第27話 自戒


「クソッ!!!」


 俺は不機嫌さを隠すことなく、握りしめた拳を壁に叩きつける。絢爛に飾られた壁はへこみ、かけられた絵画は地面に落ち、高価な壺は振動で小刻みに揺れていた。


「――ヒッ!?き、キルフ様?」


 ……ついでに近くにいたメイドを怖がらせる結果となった。


「……ああ、すまん片付けといてくれ」

「は、はい畏まりました!」


 メイドにそう言い残して、うざったいくらい長い廊下を歩いていく。


 数分後辿り着いた場所は、これまた大金がかけられているであろう、両開きの巨大な扉の前だった。


 中は会議室になっていて、入ると円卓を囲うように4人の人物が座っていた。


「やあ愛しのキルフ君、ミラン君の様子はどうだった?」


 最初に声をかけてきたのは、他の3人から離れた位置に座るルダーノホモエルフだった。


「……聞く必要があんのか?」

「ふふ、そうだね。君の顔を見れば一目瞭然だ」

「チッ」


 普段なら何も感じない会話なのだが、今は煽りにしか聞こえなかった。


「ミラン君のことはそっとしておこう。この国は他のみんなにとって天国でも、唯一彼女にとっては地獄だろうからね」

「……クソッ」


 俺はルダーノの隣の席に荒々しく座り、足を組み、円卓の上で頬杖をついた。


「全員揃ったな。ルダーノ、始めてくれ」

「……おい、アヤカはどうした?」


 会議を始めようとするレーネルに待ったをかけ、彼女の隣にある空席を見て疑問をぶつけた。


「今は旧都だ」

「……ああ」


 そういえば今日だったか。


「悪い」


 俺は話を遮ったことを謝罪した。


「じゃあ始めようか。エリン君」

「はい」


 ルダーノに呼ばれた秘書は円卓を一周し、一人ひとり資料を配っていった。


「フェルミ様、起きてください。会議のお時間です」

「すぴ〜……むにゃむにゃ……」


 そして突っ伏して寝ているフェルミの体を揺さぶった。それでも起きないところを見たルダーノは苦笑いを浮かべて話を進めた。


「今日緊急でみんなを呼び出したのは、この悪魔の情報を共有したかったからだ」


 配られた資料を見ると、そこには先日生まれた悪魔の情報が事細かに書かれていた。この情報量はひとえにルダーノの秘書――エリン・ミッシェルのおかげだろう。女嫌いの彼がそれでも側に置くほど、彼女は優秀なのである。


「お、おいルダーノ……何だこれは!?」


 俺がエリンの方をチラ見している間に、資料を読んだレーネルがそう言ってワナワナと震えだした。俺も資料に視線を戻し、ざっと流し読みした。内容は、この悪魔が怪しいと思ったきっかけ、生まれてから今までの行動、それから生まれる前の考察や怪しい点、疑問点などがまとめられていた。


「プライバシーの欠片も無いではないかっ!!!」

「いやいや、家の中までは追ってないよ?外に出てる間だけだ」

「それでも限度があるだろう!?これでは可哀想ではないかっ!!!」


 確かに少し同情する。外出中だけとはいえ、一つひとつの行動とその理由が詳細に書かれていた。ストーカーでもここまではしないだろう。


「レーネル君、君は悪魔に甘過ぎる。100年前の事件をもう忘れたのか?」

「別に監視をやめろと言っている訳ではない!だがこれはやり過ぎだ!5年前も反国心があるだのなんだのと散々騒ぎ立てといて、杞憂だったではないか!」


 しかし、レーネルも成長したもんだ。今までなら資料を読んだ時点で、間違いなくルダーノをぶん殴ってただろう。俺は、彼女がちゃんと言葉で説得するという方法を取れていることに感動すら覚えた。


「うぐっ……それについては反省してるが――」

「いいやしてない!だいたい怪しんだ理由そのものがクソだ!何が顔を見て悲鳴を上げたからだ。どうせお前の顔が想像以上にキショかっただけだろう?」

「キショッ!?き、貴様言ってはならないことを……!!!」

「表に出ろエセイケメン。その腐った頭に相応しい醜男にしてくれる」

「ふっ、ふふふふふ……いいだろう、そろそろその席を譲ってもらおうか!」


 レーネルとルダーノは隅にある転移陣を踏んで姿を消した。


(まあ、結局武力行使にこうなるんだがな)


 いくらか成長したとはいえ、俺たちの本質は何も変わっちゃいない。お互いにいがみ合っていた頃からずっと……が復活しないと分かった今、仲良しごっこを続ける理由もないし、この国だって必要ない。だけど、それでもこのぎこちない関係を続けているのは……みんな心のどこかで、あいつのことを諦めきれてないのだろう。……そう、もちろん俺も。


(ミラン……)


「行くのか?」


 無言で立ち上がる俺に声をかけたのは、ドワーフ族のルムルツだ。


「ああ、どうせ半日は帰って来ないだろ。明日も定例会議だし、その時話せばいい」

「まあの……キルフよ、一つ聞きたい」

「あ?」

「この娘、誰かに似てると思わんか?」


 ペシペシと手の甲で資料を叩くルムルツ。言われて机の上の資料を眺める。


「さあな、気のせいじゃないか?」

「そう、か。お主が言うならそうなのじゃろう。呼び止めて悪かったの」

「……おう」


 俺は会議室を出て深くため息をついた。


(あぁ……イライラするな)


 他人にではない、自分自身にだ。


(気分転換でもするか)


 俺はポケットからリナリアリングとスマホを取り出した。






 ☆★☆★☆






――ギュオオオォォ!?


