第36話 お前が言うんかい
「――あれ?」
アヤカは席についてから、不思議そうにミランを見つめた。
「……アヤカさん?どうかしましたか?」
「えっ、ホントにミランちゃんじゃん!?表情違いすぎて別人かと思った!」
「あ、あはは。そうですか?」
「そうだよ!だって初めて見たもんそんな顔!」
おい、言われてんぞミラン。
「変……ですかね?」
「――そんなことないよ、素敵!”おじさんの○○○元気になっちゃう〜d(>ω<* )”って、私の中のおじさんも言ってる!」
(……ん?なんて???)
彼女は今、何か物凄いことを口にしていた気がする。
「あ、あはは……ありがとうございます」
「――ふぁあっ!?凄いよミランちゃん!おじさんが”ミランちゃそかわゆすぎ激シk pi――、pi――――――(作者による規制)”だって!おじさんがこんなに喋ったの久しぶりだよ、大興奮だよ!」
(やっぱ凄いこと言ってたっ!?!?!?)
内容の半分も理解出来なかったが、逆に言えばそのちょっとの理解で、アヤカがとんでもない発言をしていたことが分かるくらいにはヤバかった。
(え、この子癖強すぎない?)
何がヤバいって、見た目中学生くらいの女の子が大声で堂々と下ネタを連発していることである。
てかおじさんって誰?飼ってるの?それとも俺みたいな悪魔っぽい何かか?
……ダメだ、考えれば考えるほど迷走する気がする。
「――そしてそこの君!」
アヤカはズビシと指をさした。その指の向く先は……俺だった。
「ふぇっ!?わ、私ですか!?」
「そう!ミランちゃんの膝の上に座る、ギャンかわロリっ娘天使の君!」
「ギャン……?」
やべぇ、何言ってるかさっぱり分からん……あ、でもロリって単語はこの前調べたから知ってる。
「”君からは……同志の香りがする”っておじさんが言ってる!」
「えっ」
俺と(アヤカさんの中?にいる)おじさんと同志?普通に嫌なんだけど。
(――ハッ!?ま、まさか……)
気付いたのか?俺(ヴェールちゃん)の中身が男だということに。
(――おじさん何者!?)
思わぬ刺客……まさかフェルミ並に警戒しなければいけない相手がいたとは。
「あと”pi――――”だって!」
あ、その情報はいらないです。ていうか、ヴェールちゃんを性的な目で見るのはやめるんだロリコンおじさん。通報しちゃうぞ。
「は、はははは…………」
笑うしかなかった。だって国家権力に通報なんて無意味だから。
「ふふ、早速仲良くなれたようで何よりだ」
本当にそう見えたなら、眼科に行ったほうがいいぞレーネル。
「せっかく連れてきたんだ、自己紹介でもしてもらおう。昨日の会議で知ってる者も多いがな」
うわぁ、やっぱり来た……ん?
(昨日の会議?)
何やら気になる言葉が出てきたが、みんなから視線を向けられている状況では、考え事も出来そうになかった。
(自己紹介かぁ……仕方ない、適当にやって乗り切ろう――)
そう思って立ち上がろうとしたが……俺の体は既に立っていた。
何を言ってるのか分からないと思うので簡単に説明すると、
「私の名前はヴェール・オルトです!この度はミランお姉ちゃんの妹になりました!これからよろしくお願いします!」
「……」
『……』
自己紹介をした……
(――お前が言うんかい!!!)
多分この場のほとんどの人物が思ったことだろう。
「フンスッ」
いやフンスじゃないが。
(……あれぇ???ミランってこんなアホの子だったっけ?)
前はもっとこう、謙虚や誠実といった言葉が似合う、真面目で大人しい性格だったはずなのに……はしゃいで慣れないことをしているからか、その行動が非常におバカっぽく見える。
――パチパチ
静寂の中、拍手の乾いた音が室内によく響いた。レーネルである。
彼女は椅子にふんぞり返りながら足を組み、澄ました顔で手を叩いていた。こいつはあまり気にしてなさそうだ。
その拍手につられるように、ポツポツと各所から拍手の音が聞こえてきた。みんなも「ま、いっか」といった表情である。
(――いいんかい!)
