私、ようやく――

第34話 ミラン、やれ


 妹――それは、自分から見て年下にあたる女きょうだいのことを指す。


「……妹の歴史は古く、数々の創作物のモチーフとして描かれてきており、世間では"萌え"要素の一つとしてうんぬんかんぬん。byうぃきぺ――」

、現実逃避はよくないですよ」

「あぁっ!?」


 ひょいと、後ろからスマホを取り上げられた。


「いや誰のせいだ!誰の!!!」


 間違いなく、俺を膝にのせて座るこいつのせいである。


 ……いや、わがまま言うのに許可なんていらねえよ、って言ったのは俺なんだけどさあ。


「よりにもよって、レーネルの前でいいやがって!」

「……その、ごめんなさい。死んでお詫びします」

「お前が言うと冗談に聞こえないからやめろ!」


 自殺ネタダメ、ゼッタイ。


「はぁぁ……なあミラン、会議ブッチしていいか?」

「間違いなく連れ戻されますよ……警察全動員で」

「う〜〜〜わ」


 最悪だ。権力持ったせいで、余計にたち悪くなってやがる。


(何でこんなことになったんだ……)


 その答えを知るには、数分前まで遡る必要があるだろう。






 ☆★☆★☆






「……妹?こいつをか?」

「はいっ!」


 そう尋ねるレーネルと、元気よく答えるミランをよそに、俺はパニックに陥っていた。


(は?妹?え?)


 どゆこと?


「私、ずっと妹が欲しかったんです!」

「……そうか、そうだったのか」


 レーネルは一度、ミランから視線を外し天井を眺め、しばらくしてから元に戻した。


「――いいんじゃないか?」

「本当ですかっ!?」

「ああ、戸籍上もそうしておこう」

「ありがとうございます!」


 いつの間にかトントン拍子で話が進んでいた。


(え、俺の意思は?)


「貴様もそれでいいな?」

「えっ、いやあの」


(そ、そうだ!)


 "レーネルは他人の意見も聞き分けるようになった"とキルフが言っていたことを思い出した。


(あのときは全然信じられなかったけど……)


 先程実際にミランを心配するレーネルを見て、もしかしたら本当なんじゃないかと思えてきた。


(……賭けてみるか)


 一度キルフを信じて、抗議してみよう。そう考え、口を開こうとした、その時――


「――なんだ?何か文句でもあるのか?」


 感じたのは、身の毛がよだつような恐怖だった。


 レーネルという圧倒的な強者が発する威圧に、体の震えが止まらなかった。


「――!――っ!」


 俺は一生懸命、首を横に振った。脊髄反射だったと思う。


「……そうか、合意が得られてよかったぞ」


 必死の”無害です、反発しません”アピールにより、重苦しい空気は霧散した。


「ミラン、今日の定例会議には出席してくれるな?」

「はい……その、ずっとサボっててごめんなさい」

「いいんだ、気にするな。それと――」


 レーネルはちらりとこちらを見た。目が合った瞬間、先ほどの威圧によるトラウマが思い起こされ、ビクッと体が固まった。


「――そいつも連れてくるように」

「え?」


(……え?????)


 レーネルの衝撃発言に理解が追い付かなかった。


「あいつらにも紹介しないとだろう?」

「――っ!は、はい!」


(え?しなくていいけど、ていうかしないでほしい)


 もちろん、そんな俺の意思など考慮されることはなく……


「じゃあそういうわけだ、頼んだぞ。また1時間後に」






 ☆★☆★☆






「なああああああああああああああにがそういうわけだ、だ!!!!!!!」


 俺は先ほどの出来事を振り返り、激怒した。


「あ、あはは……」


 いや、レーネルはもとからあんな感じだからいいんだ。慣れてる。


 問題はキルフの発言である。


(大嘘じゃねえかっっっ!!!)


 あいつマジで許さん。期待させやがって。


「はあぁ、どうしよう」


 レーネルはアホだから心配してない。だが他の奴らは別だ。


(バレるよなぁ、絶対バレるよなぁっ!)