「……ふぅ、お前はまあまあ手応えあったな」


 俺は目の前に転がる巨体に向けてそう称えた。依頼を横取りした甲斐があった。まあかなり手加減して3分ももたなかったが。


 さて、ある程度は発散出来たし帰るか……と思ったところで気付く。


「やべ、アイテムボックス持ってくんの忘れた」


 ここに置いていく……のは無しだな。流石にこのレベルの素材は放置出来ん。


「はぁ……しゃあない、引きずって帰るか」


 尻尾を肩にかけて引っ張り、鱗と地面が摩擦で大きな音を立てる。


 帰る途中で何度か雑魚を消し炭にしていると、前方に3人の女がおり、こちらを見ていた。


(噂をすれば何とやら、か)


 全員見覚えがあった。EXランク冒険者で全身黒尽くめの女ノール・グリーズ、5年前に生まれた桃髪エルフの悪魔クロネ・ベクトリール、そして件の新人悪魔ヴェール・オルト。


 ちらりと新人悪魔の方を一瞥する。


(……確かに誰かに似てるか?)


 写真ではいまいち分からなかったが、実際に生で見るとルムルツの言うことも理解できた。まあ、その“誰か“というのはパッと思いつかなかったが。


(まあそれはいいか。とにかく、ここでノール・グリーズ倉庫持ちに会えたのは僥倖だ。こいつに素材押し付けてさっさと帰ろう)


「……ノール・グリーズか。丁度いい、これやる」

「え……やる、って!?お、お待ち下さい!こんなに受け取れません!」

「持って帰るのだりぃからよろしく。あと依頼奪って悪かったな」


 後ろは振り向かずに手を振って、身軽になった体で帰路に着いた。


(帰ったら寝るか。そうすればもう少し、このイライラも治まるだろ……)


 思い起こすのは、会議中にグースカ寝ていた猫族少女の姿。“ん〜?悩みなんて寝たらすぐに忘れられるよ〜“と豪語する彼女を、何度羨ましいと思ったことか。


(俺もミランも、フェルミみたいに能天気でいられたら……)


 ズボンのポケットに手を入れながら、木々の隙間から覗く空を見上げる。


(そうだったら、こんなに過去に囚われることはなかっ……た…………?)


 ふと風が吹いた。春先を感じさせるひんやりとした風が。それは木々をなびかせ、ざぁざぁと森を笑わせる。そして同時に俺の鼻孔もくすぐり……一瞬思考を停止させた。


(…………は?????)


 ウルフ集団の焼け焦げた強烈な臭いの中に混じって、5つ覚えのある匂いが運ばれてきた。4つは問題ではない。昇格試験時に覚えたノール・グリーズの器と魂の2つ、5年前に覚えたクロネ・ベクトリールの器と魂の2つだ。


 問題は白髪の悪魔――ヴェール・オルトだ。器の匂いに覚えはない。それはいい。だが魂の匂い、これには覚えがあった。


 忘れてはいない……いや、忘れるわけがない。この匂いは、この魂の匂いは――


(――マクス?)


「「ヴェール!?」」


 振り返り、急に胸を押さえてうずくまるあいつを見た。そして疑問が湧き出てくる。


(なんで女?)


 魂は間違いなく100%マクスのもの。だがそれが何故女の器に憑依しているのか、それが分からなかった。


 種族の一致、性別の一致、適正属性の一致は憑依が起こる上で絶対条件……500年に及ぶ研究でそう結論付いたはずだ。


 種族は人間族で一致している。適正属性は幻惑魔法で波動を偽っているなら辻褄が合う。だが性別は話が違う。


 ノール・グリーズは元老院俺たちのリナリアリングを見破った実績がある。そいつが今、ヴェール・オルトの背中をさすっているのだ。骨格の違いで気付かないはずがない。


 なんなら俺が気付く。魂の匂いがマクスのものであること、しかし器の見た目は女であること。この強烈な矛盾、違和感がトリガーとなって幻界崩壊が起こるはずだ。


 だがそれがない。つまりあいつは本当に女になったということだ。まあもしくはこの500年で、神レベルの魔力制御を手に入れていたらという可能性もあるが……流石に考えなくていいだろう。


 ていうかそんなことより、なんでこいつは俺らに挨拶もせず冒険者ごっこなんてしてるんだ。そう思うと発散したイライラが再燃してきた。


 いや理由はなんとなくわかる。どうせレーネルにバレたくないとかそんなだ。気持ちは分かるが、いかんせん不義理が過ぎる。


 俺はいつの間にかあいつの近くまで寄り、肩を蹴って無理矢理こちらを向かせていた。そして500年ぶりに声をかける。


「おい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る