まあみんなが何も言わないならいいんだけどさ。
「さて、今紹介にあったように、今日からヴェール・オルトにはミランの妹になってもらう。戸籍上もそうする」
「はぁ……レーネル君、また勝手なことを」
ルダーノは頭を抱えていた。
「なんだまだ文句があるのか?」
「無いわけないだろ――おい、にじり寄って来るな!ないから!文句ないからそれ以上近付くなっ!!!」
立ち上がり近寄ってくるレーネルに対し、ルダーノは一定の距離を保ち続け、そう否定した。
(弱いなぁこいつ……今度から俺もそれ使おう)
俺は女の体を使った対抗手段(ルダーノ限定)を覚えた。
「他の奴も異論はないな?」
そう聞くレーネルにみんなは……
「ないぞ」
「ないわい」
「すぴいぃ……」
「ないよー!」
1名返事がおかしかったが、全員肯定のようである。
「よし、ならこの話は終わりだ。改めて会議を始めよう……エリン」
「はい」
レーネルに呼ばれたエリンは、テキパキと資料を配っていった。
(……なあ、ミッシェルさんって大学の理事長秘書じゃないの?)
俺は気になったことをミランに聞いてみた。みんなに聞こえないように小声で。
(あ〜、レーネルさんが気に入ってしまって……今は私たちの雑用係に……)
(……なるほど)
それはお気の毒に。
そんなやり取りをしているうちにエリンは資料を配り終え、会議が始まった。
「ではまず来年の予算案についてだ――」
☆★☆★☆
会議はつつがなく進行していった。
(ちゃんと真面目にやってるんだな……)
これが1時間程会議に同席した感想である。正直もう少し適当かと思っていた。
だからといって、出席したいかと言われると否定せざるを得ないが。だってつまらんじゃん?旅したい冒険したいスマホ弄りたい。
「では、これにて定例会議を終了する」
(ま、会議に参加するのもこれっきりだし――)
1回きりならいいやと、そう思っていた。
「――そうだヴェール・オルト。次回以降も出席するように」
「……はい?」
レーネルがとんでもないことを言い出した。
「な、なんでっ!?」
「ミランの家族なのだから、当然の権利だ。そうだろう?ヴェール・オルト・
「………………」
うっそだろお前。
会議室を出ていくレーネルの背中を見つめながら、そう口からこぼれそうになるのをグッとこらえた。
(……おわっ、た)
定例会議は毎月やっている。毎回参加させられるとなると、バレるのももはや時間の問題である。今回みたいにずっと寝ててくれたらありがたいのだが……と、後ろでエリンに揺すられているフェルミを見る。
「ドンマイ……ブフッ」
……おい、聞こえてんぞキルフ。
(はぁ、どうしよう……)
もう諦めるか?ぶっちゃけ状況的に詰んでるしなぁ。
(いやいやいや!諦めたらそこで試合終了……それどころか人生終了だ!)
もしこのまま諦めたら……
――マクス様、特等席をご用意しておきました!そこに一生座っててください!
(ってなるに決まってるううう!)
いや、流石にレーネルでもここまでのセリフは言わないだろうけど、絶対に似たような状況にはなる。間違いなく。
(――諦めるな俺!まだ次の会議まで1ヶ月ある。それまでに打てる対策は全て打つんだ!)
こんなところで終わってたまるかっ!!!
「……キルフ様、お願いがございます」
俺は手始めに、キルフに相談するところから始めた。
☆★☆★☆
「ただいまぁ〜……」
家に帰ったのは、日が沈みかけていた頃だった。
「……お帰りヴェール、遅かっ――ブフォッ!?」
リビングのソファでペットボトル片手にくつろいでいたクロネは、口に含んだコーラを思い切り吹き出した。
「――おじゃましまーす!」
「はぁ……邪魔するなら帰ってくれ。マジで」
「むぅ、家族に対して扱いがヒドイです!改善を要求します!」
そう、お察しいただけていると思うが、
「――なっ、なぁ!?なんでっ!?」
「クロネさん、お久しぶりですね。この度はこの子の姉になったので、ご挨拶しにきました」
「すまんクロネ、すぐに追い出すから」
「むぅ!むうぅ!」
むぅむぅうるせぇ!牛か!
