第22話 く、喰われる!?!?!?
「……お邪魔し――いや、ただいま我が家!」
玄関に入るや否や、そう大声で叫ぶクロネ。
「お前、自分の立場理解してるのか?」
俺の家だぞ……まあ別にいいけど。
「ていうかクロネ、ホントにいいのか?」
「……ん、何の話?」
「一緒に住むことだよ」
男だった俺とな。
「ほら、色々……ハプニングとかあるかもしれないだろ?」
「……別に?今は女の子だし気にしない。そんなことよりお風呂に入れることの方が100倍大きい。……早速入ってきてもいい?」
「そりゃ構わないけど……」
そんなにいいものなんかね、風呂というのは。
クロネはご機嫌に鼻歌を歌いながら脱衣所に消えていった。
しかし、1分と経たずに戻ってきた……タオルを1枚だけ巻いた状態で。
――ドタドタドタ!
「ヴェール!?」
「な、なんだ!?出るなら服着てからにしろよ!」
非常に目の毒である。とてもパンツ見られて恥ずかしがってたやつの行動とは思えなかった。
クロネは俺の言葉を無視して、俺の髪の毛を触ってじっと見てきた。
(顔近っ!?)
「……やっぱり」
「何なんだ一体……」
「……ヴェール、お風呂入ってないでしょ」
いきなり何言ってんだこいつは。
「そりゃそうだろ、浄化魔法があるんだから。わざわざ時間かけて入る必要なんて――」
「ダメッ!!!」
「――ほわっ!?」
クロネの予想以上の気迫にたじろいでしまう。
「……いい?浄化魔法を使えば表面の汚れは落とせるけど、ケアまでは出来ない。女の子になったんだからちゃんと毎日入らないとダメ」
「え、えぇ……毎日ケアって、そんな貴族みたいな」
「っ……そういえばヴェールはおじいちゃんだった」
おじいちゃんいうな。
「……昔に比べてお風呂の文化はかなり一般的になってる。特にこの国のお風呂に対する執念は凄まじい」
「はあ、なんでそんなことに」
「……それは入れば分かる。さあ行こう」
「は?行こうって……」
クロネが俺の背中を押してきた。
「お、おい!待て待て待て!まさか一緒に入るとか言わないよな!?」
「……そのつもりだけど?」
「いやいや流石にマズいだろ!?男だったんだぞ俺は!ひとりで入るからいいって!」
「……だから気にしないって言ってるじゃん。それに――」
クロネは俺を押すのをやめて後ろから抱きついてきた。もちろん、フニュンと柔らかいものが背中に当たっている。
「――っ!?!?!?」
こいつ意外と……!?
「女の子のお風呂の入り方、分からないでしょ?私が手取り足取り教えてあげるからね、マックスちゃん……ハァ、ハァ」
「ヒィッ!?」
(く、喰われる!?!?!?)
同棲という選択を後悔することになるのは、どうやら俺の方だったらしい。
☆★☆★☆
「ふぅ」
さっぱりした。結局1時間近くかかってしまった。スマホで風呂の入り方を調べたり、なるべくヴェールちゃんの裸を見ないように目を閉じながらだったため、かなり苦労したのだ。
(ごめんヴェールちゃん、変なおじさんが憑依しちゃってホントごめん)
と、俺は心の中で謝った。しかしだからといってヴェールちゃんの肌や髪を荒れさせるわけにはいかないので、入らないという選択肢はなくなってしまった。
でもお風呂に入った今ならクロネの言っていたこともわかる。みんな好きなわけだ。特にあの泡の出る浴槽、あれはいいものだ。一瞬で気に入ってしまった。
「上がったぞ」
リビングに行くと、クロネが立ったままモジモジしていた。
「……ヴェール様、私が悪かったのでそろそろ出していただけませんか?もうしませんからぁ!」
「はいはい、次やったら追い出すからな」
クロネを閉じ込めていた結界魔法を解除する。
「ありがとうございますううううう!」
そうした瞬間、お礼を言いながらどこかに走っていくクロネ。
「…………ああ、トイレか」
ごめん、1時間も放置してしまった。まあちょうどいい罰にはなったか。
「あとは髪を乾かさないとか」
ドライヤーっていうのは……これかな?スイッチを入れると大きな音とともに、先端から温風が出てきた。
「……効率悪いなこれ」
風が当たる範囲が狭いため、全部乾ききるのに時間がかかりそうだ。なのでドライヤーの代わりに、火魔法と風魔法で全方向から温風を当てた。
