第30話 オレ


(あっっっぶねえええええ!?)


 尾行してきてマジでよかった。いきなり何しだすんだこのバカは。ここで死んだらむしろ今生の別れだっつーの!


「……破魔?あなた、ついてきちゃったんですか?ここは部外者立ち入り禁止ですよ」

「そんなの、奥のアレ見たら分かりますよ」


 俺のマッパの遺体をね。


(何故ひん剥いた!?女神の加護で腐らないんだから何か着せといてよ!?)


 ヴェールちゃんになんて物を見せるんだ。……いや自分のだからいいんだけどさぁ。


「でも、私が出ていったらさっきの続きするつもりなんでしょう?」

「……あなたには関係のないことです」

「まあそうかもしれませんが……いいんですか?さっきも言いましたけど、そのやり方じゃ会えませんよ」

「……どういう意味ですか?」


 そりゃ生き返っちゃってるからだけど――


(さて、どうしようか……)


 どうしようとは、ミランに正体を明かすかどうかの話である。


(正直今のミランはかなりヤバい)


 絶対に言うべきなんだろうけど、元気になったらなったで、変化が凄すぎて周囲にバレる可能性が高い。


「……あの、喋らないなら追い出しますよ?」


 俺が考え込んでいたからか、ミランは怪訝そうな顔をしていた。


(……まずは話を聞いてくれなきゃ意味ないか)


 仕方ない、あんまりこの手は使いたくなかったんだけど……


「ハイ注目~!」

「……何ですかいきなり?スマホ?」

「ここに第三席様の連絡先があります」

「……はい?」

「いや~、元老院の席が一つ欠けるのは一大事じゃないですかぁ~。だから流石に報告しておいたほうがいいかと思いましてぇ~」


 チラチラとミランを横目に見ながら、おちょくるような口調でそう話す。この釣り餌に、ミランはガッツリ喰い付いた。


「なっ、ちょ、ちょっと待ってください!」

「ん~?どうかしましたかぁ~?」

「なんであなたがそんなものを持ってるんですか!?」


 なんでかって言われると……なんでだろうねぇ(遠い目)


「それはどうでもいいことです。それより、いいんですか?このままじゃ元老院の方々にをかけることになりますが」

「――っ!?」


(お前みたいな他人の顔色伺って生きているド真面目人間には、とても効く言葉だろう?)


 ……我ながらゲスい作戦だな。


「自殺を図ろうとしたなんて知ったら、めちゃくちゃされちゃうんじゃないですかねぇ~」


 俺の言葉を聞いたミランの顔は、段々と焦りの表情を露わにしていった。


「くっ!?……何が望みですか」


 ふふふ、その言葉が聞きたかった!


