第23話 原石……!?
サリーさんの家の前まで来た俺は、震える手でドアベルを鳴らした。
――ピンポーン
「うぅ……胃が痛い、緊張する」
ドアベルが鳴ったことを確認し、扉の前でじっと待つ。
しかし、しばらく待っても扉は開かなかった。
「い、いないのかな?いや、居留守だったりして……ダメだ考えるな俺、精神が崩壊してしまうっ!」
……やっぱり嫌われたのかな。あ、ヤバい涙出てきた。
「帰ろう……ぐすん」
トボトボと下を向きながら家に帰る。そして一瞬視界に入った窓は、夜の帳が降りており、真っ黒に染まっていた。
「もうこんな時間だったのか……って、夜じゃん!?」
サリーさん居酒屋の手伝いしてる時間だったわ!すっかり忘れてた。
「居留守じゃない……!よかったぁ」
そう安心していると、後ろから扉の開く音が聞こえた。
――ガチャリ
「――っ!?」
バッと振り向くと、玄関から顔だけ出してキョロキョロしているサリーさんがいた。そして目が合う。
「ゔぇ、ヴェールちゃ――」
「さ…………サリーさああああああああああああああああん!!!!!!!」
「ヒィッ!?な、なんでしょうか!?」
サリーさんの顔を見た俺は、体が幼くなったからか、溢れ出す感情を抑えられなかった。
「ごめんなさい嫌わないでくださいびええええええええ!」
「……ん!?なんの話っ!?」
そしてサリーさんは突然泣き喚く俺の姿に戸惑っていた。
「私が何か失礼なことしちゃってたなら謝りますからあああサリーさんだけには嫌われたくないんですううううう!」
「ちょ、ストップストップ!私がヴェールちゃんを嫌うってどういうこと!?」
「……ふぇ?ぐすっ、さっき私のこと避けてたんじゃ……」
「え、さっき?……あ、ああ!!!あれは〜、そのぉ……そう!本業で大きなミスしちゃってね、変になってただけなんだよ!」
「え、そうなんですか?じゃあ私のこと……」
「う、うん!私がヴェールちゃんのこと嫌いになるわけないでしょ!」
「ぐすっ……ホントですか?嘘じゃないですか?」
「ううう嘘じゃないよ、ホントだよ!」
そう言ってサリーさんは、俺のことを抱きしめてくれた。
「ほ、ほら!私はヴェールちゃんのことがこんなに大好きなんだから!嫌いになんてなるわけないよ!」
「よ、よかったあぁ〜〜〜……はうぅ」
安心から腰が抜けて、サリーさんにもたれかかってしまう。
「うわっヴェールちゃん大丈夫!?」
「あ、すいません安心したら腰抜けちゃって……」
(可愛過ぎます陛下あああああ!!!)
「ふぇ?何か言いましたか?」
「えっ、ああいや何も……――ハッ!?」
サリーさんが何かを呟いたと思ったら、今度は真面目な顔で俺をじっと見た。
「ヴェールちゃん、もう晩ごはん食べた?」
「いえ、まだで――」
「ならうちで食べていきなよ、ご馳走するよ!」
サリーさんのその言葉には必死さが表れていた。ちょっと怖かった。
「……いいんですか?」
「うん!勘違いさせちゃったお詫びだと思って!」
「ならお言葉に甘えて、ご相伴に預かります」
「よしきた!さあ、はいってはいって!」
グイグイと家の中に引っ張られる。何だろう、絶対に逃さないという意思を感じる。
「お、お邪魔します……」
「ご飯作ってくるからリビングでテレビでも見ながら待ってて」
「あ、はい分かりました」
言われた通りソファーに座ってテレビを眺める。
ただ、思っていたより背もたれが遠かったので、体育座りで座り直した。
(テレビでかっ)
ソファーもふかふかだし、部屋全体が高級感で溢れていた。相当お金を注ぎ込んだであろうことが分かる。
部屋を見るのはこのくらいにしておいて、改めてテレビの方に視線を戻した。
(これは、音楽番組かな?)
映像を眺めていると、軽快な音楽と歌が聞こえてきた。
(やっぱり俺の知ってる音楽とは全然違うな)
楽器の種類が増えて音がより複雑になっていたり、歌い声の抑揚の付け方も昔とだいぶ違っていた。500年の間に、音楽の形態もかなり変化したようだ。
俺がテレビから流れてくる音楽に耳を傾けていると、キッチンからサリーさんが慌ててやってきた。
「ごめんヴェールちゃん、ちょっと食材足りなかったから買い物してくるね!直ぐ戻ってくるから!」
「はい、分かりまし――ってはやっ!?もういないし……」
風のように去って行ったサリーさん。まあ大人しく言われた通り、テレビを眺めて待っておく。
サリーさんが去ってから3分程経過した頃、映像に映り始めた女の子から目が離せなくなる。
(あれ……なんだこれ?この子見てると変な気分になる)
背はテレビ越しだから分かりにくいけど多分150くらい?可愛らしい衣装を着た黒髪ショートヘアーの女の子だ。
(なんだこの感情は……歓喜、なのか?)