 だって元気になり過ぎだもん。元が低すぎたから余計にそう感じる。


「……あ、キルフさんに手伝ってもらうのはどうですか?」

「え?」


 キルフ?今あいつの名前聞きたくないんだけど……


「って、そっか!あいつに否定させればいいのか!」


 万が一俺がマクスだとバレた場合、最終的に魂の匂いを嗅ぎ分けられるキルフに判断を委ねるだろう。つまり、あいつがイエスと言えばイエスだし、ノーと言えばノーなのである。


 というわけで、会議が始まる前にすり合わせするため、早速キルフに電話をかけた。


『もしもし、どうした?まだ約束の日じゃな――』

「ミランが自殺しようとしてるっ!!!!!」


 まるで緊迫した状況であるかのようにそう伝える。


『――はぁっ!?!?!?』

「――なっ!?!?!?」


 スマホの向こう側と背中側から驚きの声が2つ上がったが、構わず通話を切った。


「……これでよし」

「よくありませんけどっっっ!?」


 ミランはこの通話内容がお気に召さなかったらしい。


「い、言わないって約束だったじゃないですか!」

「そんな約束した覚えないなぁ、ふふっ」

「んなぁ!?」


 俺の態度が気に入らなかったのか、抱きしめる腕に少しずつ力が籠ってきた。


「うう、マクスさんのバカぁ!キルフさんに迷惑かけちゃったじゃないですか!」

「はぁ、ミラン。迷惑かけるのを怖がり過ぎだ」

「だ、だって嫌われたらどうするんですか!」

「こんなもんで嫌われるかっつーの。そんなことばっか考えてるからコミュ障になるんだぞ!」

「うぐっ」


 ミランはコミュ障という言葉に反応した。気にしてたらしい。


「あのなあ、赤の他人ならともかく、仲間なら迷惑かけてなんぼだぞ」

「で、でも……」

「少なくとも調停者のみんなは大丈夫だ。表面上はツンケンしてるけど、根は優しい奴しかいない」

「……」

「というより、そういう奴らの集まりなんだよ、調停者ってのは」

「……え?そうなんですか?」

「ああ、女神本人が言ってた。"調和の使徒としてふさわしい心の持ち主だけを選んだ"って」

「そ、そうだったんですね。初めて聞きました」


 ……あれ?これって言ってよかったんだっけ?なんか口止めされてた気がする。


(……ま、いっか。どうせ女神寝てるし、バレないバレない)


 そんなことを考えていると……


――バァン!


 聖堂の扉が勢いよく開いた音がした。


「早まるなミラン!!!!!……あれ?」

「ああ、やっと来たか。こっちこっち」

「あ、キルフさん。すいません」

「え?……は?」


 思っていた状況と違ったからか、キルフは戸惑いを隠しきれていなかった。


 だが少しして、ある可能性に気が付いた。


「お、おいテメェ、まさか……"ハッタリ"かけやがったのか!?」

「言っとくが嘘じゃないぞ。まあ2時間以上前の話だけどな」

「――っ!?」


 俺の言葉に、キルフは驚き、ミランは気まずそうにしていた。


「おい、どういうことだ。なんですぐ知らせなかった!」

「お前をだしにして情報を引き出し――ほいひはんおいミランほっへひっはふはほっぺひっぱるな!」

「~~~!」

「……ああ」


 キルフは何となく状況を察した。


「つか、やっぱりバレたんだな、マクス」

「……うっせぇ」


 やっぱりとか言うな。


「ミラン、その……」


 キルフ気まずそうにミランに目を向け――


「すまんかった!!!」


 渾身の土下座が炸裂した。


「え、キルフさん!?」

「俺の、俺のせいで自殺にまで追い込んで――」

「――違いますから!前も言いましたけど、言われた記憶がないんですって!」

「……え?」


 キルフは、ミランが嘘をついていたわけではなくて、本当に記憶がないのだとわかって驚愕した。


「ぷふっ、勘違いしてやんの」

「――っ!」


 俺がボソッと茶化すと、キルフは少しだけ頭の血管が浮き出た。だがそれは一瞬だけだった。


「――いや、それじゃあ俺の気が済まねえ。ミラン、俺を殴ってくれ!」


 とんでもないことを言い出した。


「ええっ!?」


 できませんよっ!?と首をブンブン横に振るミラン。だが俺的にこれはチャンスだと思う。


「ミラン、やれ」

「マクスさんまでっ!?」

「10発は殴れよ、そのくらいのことをこいつはしたんだ」

「そんな大層なことじゃないですよ!?」

「ミランにとってはそうでも、キルフにとっては大層なことなんだよ」


 (そう、こいつは俺に嘘をついたんだ。1発で到底許されることじゃない。……あとノールさんとクロネの前で正体バラしたこともだ!!!)


 完全に私怨だった。


「そういうことだミラン。思う存分殴ってくれ!」

「よし、いけミラン!鳩尾と顎下は重点的に狙えよ!」

「いきませんよっ!?」

「いけミラン!やるんだ!」

「やりませんって!」

「頼むミラン、殴ってくれ!!!」

「殴りませんってばあああああ!!!」


 結局会議が始まる前まで、ミランは頑なに拒み続けた。

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