「なに、ちょっと私とお話してくれれば十分ですよ」

「話?」

「はい、お話です。取り敢えず……その右手に持ってる物騒なの、離しましょうか」


 ミランはその言葉に一瞬だけ逡巡してから、素直に従った。






 ☆★☆★☆






「で、何を話せばいいんですか?」


 改めて2人で長椅子に座り、話し合いを再開した。


「そりゃもちろん、あなたの過去ですよ」


 そう返すと、ミランは嫌そうな顔をした。


「……なぜあなたに話さなきゃ――わ、わかりましたからスマホを取り出さないでください!」

「そうそう素直に従っていればいいんですよ。元老院第六席――ミラン・ヴァイオレット様」

「……あなたホントに何者ですか?」

「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね」


 俺はスッと椅子から立ち上がり、擬装用魔道具(指輪)を外して挨拶をした。


「ヴェール・オルト――先日生まれたばかりの新人悪魔です。よろしくお願いしますね」

「悪魔……ああ、そういうことですか」

「?」


 ミランは妙に納得したように頷いた。


「あなた、キルフさんに頼まれてここに来たんですね」

「えっ、ち、チガイマスヨ?」


 バレテ~ラ。


 本来頼まれたのは一週間後だったから、違うというのは嘘ではないけどね、うん。


「悪魔が生まれたら、元老院の誰かが会うことになってますから。今回もルダーノさんだと思ってましたが、キルフさんだったんですね」


 ルダーノで合ってるよ。キルフは偶々だよ会いたくなかったわチクショウ。


「ということは私の事情も知ってるんですよね?話す意味あります?」

「ミラン様は元老院の方以外の人に相談したことないでしょう?私が相手になりますよ」

「余計なお世話で――だからスマホで脅さないでください!?」


 やべぇめっちゃ便利だこれスマホ。ちょっと楽しい。


「私としてはさっさと報告して楽になりたいんですがねぇ……」

「あ、あなた中々いい性格してますね!?」


 よく言われる。


「褒め言葉として受け取っておきます」


 ふふん、とドヤ顔をしておいた。


「……」


 ミランからはジト目が返ってきた。褒めてませんけど?と言いたげな顔である。


「ほら、早く話してください。相手になりますから!」

「……はぁ、わかりましたよ」


 その気になったらしいので、俺はミランが話始めるのを静かに待った。


「……」

「……」


 しかし……


「……」

「……」


 ミランは黙ったままだった。


 3分程経った頃、俺がしびれを切らして話しかけようとすると、ミランはようやく口を開いた。


「……あ、あのっ!!!」

「どうしましたか?」


 ミランは気まずそうに目を横に逸らしながら、人差し指同士をくっつけた。


「――……です」

「はい?」


 声が小さ過ぎて全然聞こえなかった。


「そ、相談って……どうやればいいのか、分からないです」

「……はい???」


 どうやればいい、って。


「……ぷっ、あはははは!」

「ちょっと、笑わないでください!!!」

「いやだって、はははははは!」


 俺はひとしきり笑ってから、ミランの隣にドカッと座った。


「よっ、と……昔から抱え込みすぎなんですよ。何でも自分で解決しようとするからそうなるんです。じゃなきゃ他人に相談するなんて簡単なこと、出来ないわけがないんですから」

「――う、うるさいですっ!」


 図星を突かれたミランは、顔を真っ赤にしてそう言った。


「ていうか、"昔から"なんて知った口聞かないでくれますか!?」


 あ、やべ。


「それは言葉の綾というやつです。気にしないでください」

「……」


 あぶねえ、怪しまれるからしっかり注意しておかないと。


「じゃあやり方を変えましょう。私からミラン様に質問をするので、それに答えていってください」

「……まあ、それなら」

「じゃあ一つ目、自己紹介お願いします」

「い、いりますかそれ?私のこと知ってるんですよね!?」

「まずは簡単な質問から慣れていきましょうということです。ほらはやくはやく!」

「え、えっとぉ……ミラン・ヴァイオレット、です」

「……」

「……」


 しばらく待ったが続きはなかった。


「え、それだけ?」

「だ、ダメ……ですか?」

「ダメですよ!?もっと他にも紹介するところあるでしょう?ほら、権力者ならみんなの前で挨拶とかしたことあるんじゃないですか?」

「いえ、私はほとんど表に出てないので、そういうのはあまり……」

「なるほど、筋金入りですか」


 500年前は普通にしゃべってたのになぁ。


「……コミュ症で悪かったですね」

「でも私とは普通に喋れてますよね?」

「あなたが人の過去にズケズケと踏み込んでくるからですっ!少しは遠慮してくれてもいいんですよ!?」

「それは悪いことをしましたね、ごめんなさい。まあやめませんけど」


 俺は抗議の視線を無視して次の質問に移った。


「じゃあ次、どうして自殺しようとしたんですか?」

「――っ……自己紹介の次に来る質問とは思えませんね」

「さっきの様子を見る限り、ジャブを打ってても仕方ないかなあと」


 ミランは少しの間無言になって、面白い話じゃないですよ?と前置きをしてから話し始めた。


「マクスさん――この国の皇帝はご存じですよね?」

「それはもちろん」

「あの人を殺めたのは、旧聖ヴァルディニア教の教祖とされていますが……本当は私なんです」


 まあキルフさんから聞いてるとは思いますが、と付け加えた。


「それはキルフ様に言われたから?」

「……あの人まだそんなこと言ってるんですね」


 ……あれ?


