第26話 ごめんなさい
反省したようなのでクロネを部屋に入れてあげる。部屋に入ったクロネはPCの前に座り、ゲームを再開した。
「なあ、それって楽しいのか?」
俺が寝てた時からずっとプレイし続けていたみたいなので、気になって聞いてみた。
「……そこそこかな、まあいい練習にはなる。ヴェールもやってみる?」
「……いや、遠慮しとくよ」
「ほいほい」
折角冒険者として稼ぐことに前向きになってくれたのだから、邪魔はしないでおこう。
ヘッドホンを被ってゲームの世界に潜り込んだクロネを尻目に、俺はベッドに寝転がった。そしてボーッと天井を眺めていると、スマホから通知音が鳴った。
――ピコン
(ん?……ナユタちゃんから?)
スマホのロックを解除して画面を見てみると、ナユタからRINEでメッセージが送られていた。内容は、これからよろしく的なことと、デフォルメキャラによるおやすみスタンプだった。
(お、おぉ……トップアイドルからRINEが!こちらこそよろしくお願いします、おやすみなさい……送信っと)
返信を終えると思わず、ふふふと笑みがこぼれる。暗くなったスマホの画面に映る顔を確認すると、案の定満面の笑みであった。
(ヴェールちゃん可愛いな……)
自分で自分の容姿を褒めるのはナルシストっぽく聞こえるが、今の俺は悪魔なので当てはまらない(多分)。
そのままヴェールちゃんに見惚れていると、手からスルッとスマホがこぼれ落ちた。
――ゴスッ!
「――いでぇ!?」
そして顔面直撃。猛烈な痛みが俺を襲った。
「ん?ヴェールどうした……ってああ。仰向けスマホは危険だよ」
俺の声を聞いたクロネが、こちらを見てそういった。
「……当たりどころが悪いと骨にヒビ入る。まあ、悪魔ならすぐ治るけど」
「……おう、気を付ける」
そんなやり取りをして、スマホが当たった部分をさすっていると、真横に落ちたスマホから再びピコンと通知音が鳴った。
(ん、またナユタちゃんかな?)
スマホを拾い画面を見ると、メッセージはナユタからではなくサリーさんからだった。
サリー: そうそう言い忘れてたけど、ミニスカの刑は明日から無しでOKだからね!おやすみ〜
「MA・JI・DE!?」
「ほわぁ!?び、びっくりした……」
「あ、ごめん」
減刑されたことに驚いて大声をあげてしまい、クロネをびっくりさせてしまった。反省反省。
(……よし、明日服買いに行こう!)
思わぬ棚ぼたに、俺はそう決意した。
☆★☆★☆
翌日の昼前……
「クロネ、ちょっと出掛けてくるから留守番よろしく」
「……ほい、メシはどうすればいい?」
「冷蔵庫に昨日貰った残りを入れといたからチンして食べてくれ」
俺はゲームをしているクロネにそう言い残して家を出た。
てかこいつずっとゲームしてるな……疲れないのかな?なんてことを考えながら、以前サリーさんと行ったショッピングモールに転移した。もちろん幻惑魔法で透明化し、バレないようにしている。
今日は休日なこともあり、モール内は盛況していた。子供連れの家族が多い気がする。
「ら〜せ〜」
お目当ての店に入り、早速物色し始める。サイズの合いそうな物をいくつかピックアップして試着室に駆け込んだ。
「ふぅ……」
元男の俺には居心地の悪い空間から逃れたことで、安堵感からため息が溢れた。
少し落ち着いたところで、早速着替え始める。もう目を閉じながら着替えるのにも慣れたものだ。
着替え終わり目を開けると、鏡には長ズボンスタイルのヴェールちゃんが映っていた。
「おぉ……お?」
ミニスカの時のような無防備さは無くなったが、見た目が圧倒的にコレジャナイ。
(何だこの感覚は……ハッ!?そうか、そういうことか!)
そう、今の俺はミニスカスタイルのヴェールちゃんという、ヴェールちゃんの良さとサリーさんのファッションセンスが掛け合わさった最高傑作を目にしているのだ。
ミニスカスタイルヴェールちゃんを最高級のステーキだとすると、今の俺はその横に添えられたポテトである。
(だ、ダメだ……ヴェールちゃんにこんなクソダサファッションで外を歩かせる訳にはいかない!)
