第29話 負罪


 真っ暗な洞窟の中を、私たちは歩いていた。


 先頭には光魔法で作られた光源が一つ。後ろを振り向けば、その光源によって生まれた7つの影がゆらゆらと揺れていた。


「はぁ、ホントにこんなとこにあんのかよ?ゼッテェ騙されてるって!」

「うるさいぞ犬、マクス様が行くと言ったんだ。キビキビ歩け!四足歩行でな!」

「犬じゃねぇっつってんだろブッ殺すぞ!?」


「ねぇルム、ボク帰って寝てていい?」

「……ありじゃな。わしも風景画の続きが描きたいわ」


「嗚呼、マクス君。君はなんて美しいんだろう……まるで丘の上に咲く一輪の花のよう――」

「――って!?おいキショエルフ、隙を見てマクス様に近付こうとするな!」


 そしてこの場はまさに、カオスと形容するに相応しかった。


「……っ!お、お前らなぁ――」


 ここでようやくリーダーが、溜まりまくった鬱憤を晴らすように声を荒らげて発言する。


「少しは協調性を持てっ!!!早く見つけないと2週間後には毎日ステーキ不健康生活が始まるんだぞ!!!」

『――――っ!?!?!?』

 

 そしてそのおぞましい内容に、全員の体がピタリと止まった。


「…………マジ?」

「マジだ」

「おいマクス、昨日買い物に行ってたじゃろう!どういうことじゃ!?」

「戦争中だから余所者に売る食料は無いってさ」

『…………』


 全員無言で頭を抱えた。私もその一人である。


「……やっぱ帰って寝よ――」

「貴様、マクス様の言うことが聞けないのか?」


 尻尾の生えた女性は、一人来た道を戻ろうとする少女の腕を掴んだ。


「離すんだレーネル!ボクは嫌だぞ、ゴムを食べ続けて生き延びる生活なんて!」

「わしもじゃ。素材が茶色一色でどう芸術表現しろと?そんな料理作品に価値などないわい」

「食料うんぬんはともかく、帰るのは賛成だな。あいつはクサすぎる。というか物理的にくせェ。まさか魂嗅ぎ分けられないとは思わなかったわ」


 少女に続き、ドワーフ族と狼族の男性2人もそう話した。彼らも否定派のようだ。


「き、貴様らあああ!!!それでもマクス様のしもべかっ!?」


 そう言われて即座に首を横に振る3人。息ぴったりだった。


「ふふ、僕はマクス君の心の僕だよ?君の言うことなら何だって聞くよ(キラッ)」

「……キショエルフ、それ以上近づいたらアイアンクローかますぞ」

「ま、待てレーネル君。わかったからそれ以上近寄らないでくれ……近寄るなっつってんだろ!?じりじり寄ってくるな!!!」


 静寂から一変、またしてもカオスな状態に戻ったこの場を治めるのはいつもリーダーである。


「あ、あはは……そうだな、戻るか戻らないかは"多数決"で決めよう」


 多数決、反対派3人、賛成派3人、いつものパターンだった。


 だから決定権は残った私にある。そして私はいつも通り答えた……答えてしまった。


「2週間経ったら帰る、でどうですか?」


 いつものように間をとって、波風立たないように。そこに私の意思はない。


 本当は私も反対派だった。だから私がもっと"わがまま"だったら、自分の意見を言えてたら……あんなことにはならなかったのだろう。


 事件が起きたのは、多数決をしたあの日からちょうど2週間経った時だった。


 ずっと暗い場所で彷徨っていたため、みんな精神的に疲弊していた。


「だから、ガセだっつったろ……こんだけ探して見つからないってことはそういうことだろ」


 ダンジョン内くまなく探してそれらしいものは見つかっていない。だからみんな、その言葉を否定することはなかった。


 そしてそれを最後に無言の状態が続き、どんよりとした空気が漂っていた。


 その時だった。


 見つけたのだ、まだ見たことのない両開きの扉を。私だけが見つけてしまった。


 先ほどまでの暗い気持ちはどこへやら。一瞬で吹き飛び、私の心は歓喜で満たされた。


 私はすぐ、その扉に飛び込んだ。


「みなさん!これじゃないですか――え?」


 扉に触れた瞬間、浮かび上がるドス黒い魔法陣――トラップだった。


「――ミランッ!!!」


(大丈夫、魔法陣の色からして闇魔法のトラップ。的確に対処すれば――っ!?)


