第47話 なんだ、クロネの同類か


 何が起きたか理解できなかった。


 いや、理解したくなかったと言った方が正しいだろう。実際は少しだけ見えていたのだ。


 ――ミシャが屈んで小石を拾い、そのまま魔女の罠に向けて投擲している光景が。


 ただ、その一連の動作があまりにも早く、一瞬自分の目を疑ってしまったのだ。


「あちゃ~……」


 ロゼは手で目元を覆い、天を仰いで呟いた。それは、近くにいる俺にすら聞こえないほどの声量だった。


(どんまいミシャ……確実に嫌われたで)


 ミシャは、そんなロゼの心配など知りもせず――


「……………………あはっ」











「――あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」












 ――狂ったように、嗤っていた。


 あまりの異常さに、俺は恐怖を感じずにはいられなかった。


「はははっ、あはぁ……おカネぇ、ボーナスステージぃ〜」


 ミシャはひとしきり嗤ったあと、恍惚とした表情で続けた。




「――待っててやぁ”マックスちゃぁん”。またいっぱい、プレゼントしてみついであげるからなぁ……」




 ………………。




 …………。




 ……。




(――なんだ、クロネの同類か)


 俺は秒で適応した。


 俺の中でミシャという存在が、理解できない狂人から、(多少)理解できる狂人にグレードアップした。


 妹の狂気を目の当たりにしたロゼは、申し訳なさそうにフォローしてきた。


「ご、ごめんなウチの妹が……意味わからんやろ?」


 わかります。わかってしまいます、残念ながら。こっちにも似たような奴クロネがいるので。


「でも、魔女のことなら安心してくれてええからな。ウチら何回も討伐経験あるし」


 ロゼは自信満々にそう言った。嘘をついている気配はない。ひとまず安心して良さそうだ。 


 俺はちらりと後ろを振り返り、クロネの様子を確認する。すると、とんでもないものが目に映った。


「――うわぁ」


 いつぞやのように、紫紺の瞳を爛々とさせ、口元を三日月のように歪めて笑っていた。


 ミシャ2号の誕生である。


「……魔女は譲る。でも、取り巻きはワレも遠慮しない」

「お、おう、もちろんや……けど……クロネはん、やんな?」


 ロゼはクロネの豹変に、明らかに戸惑っていた。俺もロゼに習って、フォローを入れた。


「すいません、こっちの似たような感じなんです」

「な、なるほど……………………え、マジ?」

「マジです」

「そ、そっか……えらい奇遇やな」

「お互い苦労しますね」


 ロゼは深々と頷いて同意した。


「こいつも言ってますけど、魔女はお任せしますね。一応討伐したことはあるんですが、倒すまで一分以上かかっちゃうので……」

「――え、倒したことあるんか!?」

「はい……まあ、ギリギリでしたが」


 ついでに言うと、俺は走ってただけである。


「そうなんか……」


 ロゼは安堵した様子で、ホッと胸を撫で下ろした。


 そして力強く、真剣な眼差しでこちらを見つめる。


「――なあヴェールちゃん」

「はい?」

「一回経験したならわかると思うんやけど……魔女の罠を使えば、歩き回って探すより遥かに効率よく魔物に出会えるんや」


 (……ああ、そういうことか)


 俺は次に出てくる言葉を何となく察した。


 そしてロゼが口にしたのは、まさしく予想通りの言葉だった。


「魔女はウチらがなんとかする。せやから、?絶対に悪い思いはさせへんって約束する」

「はぁ……何言ってるんですかロゼさん、もう組んでるじゃないですか」


 俺は呆れたように肩をすくめ、次いで挑発的にニヤリと笑った。


「――それともまさか、一回ポッキリで終わらせるつもりだったんですか?」


 わりと確信を持ってカマをかける。


「あ、はは……お見通しかいな」


 案の定、ロゼはバツが悪そうに顔を引きつらせていた。


「ミシャがこんなんやからなぁ……モンステラでウチらと組みたがる奴なんておらんのや。今やから言えるけど、協会も”ウォーカー姉妹には気をつけろ”って公言しとるぐらいやし」

「うわぁ……」


 まあ、魔女の罠には手を出すな、という協会のお触れを無視しているのだから当然だろう。


(――ああ、それで自己紹介のとき、あんなに慌ててたのか)


 俺の中で疑問が一つ解けた。


「ああなったミシャを見た奴らは、二度と組みたくない、って皆逃げ出していったわ。せやから今回も同じ、ミシャが暴走するまでの関係やって……そう思ってたんや――ついさっきまでな」

「そんな腑抜けた根性なし野郎どもと一緒にされてただなんて、心外ですね」


 ロゼに”魔女の討伐経験がある”と教えてくれるまでガチビビリしていた奴のセリフとは思えないが、この場でそれを指摘できる人物はいなかった。


「それはすまんやで。これからじっくりとお詫びさせてもらうから……改めてよろしゅうなヴェールちゃん――」


 ロゼは差し出そうとした手を途中で止め……


「――いや、ヴェール


 そう言い直して、今度こそ手を差し出した。


 呼び方でなんの違いがあるのかはわからないが、彼女なりのケジメなのだろう。


 とにかく、断る理由など皆無である。


「はい、よろしくお願いします」


 差し出された手をしっかりと握り、力強い握手で応じた。


「……ところでロゼさん、一つ気になることがあるんですが」

「なんや?何でも聞いてや!」


 俺は先程から感じていた疑問を口にした。


「魔女来るの遅くないですか?」

「ん?……ああ、もしかしてやけど、前はすぐ来たんか?」

「はい、起動してから魔法が使えなくなるまで一瞬でした」

「ははは!そら運が悪かったなヴェールはん!普通やったら、罠が起動してから魔女が魔物引き連れてくるまで1分くらいかかるからな」


 1分……?