「記憶にないって何度も言ってるのに、嘘だと思われてるみたいでずっと謝ってくるんですよ」


 あ、あれ~???


「……?どうかしましたか?」

「い、いえなにも!」


 マズい、思ってたのと違う!


 "俺もあいつ嫌いなんだよね~、一緒に殴り飛ばしてスッキリしようよ!"という俺の考えた完璧な作戦が使えないだと!?


 どうしよう、白紙に戻ってしまった。他の作戦なんて考えてないぞ……。


「だから、キルフさんに言われたからとかではないですよ。言われなくても、私が殺したのは明白ですから」

「でもトラップを仕掛けたのは教祖なんでしょう?だったらそいつが悪いと思いますけどね」

「違いますよ。誰が仕掛けたものだろうと、掛かった私が間抜けだったんです」


 それは違う、間抜けなのは俺だ。俺がもっとうまく立ち回れてたら、俺もミランも無事だったんだから。


「トラップはきっかけに過ぎませんよ。ミラン様が直接手を下したわけじゃないんですから」


 そう、俺が勝手にミスって死んだだけ……


「……何を言ってるんですか。同じことですよ――」


 違う……同じじゃない。


「私を庇って死んだんです。だから私が殺したも同然です――」


 違う、俺が勝手に――


「――私が、マクスさんを殺したんです」


 違う、違う違う違うっ――






「違うっ!!!あれは俺がっ――あっ」






「――っ!?……お、れ?」


 急に大声を上げた俺に、ミランはビクッと反応した。


(あ、あああああ俺のアホォ!?何口滑らせてんだ!?)


「あ、いやあのっ、俺、というか、おれ、オレ……そ、そう"カフェオレ"!」

「……はい?カフェオレ?」


 軌道修正しようとして咄嗟に頭に浮かんだのがこれだった。


(た、多少強引だが、怪しまれないように勢いでいくしかないっ!!!)


「カフェオレでも飲みませんか?」

「……いえ、別にいいで――」

「喉乾いてるでしょう?すぐ作って持ってきますからっ!!!」

「あ、ちょっと!?」


 俺は呼び止められる前に聖堂から出た。






 ☆★☆★☆






(あ、あぶねええええ……)


 急に一人称が俺になるなんて怪しさしかない。何とか誤魔化せてるといいんだけど……。


(いやあ、牛乳買っといてよかったなぁ)


 作りますと言っといて材料がなかったらそれこそ怪しいからな。サリーさんに感謝しておかなければ。


 ちなみにコーヒー豆は元から持ってるのでそこは心配ない。


(よしこれで完成!)


 あっ!あいつ俺がいない間にまた死のうとしてないだろうな!?……い、急ごう!


 そう心配したが、聖堂の扉を開けるとそれが杞憂だったとわかる。


(……ホッ)


 ミランは大人しく椅子に座ったまま待ってくれていた。


「……早かったですね」

「急いだんですよ、どこかの誰かさんに時間を与えないように。はい、カフェオレです。これ飲んで少しは落ち着いてください」


 俺はカフェオレで満たされたマグカップを、ミランに差し出した。


「いらないって言おうとしたんですがね……」


 ミランはそれを受け取ろうとして――


「まあせっかくなので頂きま――……す……」


 固まった。


「……どうかしましたか?」


 そう尋ねても、ミランは視線をカフェオレに固定したまま微動だにしない。


 何か変なものが入ってないか疑ってるのだろうか?


