第25話 ……ちょっと?


「さ、サリー?どうしたのこの量……」


 俺が出血(鼻血)で倒れてから1時間、サリーママは食卓いっぱいに並べられた豪華な料理の数々に戸惑いを隠しきれなかった。


「え?普通だと思うけど」

「んなわけあるかっ!?!?」


 パッと見で30人前ぐらいである。宴会ですか?


(というか、1時間で作れる量じゃないだろこれ)


 俺はサリーさんの料理スキルの高さに驚いた。


「おぉ……本格中華だ」


 ナユタはよだれを垂らしながら料理を見入っていた。


「ヴェールちゃんナユタちゃん、いっぱいあるから遠慮せずに食べてね!」

「「い、いただきます!」」


 俺はどれから食べようか悩んでいたが、ナユタちゃんは目を付けていたものがあったようで、その料理が盛られた皿に箸を伸ばした。


「はむ――っ!んんんんんんん〜〜〜!エビチリ美味しいです!」

「エビチリ……」


 とても美味しそうに食べるナユタを見て、俺も同じものをとって口に運んだ。


「はむ……んぐっ!?」


 美味しい!けど結構辛いっ!?み、水っ!


「んぐっんぐっ……ぷはぁ」


 ふぅ危なかった、味覚変わってるのすっかり忘れてたわ。


(……あれ?結構辛めだったけど意外と大丈夫だな)


「あ、ごめんヴェールちゃん。辛いの苦手だった?」

「う〜ん……」

「ヴェールちゃん?」


 サリーさんは俺を心配しているようだったが、考え事をしていたせいで俺の耳には届いていなかった。


(苦いのはダメだったけど、辛いのは割といけるのか?)


 確かめたくなった俺は、もう少し辛そうな料理はないかとテーブルに並べられた皿を見渡した。そして良さそうなものを見つけたので、とり皿によそって口にした。


「――あっ!?ヴェールちゃんそれ激辛麻婆豆――」


 サリーさんは俺を止めようとしたが、既に料理は俺の口の中に入っていた。


「はむっ――――っっっっ!?!?!?」


 そして口内を蹂躙する圧倒的な辛味と痺れ。体中のありとあらゆる汗腺が開いて汗が吹き出てくる。


 だがそれも徐々に治まっていった。


「……おいしい」

「「マジか」」


 俺の呟きを聞いたサリーさんとナユタはそう漏らし、ナユタは同じ料理をよそって口にして味を確かめた。


「@¥#×☆$#!?!?!?」


 そして噴火した。やっぱりこれは相当辛いらしい。


(ヴェールちゃん、辛いのは得意なのか……)


 苦いのがいける口であってほしかったと思うのは求め過ぎなのだろうか?


(コーヒーさん……南無)


「ぽりぽり……ねぇサリー」

「ダメ」

「まだ何も言ってないじゃん!」


 俺がコーヒーに黙祷を捧げていると、ゾッゾ親子がそんなやり取りをしていた。


「サリー頼む!柿ピーだけじゃ飲めないんだって!こんな美味そうな料理を見てるだけなんて生殺し過ぎる!」


 サリーママは必死に訴えていた。


「はぁ……じゃあこれならいいよ」


 ゴトリとサリーママの前に、野菜のたっぷり入った料理の器を置いた。その料理を見たサリーママは顔を引きつり、ナユタは口を押さえて笑いを堪えていた。


「お、お嬢様?まさか八宝菜で飲めと……?」

「うん」

「うんじゃないが!?私が白菜苦手なの知ってるよね!?」

「なんのことかサッパリ」

「ぐっ……!ね、ねぇサリー?お母さん、エビチリとか麻婆豆腐とか餃子とかが食べたいなぁ……」

「ダメ」

「うぐうぅ!?」


 ガクッと項垂れるサリーママ。


(さ、流石に可愛そうだし助けてあげるか)

 

 そもそも無理矢理勧誘されたわけじゃないしな。あれはナユタちゃんの復讐により起こった悲しい勘違いなのだ。


「あ、あの〜……」


 と、助けに入ろうかと思ったら……


「はぁ……じゃあこっちならいいでしょ」


 そう言ってサリーさんは、八宝菜の入った器と別の器を交換した。その器に入っていたのは、黄金色に染まったスープだった。それを見たサリーママはさらに顔を引きつらせ、ナユタは腹を抱えてゲラゲラと笑い転げていた。


「…………サリー?」

「なに?」

「スープで……スープで酒が飲めるかあああいっ!!!」


 サリーママはブチギレた。しかし……


「そう、いらないなら私が食べるよ……フカヒレたっぷりスープ」

「――いただきますっ!!!」


 サリーさんがスープの器を取り下げようとすると、サリーママは器をガッチリロックして、私のものだと主張した。素晴らしい程の掌返しである。


「フカヒレ……えへへ、ふかひれぇ……」


 うん、よくわからんけど助けは要らなそうだ。


 サリーママは幸せそうにスープを飲んでいると、心に余裕ができたのか俺に話しかけてきた。


「ねーねーヴェールちゃん。サリーとはどういう関係なのぉ?」

「ちょ、ちょっとお母さんっ!?」

「ただの雑談じゃ〜ん。別にいいでしょ?で、どうなのヴェールちゃん!」


(どういう関係、か……)