 そこで気づいた。ことに。


(なんでっ!?)


 原因を探るがその間にも、魔法陣は赤黒い稲妻を発しながら肥大化していった。発動は時間の問題だった。


(ダメ、間に合わない……っ!)


 そのとき……


「え?」


 突然動き、地面に倒れる私の体。初めは何が起きたかわからなかった。だけどすぐに状況が理解できるようになる。


――ドサッ


 倒れた後ろで物音がした。振り返るとそこには、地面に突っ伏したリーダーの姿があった。


 私を庇って死んだ、私の大好きだった人の姿が。






 ☆★☆★☆






「マクスさんっ!!!!!……あ」


 起きてすぐ自分が先程までいたダンジョンの中ではなく、自室のベッドの上であることに気付いた。また夢を見ていたようだ。


 夢の内容は実際に起きた出来事。500年前のあの時から忘れたことは一度もない。何度も何度も繰り返し夢で見る。


(……まあ、あの後何があったかは覚えてないんですが)


 マクスさんの死、そしてそれが私のせいで起きたということ。


 あの時の私はその事実を受け入れられず、しばらくの間、記憶が曖昧だった。


 その後正気に戻ったのはヴァルシエ王国が滅びた後だった。


「……そういえば昔キルフさんが謝りに来てましたね」


 キルフさんは私に、私のせいでマクスさんが死んだんだと言ったらしい。正直言われた記憶がなかったので、多分正気に戻るまでのどこかで言われたんだと思う。


 だから正直に覚えていませんと伝えたら、悲しそうな顔をされてしまった。本当は覚えていて、私が気を使って嘘を言っているのだと思ったのだろう。全然そんなことはないし、謝られたときはそんなことを言われていたのかと驚いたくらいだ。


 もちろん言われなくても私の責任だと自覚していた。だけどあのままだったら、私は責任から逃げようだなんて甘い考えを抱いたかもしれなかったから……だから、私のせいだと言ってもらえてよかったとも思ってる。私が負うべき責任だと示してくれたキルフさんには感謝してる。


(みなさん心配しすぎなんですよね)


 みんな毎日交代で様子を見に会いに来るのだ。私が笑わなくなったからって大げさすぎると思う。


(確かに以前より"ちょっとだけ"楽しくないなと思うことはありますが……)


「あ」


 ふと視界に入った時計の針は、正午を指していた。ここでようやく、自分が寝すぎていたことに気が付いた。


「もうこんな時間。お供え物、買いに行かなきゃですね」


 私は寝間着から普段着に着替えて、出掛ける準備を始めた。






 ☆★☆★☆






「雨……」


 買い物を終え外に出ると、土砂降りの雨が地面に激しくぶつかっていた。


「二人ともお待たせ、傘買ってきたぞ〜」

「パパ!」


 前を歩いていた男性は、彼を待っていたであろう家族と一緒に帰路についた。


(……私も帰りましょう)


 慣れた手付きで結界魔法を発動し、豪雨の中を歩き始める。


「?」


 後ろから何か聞こえたような?……まあ、いいか。


 雨は好きだ……雨音が周りの音を掻き消してくれるから。


 だけど……運が悪かったとしか言いようがない。例えバケツをひっくり返したような大雨でも、子供の無邪気な声までは遮れなかったらしい。































「ねえねえママ……どうしてマクスさまはしんじゃったの?」

































「――っ、……」


 その言葉は、私の薄っぺらい心の装甲を易々と突き破った。


(私が、殺しました)


「殺されちゃったんだって」


(私が殺したんです)


「えええええ、誰に!?」


(私……)


「わる~い人だよ、そのうち学校で習うかもね」


(そう、私は悪い人――)


「――……」


 ――人殺しだ。


 いつの間にか立ち止まっていた。先に歩いていた親子の会話はもう聞こえない。


「あ、れ……?ハァ、ハァ……」


 おかしいな……体に力が入らない。


(子供に言われて、ショックでも受けてるんですか?)


