第35話 お前にはガッカリだ


「ホントに頼むぞキルフ、お前だけが頼りなんだ!」

「だあぁ!分かってるからそう何回も言ってくるんじゃねぇ!」


 壺や絵画などの芸術品が飾られた豪華絢爛な廊下を、俺たち3人は歩いていた。


 そして何故キルフがキレてるかというと、何度も”俺がマクスじゃないと否定してくれ”とお願いしていたからである。


 先程まで殴る殴らないの押し問答をしていて、結局大事なその要望を伝え忘れていた。


 なので、会議室に向かう途中の今、こうしてしつこく伝えている訳だ。


「ヴェールちゃん、あんまり大きい声を出すと使用人たちに気付かれちゃいますよ」

「…………それを先に言ってください」


 危うく、国のトップにタメ口で話すやべーやつ扱いされるところだったじゃん。


「頼みましたからね、キルフ様」

「はぁ……はいはい」


 キルフの返事はもはや適当だった。ちょっとしつこく言い過ぎたかもしれない。これ以上は言わないでおこう。


「あ、着きましたよ」

「う〜わ」


 長い廊下の先に見えてきたのは、ゴテゴテと装飾された、無駄に眩しい巨大な扉だった。


「これ誰の趣味だよ……ですか?」

「見りゃ分かんだろ、レーネルのだよ」

「あ、あはは……ルムルツさんは怒ってましたね」


 ルムルツが言う芸術の定義は、”視線を長時間固定させる、ついつい見入ってしまうもの”だそうだ。


 そして目の前のこれは、その真逆を行く。


 見た瞬間、あまりの眩しさに目を逸らしてしまう。まるで、これを見続けるなんてとんでもない、こうべを垂れてひれ伏し、崇め奉るべきだと主張しているようだった。


(まあ、ある意味この場には合ってるのかもしれんが……)


 威厳を示す、という面においては満点である。だって誰も入りたくならないもんこんなの見たら。


 そう複雑な気持ちで眺めていると、その扉が内側からゆっくりと開いた。


「――おや?」


 中から頭だけ出してこちらを覗いてきたのは、魔法大学理事長秘書のエリン・ミッシェルだった。


「あ、ミッシェルさん」

「……オルト様?」


 エリンは俺を見て驚き…… 


「――っ!?!?!?」


 俺と手を繋いでいるミランを見てさらに驚いた。……正確にはミランの顔を見て、だが。


(あ、これ伝えてないなあいつ……)


 俺が会議に参加すること、それからミランが元気になったことを。


(レーネルのアホおおぉ!!!)


 レーネルがたまにやる悪い癖サプライズが出ていた。


 いや、ミランの場合は問題ないんだ。よかったねーで済む。


 問題は俺の方だ。急に部外者が来たら、何だコイツは追い出せ!ってなるだろう。


 ……あれ?むしろ都合のいい展開なのでは?


(レーネルさっすが!冴えてるぅ!)


 と思ったけど、よくよく考えたら、そもそもの原因はレーネルだったわ。


(危うく騙されるとこだった……やっぱりレーネルはアホだ)


 そんな風に、俺が頭の中で高速手のひら返し返しを披露している間も、エリンはニコニコ笑顔のミランを見て放心し続けていた。


「おい」


 痺れを切らしたキルフが声をかけると、エリンは正気を取り戻した。


「――ハッ!?し、失礼しました!どうぞ中へお入りください」


 エリン扉を開けて、俺たちを中へ誘導する。


(あれ?俺入れちゃっていいの?部外者だよ?)


 そう思ったが、今エリンは正常な判断が出来ないのだろうという結論に辿り着いた。


(それなら仕方ないな、うん)


 俺は仏の顔でエリンを許した。


 案内されて中に入ると、円卓を囲うようにみんな座っていた。


 既に中にいたのはエリンを除いて4人。


 まずは入口から見て右側手前、円卓に突っ伏してグースカ寝ている青髪ミディアムの猫族少女――元老院第四席、フェルミ・オリーブ。


(……こいつは相変わらずだな)


 フェルミの思考回路は単純だ。”興味がある”か”興味がない”かの二極である。つまり見て分かる通り、彼女にとってこの会議は興味のないものに分類される。


(頼むぞ、そのまま寝ててくれ)


 正直、一番警戒しているのはこいつだ。


 普段はぽけ〜っとしていて無害そうに見えるのだが、興味のあるものにはとことん追求してくる。そして、やたらと勘が鋭い。今のミランを見れば一瞬で何があったか理解するだろう。こいつには会議が終わるまで起きないでほしいものだ。