 そういえば出会ってからまだ5日しか経ってないんだっけ……日は浅いけど、大切な人なのは間違いないな。


 悪魔として生まれ変わって、右も左も分からない俺を助けてくれた。この国が俺のために作られたのだと教えてくれた。俺が動悸で倒れたとき、ずっと側で看病してくれた。


 それにサリーさんに嫌われてるって思ったら凄く不安になって泣いちゃって、でも勘違いだったと分かって安堵して……


(ああ俺、サリーさんに依存しちゃってるのか)


 体が幼くなって、感情が引っ張られるようになったせいもあるだろう。でもそれ以上に、サリーさんの存在は俺の中で大きいものになっていた。


「そうですね……サリーさんは私の恩人で、大切な人です」

「――――っ!?」

「おお〜そうなんだ、よかったじゃんサリー……ってあれ?」


 サリーママはサリーさんにそう声をかけたが、サリーさんは顔を真っ赤にして俯いていた。俺の言葉を聞いて照れているようだ。


「ふしゅぅ……」

「……ぷっ、あははは!サリー照れてんじゃん!」

「て、照れてないしっ!」

「いやいや照れてるでしょ、ねぇナユタちゃん」

「はい、照れてますね」

「ナユタちゃんまで!?」


 満場一致だった。


「いやぁ、お母さんは嬉しいぞぅ。引きこもりでボッチだったサリーにお友達が――」

「お母さん?それ以上喋ったらホントに怒るよ?」

「はいっ別の話題にしますっ!」


 サリーママが気になることを言っていたが、残念ながらサリーさんはその話がお気に召さないらしく、般若をちらつかせていたので別の話題へと移った。


「う〜ん……あ、そういえばサリー、中華料理とかいつの間に作れるようになったの?」

「え゛っ!?」

「しかもかなり本格的だよねこれ……お父さんあんまり上手くなかったと思うけど」

「あ、それ私も思いました。ロケで都内の高級中華料理屋に行ったことありますけど、そこの3倍くらい美味しいです」


 確かに凄く美味しい……特にこの麻婆豆腐。さっきから食べる手が止まらなくて、あんなにあったのにもうすぐ無くなりそうだ。


「えっと……そ、そう動画!動画見て覚えたの!」

「ほんとにぃ?」

「ほ、ホントホント!今どきネットは何でも調べられるんだから!」

「う〜ん……なんかアヤシイんだよなぁ。最近急に金回り良くなったし……ねぇヴェールちゃん、なにか知ってる?」

「えっ……私も知らないですね」

「そっかぁ」


 サリーさんはそっぽを向いて下手くそな口笛を吹いていた。


(ほ、ホントに親にも言ってなかったんだ……)


 その後しばらく、“サリーママからの追及“ vs “サリーさんの黙秘“の構図が続いた。






 ☆★☆★☆






「サリーさん、ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした!」


 いやぁ食った食った。あの後サリーママも許しを得て参戦したが、結局2割も減らなかった。


 時計を見ると、針は23時を指していた。そろそろ寝る時間だ。


(あれ、でも全然眠くない……あ)


 そういえばさっきまで寝てたんだった。そりゃ眠くないわけだ。とはいえもう遅いし、そろそろお暇するとしよう。


「私は帰りますね、お邪魔しました!」

「私もそろそろ」

「あ、二人ともちょっと待って」


 俺とナユタが帰ろうとしたらサリーさんが呼び止めてきた。そして晩ごはんの残りが入った袋を渡される。中はぎっしり詰められていて、すごく重たい。


 ナユタの方を見ると、そっちの袋は普通だった。なんで?


「ちょっと作り過ぎちゃったから持って帰って食べて」

「「「…………ちょっと?」」」


 全員考えてることは一緒だった。


「あ、あはは……」


 サリーさんは気まずそうに笑った。自分でもヤバさを自覚したらしい。


「ヴェールちゃん、もう遅いし送ってくよ」


 サリーママがそう提案してきた。


「へ?」

「子供がこんな時間に歩いてたら補導されちゃうでしょ?ヴェールちゃん中学生くらいだよね?」


 あ、そういえば家隣だって言ってなかった。そのことを思い出して説明しようとすると、サリーさんが代わりに言ってくれた。


「大丈夫だよお母さん。ヴェールちゃん家、徒歩10秒だから」

「10秒?近っ!?…………え、10秒?」


 サリーママはサリーさんの言葉の意味を理解するのに数秒の時間を要した。そして答えに辿り着く。


「……まさか、お隣さん?」

「はい、これからよろしくお願いしますね」


 取り敢えず笑顔で挨拶しておいた。


「「…………ええええええええええええええええええええ!?!?!?」」


 サリーママとナユタによる驚きの声で鼓膜が破れかけたが、即座に耳を塞いだことで難を逃れた。ただ、耳鳴りまでは防げなかったが。


 その後おやすみの挨拶を交わして、俺とナユタはサリーさん家から出た。


「あ」


 そして転移陣で別れる間際、ナユタはピタリと足を止めて振り返った。


「そういえばRINE交換してない!」

「えっ」


 あの話本気だったの!?


