第24話 コミュ力お化けだ


「お母さん?何してるのカナ???」

「――ヒィッ、いつの間に!?ち、違うんだサリー落ち着いてくれ!」


 サリーママは振り返ってサリーさんの顔を見ると悲鳴を漏らし、慌てて弁明を始めた。


「ほ、ほら仕事上の立場ってのがあるじゃん?私も一人の仕事人として職務を全うしなければいけないんだよ」

「ふうん……それで?」

「あ、ああもちろん無理な勧誘はしてないよ!?誠心誠意が私のモットーだからねっ!」


 サリーママがそう言うと、ナユタが「よくゆーわ」と小さく溢したのが俺には聞こえた。そして俺を抱きしめる腕に力が入る。


(ほわっ!?胸が当たってる!?)


 あれ、つい最近似たようなことがあったような……?と疑問に思ったが、それどころではなかった。


「ヴェールちゃん本当?お母さんしつこくなかった?」

「ふぇっ!?」


 サリーさんが俺に何か言ったが、俺は押し当てられている胸の感触に集中しすぎて、内容を聞き逃してしまった。


「あ、あの、えっと、あのぉ……!」


 何と返事しようか纏まらずテンパっていると、ナユタからフォローが入った。


「娘さん、この人プロデューサーかなり強引でしたよ」

「ちょ、お前何を――もがっ!?」


 サリーママがナユタのセリフに物申そうとするが、サリーさんに口を塞がれる。


「もがもがっ!?」

「お母さんは黙ってて。ごめんなさい、続き聞かせてもらえる?」

「はい、この人は最初に「原石キタアアアアアッ!!!」と大声を上げた後、顔を近付けて威圧。さらに「最初はみんな恥ずかしがるけど、すぐ慣れるから」と”いやらしい仕事”を強要しようとしてました」


 ……え、そんな話したっけ???


「もがっ!?!?」

「――っ!なるほど……お母さん、ちょっと2人きりでお話しよっか???」

もがもがもがーーーーナユタてめええええぇ!!!」


 サリーさんは抵抗するサリーママを引きずって奥の部屋へと消えていった。


「…………」


 え、えげつねぇ……この子可愛い顔してとんでもないことしやがる。


(サリーさん凄い顔になってたな……)


「ふふふ……この前コーチを呼んだ仕返しです」


 よくわからないけど因縁は清算されたようだ。


 サリーさんとサリーママがいなくなったことで、リビングは静寂で満ちていた。


(……ん?もしかして俺、この子と2人きり!?)


 取り敢えず離してもらおう。


「あの〜」

「んー?」

「そろそろ離してもらえると……」

「んー……そういえばヴェールちゃん、歌上手だね」


(無視っ!?!?!?)


「ホシゾラちゃんの曲歌ってたけど、好きなの?髪型一緒だもんね。私も同じ名前だから応援してるんだ〜!ファン同士だね!ねえねえお友達になろうよていうかどこ住みRINEやってる?連絡先交換しよっか――」

「え?あ、あの、えっと」


(コミュ力お化けだこの子!?)


 圧倒的マシンガントークに返事をする隙すらなかった。


(あれ、そういえばこの子もナユタって名前なのか……ん?でもサリーさんのお母さんのことプロデューサーって呼んでたよな?ならこの子もアイドル?)


 ナユタの顔をじっと見る。


 無言で見つめ続けて十数秒、ナユタの顔は次第に赤色に染まっていった。


「おぉ?そんなに見つめられると照れちゃうなぁ……なんて」


(背はさっきテレビで見たナユタちゃんと一緒くらい。髪型は全然違うけど顔と声は結構似てる)


「ヴェール、ちゃん?――ッハ!?まままままさか、キスするつもり!?それはちょっとまだ心の準備が――」


 ナユタは何か喋っているが、集中している俺には聞こえなかった。そして……


――ピシッ


 違和感が形となり、世界に亀裂が入り始める。それは次第に拡大していき……最後には砕け散った。


――パリーン!


「「――っ!?!?!?」」


 反応したのは同時だった。


「嘘……破られたっ!?」


 ナユタちゃんを見た俺は、突然心拍数が跳ね上がり、体中が熱に侵された。


「――ピィッッッ!?」


 そして恥ずかしさ(?)のあまり変な奇声を上げ、ナユタの束縛から逃れてソファの影に隠れる。


「あっ」


 ナユタも幻惑魔法が破られたことで油断していたからか、簡単に抜け出すことが出来た。


 俺はソファの影から顔だけ出してナユタを凝視した。


「ハァ、ハァ……!」


 本物だ!体熱い。憧れの!可愛い。心臓張り裂けそう。目の前に!ホントに会えるなんて!こっち見てる。嬉しい!恥ずかしい。大好き!息苦しい。もっと近くで見たい。ドキドキする。抱きしめて欲しい!声聞かせて――


(お、落ち着けヴェールちゃん!!!ナユタちゃんが大好きなのは分かったから!)