別に他人が見れば今のヴェールちゃんも悪くはないのだが、最高級ステーキで舌の肥えた俺には味が分からなかった。
元の服装に着替え直して試着室を出る。そして取っていたズボンは全て元の場所に戻し、再び物色し始める。
(長ズボンはダメだ、短パンにしよう)
膝丈くらいの物をいくつか見繕って、試着室へ。そして着替え終えると……
(…………これ近所のガキンチョだ)
ショートヘアーなこともあり、若干男っぽく見える。いや、よく見るとちゃんと女の子なんだが、遠目から見れば間違いなく短パン小僧である。
(だ、ダメだダメだ!こんなんじゃダメだ!!!)
そして数十分後、試着室の鏡に映っていたのは……太ももが眩しい、ホットパンツ姿のヴェールちゃんだった。
(これじゃあミニスカと大して変わらん!いやむしろ悪化してるっ!!!)
あれよこれよと悩んでる間にどんどん布面積が短くなっていき、最終的に辿り着いたのがこれだ。
「あ〜した〜」
結局それ以上いいものが見つからず、一番似合ってた物だけ買って退店した。1時間近く滞在して何も買わないのは良心が傷んだのだ。まあ可愛かったので問題はない。外で穿くことは多分ないけど。
「はぁ、疲れた……」
今回は戦力不足を痛感した。俺の付け焼刃ファッションセンスでは、ヴェールちゃんという宝石を活かしきれない。
――ミニスカは恥ずかしくないの、おしゃれアイテムなの。そもそもその認識を改めてもらわないと!
思い出すのはサリーさんのあの言葉。
「ごめんなさいサリーさん、私が間違ってました。私はポテトです」
俺はスマホを片手にそう謝罪した。
『電話してきたと思ったら急に何???』
「いえ、すいません……謝りたくて。ステーキに歯向かう私がバカでした」
『……何の話?ますます意味分かんないよ!?』
「それだけです、それでは」
『え?ちょっとヴェールちゃ――』
プツンとサリーさんの声が途切れ、通話が終了する。
さて、ミニスカが最強の装備だと気付いたことで、この買い物の目的はある意味達成されたわけだが……これからどうしようか。
「う〜ん……あ、そうだ」
食材買っておかないとだ。クロネの食費は俺が出す約束だからな。
肉は亜空間倉庫に沢山入っている。魔物を倒すたびに溜まっていくから消費しきれないのだ。
ただ、肉以外は心許ない。数週間分は残ってたはずだが、逆に言うとそれだけしかない。本当はダンジョンアタック用にヴァルシエ王国で買い込むつもりだったのだが、戦争中だから売れないと言われて買えなかったのだ。まあ憶測だが、教祖に俺たちに売らないよう指示されていたのだろう。
というわけなので1ヶ月間分の食材を買っておきたい。次の給料日まで保てば取り敢えずOKだ。
「……あっ!?」
早速買いに行こう、というところで重大な問題が発生した。
「料理出来るやついねぇじゃん……」
そう、食材を扱える者がいなかった。いつもはルムルツに調理してもらっていたため、完全に忘れていた。これでは買う意味がない。
俺?言っておくが、肉に塩かけて焼くことくらいしか出来ん。何度か経験したが、朝昼晩全部ステーキは最悪である。最初はいいんだ、美味しく食べられる。だが3日経った辺りから飽きが来て、1ヶ月経った日にはどんな肉もゴムを食ってるようにしか感じなくなるのだ。クロネをそんな目に遭わせるのは流石に可哀想である。
「やっぱ外食か……買い物は無しだな。今夜はサリーさん家の居酒屋にでも……あっ!」
そうじゃんサリーさん。食費全部持つから昨日みたいにご飯作ってくれないかな。……いや、流石に頼り過ぎか。
「……料理の仕方を教えてもらうくらいならいいかな?」
サリーさんにある程度教えてもらえば、俺でもそれなりのものが出来るんじゃなかろうか。よし、それでいこう。
早速電話をかけようとしてスマホを取り出すと、サリーさんから電話がかかっているところだった。
(あ、やべっマナーモードにしてた)
『あ、ヴェールちゃんやっと出た!』