「うん、これならすぐだな」
その後、1分程でほとんど乾いた。
俺はまだ髪短めだからいいけど、サリーさんみたいに長いと凄く時間かかりそうだよな。今度手入れとかどうやってるのか聞いてみようかな。
(……って、避けられてるんだったわ)
先程の出来事を思い出して、気分が急降下してしまった。そこでクロネがトイレから戻ってきた。
「……ふぅ、あぶなかっ――ブフォッ!?」
そして俺を見て吹き出した。
「なんだよ」
「……ふふ、髪の毛ボサボサ」
「ん?あ、ほんとだ」
実際に触ってみると、見事にグチャグチャになっていた。なるほど、全方向から風を当てるとこうなるのか。いい方法だと思ったのに……残念だ。
「……ほらヴェール、ここ座って。髪といてあげる」
そう言ってクロネはブラシを取り出した。
「え、自分で出来る――」
「いいからいいから」
そして無理矢理座らされる。
「はぁ、変なことしたら追い出すからな」
「……信用ないね」
「そりゃそうだ」
クロネは優しい手付きでブラシを動かし、髪をといてくれた。
(ん……ちょっと気持ちいいかも)
「……お、髪サラサラになった」
「そうか?」
もみあげを触ってみると、確かに今までとは触り心地が違った。
「おお〜」
「……もう浄化魔法使ったらダメだよ、コーティング取れるから」
「わ、分かってるって」
「……ならいい、はいおしまい。じゃあ私も入ってくる」
「おう、サンキューな」
再び脱衣所に消えていくクロネを尻目に、俺は自分の部屋に入り、姿見の前に立った。そして顔を近付ける。
「ん〜……すごいなお風呂」
というよりかは洗髪剤か。シャンプーだのコンディショナーだのトリートメントだの、種類が多くてわけが分からず適当に使ったが、効果は一目瞭然である。
「サラサラ」
気付けばベッドに寝転がり、無心で髪を触り続けていた。現代パワー恐るべし。
(あ、サラサラといえばサリーさん)
なんで避けられてるんだろう……正直心当たりはないしなぁ。嫌われたわけでは無い、と信じたい。ていうか、サリーさんに嫌われたらしばらく寝込む自信がある。今ですらかなり落ち込んでるのに。
(なんか色々考えてたら眠くなってきたな……)
お風呂に入って温まった体が少しずつ冷めてきて、でも芯はまだポカポカで……こんな状態でベッドに寝転がっていたら、自然と眠くなるのは当然のことだった。
☆★☆★☆
――カタカタ、カチカチ
「ん、んぅ……?」
何の音だ……?ていうか俺は一体何を……?
「……あ、起きた」
「くろね……?」
ああそうだ、風呂入ってそのまま寝ちゃったんだった。
「何してるんだ?」
謎の音の出処はクロネだった。
「……FPSゲーム」
「えふ……何?」
「ガンシューティングゲームのこと。多少はスナイパーの練習になるかと思って、ヴェールが寝てる間に家から持ってきた」
「へぇ……あ、そういえば引っ越し作業しないとか。ごめん忘れてた」
「……備え付けの家具で十分。すぐに必要なのは衣類だけだったから」
ほら、と指を指す方向に、こんもりと積まれた服と下着の山が出来ていた。
「お、おい……せめて下着は隠せよ」
「……今更。もう見てるじゃん」
ソウダネ。
「……そうそう、さっきお隣さんに会った」
「――っ!?サリーさん何か言ってたか!?」
「え?あ〜……いや、普通に挨拶しただけ。これからよろしくって」
「おい何だその間は!やっぱり何か隠してるだろ!?」
「いや、隠してない……というか隠すほどでもない。何で気付かないのか不思議」
なん……だと……!?
「やっぱり何か失礼なことしちゃってたのか!?あ、謝りに行かないとっ!?」
「いやそういうことじゃ――」
「俺行ってくるっ!!!」
「ちょっ!?今夜中だし迷惑……ってもう聞こえてないか」
ヴェールの出ていった扉を見つめて、クロネはそう声を溢した。
「……大丈夫かな」
と少し心配になったが、よくよく考えてみたら完全にヴェールの勘違いなので、悪い方向にはならないだろうという結論に至った。
「……ゲームやるか」
クロネは心配することをやめてヘッドホンを被り、再びFPSの世界に没頭した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます