第28話 転機


「離せキルフ!離せえええええぇ!!!」

「……ここらでいいか」


 しらばっくれていたマクスに意趣返し正体バラしをした後、人気のないところまで連れてきて地面に放り投げる。


「いてっ!おい、もっと丁重に扱え!」

「うるせえ」


 おめぇみたいなアホはこのくらいの扱いで十分だ。


「おい、全部だ」

「へ?な、なに?」

「悪魔になってから今日まで何やってたか全部話せ!」

「はひ!?」


 俺の威圧に怯えた様子のマクスは、順番にこれまでの経緯を語り始めた。俺はその内容にじっと耳を傾ける。


 そして理解出来なかった。


「……わけがわからん」


 ルダーノ(の秘書)の調べた内容と全然違うじゃねぇか。あいつの資料にはコイツが国外から転移してきたと書かれていたが……


「事実だぞ?誓って嘘は言ってないからな」

「はぁ……仮に事実だったとして、何でお前500年も魂残ってんだよ」

「さあな。まあ多分女神の加護のお陰だとは思ってる。心当たりはそれしかないしな」

「……なるほど」


 仮にこいつの言う通り5日前に生まれたのだとしたら……


(器を殺害して転移でこの国に遺棄し、その後マクスが憑依したのだとしたら辻褄は合うか……?)


 こいつが生まれたとされる路地裏に入るには、監視カメラが設置されている道を必ず通らなければならない。そこにマクスの器らしき人物が映っていなかったのは事実だ。


 こいつが生まれた時点での魔力制御はカス同然だったという話が本当なら、器が幻惑魔法で透明化していた線も消える。


(……いや、その線は元々ないか。波動を幻惑魔法で偽っていたとしても、これだけの違和感があって俺が見破れないなら、器の波動は虚無属性で間違いない。つまり器が使えた魔法は虚無属性のみだ)


 ていうかこいつ凄いな。何で憑依出来たんだ?性別も適性属性も違うのに。


「聞きたいことは3つだな……なんで女に憑依してるのか、なんで波動が虚無属性なのか、なんで悪魔になったことを黙ってたのか」


 俺は気になることを順番に質問した。


「前半2つは知らん、俺が聞きたいぐらいだ。黙ってたのはレーネルに玉座に縛られるのが嫌だから。あと柄じゃない。まあ悪かったとは思ってるよ」


 まあ、そうだよな。


「……概ね予想通りの解答だな」

「つか、俺からも質問させろよ。なんでレーネルの暴走を止めなかったんだ!」

「暴走?……多すぎてどれか分からん」


 300年前のあれか?いや、100年前の……それとも――


「ヴァルシエ王国のことだよ!なに滅ぼしちゃってんの!?」


 ああ、あのクソ野郎の国のことか。


「ああ、あれか。あれは調停者全員の総意だったぞ」

「はあっ!?正気か!?」

「なんならヴァルディニア様からゴーサインが出たな」

「なんで!?!?」


 マクスはビックリしているが、無理もない。本当の事情は公にはしてないからな。


「あー……お前、誰に殺されたか知ってるか?」

「教祖だろ?旧聖ヴァルディニア教の」

「そうだ、簡単に言うと……そいつが“イレギュラーNo.1“だった」

「――っ!?マジで!?……いやでも、それで国丸々滅ぼす必要あったのか?」


 まあ聞きたくなるよな……。


「その……国民全員があいつに洗脳されててな」

「え、てことはまさか殺したのか……?」


 ここで嘘を言っても仕方ないし、普通に答えるか。


「いや、解除出来なかったから、信仰対象をお前にすり替えて全員この国に連れてきた」

「何してくれとんじゃっ!?!?!?」


 当然の反応だった。


「本当はヴァルディニア様に変えるつもりだったんだが、向こうもそれを想定してたみたいでな、対策してやがったんだ」

「だからってなんで俺なんだよ!?」

「そりゃお前――」


――誰もマクスのことを忘れて欲しくなかったから


(ん?俺今何て言おうとした?)


 あ、危ねぇ……もう少しで俺がマクス大好き野郎になるところだった。


「……あー、故人の方が色々都合いいじゃん?」


 俺は咄嗟に思いついた嘘を話した。


「何だその間は。さては何か隠してるな?」

「別に大したことじゃねぇよ。それよりマクス、これからどうするつもりだ?」


 これ以上追求されるとボロが出そうなので、強引に話題を変えた。幸いにも、マクスは乗ってくれた。


「どうするって、今まで通りだよ。皇帝なんてやだぞ、さっきの話聞いたら余計にな!普通に街歩けなくなるだろ」

「洗脳されてたやつらは寿命でもういないぞ?あとレーネルも大丈夫だ。他人の意見も聞き分けるようになったし」


 嘘である。問答無用で武力行使だったのが、間に他人の意見を聞き分けるという動作が追加されただけで、最終的に武力行使なのは変わっていない。先程の会議のように。


「信じられるかっ!国民はともかく、あのレーネルだぞ!?ありえねぇよ!」


 正解。


「あのなぁお前……500年だぞ。そんだけありゃ人は変わる」


 大嘘である。思ってもいないことを真剣に、この口はスラスラと喋った。


「……ダメだ、あいつのまともな姿なんて想像できねぇ」

「まあ気持ちは分かる」


 俺も無理。


「……悪いけど、みんなに話すのは無しで頼む」

「お前のために作った国なんだが……?」

「いやいや、皇帝と国民じゃ見る目線が違うだろう?まずは一般国民としてこの国をじっくり堪能させてもらおうじゃないか!まあ俺がレーネルから簡単に逃げられるくらい強くなれたら、みんなに話すのは考えてもいい」

「……はあぁぁぁぁ、分かった。あいつらには黙っといてやる。その代わり――1つ頼みがある」






 ☆★☆★☆






「頼み?」


 キルフは真剣な表情と、悲しそうな表情と、申し訳無さそうな表情をごちゃ混ぜにしたような顔をしていた。


「……ミランにだけは正体を明かしてほしい」

「ミラン?」


 ミラン・ヴァイオレット――元老院第六席で光魔法を得意とする、真面目で心優しく、大人しい女の子だ。その子にだけは正体を明かして欲しいという。


「その……お前が死んでから笑わなく、なっ……」


 声がだんだんとすぼんでいき、最後のほうはほとんど聞き取れなかったが、ミランが笑わなくなったことは分かった。


「何かあったのか?」


 そう聞くと、キルフはしばらく口をギュッと閉じたまま、無言で俯いた。


 そしてようやく口を開いたかと思うと……


「――――――んだ……」

「ん?」


 聞き取れなかった。


 それを察したのか、キルフはもう一度口を開き、今度はハッキリと聞こえるように喋った。


「ミランに”お前のせいでマクスが死んだんだ”って、言っちまったんだっ!」

「…………は?」


 内容が衝撃過ぎて、理解するのに時間がかかった。


「お、お前何考えて――!?」

「――ごめん」

「謝る相手が違うだろっ!?」


 怒りに任せてキルフの胸倉を掴むと……


「……ごめん」


 泣いていた。


「〜〜〜〜〜!!!男の涙なんて見たくねぇよ!」

「……わりぃ」


 俺は胸倉から手を離し、頭を抱えた。


(はぁ、なんだってそんなことに……)


「おい、最初から全部話せ」


 キルフは俯いたまま、ポツポツと語り始めた。


 ……。


「はぁ、つまり俺がトラップに掛かりそうになったミランを助けようとして死んだから、だからミランのせいだと……そう言ったんだな?」

「……」


 返ってきたのは無言の肯定だった。


「そもそも俺がトラップに掛かったのは、助けに入ったとき身体強化魔法しか使ってなかったからだ。時間加速魔法も使えてたらあんなことにはならなかった」

「……」


 あのときはなんとかしないとという気持ちが先走り、咄嗟に使えたのが身体強化魔法だけだったのだ。


(まあつまり……俺がアホだっただけだ)


「……ミランは今どうしてるんだ?」

「……毎日地下の聖堂に篭って祈りを捧げてる。お前の遺体の前で」


 ……ん?


「遺体?墓じゃなくて?」

「ああ、時間停止魔法をかけて保存してある」

「そんなもん置いとくな、埋めとけっ!」

「……やりたかったら皆を説得してくれ。主にレーネル」

「うぐっ」


 それを言われると何も出来ない。


「はあぁ……お前もお前だけど、ミランもミランだな。真面目過ぎて全部受け止めようとする。何も変わってないなお前ら」

「……ああ、そうだな」


 仕方ない、か。


「分かった。ミランには一度会おう」

「っ!本当か――」

「――ただし!」


 喜びを露わにするキルフに待ったをかける。


「正体を明かすのは最終手段だ。バレないならその方がいい」

「それはっ……いや、分かった」


 キルフはその条件で渋々了承した。


「約束は覚えてるな?」

「ああ、他の皆には言わない」

「覚えてるならいい。それで、どうすればいい?」

「……ミランは持ち回りで様子を見に行くようにしてる。今日は俺だったから次は一週間後だ。その日なら丁度他のやつも留守だし、そこで引き合わせよう」

「一週間後だな、分かった」






 ☆★☆★☆






「……行ったか」


 俺は小さくなったかつての親友を、背中が見えなくなるまで見送った。


「ふうううぅ」


 安堵感で全身から籠もっていた力が抜けていく。


(マクスが生き返った)


 俺たちが闇雲に信じ続けた未来が、今現実になったんだ。あいつはお気に召さなかったみたいだがな。


「ククク」


 あいつが俺たちのところに戻ってきてくれたら、と思って”嘘”もついたが……よくよく考えたら焦る必要なんてなかった。


(あいつはおっちょこちょいなんだ)


 どうせそのうち何かやらかして、なんだかんだでバレる。あいつはそういう奴だ。


(……そういえば、あいつには悪いことをしたな)


 まあノール・グリーズはともかく、クロネ・ベクトリールはあいつがマクスだと知っても納得した様子だったから、俺が言わなくても近いうちにバレてただろうがな。


(今度謝っとこう)


 考えるより先に口走り、口走るより先に手が出る。今回も、500年前のあの時も……”短気”なこの性格が嫌になる。






――何も変わってないなお前ら






「……はぁ、変われるなら変わってるっつーの」


 良くも悪くも、俺たちの中心はマクスだった。調停者とかいう種族ごちゃ混ぜの寄せ集め集団において、あいつの存在は大きかった。


(アヤカが来てくれなかったら、どこかで空中分解してただろうな……)


 国民たちはあんなに逞しく適応していったというのに、俺たちの時間はあの時からずっと止まったままだ。


 その止まった秒針を再び動かせるのは、あいつしかいない。みんなそれが分かっていた。だからこそ、この瞬間を切望していたんだ。


(ようやくだ、ようやく動き出す)


 秒針がカチカチと音を鳴らし始める。500年ぶりに鳴るその音は、古ぼけさを感じさせない程に澄んでいた。全てが上手く行き、俺たちは再び前を向いて歩き出せる。そんな予感を感じさせる音色だった。


「……さて」


 あとは残った仕事を片付けるとするか……


「おいお前ら、いるんだろ?出てこい」


 しばらくして遠くから歩いてきたのは2人。背の低い猫族の男と口元を布で覆ったエルフ族の女である。


「「お呼びでしょうか」」


 ルダーノ子飼いのエージェントである。


「話は聞いていたな?」


 2人は気まずそうに視線を彷徨わせた。


「その……申し訳ございません」

「う、打ち首でしょうか!?」


 まあ法律上はそうなるが……


「安心しろ、今回あいつ――ゴホン、陛下は御忍びだ。刑罰の対象とはならない」


 俺がそう言うと、2人はホッと胸を撫で下ろした。


「それと……”傾聴”」

「「――っ!ハッ!」」


 2人は素早く跪いた。


「先程聞いたこと、耳にしたことは何人たりとも伝えてはならない。これは”王命”である。以上」

「「御意っ!!!」」

「……光栄に思えよ、お前たちは建国以来初めて王命を授かった人物だからな」

「「身に余る光栄に御座います!!!」」


 めっちゃ嬉しそうだなこいつら……


「よし、今日の報告は適当に誤魔化しておくように。行っていいぞ」

「「ハッ!失礼いたします」」


 この場を去る2人は、今にもスキップしそうな程軽やかな足取りだった。


(正体隠して正解だな)


 この国において、マクスの言葉は神の一声と同義である。それ程までにあいつへの信仰心は半端ないものとなっていた。……レーネルのせいで。


「まあ、これで目撃者の口封じは出来たな」


 ノールとクロネ向こうはあいつが言うから大丈夫だろう。


「……帰って土下座の練習でもしとくか」

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