第33話 お持ち帰りしたい
「――なっ、なんで!?」
クロネは驚愕した。なぜバレたのかと。
だが今回は相手が悪い。何せ私は、EXランク冒険者なのだから。
「なるほど、クロネちゃんは
「……」
そりゃ大胆になれるわけだ。
「ふ、ふふふふ。そっか、そうなんだ」
「ぐっ……」
これは非常に都合がいい。あまりの都合のよさに笑いが漏れてしまうほどだった。
「これでお互いに秘密を知ってしまったわけだね」
「……何が言いたいの」
私の一挙一動に警戒するクロネ。
それもそのはず。私が秘密をバラしたら、世間は彼女に好奇の視線を向けるだろう。それも、ほぼ全国民から。
だが、同じことが私にも言える。自慢にはなるが、これでもEXランクの冒険者としてかなり認知されている。普段素顔を晒さないノール・グリーズの正体が分かったとなると、それはもう大騒ぎになるだろう。
私たちはお互いに、相手の導火線を握っている状態だ。だから――
「――協定を結ぼう」
私はそう持ち掛けた。
「……協定?」
「そう。利害は一致してるでしょ?お互い誰にも秘密をバラさない。それが現状のベストな形だと思うの」
「……なるほど」
恐らく乗ってくれると思うが……
「……わかった、それでいい」
「そうこなくっちゃ!」
よかった。これで一安心だ。
「……帰る。じゃあまた」
「あ、ちょっと待って」
私はこの場を去ろうとするクロネを呼び止めた。注意しておかねばならないことがある。
「陛下にいたずらしたらダメだよ?」
「……シナイ、シテナイ」
不安になる返事が返ってきた。
☆★☆★☆
〜1時間後〜
クロネに励まされ(?)て、すっかり油断していた頃にそれは来た。
――ピンポーン
「ん?こんな時間に誰だろ……――っ!?!?!?」
インターホンのカメラ映像を見て絶句した。
「陛下!?……ハッ!?ま、まさか――」
クロネちゃん、早速裏切ったの!?
陛下が訪ねてくる理由を考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなってきた。
(正体を知った奴を死刑にすれば、全部まるっと解決……ってコト!?)
死刑になるまでに、私が言い触らすデメリットの方が大きいはずなのに……!
理由についてあれこれ考えていると、陛下がドアの前から去ろうとしている所がカメラに映った。
(居留守だってバレたらマズい!)
本当は殺されるくらいなら逃げ隠れたほうがいいのは分かってる。でもそれをしてしまったら、私は私を許せなくなる。
(これ以上罪を重ねて、陛下に嫌われたまま死んでいくなんて嫌だ)
だから私は、震える足で玄関に向かい、扉を開けた。そして目が合う。
「ゔぇ、ヴェールちゃ――」
ごめんなさい、そう口にする前に……
「さ…………サリーさああああああああああああああああん!!!!!!!」
「ヒィッ!?な、なんでしょうか!?」
(こ、殺されるっ)
そう思っていた。
「ごめんなさい嫌わないでくださいびええええええええ!」
「……ん!?なんの話っ!?」
陛下の言っていることが理解出来なかった。取り敢えず理解出来たのは、クロネちゃんが裏切ってなさそうだということだけ。
「私が何か失礼なことしちゃってたなら謝りますからあああサリーさんだけには嫌われたくないんですううううう!」
(?????)
「ちょ、ストップストップ!私がヴェールちゃんを嫌うってどういうこと!?」
「……ふぇ?ぐすっ、さっき私のこと避けてたんじゃ……」
「え、さっき?」
さっきって言うと……あ、変な挨拶が出た時か!
「……あ、ああ!!!あれは〜、そのぉ……そう!本業で大きなミスしちゃってね、変になってただけなんだよ!」
咄嗟に嘘をついた。
(な、何やってんの私!?)
”私がノールです、陛下の正体知ってます、あのときはアイアンクローしてごめんなさい”と、本当のことを言って謝るチャンスだったのに!
「え、そうなんですか?じゃあ私のこと……」
だが陛下の不安そうな顔を見て、嘘を撤回する考えは捨てた。
「う、うん!私がヴェールちゃんのこと嫌いになるわけないでしょ!」
「ぐすっ……ホントですか?嘘じゃないですか?」
「ううう嘘じゃないよ、ホントだよ!」
一瞬、噓という単語にドキリとしたが、陛下のことを嫌いになんて絶対ならないので本当のことである。
「ほ、ほら!私はヴェールちゃんのことがこんなに大好きなんだから!嫌いになんてなるわけないよ!」
そしてその場の勢いで、私は陛下に抱き締めていた。
(……んっ!?ホントに何やってんの私!?)
完全に無意識だったが、クロネに対抗心でも燃やしていたのかもしれない。
だがこれでよかったのか、陛下は安心してくれたようである。
「よ、よかったあぁ〜〜〜……はうぅ」
「うわっヴェールちゃん大丈夫!?」
「あ、すいません安心したら腰抜けちゃって……」
えへへと、はにかみながらそう言った。
(可愛過ぎます陛下あああああ!!!)
その笑顔は反則級だった。
(……やばい、お持ち帰りしたい)
と、
「ふぇ?何か言いましたか?」
「えっ、ああいや何も……」
(やばっ、声に出てたか!?)
煩悩まみれの思考を、危うく陛下に聞かせるところだった。
「――ハッ!?」
ここで私はとんでもないことを思いついた。
(晩御飯に誘えば、陛下を自然に連れ込めるんじゃない?)
「ヴェールちゃん、もう晩ごはん食べた?」
「いえ、まだで――」
「ならうちで食べていきなよ、ご馳走するよ!」
気分は完全に誘拐犯だったが、アクセルから足が離れることはなかった。
「……いいんですか?」
「うん!勘違いさせちゃったお詫びだと思って!」
「ならお言葉に甘えて、ご相伴に預かります」
「よしきた!さあ、はいってはいって!」
(――っしゃああ!よっしゃあ!!)
私は陛下の腕を引きながら、心の中でガッツポーズを唱えた。
「お、お邪魔します……」
「ご飯作ってくるからリビングでテレビでも見ながら待ってて」
「あ、はい分かりました」
それだけ伝えて、私はキッチンに入った。
(家の中に陛下がいる……めっちゃテンション上がるううう)
今鏡を見れば、口角が上がりまくっていることだろう。
「何作ろっかなあ」
そう、メニューは重要である。何せこの後、陛下が口にするものなのだから。
私は冷蔵庫の中身を見て考えることにした。……しかし
「……」
すっからかんだった。
「そういえば引っ越してきてから一度も買い物行ってない」
一大事である。これでは陛下に料理を振舞えない。
一応亜空間倉庫には凶星の森で迷子になった時用に、一か月分の食事は入っている。だがそれは自分しか食べないもの故に、適当に作ったものだった。とてもではないが陛下に振舞えるレベルのものではない。
「どどどどうしよう!?」
買い物に行くのは必須だ。だがあまり陛下を待たせてしまう訳にはいかない。先にメニューを決めてから出掛けるべきだろう。
「陛下に出せる料理……あ」
そういえばお粥を出したとき、お米は初めて食べたって言ってたっけ。
「そうか、中華料理」
ここ500年で第七席様の世界から伝えられてきた料理。恐らく陛下が口にしたことがない、私が作れる美味しいもの。
(これしかない!)
中華料理を師匠の家の手伝い以外で作るのは初めてだけど、師匠の父に本気で店を継いでくれないか?と聞かれたぐらいなので、多分出来るはず。
「……よし」
作るものは決まった。買い物に出掛けよう。
「ごめんヴェールちゃん、ちょっと食材足りなかったから買い物してくるね!直ぐ戻ってくるから!」
「はい、分かりまし――」
リビングのソファに座る陛下にそう伝え、返事を聞き終える前に家を出た。
☆★☆★☆
帰ってきて玄関に入った瞬間、靴が増えていることに気付いた。
「あ、忘れてた……」
(そういえば今日、ナユタちゃん連れてくるって言ってたっけ……大丈夫かな?)
不安になった私は、急いでリビングに向かい……
「――こんな可愛い子を、あんな
(…………ん?)
状況が理解できなかった。
「そんな組織は存在しないよ!?」
「今作ったので問題ありません。それより……いいんですかプロデューサー?」
そう言うと、陛下を抱き締めるナユタはこちらに目を向けた。
「ん、何がだい?」
「娘さんのご友人を“無理矢理“勧誘しただなんて知られたら、今度こそ嫌われますよ」
(ほ、ほほう???)
陛下を、無理矢理勧誘……?
「……ヴェールちゃん、サリーにはさっきのことナイショにしててもらえるかな?」
「――お母さん???」
「……………………へ?」
声をかけてようやくこちらを見た母は、少し顔を青褪めさせていた。
「お母さん?何してるのカナ???」
「――ヒィッ、いつの間に!?ち、違うんだサリー落ち着いてくれ!」
母は怒る私の顔を見て、慌てて弁明を始めた。
「ほ、ほら仕事上の立場ってのがあるじゃん?私も一人の仕事人として職務を全うしなければいけないんだよ」
「ふうん……それで?」
「あ、ああもちろん無理な勧誘はしてないよ!?誠心誠意が私のモットーだからねっ!」
なるほど。母の主張は分かった。だが重要なのは、陛下自身がどう感じたかだ。
「ヴェールちゃん本当?お母さんしつこくなかった?」
「ふぇっ!?あ、あの、えっと、あのぉ……!」
陛下は言葉に詰まっていた。
(本当は困ってたんだけど
本当はナユタの胸に夢中になっていただけなのだが……そう読み取ったところで、さらにナユタによる証言が上がった。
「娘さん、
…………。
「ちょ、お前何を――もがっ!?」
私はこれ以上陛下を不快にさせまいと、母の口を物理的に塞いだ。
「もがもがっ!?」
「お母さんは黙ってて。ごめんなさい、続き聞かせてもらえる?」
「はい、この人は最初に「原石キタアアアアアッ!!!」と大声を上げた後、顔を近付けて威圧。さらに「最初はみんな恥ずかしがるけど、すぐ慣れるから」と”いやらしい仕事”を強要しようとしてました」