「……え、もう3分以上経っちゃってますけど」

「そういうこともあるで。魔女が罠の近くにいるか遠くにいるかでだいぶ変わるからなぁ」

「ああ、なるほど」


 ロゼの説明を聞いて、ようやく腑に落ちた。


「ちなみにヴェールはん、魔女来るんが遅いとエエことがあるんやけど……何かわかるか?」

「えっ?……迎撃する準備時間ができる、とかですか?」

「ぶぶー、ハズレや」


 まあそうだよな。だってロゼもミシャも、それらしいこと何もしてないし。


「正解はな――」


 ロゼは少し間をおいて、焦らすように答えを口にした。


「――引き連れてくる魔物が増える、や」

「……ああ、それでですか」


 俺は思い当たる節があり、ちらりとロゼの後ろ側に視線を向けた。そこにいたのは、もちろんロゼの妹、ミシャである。




「――あはははははははっ!!ジャックポットぉ!おおあたりぃ!!!あはははははははははははははははははははははははははははは!!!」




 さっきまでは多少(?)大人しかったのに、また最初の頃のようなテンションに戻っていた。きっと、これから手に入る討伐金のことで頭がいっぱいなのだろう。


 俺の視線を察したロゼは、顔を引きつらせていた。


「は、ははっ……うるさくてホンマすまんなぁ」

「いえ、気にしてませんよ」


 実際、やっぱりマックスちゃんって魔性の女だったんだなぁ、くらいにしか思っていない。まあ、マックスちゃんの何が彼女たちをあそこまで狂わせてしまうのか、皆目検討もつかないが。


 そんなことを考えていると、微かに地面が揺れていることに気づいた。そして同時に、重苦しい空気が充満する。


「……これは」

「――ああ、来たで」


 森の奥から、巨大な土煙が徐々に近づいてきていた。奴らである。


「すごい揺れですね」


 前回の比ではない。正直、立ってるのがやっとだった。


「うわ……何匹いるんですか、あれ」

「さあなぁ、でもまあ300は固いやろ」


 だよなぁ……多分400近くいると思う。


「こ、これ大丈夫なんですか?」


 あまりの数に圧倒された俺は、今になって怖気づいてきた。


「大丈夫やって!ほら、今からミシャが倒してくれるから見とき」

「は、はい」


 俺は言われるがままに、魔女と対峙するミシャに視線を向けた。


「あははははははははははは!きたぁ!おカネぇ!」


 相変わらずテンションMAXである。


 魔女が射程圏内に入ったのか、ミシャは武器を構えた。


 人差し指と中指に挟まれているのは、先程見た紙切れと同じものだ。


(見れば見るほど既視感が……なんだっけ、あれ)


 幸い、そのモヤモヤはすぐに解消されることになる。


 ミシャは構えた紙切れ――御札おふだを宙に放り投げ、魔女に向けてそれを解き放った。


「――いけっ、”呪縛の大鎖フォルネウス”!あいつをしばれぇっ!」


 宙に留まり、固定された御札から、何本もの鎖が魔女に向かって飛び出していった。


 魔女は一度時止めで避けるが、追尾する鎖から逃げることは叶わなかった。


「――!%&@!?」


 魔女はなすすべなく縛り付けられる。さらに次の瞬間、周囲を支配していた重苦しい空気が霧散した。


(……あ)


 そして目の前に広がる光景は、俺が記憶を掘り起こすのに十分なものだった。


「――あああああああっ!!!」

「うおわっ!?ど、どないしたんやヴェールはん!?」


 俺の唐突な叫びに驚くロゼ。


 俺はそんな彼女の顔を、両手でがっちり掴んで固定した。


「失礼します」

「えっ!?ちょ、な、何するんやいきなり――って近い近い近い!」


 間近で観察するため顔を寄せると、ロゼの抵抗が激しくなった。だが動かれると困るので、俺も本気で対抗する。


「力、強っ!?ぐににににっ!ぬ、抜け出せん!?」

「じっとしててください」

「ままま待ってヴェールはん、ホンマに待って!シャレになってへんて!ウチら今日会ったばっかやで!?そんないきなりキスとか心の準備が――」


 ロゼは必死に抵抗しながら喚き立てているが、観察に集中している俺にとって、それはただの雑音でしかなかった。


(目、鼻、口……全部そっくりだ。そして決定的なのは――)


 次に視線を向けたのは、彼女の髪――明るく、赤みがかった金色の、艷やかで美しい髪。


 なぜ気づかなかったのだろうか。こんな特徴的な髪を見れば、一発でわかりそうなものなのに。


(間違いない。この二人は……)


「せやからそういうのはぜひミシャ相手に――」




「……”黄昏たそがれの、祓魔師ふつまし”」




「――してもろて…………えっ?」


 俺の呟きによって、ロゼの抵抗がピタリと止んだ。

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