み台に乗っているため、同じくらいの目線の高さになっているからである。


 何でそんなのに乗ってるかって?うるせえっ、小さくて悪かったな!


「いえいえ!?サリーさんはいいんですよ!」


 クロネとミランより全然マシですよ!あいつらマジで容赦ねぇもん。


「あれくらいなら、いつでもウェルカムで――」

「――ホント!?本気にするよ!?」

「ひょわぁっ!?」


 久しぶりにサリーさんのズイッが発動し、踏み台から転げ落ちそうになるが、なんとか踏みとどまった。


「あっ、や、やっぱり今の無しで」


 サリーさんの目が若干血走っていて怖かったので、先程のセリフを取り消した。


「そ、そうだよね冗談だよね。何勘違いしてるんだろう私、ハハハ……」


 ちょっとしょんぼりしていて可哀想だったので、一瞬許可しようと考えたが、それをすると取り返しのつかない後悔をすることになりそうだったので歯を食いしばって我慢した。


「よ、よーし!早速料理始めよっか!」


 変になった空気を払拭しようと、無駄に高いテンションでそう言った。


 その後、サリーさんに指導してもらいながら料理を作っていくと……


「「……」」


 何これ?


 見た目がグチャグチャ過ぎて、何の料理か判別出来なかった。ちなみに味付けは、サリーさんの言う通りの配分にしたので完璧である。


「だだだ大丈夫だよヴェールちゃん!盛り付けなんて練習すればすぐ上達するんだから!」

「ぐはぁっ!?」


 サリーさんのフォローが傷口によく染みた。


 結局何度か作り直し、一番マシだったものをみんなに振る舞った。味自体は保証されているので、みんな満足そうだった……俺は食べなかったけど。だって味見でお腹いっぱいになっちゃったし……


 食後は1時間ほど世間話に花を咲かせた後、この場はお開きとなった。

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