「ほらヴェールちゃんスマホ出して」

「……さ、流石にそれはマズいんじゃ?」


 アイドルの連絡先なんて、たかがファンが持ってていいものなのか?


「ヴェールちゃんは美少女愛護団体で保護することが決定してるから、これは必要なことなんだよっ!さあ早くっ!!!」

「ヒィッ!?」


 顔近いっ!鼻血出そう……


「わ、分かりました!分かりましたからっ!」

「ホント!?ヤッター!」


 有無は言わさないという圧力に、俺は屈してしまった。……まあ喜んでるみたいだしいいか。


「友達追加っと……よし!じゃあまたねヴェールちゃん!今度一緒にあそぼーね!」

「えっ、あ、はい!」


 ナユタは手をブンブン振って、今度こそ転移陣から姿を消した。


(……勢いで返事しちゃったけど、いいのかな?)


 まあ本人がいいって言ってるんだしいいか……と、深く考えないことにして家の中に入った。


「ただいま〜」


 自室に入るとクロネがまだゲームをしていた。


「……ん、おかえ――おおぅニッコニコじゃん。うまくいったみたいだね」


 ……まあ心配はしてなかったけど、と小さく付け加えた。


「え?」


 姿見を確認してみると、それはもう満面の笑みを輝かせ、見た人全員を魅了してしまうくらい破壊力抜群だった。


(ヴェールちゃんめっちゃ喜んでるううぅ!)


 ナユタちゃんとお友達になれたことが余程嬉しかったらしい。まあそれはひとまず置いといて……


「ほい、サリーさんのお手製料理」

「おぉ〜……え、これ全部?」

「うん」


 手に持っていた袋を見せると、クロネは驚愕の表情を浮かべた。それもそのはず、袋にはパッと見で20人前近い量が詰め込まれていた。


「まあ残りは亜空間倉庫に入れとけば問題ない」

「……ああ、それでか」


 俺の言葉を聞いて妙に納得した雰囲気を出すクロネ。


「それってどれ――あ、そっか」


 そういえばサリーさんは俺が虚無魔法と時空魔法を使えるの知ってたわ。……ん?


「なんでクロネがそれ知ってるの?」

「……じゃあこれもらう」


 クロネは質問を無視して、一番上にあった料理を手に取った。そしてそれをつまみながらゲームを再開する。


「もぐもぐ……うまっ、なにこれうまっ!?」


 そしてあまりの美味しさに再びゲームを止めて、食べることに集中した。


「てかクロネさ、なんで俺の部屋でやるんだよ。奥の部屋あげただろ」


 俺は無視されたことは一旦忘れて、ずっと気になっていたことを質問した。


「……人は他人と会話しないとダメになっていくんだよ」

「なんだその取って付けたような持論は」

「……別にいいでしょ?」

「はぁ……まあいいけどさ。流石に寝るときは戻れよ」

「……え〜、一緒に寝ないの?」

「なんでだよ……それに寝てる間に何かされそうだから却下だ」

「ビクッ」


 クロネは図星を突かれたような反応をした。


(……ん?待てよ?)


「おいクロネ。お前さっき俺が寝てる間に何かしたか?」

「…………」

「おいこっちを向け!やっぱり何かしただろお前!?」

「……ナニモシテナイ」

「吐け!ヴェールちゃんに何をしたんだっ!」

「……………………」


 クロネの肩を掴んでブンブン揺らしても、頑なにこちらを見ようとしなかった。


(……そうか。なら仕方ない、この手は使いたくなかったが)


「――えっ!?」


 右手の波動を見て驚いているがもう遅い。


 俺は魔法を発動し、目の前からクロネの姿が消えた。そう、転移魔法である。やはり物理的に距離を置くのが最良だろう。


 数秒後、自室に転移させられたことに気付いたクロネが、ドタドタと廊下を踏み鳴らして俺の部屋の前までやってきた。ガチャガチャとドアノブを捻ろうとするが、結界魔法をかけているので無意味である。


「違うんだヴェール!出来心だったんだ!」


 ドンドンと扉を叩きながらそう弁明してくるが、無視した。


「せ、せめてスマホかPCだけでも!暇になっちゃうから!」


 それも無視すると流石に焦ったのか、もっと大きな声で嘆願してきた。


「ヴェール様マクス様お願いしますううう!!!ちょっとほっぺたぷにぷにしただけなんですううう!!!」


 そしてようやく口を割った。


――ガチャ


「なら最初からそう言えよ……」


 俺は廊下にへたり込んで半べそかいてるクロネを見ながらそう呟いた。


「……す、すみませんでしたぁ」

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