「す、すいません!何かご用で?」
『いやさっきのが何の話なのか気になって……』
「……あれについては忘れてください」
『ええっ!気になるんだけどっ!?』
あれはアイアムポテイトだっただけだ。他意はない。
「それよりサリーさん、お願いがあるんですが……」
『(サラッと流された……)どうしたの?』
「食費出すので、料理教えてもらえませんか?」
『えっ、料理?』
「はい、実はカクカクシカジカで――」
俺はサリーさんに事情を説明した。
『……なるほど、教えるのはもちろんいいけど――』
「いいけど……?」
『食費は私が出します』
「えっ!?さ、流石にそれはちょっと」
『いいのいいの。それに料理教えてほしいってことは、作るの手伝ってくれるんでしょ?』
「それはまあ、全力でサポートさせていただきますが」
『なら私もありがたいし、win-winでしょ!』
「は、はぁ……」
いいのかな?もらい過ぎだと思うんだけど。
『早速今晩からでいい?』
「……分かりました。今ショッピングモールにいるんですけど、何か必要なものはありませんか?今日だけでも払わせてください!」
『そうなの?う〜ん……あ、じゃあ牛乳だけ買ってきてくれる?昨日買いそびれちゃって』
「えっ、それだけでいいんですか?」
『うん、まだまだ食材余ってるから大丈夫だよ』
「分かりました」
『じゃあよろしくねヴェールちゃん、また後で!』
「はい、また後で」
通話が切られたことを確認して、スマホを鞄に仕舞う。
そして牛乳を買いに向かった。
☆★☆★☆
「まさかイビルバイソンの牛乳がこんなに安く手に入るなんてな……」
いい時代になったものだ。20本まとめて買ってしまった。
「それにしても……レジのお姉さんに温かい目で見られていたのは何故だろう?」
”大丈夫、まだまだこれからだからね!”と謎のメッセージを頂いたが、意味が分からなかった。なんか話すとき、顔じゃなくて胸の辺りを見られてた気がするんだけど……なんでだろう?
「……まあいいか、帰ろう」
左右に牛乳の入ったレジ袋を持ちながらモールから出ると……
「げぇ……土砂降りじゃん」
いつの間にか空は暗雲に包まれ、大量の雨粒が地面を激しく打ち付けていた。
俺はちらりと辺りを見回した。駐車場から傘をさしてこちらに歩いてくる男、逆にダッシュで駐車場に向かって雨に打たれながらモールをあとにするカップル、そして俺と同じように出入り口付近で立ち往生する母と5歳くらいの息子。
(ここで幻惑魔法は使えないな……)
流石に目の前で透明化したら、幻惑耐性の低い一般人にも普通にバレる。それに、転移先も気を配らないといけない。雨に晒される場所だとシルエットでまるわかりである。雨宿り出来る場所に人がいない保証もない。
(仕方ない、歩いて帰るか)
用心するに越したことはない、今回はリスクが高過ぎる。
(……傘、買いに戻ろう)
本来であれば結界魔法を使いたいところなのだが、同様の理由で使えない。なので、傘を買うため出入り口に振り返ろうとしたところで、ふと隣にいる親子の会話が聞こえてきた。
「ねえねえママ、またマクスさまのおはなし聞きたい!」
「――ブフォッ!?!?!?」
無邪気に放たれたおねだりに、思わず吹き出してしまった。
「えー、また?本当にマクス様のことが好きねぇ」
「うん、だいすき!だってかっこいいんだもん!」
(……き、気不味い)
そんな俺の感情などつゆ知らず、親子の会話は続いた。早く傘を買いに戻ればいいものを、俺はスマホを操作するフリをしながら会話を盗み聞きしていた。
……いやだって気になるじゃん、この国の人が俺のことどう思ってるかとか。
そして数分間耳を傾けたが、ん?そんな凄いことしたっけ?と疑問を抱くくらいには脚色されまくっていた。中にはまったく身に覚えのないことまで。
(絶対レーネルのせいじゃん……)