段々と気分が高揚してきて、自分が興奮していることに気付いた。
変だ……この子はただ椅子に座ってるだけなのに、一挙一動に視線が吸い付いてしまう。そして次の瞬間、その違和感は最高潮に達した。
『次の曲は、ナユタ・ホシゾラさんで――』
「なゆ、た……」
名前に聞き覚えは無かった。だが名前を聞いた直後、この体は喜びに支配されていた。そして彼女の歌が流れてきて、さらに衝撃を受ける。
『――♪』
「――っ!?なんだこれ、歌詞が浮かんでくる……俺はこの曲を知ってる?」
なんで?どうして?という疑問が頭の中を駆け巡るが、それも一瞬のことで、その疑問を塗りつぶすかのように俺の思考は“この曲を歌いたい“という感情で埋め尽くされていた。
『――♪――――♪♪』
「――♪――――♪♪」
そして気付けば夢中で口ずさんでいた。周りの音なんて一切聞こえないくらい夢中で。
(ヴェールちゃんの歌声、きれいだな……)
自分の声は自分には分からないというが、この声は間違いなく、聞いた人々を魅了する声だと分かる。それくらい綺麗に澄んでいて、まるで神が我が子を慈しむときに聞かせる子守唄のような、優しさを感じられて心が安らぐ、そんな美声だった。
歌っていたのは5分程だったと思うが、体感は一瞬である。
『前半はこれにて終了です。後半戦はCMのあとで!』
(あ、終わっちゃった……)
歌いきった気持ちよさの余韻と、終わってしまったという喪失感が同時に存在し、何とも言えない感情になる。
(ナユタ・ホシゾラ……か)
聞き覚えはない。だからこの感情はきっと俺のものじゃなくて、ヴェールちゃんが感じてるものなんだ。なんといえばいいか、不思議な気分である。
――ドサッ
俺が余韻に浸っていると、突然リビングの入口から物音が聞こえてきた。
そっちの方に顔を向けるとサリーさんが小さめのレジ袋を床に落として、ポカーンと口を開けて放心しながらこちらを見ていた。
「あ、サリーさんお帰りなさい。早かったですね……あれ?」
言い終わってから気付く。サリーさんの姿が先程までとは全然違うことに。
服装はエプロン姿からスーツに、顔にはメガネをかけていて、髪型はポニーテールからロングウェーブに変わっていた。いつもの可愛らしい感じから一変して、仕事の出来る大人な雰囲気を醸し出していた。
そしてもう一つ気付く。サリーさん(?)の後ろにもう一人、知らない女の子がいることに。
背丈は150くらい、黒髪の
(え、誰……!?)
サリーさんの妹?でもあんまり似てないしなぁ。
そんなことを考えていると、サリーさん(?)がボソッと声を漏らした。
「原石……!?」
「へ?」
なんて?
「原石キタアアアアアッ!!!」
サリーさん(?)はそう叫んだ次の瞬間、俺の目の前まで駆け寄ってきて両肩を掴んだ。
「100カラット……いいえ、1000カラット級っ!!!!!」
「――ヒッ!?」
(顔近っ!?)
ゾッゾ家のお家芸、ズイッが発動した。
「あ、あのっ、サリーさん!?」
「サリーは私の娘だ」
「お母様っ!?!?!?」
(え、マジで!?わっっっか!?!?)
姉と言われた方がまだ真実味があった。
「ところでお嬢さん、お名前は?」
「へ……?ヴェール・オルト、です」
「そうかヴェールちゃん、突然だけど君には才能がある……そう、アイドルの才能がっ!!!」
「あ、アイドル?」
何言ってるんだこの人は。俺がアイドル……?ナユタちゃんみたいな?ないない――ッハ!?
(いやまて、ヴェールちゃんは超絶可愛いし歌上手い。ダンスも多分いける……まさかアイドル適正抜群!?)
「おっと失礼、私としたことが自己紹介を忘れていた。私はこういう者だ」
サリーママが手渡したのは名刺だった。そこには所属、役職、名前、電話番号等が記されていた。
「はっせんきゅうひゃくさんじゅういち……?」
「
はくさい……白菜?なんで白菜?
「おっと、事務所の名前に関するツッコミは無しで頼む」
「は、はぁ……」
「というわけで、私はその芸能事務所でプロデューサーをやっているんだ。そこで本題に戻るわけだが……どうだいヴェールちゃん、アイドルになってみないか!?」
「いやぁ、自分がなるのはちょっと……恥ずかしいですし」
ヴェールちゃんが可愛くて歌も上手なのは認めるが、俺がなりたいかというとそんなことはない。
「大丈夫だよヴェールちゃん!”最初はみんな恥ずかしがるけど、すぐ慣れるから”……ねっ、ナユタちゃんもそう思うよね!」
サリーママは後ろにいた黒髪の女の子にそう投げかけた。
(……ん?ナユタ、ちゃん?)
「はぁ……プロデューサー、私は反対ですよ」
「ええっ、なんでぇ!?」
サリーママにナユタちゃんと呼ばれた女の子は、俺の方に歩み寄り、サリーママから俺を引き剥がした。そしてギュッと抱きしめられる。
「えっ?……え?」
突然抱きしめられて困惑する俺をよそに、ナユタはサリーママに強く抗議した。
「こんな可愛い子を、あんな
(…………ん?なんて???)
「そんな組織は存在しないよ!?」
「今作ったので問題ありません。それより……いいんですかプロデューサー?」
ナユタはサリーママの
「ん、何がだい?」
「娘さんのご友人を“無理矢理“勧誘しただなんて知られたら、今度こそ嫌われますよ」
無理矢理、の部分を強調する。
(こ、この人鬼だ!?容赦ねぇ……)
「……ヴェールちゃん、サリーにはさっきのことナイショにしててもらえるかな?」
サリーママは真剣な表情で、でも俺の肩を掴む手はぷるぷると震わせながら、そうお願いした。
俺としてもそうしてあげたいのは山々なんだが……ごめんなさいお母様、もう手遅れです。
俺たちには見えていた。そう、サリーママの背後で仁王立ちする般若が……
「――お母さん???」
「……………………へ?」
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