 とっくの昔に覚悟していたはずだ。この罪を背負って生きていくんだと。


「……ごめん、なさい。私が……うっ」


 だけど体は言うことを聞かなかった。どうやら私の覚悟はハリボテだったらしい。


「……ぅ……あ」


 ただ強がっていただけだった。私はこんなに弱かったのかと、自分で自分を許せなかった。


「わた、し……がっ……!」


(何が"ちょっとだけ"ですか……全然楽しくないっ)


 マクスさんのいない世界なんて、何も楽しくない。


 うまく笑えてなかったんだろう。だからみんな心配してくれてたんだ。


「大丈夫ですか?お姉さん」


 ふと、涙と地面しか見えていなかった視界に、別の何かが映り込んだ。よく見ると、私がさっきまで持っていた買い物袋だった。


「……うぇ?」


 どうやら散らばった中身を集めてくれたらしい。


 私は袋を持つ手から辿って、視線を徐々に上げていった。そして――


「……ぁ」


 ――心臓が飛び跳ねる。


 信じられないものを見た。


「……ぁ……ぁあ」


 絶対にありえない。そう頭では理解していても、この涙と雨で霞んだ視界にはそう見えてしまった。


 目の前にいる彼女の姿が、まるで――


 "よくもマクスを殺してくれたな"と責める視線を送る調のように、そうこの目は捉えてしまった。


「――ヒッ!?」


 分かっている。ヴァルディニア様はまだお目覚めになられてない。例えお目覚めになられていたとしても、下界に降臨なさることはない。だけど……


「――ご、ごめんなさいっ!!!」


 私はあまりのいたたまれなさから、反射的に逃げ出していた。


「えっ、お姉さん!?」






 ☆★☆★☆






(……やってしまいました)


 後悔したのは城の地下にある聖堂に着いた後だった。


(まさかお礼も言わずに逃げ出してしまうなんて)


 でもやってしまったものは仕方がない。過去に戻ることなど出来ないのだ。それは私自身がよくわかっている。


 切り替えて、マクスさんのお供え物を交換しよう……としたところで気付く。


「あ、置いてきたままでした……」


 受け取らずに逃げ出したことに。


(ふぅ……今日はダメな日ですね)


 また明日買いに行こう。そう決めて、いつもの祈祷のルーティンに入る。


 まず初めに、浄化魔法で身を清める。雨で濡れた体が一気に渇き、それと同時に――


「――え?」


 何かがされた。


(私が呪いにかけられていた?気付かない間に?)


 いつだろうか?浄化魔法は500年間ほぼ毎日使用している。なので普通に考えれば今日という線が濃厚だが……


(女神の加護相手に半端な呪いはかけられない)


 だから昔、私に強力な呪いをかけた。毎回ほんの少しずつしか剥がれないような……それも私に気付かれないよう。そんなことが出来るのは一人しか思い浮かばない。


(闇神様……)


 でもいったい何のために?


 その疑問は、聖堂奥にあるカプセルの中に保存されたマクスさんの遺体を見て簡単に晴れた。


「あ、はは……あははははははは!」


 本当に簡単な話だった。


 洗脳されていたんだ――私がと考えないように。


 分かってる。みんな仲はあんまりよくないけど、根は優しい。多分500年前に、ヴァルディニア様にお願いしたんだろう。


(だけど……もう、いいですよね?)


 500年だ。ずっとここでマクスさんに謝ってきた、祈ってきた。だけど私の謝罪がマクスさんに届いているかわからない。……会いたい、声が聞きたい、私を叱ってほしい。だから……


 私は奥から果物ナイフを取り出し、首に当てた。


 不思議と怖くなかった……むしろ楽しみなくらいだ。


 もうあなたのいない世界に意味はないから。


(みなさんに黙って会いに行くこと、お許しください)


 光魔法でナイフを強化して……


「マクスさん、今から会いにいきます」


 持つ手に力を入れたそのとき


「――え?」


 ナイフを持つ手首を掴まれた。


「そのやり方じゃ、その人には会えませんよ」

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