あいつがあることないこと吹聴したに違いない。以前は俺が止めていたが、俺がいなくなってからは誰もあいつを止めてくれなかったようだ。
「すごい!かっこいい!てんさい!」
母親の話を聞いて、息子くんは全肯定botと化していた。
(息子くん、その人全然違う人だよ……)
かろうじて原形は保っているが、もはや別人である。誰ですかその完璧超人。
と、俺の武勇伝(偽)で盛り上がっていると、出入り口の自動ドアがウィーンと開き、一人の男性とそのすぐ後ろに高校生くらいの女の子が続いて出てきた。
「二人ともお待たせ、傘買ってきたぞ〜」
「パパ!」
男性の方はどうやら親子の父親だったらしく、買ってきた傘を差して家族3人で帰っていった。
そして女の子の方は、「雨……」と僅かに聞こえる声量で呟いた後、傘も差さずに豪雨の中をゆっくり歩いていった。
「えっ!?……あ、結界魔法」
彼女を濡らすはずだった雨は、体の数cm外を覆う結界によって弾かれていた。
(この子めっちゃ上手いな)
結界魔法は直方体が一番簡単で、そこから複雑になればなるほど制御が難しくなる。あの美しい流曲線は彼女の魔力制御がずば抜けている証拠である。
「ねえねえママ!」
「――?」
「マクスさまは――……」
女の子の魔法に感心していると、先程の家族の会話が、そこまで遠くに行っていないにもかかわらず徐々に聞こえなくなってきた。強烈な雨音に、元気いっぱいな子供の声ですら掻き消されていた。
「おっと、傘を買わないと」
親子が気になる会話を始めたから忘れていた。早く帰ろう。
(……ん?)
回れ右をする寸前、気になるものが見えて振り返るのをやめる。
(へたり込んでる?)
光魔法使いの女の子が地面にぺたんと座り、俯いていた。近くには彼女の持っていた買い物袋が横たわっており、中身がいくつか地面に転がっていた。
「どうしたんだろう」
前を歩いていた3人家族は、気付いていないようだ。周りを見ると幸いにも、今は俺と彼女以外の人は見えなかった。
(仕方ない、今なら大丈夫だろう)
俺は誰も見てないことを確認し、亜空間倉庫に素早く買った牛乳を入れて、ローブを取り出した。そう、初日に使っていたブカブカのやつである。これを着て女の子の側まで近寄り、声をかけた。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
「……ぅ……あ」
しかし無反応。というより、こちらに気付いていないようだった。
(ん?結界魔法切れてるじゃん……)
いつの間にか彼女を覆う結界は消えており、髪も服もびしょ濡れになっていた。
「…た………がっ……!」
「――っ!?」
再び声を出したことで気付いた。この子が泣いていることに。
(……どうしよう、泣いてる女の子の慰め方とか知らない)
こういう場合、いつも女性組に任せていた弊害がここで出てきた。
(う、う〜ん……取り敢えず落ちてる物拾ってあげるか)
りんご、りんご、オレンジ、いちご、パイナップル……って果物ばっかだな!?
落ちてた果物たちを拾い終えて買い物袋の中に戻し、俯いた彼女の視界に入るように差し出した。
「大丈夫ですか?お姉さん」
「……うぇ?…………ぁ」
ようやく俺のことを認識したのか、袋を持つ手、腕、肩、顔の順にゆっくりと視線を送ってこちらを見た。そして目が合う。
すみれ色に染まった前髪は濡れて額に貼り付き、頬を伝う雨水は涙と見分けが付かず、泣き腫らした目は少し赤味がかっていた。
「……ぁ……ぁあ……ヒッ!?」
こちらを見上げる顔は、ぐちゃぐちゃな表情のまま徐々に青ざめていき、最後には小さく悲鳴を漏らした。
「――ご、ごめんなさいっ!!!」
「えっ、お姉さん!?」
そして彼女はそう言って謝り、走り去っていった。
(え、えぇぇ……)
この対応もしかして不味かった?と、取り残された買い物袋を見てそう思った。
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