「……え?ヴェール、買い物に出掛けたんだよね?」
「……そうだな」
ズボンを買いに行きましたね。失敗したけど。
「……なんでミラン様の妹になってるの?」
「……俺にも分からん」
ホント、なんでだろうね?一日の内容が濃過ぎて何も思い出せないや。ハハハ……
「あれ?そういえばヴェールちゃん、クロネさんには素の口調なんですね」
「ん?ああ、キルフが盛大にバラしてくれたからな。こいつとノールさんの前で」
……あ、なんか思い出したら腹立ってきた。やっぱりあいつは一回ぶん殴るべきだわ。
「……まあ、私がキルフ様の立場になったとしても、ブチ切れてると思う」
「――っ!そうですよね!少なくとも私とキルフさんには言うべきですよね!」
「……言うべき。間違いない」
……え?何で俺が責められる流れになってるの?
「「むぅ、むぅ!」」
牛が2頭に増えた。仲良くなるの早すぎだろ。
(女の子の結束力こえぇ……)
なんちゃって女の子の俺には到底真似出来そうになかった。
――ピコン
そんな牛2頭を眺めていると、スマホから通知音が鳴った。
(RINE?誰からだろう)
確認してみると……
サリー: そろそろいい時間だけど、来れそう?
「ん?」
サリーさんからだった。いったい何の話だろうか?
「……――あっっっ!!!」
そうだ、料理教えてもらう約束してたじゃん!!!
「「???」」
急に大声を上げる俺を不思議そうに見つめる二人。
「悪い二人とも、用事があるからちょっと留守番しててくれ」
「「――っ!?!?!?」」
そう言うと、二人とも焦った表情で止めに来た。
「ままま待ってくださいマクスさん!コミュ障は二人きりになると喋れなくなるんですよ!?」
え、今仲よさそうにしてたじゃん……。
「そそそそうだぞヴェール!友人の友人は友人がいないとただの他人になるんだ!(頼むヴェール!こんな雲の上の人と二人きりになんてしないでくれ!)」
こっちからは副音声が聞こえてきた。
(な、情けねぇこいつら)
だが同時に、そうなるのも仕方ないかなとも思い始めた。
ミランは500年間、身内以外とほぼ会話してこなかった。元々積極的に喋るやつじゃなかったし、いきなり二人きりはハードルが高過ぎるだろう。
クロネも初めて会ったのは数日前だが、こいつも会話に積極的じゃないのは分かる。友人もあまり作らないタイプだろう。
じゃあなんでミランはダメで俺は大丈夫なのかというと、正体を知る前に仲良くなっていたのが大きいだろう。クロネの中で元々、俺が無害な存在だと認識していたのだ。だから正体を知った後でも普通に接してもらえている。
(……まあクロネなら、ミランともすぐ打ち解けられると思うけどな)
可能であれば、ミランの友人第一号になっていただきたい。
「はぁ、仕方ないな。二人もついてくるか?」
「「――っ!――っ!」」
俺の提案に、二人は高速ヘドバンを披露した。やっぱり仲いいだろお前ら。
ヴェール: 今から行きます。あと2人連れていきたい人がいるんですが、大丈夫ですか?
サリー: もちろんOKだよ!
RINEで二人を連れて行っていいか聞くと、すぐにかわいいスタンプと一緒にそう返ってきた。
了承が得られたので早速出掛けた。といっても、徒歩10秒のお隣さんだけど。
――ピンポーン
ドアベルを鳴らして少し待つと、ガチャリと扉が開いて、エプロン姿のサリーさんが出てきた。
「いらっしゃいヴェールちゃ――っ!?!?!?」
サリーさんは両目を大きく見開き、口をあんぐりさせ、手に持っていたおたまを落として固まっていた。
つい先程、似たようなことがあったのでお察し頂けると思うが、
「み、ミラン・ヴァイオレット様あああっ!?」
「……――ああ!」
ミランはサリーさんを見て何かを思い出したようで、手のひらを拳でポンッと叩いた。
そして、何も知らないミランが爆弾を投下する。
「お久しぶりです!おじゃましますね、
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