 さて次、フェルミから時計回り方向、隣の席に座るのは元老院第五席のルムルツ・アカンサス――茶色いもじゃもじゃ髭と、照明や日の光をきれいに反射するツルツル頭が特徴のドワーフ族だ。


 こっちはもっと単純だ。”芸術大好きおじさん”という一言で、この人物の9割を説明したと言っても過言ではない。


 そんな彼は今、ミランを見て盛大に驚いていた。顎の関節が外れるんじゃないかと心配になるほどに、口を大きく開けて。


(まあそうなるよね……)


 ルムルツも頭が良いほうだからワンチャン気付くかもしれない。ミランの時みたいにボロを出さないよう、注意しておかないと。


 次、ルムルツの隣に座るのは、第二席のルダーノ・フォン・グラジオラスだ。

 

 彼について詳しく説明しようとすると、吐き気を我慢しながら話すことになるので、ここでは割愛する。


 ルダーノもルムルツと同じく、こちらを見て驚きの表情を浮かべていたが、視線の半分ほどは俺に向いていた。そして徐々に苦々しい顔に変わっていった。


(……ああ、女性比率増えたからか)


 俺は何となくその理由を察した。


 そして最後、ルダーノから一つ空席を挟んだ隣、俺たちの対面に座るのは第一席のレーネル・リリィだ。


 彼女はピンク色の艷やかなロングヘアーをご機嫌そうに揺らし、ニヤニヤとこちらを眺めていた。サプライズの成功を察して、とても楽しそうである。


「なんだ、キルフはもう知ってしまったのか。せっかく驚かせてやろうと思ったのに」

「”たまたま”前を通ったら気付いた」

「ふん、つまらんやつだ」


 そう言いつつも、顔はニヤついたままだった。


(にしてもキルフのやつ、よくそんなスラスラ噓つけるな)


 昨日の嘘を許すつもりはないが、今は頼もしい味方である。 


「ほらお前たち、そんなところで突っ立ってないで早く座るといい」


 レーネルからそう言われたので、空いている席に座ろうとすると……


「――ヴェールちゃんはこっちですよ」


 ミランにグイッと体を引っ張られ、フェルミの右横の席に座らされた。


 ……と思いきや、ミランは俺を持ち上げて、俺と椅子の間に体を滑り込ませた。


「えへへ〜」

「…………」


(――なんで!?)


 この席とレーネルの間にもう一個席あるじゃん、そっち座れよ!……いや、なんとなくこうなるんじゃないかと思ってたけどさ。


 ちなみにキルフはレーネルとルダーノの間に座っていて、今の俺を見ながら必死に笑いを堪えていた。


「……ブフッ!」


 一瞬で堪えきれなくなっていた。


(こ、こいつっ……!?笑ってないで助けろよ!!!)


 そうキルフに目線で訴えかけていると、急にガタンと大きな音が鳴った。


「――一体どういうつもりなんだ、レーネル君!」


 音の発生源は、ルダーノが勢いよく立ち上がったことで後ろに倒れた椅子によるものだった。


「どういうつもり、とは?」

「決まっているだろう、ヴェール・オルトのことだ!何故連れてきたんだ!?」


(……あれ?)


「はぁ、見て分かるだろうキショエルフ。彼女がミランを元気にした功労者だ」

「そんなことは分かっている!だが連れてくる必要などなかっただろう!?」


(もしかしてルダーノのやつ、味方なのか?)


 頼む、そのまま俺を追い出してくれ……!


 こんな"正体バレた瞬間終わり"の空間に居たくない。そう切に願った。だが……


「わざわざこちらから反乱分子を――」

「おい、貴様。まさか昨日の結果を忘れたわけではあるまいな?」

「……」

「昨日何があったか自分の口から言ってみるか?」

「…………ッチ」


 ルダーノは大人しく、倒れた椅子を元に戻して座り直した。


(……お前にはガッカリだ)


 期待して損した。何があったのかは知らないが、所詮はルダーノか。


 そう心の中でボロカスに叩いていると……


――バァン!


「みんな、おまた~!」


 突然扉が開き、水色と白色のコントラストが美しい服(セーラー服)を着た黒髪ツインテールの少女が入ってきた。


(え、誰っ!?)


「お、来たか


 アヤカ……?――アヤカ・ツワブキか!!!


 そういえば元老院にはもう一人いたんだった。


 元老院第七席、金雷の勇者アヤカ・ツワブキ。俺の尻拭いをしてくれた恩人だ。


「よし、これで全員揃ったな」


 彼女は空いた最後の1席(俺の隣)に座った。それを確認したレーネルは、会議開始の音頭をとった。


「それでは、これより定例会議を始める!」

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