 ダメだ、ぐちゃぐちゃ過ぎて感情を制御出来ない!何だこれっ!?


「おぉ……そんなに嬉しそうにされたら、こっちまで嬉しくなっちゃうなぁ」


 そう言うと、ナユタはこちらに近付いてきてもう一度俺のことを抱きしめた。


「えへへ〜、確保!」

「あ、あうあうあう」


 こ、これマジでヤバい……心臓が爆発しそう!目がチカチカする。


 そしてあることに気付く。


(あれ?俺、息出来てなくね……?)


「ヴェールちゃん幻惑耐性高いんだね!魔法は結構自信あったからビックリしちゃった……て、あれ?」

「――きゅぅ」

「……ヴェールちゃん?ヴェールちゃんっ!?」


 俺は重度の酸欠により気絶した。






 ☆★☆★☆






「……ルちゃん、ヴェールちゃんっ!」

「――ハッ!?」


 目を覚ますと、俺の顔を覗く顔が3つあった。


「「「よ、よかったぁ……」」」

「あ、あれ?」


 あ、そっか。気絶しちゃったのか。


「ふぅ、大事に至らなくてよかったよ。ナユタちゃんが慌てて呼びに来たときは流石に肝を冷やしたね」

「ご、ごめんなさい……私のせいでこんなことに」


 シュンとして俯き、謝るナユタ。そんな姿を見て俺は慌ててフォローした。


「い、いえあれは私が悪いんです!ナユタちゃ……さんに会えたのが嬉しくて」

「え?ヴェールちゃん、持病じゃなくて?」


 と、サリーさんが聞いてきた。


(ああそっか、持病のことを知ってるサリーさんからしたらそれを真っ先に疑うよね)


「いえ、これは違います。ただナユタさんのことを好き過ぎただけです……」

「な、なるほど……それはまた凄い偶然だね」

「「……?」」


 俺とサリーさんのやり取りを聞いて、サリーママとナユタは首を傾げた。


 それもそのはず。俺が悪魔であることを知らない2人には、変な言い回しに聞こえたことだろう。


「今は大丈夫?」

「そうですね、まだちょっとドキドキしますけど大丈夫です。さっきは急で驚いちゃっただけなので」

「ならよかった」


 それを聞いて、ソファから立ち上がるサリーさん。


「それじゃあ私はご飯作ってくるね。ナユタちゃんもよかったら食べてって」

「え、いいんですか?」

「もちろん!あ、お母さんの分は無いからね」

「えっ、なんで!?」

「ヴェールちゃんを無理矢理勧誘したこと、まだ許してないから」

「だから誤解だって言ってるだろう!?てかナユタちゃん早く訂正してよ、君のせいだよ!?」

「プロデューサーの自業自得だと思いまーす」

「こ、こいつ……!?あー、サリーお嬢様、せめておつまみだけでも……」

「どうせそのレジ袋に入ってるんでしょ?なら十分だよね」

「全然足りんが!?柿ピーだけで今晩乗り越えろと!?あ、待ってサリー、無視しないでお願いだからあああ!」


 サリーさんは聞く耳を持たず、キッチンへと消えていった。


 そしてサリーママの怒りの矛先はナユタに向いた。


「……ナユタちゃん???」


 ゆっくりと振り返り、段々と見えてくる顔には鬼が宿っていた。


(ヒィッ!?)


 怒っているところまでサリーさんとよく似ていて、あの顔は母親譲りだったのかと納得する。


「ふっふっふ」


 そんな恐ろしい視線を向けられているにも関わらず、ナユタは「秘策があります」と言わんばかりの余裕を見せつけていた。


 その後ナユタがとった行動は、俺の後ろに隠れることだった。


「奥義――ヴェールちゃんガード!!!」

「――なっ!?おい、卑怯だぞっ!?」

「えっ、え?」


 急に盾にされた俺は戸惑っていた。


「これ以上娘さんに嫌われてもいいなら手を出すといいですよ?出せるならですけどねぇ!」


 クックックと不敵な笑いを溢すナユタ。対するサリーママはぐぬぬと歯を食い縛っていた。これはどっちが悪役なんだろうか……?


(ていうかナユタちゃん離れてくれ、ヴェールちゃんが爆発しちゃう!!!)


 俺の意志に反してヴェールちゃんの体は喜びで大爆発を起こしそうになっていた。


 でも先程よりかは全然マシである。さっきはいきなり目の前に、好きな人の顔がドアップで現れたからな。


 そう、今は後ろから抱きしめられているだけ。だからさっきみたいな痴態を見せることはあるはずがな――


「――ゴフッ!?」

「「ヴェールちゃん!?」」


 突然宙を舞う鮮血。


 だが別にどこか怪我をしたというわけではない。なんてことのない、ただの鼻血である。


(ヴェールちゃん……興奮しすぎぃ!?)


 結局、本日2度目の気絶を経験することになった。


「あひゅん……」

「「ヴェールちゃあああああん!?」」


 目が覚めたのは1時間後だった。

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