 疑惑を晴らすため、変なものは入れてませんよと伝えようとした。……その時。


――ドクンッ!!!


「――っ!?!?」


 唐突に飛び跳ねる心臓。いつもの動悸だった。


 持っていたマグカップは手から離れて自然と落下し、甲高い音を立てて砕け散った。


 空いた手で咄嗟に胸を押さえようとしたが――


(……ん?あれ、もう治った?)


 しばらく苦しむかと身構えていたが、まるで何事もなかったかのように、体は正常に戻っていた。


(今回は軽めか……いつも急に来るから困るんだよなぁ)


 さて、これをどうしようかと、床に散らばったマグカップの破片たちを見ながら考える。


(あ~あ、ミランのお気に入りなのに……)


 ミランの前で時空魔法を使うわけにはいかないし、後でこっそり回収して――ん???


 


 ふと嫌な予感がして顔を上げ、ミランの方を見る。


「――っ!」


 ミランは口を手で押さえて目を見開き、目じりに溜まった涙は、今にも頬を伝い零れ落ちそうになっていた。


(あ…………やっっっべ)


 ここに来てようやく、自分がやらかしたことを理解した。


「マクスさん……なんですか?」


 そうですよね気付きますよねえええええええええええ!?


「い、いやあのこれはその――」


 何とか誤魔化せないかとこんがらがる頭の中で必死に言葉を探した。


「それ、私の、、ですよねっ?」


 ミランは床に落ちた破片を指さして、嗚咽を混じらせながらそう言った。


「こここれはその辺で買ってきたやつですよ――」

「……マクスさんのっ、手作りです」


 あっ……そういえばそうだった。


「死んだら会えない、って……そういう意味っ、だったんですね」

「い、いやあそれは……」

「昔から私のことっ、、、知ってるみたいな言い方、してましたよね?」

「それは言葉の綾で――」

「カフェオレに使ってた豆の品種、もう存在、しないんですよ?」

「えっ」

「さっき、"俺"って、言ってましたっ」

「……」


 あれ?もしかして俺って隠す気なかったの???


 そう思いたくなってしまうほどにボロが出まくっていた。おかしい、ちゃんと気を付けてたはずなのに……。ていうかサラッと言われたけどもうあの豆ないの!?普通にショックなんだけど。


「――マクスさんっ!!!」

「え、ちょっ!?」


 俺は突如として襲ってきたミランの腕の中に囚われた。


「ごめんなさいマクスさんっ、ずっと……ずっと謝りたかったんですっ」


 そして痛いほどに抱きしめられ、ミランの謝罪を聞き続けた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」


 そう連呼するミランに俺は――


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ――」

「――うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


 ブチぎれた。


「ひぅっ!?」

「何がごめんなさいだ!お前なんも悪くないだろっ!!!」

「だ、だってあれは私が――」

「だってもクソもあるかっ!あれは俺がドジだっただけ!本当なら俺もお前も無事だったんだよっ!そんなこと500年も引きずってんじゃねぇ!!!」

「ご、ごめんなさ――」

「俺じゃなくて他のみんなに謝れ!500年も迷惑かけてごめんなさいって!」

「はいっ、はい!ああああああああああああ!!!」


 ミランは大声で泣き叫んだ。500年間溜め込んだ罪悪感を、その涙で全て洗い流すように。


 そして俺は……


(ふぅぅ……言いたいこと全部言ってスッキリした)


 ウジウジ悩むミランに、俺の気持ちを伝えられなかったのが相当ストレスだったらしい。


(あ~あ、バレちゃったなぁ……)


 まあ元々ミランには最悪明かす覚悟で来てたから、いいっちゃいいんだけど――


(これ、相当元気になりそうだよなぁ)


 あまりの変化に、みんなに気づかれないかがやはり懸念点だった。


(さて、どうしたもんかなぁ……)


 俺は泣き叫ぶミランの背中をさすりながら、今後の対策に思考を巡らせた。

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