「もがっ!?!?」
ナユタの口から、驚きの証言が飛び出てきた。
「――っ!なるほど……お母さん、ちょっと2人きりでお話しよっか???」
うん、有罪。
「
私は抵抗する母を自室へと引き込んだ。
「……で?」
「ち、違うサリー、誤解なんだ!ナユタの奴が――」
「――お母さん、ヴェールちゃんに変なことしたらダメだよ?」
「だから誤解――」
「――ダメだよ???」
「ヒィ!?」
首飛ぶよ?物理的に。
そんな意味を込めて注意したら、余程私の顔が恐ろしかったのか小さく悲鳴を上げた。
そんな感じで説教を続けて、母がすっかり大人しくなった頃、ナユタから陛下が倒れたという知らせが入った。
☆★☆★☆
結果から言うと陛下は無事だった。その後、私が料理を作っている間にもう一度同じことがあったが、それも無事(?)だったらしい。
そして私はというと……
(やば……作りすぎたかも)
陛下に美味しいものを食べてもらおうと、時間加速魔法まで使ってハッスルしすぎた結果である。
テーブルに並んだ料理の数々は、明らかに4人で食べ切れる量ではなかった。
「さ、サリー?どうしたのこの量……」
当然のツッコミだった。
「え?普通だと思うけど」
私はあくまで”予定通りですけど?”という姿勢を貫いた。
別に亜空間倉庫に入れておいてもよかったのだが、せっかく作った料理を少なく見せるのはなんとなく嫌だったのだ。
その後、んなわけあるかっ!?!?という母からのツッコミを頂いたが無視し、つつがなく食事が進んだ……かのように思えたが、少ししてから事件が起きた。
誰も食べないだろうと思いつつ、完全にその場のノリで作った”チャレンジメニュー・超激辛麻婆豆腐☆冒険者スペシャル☆(イフリート級)”に、陛下が手を伸ばし始めたのだ。
「――あっ!?ヴェールちゃんそれ激辛麻婆豆――」
止めようとしたが遅かった。
「はむっ――――っっっっ!?!?!?」
激辛麻婆豆腐を口にした陛下はカッと目を見開いて固まった。
そしてゆっくり味わって飲み込み……
「……おいしい」
「「マジか」」
私は驚愕した。
(え、これ完食者0人……)
本家と全く同じ辛さのものを作った……はずだ。
「@¥#×☆$#!?!?!?」
一瞬辛さが足りなかったかな?と思ったが、ナユタが一口食べて発狂しているのだから間違いないだろう。これは本物だ。
(え、マジで?????)
そのまま陛下一人で食べきってしまうところを見てしまい、私は自分の目がおかしくなったのかと疑ってしまった。
(うん、考えないことにしよう)
何もなかった。それでいいやと考えるのをやめた。
その後も食事を続けていると、母がとんでもないことを言い出した。
「ねーねーヴェールちゃん。サリーとはどういう関係なのぉ?」
「ちょ、ちょっとお母さんっ!?」
陛下に何てこと聞くんだこのバカ親は。
「ただの雑談じゃ〜ん。別にいいでしょ?で、どうなのヴェールちゃん!」
(よくないよおおお!絶対嫌われてるってえ!アイアンクローなんだぞ私は!)
と、先ほど家前で行ったやり取りを忘れて意味不明なことを考えていると、陛下は母の質問に答えた。
「そうですね……サリーさんは私の恩人で、大切な人です」
「――――っ!?」
陛下の言葉を聞いた私は、思考回路がショートした。
(へ、陛下に……大切な人って……っ!!!)
「おお〜そうなんだ、よかったじゃんサリー……ってあれ?」
「ふしゅぅ……」
「……ぷっ、あははは!サリー照れてんじゃん!」
「て、照れてないしっ!」
「いやいや照れてるでしょ、ねぇナユタちゃん」
「はい、照れてますね」
「ナユタちゃんまで!?」
集団いじめに遭った。
☆★☆★☆
その後食事を終えて、そのままお開きとなった。
余った料理は陛下とナユタに渡しておいた。陛下は亜空間倉庫があるので多めである。あまりの量に、ちょっと戸惑っていた陛下はとても可愛かった。
そして陛下とナユタを見送った後……
「いやあ、ヴェールちゃんホントにいい子だねえ」
母がそう話しかけてきた。
「……当たり前でしょ」
我らが陛下だぞ、と心の中で突っ込んだ。
「あぁ、アイドルになってくれないかな――」
「お母さん?????」
陛下を勧誘しようとするんじゃない。
「じょ、冗談だから!よ、よーし、お風呂入ってこよーっと!」
私が般若を憑依させていると、母はそう言って逃げた。
「……はあ、まったく」
今後も不敬なことをしないように監視しておかないと。
「ん?不敬?……――あっ!!!」
(そういえば陛下に謝るの忘れてた!!!)
完全にタイミングを逃してしまっていた。
「どどどどどどうしよう」
考えた末、取り合えずRINEでミニスカの刑を解除する旨を伝えることから始めた。
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